Episode83/1.ー舞台裏・水面下(最恐と最狂)ー
(??.)
日曜日の午前九時過ぎーー。
嵐山沙鳥は、一時的に同盟を結んだ組織ーー異能力結社の拠点へ青海舞香の運転する車で向かっていた。
愛のある我が家とは違う。
閑静な住宅街に紛れ込ませ目立たない一軒家として利用していた第二拠点とも、普通の方法では辿り着けない第一拠点や第三拠点とも異なり、異能力結社の拠点は少し探れば直ぐにわかる広い建物である。
まるで一昔前の暴力団の外装のように、玄関は重く厚く、ガラスも防弾仕様と物理的には硬く、内装もわざと複雑怪奇な順路や階段をしているが、そのせいで周りから目立ってしまえば意味がない。
嵐山沙鳥はそう考えながらも、同時に逆に威圧感を放ち、常人は近寄れない雰囲気も漂わせているーーと、こそこそ潜み活動する自分たち愛のある我が家と異能力結社の思考や自信は違うのだと理解している。
青海舞香の運転する車で異能力結社アジト前まで辿り着くと、青海舞香が護衛のために着いてこようとするが、嵐山沙鳥は必要ないと返し、ひとり異能力結社の玄関前まで歩く。
玄関前でインターホンを鳴らす直前、玄関は内側から開き、一人の女性が嵐山沙鳥を招き入れる様な仕草で姿を現した。
一回、ここに招かれ異能力結社代表と会ったときーー嵐山沙鳥と善河潔が対面したときも室内に居り、一度目の対面時にも顔を合わせた人物である。
「嵐山様、用件は予め伝えたとおりです。お忙しいなかご足労、感謝いたします」
女性の外見は、良く言えば街中に溶け込み誰も気にしない容姿。
悪く表すなら、化粧もおざなりで、眼鏡越しに、瞼の下には隈が窺える。地味で疲労しきったOLの様でもある。
茶色に染めたセミロングの髪は枝毛が酷く、背は嵐山沙鳥より高く、160cmちょうどの背丈。
「いえ。私ども愛のある我が家を信用していただき、このような助力をいただけるとは……感謝の言葉もありません」
嵐山沙鳥は、自身より一つ年上ーー24歳のこの女性が、異能力協会の実質的なナンバー2だと理解している。
いや、読心するまでもなく、前回に対面した際、善河潔に直接説明を嵐山沙鳥は受けていた。
ーー俺が何らかの急用で不在のときはこいつに指揮を任せている。
ーーそして、俺が死ぬような事態になれば、異能力結社は滞りなく、この紅色桜に全権を任せ代表になるよう部下にも命じている。
……と、対面時に発言していたのを嵐山沙鳥は憶えている。
「こちらです。精神干渉“最恐”の異能力を持つ嵐山様には、あえて言う必要はないのかもしれませんが」
わざとらしく最恐などと言われ少し不服に感じた嵐山沙鳥だが、稀に自称するのも事実。それに悪気はないとわかっているため、気にする素振りは見せない。
「心が読めるからと、異能力頼りに説明全てを省かれるのは気分の良いことではありませんので、むしろありがたいことです」
監視カメラが張り巡らしてある玄関前の敷地で、自身が来るのに気がつき先回りして玄関まで迎えに来たのだと、紅色桜を読心して嵐山沙鳥は理解した。
そして、同系統の異能力者である紅色桜の能力は、言ってしまえば嵐山沙鳥の下位互換である。
精神干渉系の異能力者であり、能力の内容を端的に説明すれば、嘘発見器。発言の真偽を咄嗟に見抜く異能力である。
しかし、発言させなければいけないと言うのは、相手に情報を口から吐かせる必要がある。異能力を用いるときには、相方と言える仲間が必須、とまでは言えずとも、かなり重要になってくる。
嵐山沙鳥は、自身の実妹の異能力のように、味方が必要不可欠だと思慮する。
言動の物事の正誤がわからないのは、嵐山沙鳥と同じである。
当人が知り得ない事柄が、真に正しいのか、誤りなのかーーそこまでわかるのは、紅色桜や嵐山沙鳥の様な精神干渉の異能力者では不可能と言えよう。
正誤がわかる異能力者など、杉井豊花のような存在だけだと、嵐山沙鳥は考えている。
だからこそ、希少かつ優秀な異能力者と判断して、無理くり杉井豊花を家族に引き入れた。だからといって、他の仲間と扱いを変えるつもりは、嵐山沙鳥には一切ないが……。
だが、嵐山沙鳥は紅色桜には、ある種の形容しがたい畏怖を覚えている。
嵐山沙鳥の歩調に合わせて歩く紅色桜は、初対面のときも、今も、心に一切の動揺がなく、常に冷静を超越した心理状態のまま微動だにしていない。
前回対面時に、善河潔の居る部屋まで案内されている間、背後から長く見つめ異能力で記憶の一部を嵐山沙鳥は盗み観た。
その記憶の大半は、他者に拷問を与える彼女の見る光景で溢れていた。
