Episode82/3.真の敵(前)
私は左手をナイフ男へ向ける。
全ての霊子を溜めた左手から“半分”の霊子を手放す。
「火球!」
「おい? なんのつもりーーッ!?」
火球を放った直後、私は背後男から距離を稼ぐために後ろ足に力を入れて、飛び込むような勢いで前へと踏み出していた。ナイフ男の、少し左側に向かってーー。
手放した霊子に火が纏い火球が発現し、その火球はナイフ男へ真っ直ぐ飛ぶ。プロなら余裕で対処できるだろうけど、素人は躱すので精一杯。
ナイフ男の右側にには、拘束されている裕希姉がパイプ椅子に座らされている。
ゆえに、右側には避けられない。
かといって、後ろへ下がっても真っ直ぐ手放した火球の射線上からは逃れられない。
つまり、ナイフ男は左に避けるしかない。
回避する方角を左に全ベッドした私は、ナイフ男に真っ直ぐ向かわず、あえてナイフ男が避けるであろう左側へ向かって駆け出したのだ。
「ーーっ!」
ナイフ男は私の想定どおり、慌てふためく様相で、反射的に左へ避けてくれた。
背後男が事態を把握するより早く、背後に居る二人の間合いから左斜め前へ走り出すと共に、背後男たちとの距離を空ける事も同時で叶う。
私はスカートを捲り、素早くナイフホルダーからナイフを取り出す。
瑠衣の下でナイフ戦を学んでおいてよかった。咄嗟にナイフを手に取ることが出来た。
私は後ろに振り返らずに背後男の居るだろう位置の地面に左手を向け、敵二人の足下に霊子を手放した。
「蒔き火し!」
「なっ……!?」「おい、なんだよこれ!」
背後男と木刀男が声を上げる。
床に蒔き火しの精霊操術によって火が散らばり、疎らに燃え出す些細な火の音が、背後から聴こえてきた。
それを耳で確かめつつも右手でナイフを握り締め、裕希姉から離れて火球を全力で回避した直後のナイフ男の間合いに、一気に足を踏み込んだ。
「てめぇ!」
ナイフ男は火球を躱して崩れた姿勢を直す前に、私が急接近してくるのをようやく認識したらしい。顔を怒りで染めて言葉を吐き出した。
だけど……もう遅い。ナイフ男がナイフを振るより、私が“逆手ナイフ”で突くほうが一秒以上早かった。
私はナイフ男の肺がある辺りにナイフの刃を突き刺し、すぐさまそれを引き抜く。
「ぐぅッ!?」
それだけで終わりじゃない。
ナイフ男は順手持ちをしているが、密着距離は逆手持ちの間合い。私はナイフ男の首を、ナイフの刃で突き刺した。
すぐに私は身を翻し、背後男と木刀男が蒔き火しの効果範囲から脱した直後ということを把握。
今まで足下に意識が向いており、ようやく蒔き火しから脱して意識を戻そうとしているところへ一気に駆け寄る。
思考で推測した背後男の武器は、ナイフもしくはリーチが短いスタンガン。
より脅威的な相手は木刀男だが、若干距離が近いのは背後男。
私は真っ先に背後男に飛び付くように接近。まるで今から抱き着くんじゃないかと勘違いされそうな程、体勢を前に傾けながら背後男へ一気に跳び込む。
唖然としながら木刀を構える男を、私はあえて放置。背後男に抱き着く直前に、私は順手持ちかつ刃が上に向く変則的な持ち方に変え、そのまま背後男の腹部に強く刺した。
テコの原理で、刺したナイフの背刃が脂肪に逆らえず、ナイフの刄が腹部に刺したまま上がり、背後男の腸が切り裂け多量の血液が腹から吹き出す。背後男は崩れるように倒れた。
背後男の手にはスタンガンが握られていた。やはりリーチの短い武器を隠し持っていたが、半歩遅い。私のナイフが腸を切り上げるほうが僅かに早かった。
「クソッタレぇええッッ!」
木刀男が大声を上げながら、飛び付く勢いで姿勢を崩した私に向けて、木刀を大きく振り上げる。そのまま私の頭に振り下ろす。
このままでは当たると直感が働き、私は頭を守るように左腕の肘を曲げ、前腕で木刀を受け止めた。
「ーーッ!」
びりびりと木刀を防いだ左腕に痺れが走り、思わず動作を止めてしまいそうになる。
想像以上に痛い。下手したら、骨に皹が入ったかもしれない。
けど……この程度の痛みに堪えられないで、なにが愛のある我が家の一員だ!
