切り分けられたモノ
昔々あるところに、お腹を空かせた七人の子供がいました。
子供たちは食べるものが何もなかったので、自分たちの体の一部を削って、一枚の大きな“パンケーキ”を作りました。
『どうか私を食べないで』
パンケーキは子供たちの体の一部で作られていたので、人の言葉を話す事ができたのです。
しかしお腹を空かせた子供たちは、食べることを待てません。
子供たちはパンケーキを追いかけ、仕舞いには捕まえてムシャムシャと食べてしまいましたとさ。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「……二人とも、ここを出ましょう。
少し、危険な匂いがします」
魔法に抗いながら、やっとのことで口を開き、席を立とうとする。
しかし俺の体は、異常に強く掴まれた“手”によって、椅子に縛り付けられたまま立ち上がる事ができなかった。
手の主が首を傾げて言う。
「ししょー、匂いなんてしないよ?」
「そうですよマトーさん。
せっかくなんですから、最後まで見ていきましょうよ」
二人の声が聞こえた瞬間、ゾッと背筋に悪寒が走った。
驚いて主を見てみれば、その瞳にはあるべき光が映っていなかった。
まるで虚空を見据えて、呆けているような。
精神魔法……ッ!?
バッ、と力の限り首を捻って、辺りを見渡した。
するとそこには、こちらを光のない瞳で見つめる、目、目、目。
「すまねぇな、マスターさんよ。
巻き込まれただけってのはなんとなく予想がついてんだが……“パンケーキ”を渡すわけにはいかなくてさ」
声がした方を見る。
その主は昨日店に来た半獣人のムルックだった。
「またパンケーキですか」
それが何かの隠語らしいことはなんとなく想像がつくが、それが一体何かに思いつくには至らない。
しかしどうやら俺は誰かにはめられてこんな事態に陥ったことくらいは理解していた。
そのつもりだ。
……この状態で、絡まってる全ての魔法を破壊することは容易だが……もう少し情報を聞き出してからにするべきか。
「一体何なんです、そのパンケーキって」
諦めて椅子に腰かけ直しながら、ムルックに尋ねる。
こちらが派手に動けば、万が一ということもある。
暫く観察と推理に徹しよう。
……こういう時、あの参謀ならそうする。
頭の中に、あの黒髪眼鏡の元パーティリーダーのドM執事の姿が浮かび上がる。
『冷静さだよ、マトー殿。
観察と推理は、非常に冷静でなければ務まらない。
かもしれないという可能性を集める観察眼と、それらを組み合わせる集中力を保つには、冷静さというものが何よりも重要なのさ』
ムルックは足を組み直して、顎をしゃくって舞台を指した。
「それはショーを見れば分かるさ」
「……なるほど」
答えたのと同時に、ブザーが鳴って舞台に注目を集める。
操られていた人たちは、一斉に意識を取り戻したかのように振る舞い、静かにステージを見下ろした。
「少ッ々〜、お喋りが⤴︎過ぎたようで⤵︎申し訳⤴︎ない⤵︎♪
ワガハイ、名を⤴︎エドモンとッ⤴︎申します⤵︎♪
今回、貴方方にお見せするショ〜ォは⤵︎、そんじょそこらのフリークたちとは比べ物にならないら過激なものとなっております故⤴︎、公演中はくれッ⤴︎ぐれもッ⤴︎、お静かに願います⤵︎♪」
エドモンはそのように前置きを済ませると、再び一礼して舞台袖へと消えて──
「っと♪
そうッそう♪
今からお見せするワガハイ共のカワウィ〜〜〜ィイッ⤴︎、パンケーキたちは、欲しい方がいらっしゃったら後日!また日を改めましてオー⤴︎クションッ⤴︎しますので⤵︎、お楽しみにしておいてくだッさいッな⤴︎♪」
そう言い残してその場を後にした。
始めにやってきたフリークは小さな二人の子供だった。
よく見れば、首に鉄の首輪が嵌っている。
魔法の気配がする首輪だ。
着ているのは白を基調としたローブ。
袖口やフードの口が水色に染められていて、何か恐竜の顔でも模しているのか、側面にはボタンによって大きな目玉がデザインされている。
ローブはその小柄な体躯の割にぶかぶかで、その下に着ていると見えるゴム製の水着までぶかぶかだった。
やってきた子供の後ろについてくるように、先ほどテントの入り口で出会った男女、フィガロが巨大な水槽を台車に乗せて持ち運んできた。
一言で言えば、金魚鉢だ。
「みなさん、ご覧ください。
こちらにありますは、何の変哲もない巨大な金魚鉢にございます。
これからこの双子のうち片方をこの水槽の中に沈めて、出られないようにしたいと思います」
フィガロの宣言を聞いた観客たちが、僅かにざわめく。
「人間であれば、何の魔法も使っていなければ一分も息ができなければ窒息死の危険があります。
ですが、彼女たちは互いの肺を共有することで、片方が空気を吸っている限り、もう片方は息を吸わなくてもモウマンタイ!
