Episode82/4.真の敵(前)
直後、倉庫内に破裂音が、二、三、四回と連続して鳴り響く。
倉庫内に、四度の破裂音が木霊した。
「痛ッ……ぐぅっ!」
緑色は、咄嗟に視線を上に向ける。
右足と左脚の一ヶ所ずつから血を流しながら、崩れるように地に座り込んでしまった。
出血箇所を手で強く圧迫しながら、緑色は斜め上の方を睨むように見つめる。
私も反射的に顔を上げてしまった。
敵は潜んでいないだろうと思い込んでいた二階。その二階の木製の床に空いた穴のひとつに、自然と意識が持っていかれてしまう。
「きみらが一人も現れなければ、どうしたものかと悩んでいたところだよ」
空いた穴の中でも大きめの穴から、中年男性がひとり一階へ飛び降り着地した。
その男性の姿に、私は見覚えがあった。
一見穏やかそうに見える柔らかい表情をしている四十代男性ーー渋澤さんは、緑色に銃口を向けながら歩を進める。
「どうして……この場所に貴方みたいな連中が……!」
ギリギリと歯を食いしばる緑色は、それでも臆せず、渋澤さんを睨み鋭い眼光を浴びせる。
「ふむ……どうして私が、この倉庫の場所を知っているのか。ここに私が隠れていたのかーーそう訊きたいんだね?」渋澤さんは微笑みを浮かべる。「しかしね? どう思考しても、わざわざきみに教える義理が見当たらないんだ。申し訳ないね?」
緑色は、撃たれたというのに、咄嗟に意地からか身動きしようとする。
だが、五回目の破裂音ーー渇いた銃声が響くと、立ち上がろうとしたらしき緑色の右脚を銃弾が貫通した。
「ぎぃ……ぁぐぅーーッ!」
緑色は脚の三箇所を銃弾に貫かれてしまう。立ち上がるために力んでいた足が、脱力してしまったのか。
緑色は立ち上がるまえに、足が滑ったかのようにバランスを崩し、再び腰を落とす。
痛みに堪えているのか歯を噛み締めながら、銃弾が貫通して出血し出した箇所を、手で掴むように抑えて圧迫しつづける。
事態は収束したかと思えば、唐突に緑色が倉庫内に異能力で転移して現れた……かと思えば、誰もいないと思っていた二階に潜んでいたらしい渋澤さんが、二階から緑色の足を狙い何度も発砲。
どうして急に、緑色が倉庫に現れたのか。
どうやって、渋澤さんは誘拐犯にバレずに二階で身を潜めていられたのか。
アドレナリンが過剰分泌している今の私の頭では、考えが纏まらない。
木刀で殴られた痛みがほとんど感じられない程度には、脳内麻薬がまだ過剰分泌しているらしい。
「ふむ……きみの異能力は転移できる力だと、既に情報は得ているんだけど、この窮地に立たされているのに、なぜ異能力を発露しないのかな?」
「……下等生物に教えるわけないって……うっ……理解が及ばない程度の頭をしてるの? やっぱり旧人類は、新人類の私たちが……ッ」
時折痛みで顔を歪ませながら、尚も緑色は、相手を煽るような言動を取りつづける。
「渋澤さん……どうして此処に居るんですか? そもそもどうやって、私の居場所を特定できたんですか?」
私は自分の放った精霊操術の痕跡を確認しながら、渋澤さんに問いかける。
幸い、火球が衝突した壁は黒い焦げあとが出来ているくらいで、蒔き火しをした床に至っては焦げてすらいない。
もしも段ボール箱まみれの二階で戦ったら、段ボールが着火材になって燃え上がり火事になっていただろう。
ーー放火の罪は殺人並みに重い罪だからな……。ーー
「申し訳ないけど、今はそれよりも早くこの子を拘束して、異能力で逃亡されないようにするのが先決だからね。八月一日くんはお父さんを守れたけど、橘くんはお姉さんの護衛に失敗してしまった。それについては謝罪させていただくよ」
……え?
八月一日って……あの厳ついタトゥーを顔面に彫ってる男の名前だった筈だ。八月一日さんが父さんを守っただって?
それに、橘さんは裕希姉を守るのに失敗した……って、事実ならいろいろと勘違いしていたことになってしまう。
ーー少なくとも渋澤啓一は、豊花の家族を監視していたのは間違いないだろう。推測でしかないが、渋澤班の三人全員、杉井家を暫くのあいだ本当に監視して護衛する役割を務めていたのが事実なら、憶測レベルの推察くらいはできる。ーー
へ?
なんの推察ができるって?
