お夜食かるぼ
あの後、教会に行ったり北東にあるコロッセオを見に行ったりと色々観光して、二人に連れられるままハニーブルクの街を回って帰ってきた。
これは余談だが、帰りにあの例の角煮の屋台があった場所を通ったのだが、しかしそこからは屋台そのものが無くなっていたのは少し残念だった。
もしかすると何か手掛かりが掴めたかもしれなかったが……。
考えても答えが出ないのは仕方ない。
いかんせん、これは俺一人の思慮に余る。
問題は手紙の主を見つけてからだな……。
「はぁ……」
おもわず、ため息を吐く。
と、それを聞いてしまったのか、いつもの防隔の訓練から解放されてカウンター席でうなだれていたアンバーが、急に立ち上がって俺の目の前で何かを捕まえるような仕草を見せた。
「どうしたんですか、急に?」
唐突な奇行を見せた彼女に、首を傾げて尋ねる。
「マスターから逃げた幸せを捕まえてました」
「幸せ?」
明日の分の仕込みのために寸胴鍋をかき混ぜていた手が、一瞬だけ止まる。
「ほら、ため息をすると幸せが逃げるって言うじゃないですか。
今日何だか元気がなかったみたいですし、きっと幸せが逃げすぎたんです。
……なので」
アンバーは厨房の中まで回ってくると、お椀型にした両手の膨らみに口を近づけると、ふーっ、と息を込めて──
「私の幸せをプラスして、お返ししようかと」
その両手の籠を開きながら、俺の口に掌を押し付けた。
「……」
そのあまりの予想外の行動に、身動きが止まる。
「ほら、早く吸ってください。
逃げちゃいます」
その目が、あまりにも真剣そうだったからか。
俺はその彼女の気持ちに煽られて、小さくて柔らかな掌の中の空気を吸い込んだ。
「……えへへ。
これ、ちょっと恥ずかしいですね」
「……ですね」
鍋を再びかき回し──と、そこですでに完成していたことに気づいて、火を止める。
どうやら考え事に没頭しすぎていたみたいだ。
「何か作りましょうか、簡単なモノでも」
時刻は夜中十一時過ぎ。
これから寝ようにも、小腹が空いては眠れないだろう。
「いいんですか、こんな時間に……!」
それを聞いて、ハッとした顔でこちらを見つめてくる。
「お腹が空いては寝付けませんし、少しだけ」
家庭用の魔法の冷凍庫を開き、中身を確認する。
白パンがある。
卵とチーズ、それにマヨネーズ……あ、ベーコンもあるな。
あと……パスタがある。
……よし、アレにしよう。
海苔がないのが残念だが、今回は仕方あるまい、目を瞑ろう。
諸々の材料を調理台に出して、少しだけ伸びをする。
「今回は何を作るんですか?」
席に戻ったアンバーが、キラキラした目でこちらを見てくる。
「カルボナーラトーストです」
「かるぼ……?」
首を傾げて、どんなモノなのかと想像するような顔を浮かべる。
が、結局それが何なのか分からず、しかしきっと美味しいのだろうという期待が上回った結果
──ぐぅ……。
小さな腹の虫の声が鼓膜を震わせた。
「あ、あはは」
少し恥ずかしかったのか、淡く赤面させる。
「期待して待っててください。
すぐできますから」
そういうと、俺は麻の紙に巻かれたベーコンを俎板に取り出して、厚めに短冊切りにした。
トントントンという軽快な音とベーコンの甘い肉の香りが、さらに食欲を膨らませる。
フライパンを用意して火にかけ、暖まったところにバターを入れる。
表面が少しふつふつしてきたら先ほどのベーコンを投入、色が変わってきたら、すでに茹でてあった太麺のパスタ、それから牛乳とブイヨンを加えてよく絡める。
全体が馴染んできたら卵を加えて、白身が固まらず、白くぶよぶよした状態になるまで余熱で放置。
最後に塩胡椒を振ればカルボナーラの完成だ。
その間に白パンをスライスしてマヨネーズを塗り、魔法の火で少し焼いて……マヨネーズに焼き色がついたら、先ほど作ったカルボナーラをトッピング。
チーズを乗せて表面を炙り、チーズが少し溶けてきたところでバジルを少し振れば……俺特製カルボナーラトーストの完成だ。
「ごくり」
部屋が静かだからか、彼女の生唾を飲む音が大きく聞こえてきた。
それはそのはずだ。
こんな夜中なのにここまで高カロリーの夜食を食べるという背徳感が、もともと美味いはずのこの料理をさらに美味くしてくれているのだから、その魅力に抗えるはずがないのである。