……では、早速試してみましょう」
拍手が上がる。
フィガロに連れられて、双子らしい片方の子供が金魚鉢の裏に連れて行かれる。
梯子を登り、水槽の蓋に腰掛けて──こちらへ金色の瞳を向けてから中に飛び込んだ。
……今、こっちを見た?
水槽に飛び込む子供。
長いモサモサの、青みがかった銀髪が水中に揺らめいて──かと思えば次の瞬間、水を吸った乾いた布のように、その体がぶかぶかの水着のサイズに合わせて急激に成長した。
「「っ!?」」
四肢には髪と同じ色の鱗が現れた。
顔にも少し、うっすらと現れて、平坦だった胸も途端に大きく成長し、大きな丘陵を作り出す。
……なるほど、人魚のハーフだったのか。
確かにこれは珍しいかもしれない。
この世界でも人魚自体が珍しい存在で、さらにそのハーフともなれば。
子供だった姿は大人の女性の姿に変わり、水中を泳いで金魚鉢の壁際に顔を押し付ける。
その顔は悲しそうにもう一人の子供の方を向いていて──俺もそちらに視線を移した。
すると、その子供は苦しそうに、短い息を何度も何度も繰り返していた。
苦しそうだった。
それはそのはずだ、あの小さな体で二人分の酸素を補給しないといけない上に、相手は大人のサイズになった。
単純、二倍以上の酸素をその小さな体で補わなければならなくなったのである。
「それでは、この水槽に蓋をして、鍵を閉めましょう」
フィガロが金魚鉢に蓋をして、あまつさえ鍵までかけた。
「これで二分待ちましょう。
その後彼女を取り出してもし生きていれば、この二人がどれだけ素晴らしいかがおわかりいただけるはずです」
……酷いな、これ。
手紙の差出人が誰かはわからないが、助けてと依頼したくなる気持ちもわかる。
それに、直接手紙を渡さなかった理由も。
だが、相手側はおそらく手紙の主が誰かを理解しているのだろうな。
でなければ、黒尽くめの女なんてキーワードが出るはずもないし。
それから、ショーは滞りなく進んでいった。
フィガロが紹介する“パンケーキ”たちは、どれも幼い子供たちだった。
内臓が共有される双子。
狼に変身する少女。
蛇を操る少年。
毒虫を一切調理せず踊り食いできる少年。
まるで鉄の針のような髪を持つ少女。
蟲を操る少年。
空中を走ることができる少女。
みんなショーの最中は助けを乞うような──あるいはそれは、こちらのエゴが混ざって見えていたのかもしれないが──苦しい表情を浮かべていた。
……これは、直接手紙の主に会わなければなるまい。
その人物なら、おそらくこの子供たちが一体どういう経緯でこのサーカスにいるのか、それがわかるはずだ。
フィガロの恭しい礼と共に鳴り響くブザー。
従って閉じていく幕と共に、ショーが終わる。
「なかなか良いショーだったな、マスター」
ざわめきと共に席を立ち、テントを後にしていく観客の波の中で、ムルックがこちらに話しかけてくる。
「あぁ、そうだな」
皮肉を込めて返してやる。
全く趣味が悪い。
あれのどこがショーだ、完全に拷問じゃないか。
肩を竦めて言うと、隣の二人が口々に『面白かった』だのと感想を言い合った。
おそらくこれも、劇中に仕掛けられた精神系の魔法による影響なのだろう。
しかし、ここで敢えてそのことを伝えれば二人の身が危険に晒されるかもしれない。
ちっ、野郎め。
これじゃ人質じゃねぇか。
二人に分からないように、しかしムルックにだけはわかるよう、こっそりと殺気を向ける。
彼女はといえば、それに若干たじろぐような素振りを見せるものの、ニヒルに笑って俺の方に片手を置き──
「オークションが楽しみだよ」
──通り抜け座間に耳元に顔を寄せて、俺の胸ポケットに何かを仕込んでその場を後にした。
オークション。
そういえば、劇始めにエドモンがそんなことを言っていたか。
目線を少し斜めに落とし、胸ポケットを見る。
おそらく入れて行ったのは、そのオークションの日程なのだろう。
本当にこれがオークションなのかは疑わしいが……。
しかし、今はここの二人を不安にさせてはいけない。
俺はいつもの笑顔を繕うと、『さ、行きましょうか』と二人を誘導してテントを後にしたのだった。
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