第六章
朝四時にたたき起こされたのは先輩のせいだった。携帯越しに「新しい重要な手掛かりが見つかった、夕方からまた来い」との話だった。それだけで電話はあっさり切れた。文句を言う間も無かった。
(ほんとに一回夢中になると周りが見えなくなるな)
鉄道を同じだ。まあこっちがお願いしたことでもあれだけ熱中するのもやはり野々沢先輩だ。
その日美里はアルバイトでいなかった。再び一人で先輩の秘密基地のようなアパートにお邪魔すると無人だった。勝手知ったる先輩のところなので、鍵もかかってない部屋に無断で上がり込んで待つ。程なくして先輩は戻ってきた。
「悪い、今さっきまで斎藤さんの所にお邪魔していた」
「誰ですか、それは」
「栄駅で駅員を務めていた人だ」
「よくそんな人見つけましたね」
先輩の調査力とフットワークの軽さに感心した。
「仲間のネットワークがある」
「ああなるほど……」
鉄道オタクのつながりなのだろう。マニアックな人が集まってそうだ。
「貴重な話を伺ってね、駅の昔話をしてくれて話が弾んだ。それで余計な時間まで話し込んでしまった」
さぞかし濃密な時間だったに違いない。美里だったらうんざりしてすぐ逃亡しそうだ。
「いいものをいただいてきた。見てみろ」
先輩の手には新聞記事のコピーが握られていた。地方紙のような趣で「身伸線、今日引退」というタイトルが目立つ。記事の写真には制服のおじさんが旗を振って旧式の電車を見送っている。
「これは……」
「キハ30という車両だ」
「いえ、電車のことではなくて」
そこで気付いた。「駅長の斎藤さん」という名前が出ている。
「これ……」
「そうだよ、この人だ」
かつての栄駅らしい面影。駅長クラスの人なら色々知ってるだろう。
「ここで重要なのは斎藤さんじゃない。おかしいと思わないか」
そう言われて初めて気付く。
「ああ、有人駅だったんですね、当時は」
斉藤さん以外にも駅員らしき姿が写ってる。
「そうだ。これは駅が規模を縮小して無人駅になることを示してある」
今の栄駅の前身か。だから全く見覚えがないわけだ。しかしよく調べ出したものだ。
「そこに日付は書いてないが」
先輩はまじめな顔つきになる。
「二十年前の話だ」
「はぁ……」
いまいちピンとこない。
「気付かないか」
「えっ」
思わせぶりな態度にいらだたしい思いを抱く。
「よくわかんないです……」
呆れたように先輩は笑みを漏らす。
「二十年前だと何歳になる?」
「??」
よちよち歩きの頃だろう。
「よく分かんないです」
何も答えられないのもしゃくなので、自分なりにずっと追っていたことを吐き出す。
「実は僕も前から思ってたんですけど……あの出来事は共同的な幻想だったんじゃないでしょうか」
大学で習った慣れない言葉を持ち出してみる。
「……ふむ」
それだけで先輩は私の言いたいことを理解したようだった。自分なりに事件のことを考えていて出した結論だ。
「華ちゃんとおばあちゃんが同時に幻をみたってことか」
腕を組んで先輩は私を見やる。私は頷いた。ある特殊な環境にいると共同催眠みたいになって大勢が幻を目撃することもあるという。
宗教団体で集団が神の姿を見たとか、こっくりさんのような遊びをやっていて心理的に引き込まれて子供が身体に変調をきたしてしまうとか。実際にあった話だ。
「おばあちゃんはあの通りで、深夜なのもあって錯乱していた可能性もあるでしょう」
「……まあ認知症も入ってるが……華ちゃんについてはどう思うんだ?」
「確かに華ちゃんまで証言したのは不思議ですけど……二人して幻想に襲われた感じもあるんじゃないでしょうか。おばあちゃんの暴れっぷりとかに気付かないうちに引き込まれて……夜中でしょう。揺れる街灯の薄明かりの中、二人で幻覚が……」
つい熱が入ってしまって私は続けた。
「華ちゃんはいい子ですけど、少し感じやすいところがあります。相手の気持ちを思いやってそこに入り込むみたいな。深夜でか弱い女の子が興奮した相手にひきずられている……タエさんの激しい熱気にあてられて影響を受けるのもあると思います」
「ふむ」
「深夜で明かりも人通りも僅かです。轟音で近づいてくる電車だってあるでしょう。例えばあの駅には止まらない特急とか……。そんな中で錯乱したおばあちゃんがあの電車が、と騒ぎ立てれば気持ち的に引きずりこまれることもあると思います」
「ありえない話ではないな…… ちょっと待て。喉が渇いた」
先輩は本棚の隣にある段ボール箱から缶を取り出す。見たこともない種類の缶だった。知らない外国語の文字が書かれていてけばけばしい民族模様が躍っている。
「茶だ。飲むか?」
「いえ……いいです」
喉を鳴らして一気飲みすると先輩はジュース缶を放った。見事カゴの中に吸い込まれる。
「話の続きですが……」
先輩は頷きつつも大きなゲップをする。うんざりしながらも私は続ける。
「無人の場所で、夜遅く、雰囲気的にも怪しい。昂ったおばあちゃんを連れ戻しに行ってお互いに興奮してます。両者とも普通の状態じゃなかったと思います。いつも世話していて気持ち的に通じるところがあって、それが……」
「ミイラ取りみたいに…狂気の伝染といった感じか」
「ええ。短時間だけ伝染する群衆パニックとかもあるでしょう。一部だけが騒いだだけだったのに、大勢が同じようにパニックになって似たような幻に襲われて……」
顔をしかめつつも先輩は頷く。
「聞いたことはあるな。子供たちがUFOの幻を見たとか……。人間は無意識に集団の影響を受ける生き物だ、全否定できないが……」
腕組をしたまま先輩は大きなため息をついた。
「幻想ってのは、いい線を突いてると思う」
褒められて俄然嬉しくなった。
「でしょう? そう思ってたんです」
先輩はまっすぐに私の目を見て断言した。
「だがそれだけじゃすべては説明できない。草太郎の言ってるのはあくまで断片だ。全部を見なきゃいけない。すべてが当てはまる盤面が無かったらパズルだって解決しないよ。おまえの言ってるのはあくまでピースなんだ」
「そりゃそうですが…………」
私もそれ以上は上手く説明できない。先輩の様子からして何かをつかんでる。しかしまだ確信がないのか。
ぱんと何かを思いついたように先輩は自分の太股叩いた。
「また連絡する」
そう言うと慌ただしく出て行く。まるで私を忘れてるような……
「ちょっと、先輩……」
種明かしもないまま先輩は、長い髪を振り乱して夜のとばりの降り始めた街に消えていった。