私は左腕で木刀を防いだ姿勢のまま、右手に握るナイフを刃が下に向く握り方に戻す。普通の順手持ちに持ち変えたのだ。そのまま木刀を振り上げたタイミングで、私は木刀男が木刀を握り締める右腕をナイフで軽く切る。
「このチビ風情が調子に乗りやがって、ぶっ殺してやる!」
男の木刀を握る手首に刃が当たり、そのまま流れで刃を引いたことで、木刀男の手首にリスカより深い切り傷が刻まれ血が散らばる。
木刀男は斜め上後ろに大きく振りかぶるが、私はその隙を突き、素肌を晒している顔面をナイフで切りつけた。木刀男の頬が深く切れて再び血を飛び散らす。
麻痺してきた左腕の痺れと痛みを堪える。
木刀男は大きく振りかぶった木刀を手放さないでいる。
頭が木刀で叩き殴られてしまうーーといった直感を信じて、私は身体の向きを変えながら屈む。振り切る木刀が私の頭上にある空を横切った。
屈んだ状態から立ち上がるエネルギーを乗せ、跳ぶかのように立ち上がりながら、ナイフを木刀男の首筋に狙いをつけて斜めに切り上げる。
「ごばっ……ぐぶぉっ…………?」
刃が深く首を裂いたらしい。
仰向けに倒れ伏しているナイフ男は、噴水かのように血が吹き出ていた。だが、木刀男は裂けた首から一度勢いよく血を撒き散らせながら真横に倒れ、じわじわと血溜まりが木刀男の首筋から広がっていく。
自分の血で溺死する様に苦しみ呻き、そのまま窒息したのか、瞼を大きく見開いたまま絶命した。
伏兵が潜んでいないか、倉庫内の周囲を見回す。
ナイフ男の鮮紅色の液体が噴水のように吹き出していたが、既に噴出する勢いは衰え、周囲に吐き出した大量の血でつくられた幾つもの真っ赤で小さな水溜まりが辺りには出来ていた。
背後男は錯乱したのか、なぜか裂けた自身の腸を自らの指で取り出す最中に生を止めたような状態で息耐えていた。思っていたより他二人より出血量は少ないが、代わりに内臓ーー裂けた腸がほんの少し腹から顔を覗かせ『こんにちは』と言っている。
木刀男は首周りに大半の血液が広がって、大きな大きな血溜まりをつくっている最中だ。
「…………っ!?」
敵の絶命を確認し、再度辺りに伏兵がいないか辺りを見渡したあと、ようやく裕希姉の拘束を解くことにした。
裕希姉が瞼を見開き私を凝視してくる姿に、どこか懐かしい感情を覚える。
ーーああ、あれだ。
強姦されそうな事態から助け出した瑠衣を見つめる、裕璃のあの恐怖に染まった瞳と酷く似ているんだ。
裕希姉は身体を震わせながら、近づく私になにも言えずに、ただただ拘束を解いてもらうのを待つしかない。
ーーッ!?
誰か来る!
危険信号を脳が発する。
「んーっ!」
突如喚き出した裕希姉の視線が、私ではなく私の背後に移ったのを見逃さない。
振り向きながら、裕希姉側に跳んで下がる。現れた何者かの間合いから離れるように距離を稼ぐ。
そこに現れたのは、女子高生ほどの年齢をしている見覚えのある少女。
神無月の部下の一人ーー私を手で掴もうと腕を伸ばす緑色の姿がそこにはあった。
ーーまずい!
このままだと、緑色の手が私の腕に届いてしまう!