相方の男と共に、誰かしらを拷問し、敵の許しを乞う言葉に対し何の感情も抱かぬまま「そうですか。それはすみません。それはともかく本音を吐いてください」と言い拷問をやめない光景が……。
嵐山沙鳥も冷徹な面があり、少なくとも、よく知らない外部の人間からは血も涙もない犯罪者だと思われている。それは違いないのも自覚している。
だが、紅色桜の様に敵対相手に対して、哀れみどころか怒りさえも抱かず、何も思っていないほど冷血な人間ではない。
嵐山沙鳥は、紅色桜のその冷血な面が、ある意味では善河潔より恐ろしく感じたのだ。
「前回と同じですが……こちらに我々の代表“善河潔”と、事前に説明しているとおり、例の人物が待機して居ります。私の異能力の判断では、間違いないかと」
紅色桜は嵐山沙鳥に伝えながら、扉をノックする。
「ああ、ノックなど不要だ。嵐山沙鳥が来たんだろう。早く本題に移るぞ」
善河潔の返事が扉越しに小さく響き、紅色桜は扉を開くと、嵐山沙鳥を室内に招き入れたあと、後ろで扉を閉めて、自身も嵐山沙鳥のあとにつづく。
「お気遣い感謝いたします。久しぶり……とは言えない期間ですね」
紅色桜に礼を述べたあと、嵐山沙鳥は善河潔に視線を移す。
善河潔が座る一番奥のデスクを見つめたあと、嵐山沙鳥は室内に四席分の椅子と、中心にあるテーブルを見渡す。
そこには、カタカタと小さく身体を震わせたまま、入室してきた嵐山沙鳥をハッと見て、直ぐに視線を泳がせる、女子高生ほどの年齢の少女の姿があった。
齢17歳ほど。おどおどした態度で冷や汗を滲ませている彼女は、やたらと大きな胸だけは非凡だが、服選びのせいか、そのせいで太っているように映ってしまう。
髪は黒のセミロングで、至って他はその辺りにいるようなただの女子高生にしか見えない容姿をしている。
人は見かけにはよらないとは言うものの、背丈が190cmに届きそうなほど高く筋骨隆々で威圧的な極道顔負けの顔立ちの善河潔は、ほとんど見た目通りの性格ーー熱血で苛烈、そして堂々とした豪腕な性格の人間。
怯えながらも、嵐山沙鳥の一挙手一投足を黙って見守るしかない異能力協会の構成員ーー“文月”を自称する少女も、少し見つめただけで、恐怖と焦りと保身で頭が埋まっているような凡人。
紅色桜のように見た目で判別つかない人間のほうが少ないのを、嵐山沙鳥はしっかりと理解していた。
「紅色さんや善河さんの仰る通り、紛れもなく文月本人のようですね」
嵐山沙鳥は文月の心中を今の一瞬で読み取った。
嵐山沙鳥が凄いというより、文月の一番表層の思考に本心全て流れていた為と評したほうが適当である。
だが、嵐山沙鳥は文月を、まだ視界内に入れ外れないよう努める。
「ああ。最初は“本物の文月”が差し向けた影武者か罠かと疑った。だが、最神一家の集めたネタと照らしてみて、実際に捕まえて正解だったという訳だ」
「あ、あの……そ、それで、私の身の安全を保証してくれるという話は……本当ですか?」
二人の会話に、震える声で文月が割り込む。
「事前に話した以外の情報も説明を要すか? 嵐山沙鳥、おまえには不要だろうが……なぁ?」
善河潔は、文月を無視して話をつづけた。
「いえ……お気遣いありがとうございます。ですが」嵐山沙鳥は文月を視線を凝らして暫し見つめた。「だいたいの状況は把握しました。そこまで従順に協力的だと、逆に疑う異能力者もいますよ。文月さんにアドバイスです」
文月は嵐山沙鳥に見つめられていることに気がつくなり、自分がどうしてここに来たのかなにがあったのか。
どういう事態、状況なのか。助けを求める理由や本名まで、可能な限り思考し正確に伝えようと努めたのだ。
たしかに、それが本心なのか虚偽なのか嵐山沙鳥は判断できる。
表層の思考の奥に隠れた本音まで読み取れる。
だが、もしも思考までしか読めない精神干渉の異能力者相手なら、それは逆に疑われてしまう行為になりかねない。
それを、“元”敵対組織の人間“文月”へ、嵐山沙鳥はアドバイスする。
そう。元だ。
文月は、旧皐月ーー自身より若いのに行動力の塊のような異能力協会の構成員が死したあと、新たに外様から加入した新皐月の“利敵行為”に対して、確定的な証拠もなしに、本人の埒外で勝手に生死を決めるような会議に参加した。
その場で、新皐月の異能力協会参入に賛成に投じた仲間ーー長月が、睦月という同志だった筈の男が横柄な態度であっさりと殺害する場面を目にして、その瞬間から、同じく“賛成に投じた”自分が狙われるという疑心と保身から、外部の……敵対勢力に助けを求めることを強く決意するに至ったのであった。
