第三章
カフェで野々沢先輩のことを話すと出すと美里は不審げな顔つきをした。
大きめのチェリーを丸ごと口に放り込んでグシュッと音を立てて潰す。酸っぱさに美里は片目を歪めた。
「民俗学研究会の先輩って…… 鉄道に詳しいってだけで分かるわけないでしょ」
「そりゃそうだけど、先輩はさ、昔から色々目ざといって言うか、変な察知能力みたいなもんがあってな、結構揉め事も解決できる人だったんだよ。大学に残って研究続けてて俺よりはるかに物知りだし、世界中旅して回ってて視野が広い」
野々沢先輩はいまだに大学院に籍があって学術雑誌にちらほら名前も見かける。一度アパートに遊びに行った時は天井まで本でびっしり埋まっていたのを思い出す。
「あの人は電車で日本全国踏破してるって言っても過言じゃない。電車が好きだからわざわざ鈍行で遠くまで回って」
「ああ、要するに鉄オタってやつね」
「……もしかしたらそうかもしんないけど」
「でも駅長さんだってわかんないのに、その人に分かるの」
「今のままじゃまったく見当つかないだろ。先輩だったら何かヒントをくれるかもしれない」
「う~ん」
里美はいまいち乗り気じゃなかったが今のままだと埒が開かない。
「話だけ聞くのもいいさ。行こうぜ。おまえも真相を知りたいだろ」
強引に誘う。私は勢いづけるように残ったオレンジを一飲みした。
「きったないアパートね」
「大きな声で言うな」
慌ててたしなめる。
「卒業してからも住んでんだよ。安けりゃどこでもいい人だから」
事前に連絡してたせいで野々沢先輩は笑顔でドアを開けてくれた。
「おう、久しぶりだな。草太郎」
ドアに付いた外国語の書かれたワッペンと民芸人形の飾り。日当たりが悪いせいか中はかび臭い。玄関にまで書籍や雑誌の束がはみだしてる。
大学時代に「同好会の主」と紹介された時とまるで変わらない。
美里は引き攣った顔で露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。私は背中を叩いて暗に合図する。
「……こんにちは」
「君が……美里ちゃん?」
「はい、どうも」
表情を改めて挨拶して美里は本とガラクタの隙間にちょっと離れて座る。あまり大きなスペースが無いので空いてる場所を見つけて無理矢理身体を潜り込ませないといけない。美里は出されたお茶をさりげなく身体の脇に遠ざけた。
先輩は小さな食卓用のテーブルの前に座って私たちと相対した。昔より髪が長くなって肩まで伸び、前髪を抑えるように頭をバンダナのようなもので巻いている。相変わらず無精ひげを生やしてるところも変わらない。
顔立ちは面長で悪くない感じなので、お洒落すればそれなりと思うのだが、元がこうなので一種の野性味がある風貌となっていた。
「話は草太郎から聞いたけど……」
雑誌や時刻表を取り出してみせる。
「やっぱり走ってる電車はないよ、あの時刻に」
「そうですよね。美里が駅長さんにも直接聞いたそうですし。貨物とか臨時車両もないそうです」
「何かの間違いってことはないのか。その……徘徊するような感じの人なんだろう? 見間違いとかもあるんじゃないか」
「最初はそう思ったんですけど…… スタッフの人も間違いなく目撃してると。わざわざ嘘言う必要も無いですし」
「そうか……」
腕組みをして考え込んだ後で奥の間を指差した。本の倉庫のようになってる場所だ。
「実はね、ちょっと気になることがある」
「というと?」
「あそこはもっと大きな駅だったんだ。支線でね」
「はい、それは聞きました」
「昔の雑誌で、その頃の駅が写った記事を見た気がする。そこにヒントがあるかもしれない」
「そんなのまであるんですか……」
思わず声が出た。
「……それをもって一回現地に行ってみるか。ちょっと待っててくれ」
先輩は腰を上げて雑誌を探しに行った。私は時刻表を取り上げて美里に見せる。
「先輩はね、ほんとはこんな本もいらないレベルなんだぞ」
「へっ?」
「全国の駅名は全て暗記してるし、電車の名前も全部ソラで言える」
「全部?」
「ああ。将来は海外の路線も全部覚えるって言ってた」
「……ぷっ、そんなことする暇あるなら彼女でも作ればいいのに」
「声が大きい」
「聞こえたぞ!」
不機嫌な顔をして先輩は戻ってきた。手には赤茶けた雑誌を掲げていた。「旅」という文字は読めたが、表紙がかなり傷んでいて他は判別しにくい。
「行こうか。現場じゃないと分からない事もあると思う」
「ほんとに付き合ってもらえるんですか、お金とか出ませんよ」
「ああ。面白そうだからな。論文は上がってるから暇だし。駅の謎となると放ってはおけない。その代わり終わったら酒ぐらい付き合えよ」