ーー私の考え通りなら、杉井家を監視している間に渋澤啓一らは何らかの情報を得ることに成功し、神無月の雇った闇バイトたちが拠点にしている場所……つまり此処を、予め把握できていたのかもしれない。ーー
うーん……とりあえず、まずは裕希姉の拘束を解きたい。
裕希姉の顔色を窺うと、顔を青で染めながら酷く混乱している様子。
早く自由に動けるようにたりたい、早く解放されたいーーそう思っているのは間違いないだろう。
けど、完全に緑色を無力化したと確信が持てるまでは、下手に動くと隙を突かれてしまう可能性がある。
以前みたいに、一瞬の間で知らない場所へ拉致されてしまう恐れだって否定できない。
でも裕希姉は、身体的な負傷はほとんど受けていない様に見える。
身動きできなくされて、テープで喋ったり騒いだりするのも封じられているけど、命に別状はないだろう。
どちらかと言えば、なぜか偶々この倉庫に連れて来られている宮下のほうが、遥かに大怪我を負っている。可能なら、早く救急車に連絡を入れたいくらいだ。
「旧人類風情が……新人類に手を上げるなんて……無礼にもほどがあると思わなッ! ……思わないの? 劣等種たちに幾ら説いても理解しようともしない。本気でわからないって言ってーー!?」
「静かにしようね?」渋澤さんは銃口を緑色のこめかみに押しつける。「あと少し待てば、第1級異能力特殊捜査官と異能力捜査官。警察も大人数やってくる。おまけにシャッター前で意識を失っている彼のために救急車ももうすぐ到着するんだよ?」
その言葉を耳にして、ひとまず胸を撫で下ろす。
ホッとしたからか、思わず緊張が途切れたからか、安堵由来のため息が溢れる。
同時に、麻痺していた左腕がピリピリと痛みを放ちはじめた。
渋澤さんは、一瞬だけ裕希姉に顔を見る。
「杉井くんのお姉さん。きみの友達も命に別状はなかった。今頃病院だろうから安心してくれたら助かるよ」渋澤さんは直ぐに緑色に視線を戻した。「どうしてきみは、異能力をつかって早く転移しないのかな?」
「……黙れ」
「後で嘘が通じない取り調べを受けてもらうけど。どうしても気になってしまうんだよ。だから、私は今から独り言を呟くけど、緑色はなにも気にしないでいいからね?」
たしかに、渋澤さんの言う通りだ。緑色は、いつでも異能力で離れた場所に転移して逃走できる筈だ。なのに、緑色は異能力を使おうとする素振りも見せない。力を使いそうな気配さえ感じ取れない状態だ。
いや、違う。
無理して立ち上がろうとしていたときは、まだ、なんらかの奥の手があるような気配が感じ取れた。
でも、三度足を撃たれて立てなくなってからは、急に異能力を遣うのを諦めたかのように、罵詈雑言や、挑発としか思えないような言動を繰り返すだけになってしまった。なにかしようと踏ん張る気力さえ霧散し消滅したように思えた。
緑色の異能力は、なにか発動条件みたいなものでもあるのだろうか?
「私はね、きみからたっぷり情報を回収したくてね? 捕まえて尋問するため、あえて致命傷にならない箇所を狙って撃ち抜いたんだよ。少しでも、異能力協会に関する情報を回収したかったからね。転移能力の異能力者のきみ……緑色だったかな? 緑色が倉庫に転移して現れたときは酷くガッカリしたよ。能力がまずい。十中八九、逃げられると直ぐに思った程だ」
渋澤さんは、長い説明を、独り言の呈で緑色の耳にも聴こえるように言いつづける。
倉庫に異能力協会の構成員、または、関係者が来る事は事前に把握していたらしい。
しかし、渋澤さんの独白から察するに、倉庫に訪ねてくるのが何者なのか迄は掴めていなかった様子。
「だけど、こうして蓋を開けてみると、いつでも異能力を使えば逃げ出せるのに、未だに異能力を使う素振りも見せない。いや、ああ、訂正しよう。最初に撃たれたときは、まだきみは逃げるつもりだった。違うのかな、どうなのかな」
「……黙れ。蓄膿症と旧人類特有の刺激臭で吐き気が込み上がる」
「独り言に応える必要はないんじゃないかな? きみは弾丸が貫通した状態で、無理してでも立ち上がろうとした。座ったまま転移すれば済む話なのに、きみはわざわざ立ち上がろうとした。酷い痛みに耐えてまで」
「…………」
ハッと察する。
もしも致命的な弱点として、転移するためには、何らかの条件を満たす必要があるとすれば……?
例えば同じ転移能力を使える、距離の概念に干渉する異能力者ーー御薬袋藍は、弱点として、転移先に誰かが居たり、なにかがあったりすると、異能力は不発に終わる。
空間の概念に干渉して転移を自在に繰り返す舞香と比べると、藍の異能力は、少なくない頻度で不発に終わる可能性があるといった、場面によっては致命的な隙を生む要因になり得る、弱点と言えなくもない条件を内包している異能力だ。
舞香は自由自在に問答無用で転移できる反面、転移の最大距離は、藍よりも遥かに短い。過去の記憶を振り返ると、最大射程はせいぜい一キロメートルに届かないくらいだ。
憶測だけど、たぶん、緑色の転移能力よりも異能力の射程距離は短いのが容易に想像できる。
なら、こいつーー緑色の異能力にも、なにかしらの弱点があってもおかしくはない。
そして、安直過ぎるけど、今しがたの流れを見ていた限り、その弱点はーー。
「断定は嵐山くんが調べなければ出来ないけど、もしかして緑色は、立っていないと転移できないんじゃないのかな?」
「黙って、とさっき言ったでしょ?」
落ち着いてきたのか、緑色は返事をしながら身動きをしようとする。
「ーー痛ッ!」
すかさず渇いた銃声が木霊した。
渋澤さんが、緑色の脚に発砲したからだ。
「ぐッがッあぁああああっ!」
我慢の限界を片腕が飛び出し上回ったのか。
緑色は足を撃たれた瞬間、痛みのピークを突破したのか、耳を劈くほど甲高い悲鳴を上げると、とうとう地面に座ることさえ出来なくなり、横に倒れて蹲る。