「嵐山沙鳥。おまえらの愛のある我が家より、異能力者保護団体や警察より、俺たち異能力結社が“最も保身を叶えてくれそうだ”と判断されたわけだ。文月……理由によっては、怒りで貴様を殺していた」
嵐山沙鳥は、内心『嘘を付け』と呟いてしまう。
この男は、苛烈で熱血であると共に、棚からぼた餅のように手に入れた存在だろうと、その情報の塊を殺すような男ではない……と。
なにより、嵐山沙鳥は既に善河潔から電話で短く報告を受けていた。
偶然ではあるものの、襲撃してきた二翠月に似た異能力者を返り討ちにした際に捕らえ、紅色桜と、身体干渉の治癒の異能力を持つ男ーー普段から紅色桜の相方役をしている青春湊の二人によって、何日にも渡る拷問を死ねないように工夫しながら延々と繰り返し異能力協会の葉月だと知り得たことを。
様々な異能力協会に関する情報を吐かせ、得た内容から連絡先のわかる異能力協会の同志とやら全員に向け、『皐月に売られた』旨の虚偽の連絡を送り分断工作の続きを仕組んだことを。
「あ、え、は、はい……すみません……ですが、愛のある我が家、いや、愛のある我が家さまの身元を知る術がなくてです。あの、異能力者保護団体や警察では、まず間違いなく異能力者研究所へ連行されて一生を終えるでしょう……」
文月は涙を流しはじめる。
「私がバカでした! い、異能力者に対する差別に、反抗する正義の組織だと騙されて……まさか、身内さえ容易に殺す、なんて団体とは考えてなくて……ぅぅ……」
善河潔は沙鳥と視線を合わせた間に『余計な口は挟むなよ?』と思考したあと、立ち上がるなりデスクから離れ、文月の後ろまで歩くと、泣きじゃくる文月の両肩をやさしく掴む。
文月は一瞬、びくっと身体を揺らした。
「安心しろ、日比谷毬。貴様は本心から異能力協会に見切りをつけて、俺たちを頼った。言う通りにするだけで、おまえの命は、俺たち異能力結社と、嵐山沙鳥の奴が保証する」
「……っ! ありがと、う、ございます。ありがとうございます!」
今を以て、少女は異能力協会の“文月”から異能力者の一市民“日比谷毬”に変わった。日比谷毬は泣きながら、善河潔に対して、感謝の念を言葉で繰り返す。
ーーよくもまあ、あれほど反吐が出そうな嘘を、そのようなやさしい眼で吐けるものですね……。
嵐山沙鳥は、精神干渉の異能力者でもなければ、誰もが騙されるであろうと思った。
普段は威圧的な顔立ちと雰囲気を漂わせ硬い口調の男が、まるで心の奥から日比谷毬を心配に思うかのような柔らかな眼差しを向け、厚い手のひらで弱く肩を触るように掴み、弱者となった少女に寄り添うような優しい声色を……よくも平然と出せるものだ、と。
たしかに立場は葉月と違う。
だが同じ異能力協会の葉月は、拷問の限りを尽くされた末、耐えられなくなり言葉を口から漏らしはじめ、十分だと紅色桜が判断するまで、味方の情報を吐かせられたあとーー死に体の状態で教育部併設異能力者研究所へ非情にも送られたのである。
嵐山沙鳥が記憶を読んだ限り、紅色桜と青春湊が拷問を繰り返すなか、善河潔は二人とは真逆のやさしい態度で葉月に接していた。
葉月は数日耐えたが、善河が顔を出し『正直に話せば、貴様は必ず解放する。俺は女性を傷つけたくなどないからな』と騙った。
それに対し、ナンバー2の紅色桜だけでなく、部下の青春湊まで演技と思しき茶番をはじめ、『善河様はお優しすぎます』や『善河さん、敵でも女の子には酷いことしないっすもんね』などと同調したのだ。
……それが決定打となり、葉月は知り得る味方の情報と状況を口から溢してしまったのである。
葉月を殺さず異能力者研究所に連行させたのは、単に“まだ吐いてないネタがあるかもしれない”と思慮しただけで、もう価値はないと判断したならあの場で殺していただろう。
そもそも最初に殴り飛ばされたのに、葉月はなにを頓珍漢に……解放されるなどと信じたのか、と。
それらを嵐山沙鳥は知っており、自然と脳裏で突っ込みを入れてしまう。
そして、それらの事情を嵐山沙鳥には見抜かれている、そう確信している善河潔は、わざと嵐山沙鳥の視界に入り、目配せしながら思考してまで、日比谷毬にはわからないよう忠告したのである。
葉月になにをしたのか、こいつにはなにも話すなーーと。
「今までのやり取りや、嵐山沙鳥と面したことで、ある程度の事情は把握できた。だが、念のため、日比谷毬。おまえを助けるためにも、暫くはここに居てくれ。匿う必要もある。話でもしながらな」
ーーいや……違う?