「これが、かるぼ……」
そんな彼女の呟きに、思わずフフッと笑みが溢れる。
「では、召し上がれ」
皿が運ばれてきて、まず目に入るのは濃厚な白だ。
チーズとクリームの濃厚な白。
そしてカルボナーラ特有の甘みのあるミルクの香り。
それら全てを、上に乗ったバジルの香りが引き上げてくれている。
「貴方が神ですか!」
「そうです、バジルは神です」
バジルはすごい。
何にでも合う。
まさに万能ハーブだ。
……なんか危ない響きだな。
閑話休題。
丸い白パンを両手に持ち、上に乗ったカルボナーラがこぼれ落ちないよう、慎重に口元へ運ぶアンバー。
それを見て俺も、小さく『いただきます』と唱えてから口に運んだ。
「……」
まず触れるのは甘い白パンの甘味。
程よい火加減で焼かれて少し狐色になったそれが、濃厚、それでいてクリーミーなカルボナーラを運んでくる。
少しぶよぶよとした太麺のパスタ。
それが絡むチーズと半生の卵白とミルクの風味は絶品で、そこに混ぜられた塩胡椒の香ばしい香りと塩味が一体に組み合わさり、まさに天国。
思わず背中から乳加工製品と化した翼が生えてきそうなうまさで、それらを半生の卵黄が更に濃厚な味わいに奥行きを与えてくれている。
例えるなら天使の頭についてるあのリングのようなものだ。
あるのとないのとでは全く違う、別物だ。
そしてそれに追い討ちをかけるようにやってくるのが、厚めに短冊切りにしたベーコン!
クリーミーかつ濃厚なソースに絡められた脂身の多い肉が、程よい歯応えと豚肉の甘味を引き立て、濃厚なクリームだけでは鬱陶しくもあるそれに一時の清涼感を与えてくれる。
まさにオアシスだ。
それがさらに上に降りかかった緑色の雪の如きバジルが全体を引き上げてくれるのだから、尚旨味が増すというもの。
……夜食、最高じゃねえか。
「……ぷはぁ、美味しかったです……」
満足したのか物足りないのか、指についたソースもパンからこぼれ落ちた粉も一緒にペロペロと舐め取るアンバー。
少々下品ではあるが、そうきたくなるのも分からないではない。
何もない空間から紙を引っ張り出して、それで手を拭くように促す。
「このかるぼ……何でしたっけ?
お店では出さないんですか?」
紙を受け取って手を拭いながら、質問してくる。
「カルボナーラトーストですか?
……あー、そういえばメニューに書いてませんでしたね」
メニューに書いていないのには、理由がある。
それは材料不足のせいだ。
「材料不足、ですか?
あれでも十分美味しかったんですけど……」
「いや、まだまだですよ。
この地域には海苔がありませんからね。
それがあれば、もっと満足できる仕上がりになったのですが」
そう、問題は海苔だ。
前世でも、海苔は東洋、といっても、中国や朝鮮半島、日本など限られた地域でしか食されなかった海藻。
噂ではこれを分解できる酵素が西洋人にはないらしく、食べるとお腹を壊す人がいると聞いている。
この世界でも、というか、俺が旅してきた地域含めてここら辺の地域では、海産物を食べる文化はあっても海藻を食べる文化が無い。
つまり、食えばお腹を壊す可能性がある。
その可能性さえなければ何とかすることができたんだが、そんな危険を置かしてまでこの料理を振る舞いたくは無い。
それに、完璧だと思ってないものを店に出すのも憚られるし。
そういう理由で、店ではカルボナーラは出していない。
まあ、そもそもカルボナーラって海苔が入ってないのが普通なんだけどな。
やっぱり入ってないと満足できないというか何というか、物足りないのだ。
「似た食材でもあれば、話は別なんですけどね」
「そう、ですか」
しゅん、とする彼女の様子を見て、少しだけバツが悪くなる。
「……でも、そんなに気に入ってくれたのでしたら、偶に作るくらいはいいですかね」
そんな彼女の様子に耐えられなくなった俺は、やがて肩を竦めてそう口を開いた。
ここまで気に入ってくれてるんだ、きっと他の客に出しても問題はないだろう。
すると、彼女はぱぁと顔を輝せると、ニッコリと満面の笑みを浮かべたのだった。
「良かったです!
これでいつでも味わえますね!かるぼ!」
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