第四章
二両建ての電車はゆっくりと軋みながら動き出した。改めてじっくりと見てみる。二両で足りるというのも珍しい。大学時代に使っていた電車は最後尾が見えないぐらいで、車両が蛇の胴のように連なっていた。
……本当にローカル線という感じだ。
野々沢先輩は腕組みをして線路を見つめていた。
「よし、いくか」
電車を見送ってから先輩は言った。周囲を見渡してから柵を超えて中に入る。飛び降りると中腰になって線路脇まで浚うように調べる。
線路自体にまったく変わった様子はない。この前に里美と調べた時と同じだ。日本全国どこにでも見かけるようなもので、妙なものを感じる要素はない。
背伸びして線路の先に目を凝らしてみる。ずっとどこまでも続く鉄の路線。夏に線路に陽炎が立つ映画のシーンを思い出した。どんより曇った空の下、遠い先は細く極まって終わりが見えない。
「線路は続くよ、どこまでも……」
美里が私と肩を並べながら独り言ちた。
線路をまたいで先輩はじっと立っている。
不法侵入な上に仁王立ちの不遜な姿だが、一時間に一本程度だけだからそう警戒する気にもなれないのだろう。
昔から見かけた腕組みの姿勢。考え事するときの癖だ。ぎゅっと眉根を寄せて線路を見下ろして、長い髪が風にふわり揺れた。
いつもは飄々とした感じというか、世事にこだわらない先輩だが、たまにこういうきりっとした顔になる。
(……麻雀で煮詰まってる時ともこうなってたな)
砂利を踏んで近づくと先輩は目を落としたまま口を開いた。
「草太郎、なんでこの石が敷き詰められてるか知ってるか」
「石ですか?」
今言われて初めて気付く。そういえば線路の周りにはこの手の小石みたいなのが必ずある。
「……土の補強っすかね」
「違う。水はけだ」
「ええ?」
思わずしゃがんで小石を見る。それは想像もつかなかった。
「線路は大体外で雨ざらしだろう。砂や土で固めると水がたまって土壌によくない。事故の原因になりかねない」
「……はぁ、なるほど。豆知識ですね」
感心する私に構わず先輩は膝を折ってレールをじっくりと見ている。ずいぶんと年季の入った色をしていたが、電車に触れる表面はピカピカに色落ちして小さな擦過傷も沢山ある。
腰をかがめたまま先輩は舐めるように目を動かしている。ぴったりと、レールに口付けしかねない姿勢で、はたから見られたら一風変わった自殺志願者か何かに思われるかもしれない。
先輩はレール表面を指差した。
「見ろ、傷が沢山ついてる」
「そりゃそうっすよ。一時間に一本でも電車は必ず通るんですから。塗装も剥げます」
私も隣にしゃがんでレールをじっくり見て見る。真新しい小さな擦過傷も見えながら、レールのところどころに錆や年季の入った染みと汚れた埃の塊も見える。
「……頑丈そうな鉄ですね」
「車両の重量を支えるからな。耐摩耗性も高く仕上げてあるんだ」
先輩は首を亀のように伸ばして丁寧に見ていく。
「……先輩、麻雀で一万円賭けてた時より真剣ですね」
「…………」
こっちが持ち込んだ話なのに今や先輩の方が夢中になってた。美里が横から顔を出す。
「そんな風に首伸ばしてたら電車いきなり来たら切れちゃいますよ。八墓村みたいに」
少しピクリと身体が動いたがそのまま熱心に見ている。まるで放られた肉が食べられるかどうか嗅ぎまわる犬のような……
(そういえばたまに臨時とか貨物電車も来るよな。時刻表になくても……)
犬を連れて散歩してるおじさんが何事かと立ち止まって私たちを見ていた。三人の男女が線路に不法侵入して何やら調べて回ってる。通報されてもまずい。
「美里の言う通りですよ、ちょっと離れましょう」
「……ああ」
「先輩……」
促すと立ち上がって初めて意識を取り戻したように私を見る。瞳孔が開いて頬が紅潮していた。
「草太郎、これもいい発見だ」