ーーこの男は……。
嵐山沙鳥は善河潔の思考を一瞬読むと、即座に“今回”は違うと認識を改めた。
「そうですね。私の読心で読んだことの答え合わせもしたいことですし、勇気を出して異能力協会を裏切り、私たちに救いを求めた日比谷さんには、私からも可能な限り感謝を言葉以外でも示したいのですから」
嵐山沙鳥はテーブルを挟み、反対側の日比谷毬の目の前にある椅子に座り、善河潔に目線を向ける。
嵐山沙鳥の脳内に『正解だ、嵐山沙鳥。外からじゃ足りん。日比谷毬と同じ“賛成派”とやらも巻き込む。さっさと内側からも崩したほうが早い』という善河潔の思考が流れた。
ーーこの男は……私の仕掛けたdivide et imperaーー分断支配の真似事を引き継ぐつもりか。
嵐山沙鳥は、少なくとも異能力協会とのゴタゴタが幕を閉じるまで、日比谷毬に対しては不思議なほど丁寧に接するつもりだと理解した。
日比谷毬にやさしく接するだけでは足りない。
善河潔と嵐山沙鳥は、一時的な共闘関係ながら、今このときの思考が完全に同調した。
ーーまだ少ししか読心できていませんが、この方は加入して日が浅い様子。仲間意識は薄く、まともな部下もいない。
異能力協会にわざと噂が伝わるようにする。裏切り者の日比谷毬が、金銭を含めた褒賞を貰い丁寧に扱われている事を。
同時にまだ若く人生経験の薄い日比谷毬を騙し、やさしさの檻で囲う。大量の飴を与え、逃亡など考えさえしないほど思考停止の状態まで追い込む。
それでいて、自ら協力するように誘導し促せられたら、齎した情報の更に数倍の価値まで昇華できる。
善河潔は、日比谷毬の隣に座る。悪い大人が無垢な子どもを騙すように。
「日比谷毬、俺の口の悪さは許せ。言葉遣いが悪いと、幼い頃から家族や教師から叱られつづけたんだが、どうも癖で直らないんだ。ははっ」
「はい。善河様はおやさしい人ですが、見た目から勘違いされやすいので」
善河潔に紅色桜は同意する。
嵐山沙鳥に視線を移し、善河潔は目配せする。
嵐山の脳裏に『おまえも同調しろ。バレない範囲でホラ吹くだけでいい』という善河潔の思考が流れる。
嵐山沙鳥は自身の異能力を逆に利用され、気づかれないほど小さく嘆息してしまう。
ーー利用する筈の異能力を利用されてしまうのは慣れませんね。
「はい。善河さんの過去を異能力で視ましたが、他の異能力組織で噂されているような苛烈な方ではありません。逞しいながら、義のあるお方です」沙鳥は騙る。「だからもう、泣く必要もありません。安心してくださいね? 私たちは日比谷さんの味方です」
「あぅ……うっ……あ、ありがとう、ありがとうございます!」
日比谷毬が号泣するのを、善河潔と嵐山沙鳥はやさしく宥め微笑みながら見守る。表情筋の薄い紅色桜まで無理して頬を緩め眺める。
「泣いてたってなにも始まらないぞ。飯でも食うか? おい、紅色? 青春も呼んでこい。ついでに適当に出前頼んでくれ」
「わかりました。ただ、青春様は風呂キャン4日目ですよ?」
「風呂キャン? なんだそれ?」
「お風呂ーーいえ、シャワーすら浴びないまま4日経過しておりますので、お食事をなさるなら匂いが少々気になるかと。私は慣れていますが……」
「あいつまた風呂入ってねーのかよ!」
わはははと笑う善河潔と同調して笑う紅色桜の声が、嵐山沙鳥の耳にわざとらしく聴こえる。
しかし、日比谷毬は心底安心したようだ、と感情を読み取り、ならばこそと、嵐山沙鳥も小さいながらつくり笑顔を見せる。
その様は、事情を知る人間から見れば、異常としか思えない情景だった。




