チケット
迷宮都市。
それは、周囲に数多くの迷宮が立ち並ぶことから名付けられた、安直なネーミングである。
冒険者たちはこの無限の宝物庫とも呼べる危険な領域に眠るお宝を目当てに集まり、またそんな彼らを目当てに商人たちが集まる。
迷宮という、世界を滅ぼしかねない存在が生み出した、謂わば狂気の街。
──という説明は、もとパーティメンバーで、中でもかなり卑屈な奴が言っていた言葉だったか。
そんな狂気の街だからこそ、人々は集まり、様々な文化が交流する。
「ねぇししょー!あれ!あれ欲しい!」
そんな事を思い出しながら街を歩いていると、先方を歩く我が可愛い弟子の少女ことフィネが、手に串焼き肉を保持しながら、とある屋台の一つを指差して示した。
看板には『ᛈᛟ ᚱᚲ ᛊᛏᛖᚨᛗᛖᛞ ᛒᚢᚾ』と書かれている。
翻訳すると、角煮饅頭、と言ったところか。
白ワインとブイヨン、ニンニクに塩胡椒……なるほど。
「わかった、買ってやる。
アンバーさんもどうです?」
懐から財布を抜き取りながら、よだれを垂らして屋台を眺めたままぼぅっと突っ立っている彼女に話しかける。
これは、匂いで意識を持っていかれていたのかもしれない。
「い、いいんですか!?
では、一つお願いします……っ!」
「了解です。
店主、それ三つお願いします」
「はいよ、全部でヨハネスブルク銅貨三枚だ」
日本円に換算して約千五百円。
この地域ではかなり安い値段だ。
というか、この街では大体物価がそれくらいなんだけどな。
財布から銅貨を三枚抜き出して、店主に渡す。
「熱いから気をつけな。
にしても兄ちゃん、今日はそんなべっぴんさん二人も連れてデートかい?
全く羨ましいねぇ」
「どうも。
まあそんなところです」
愛想笑いを返しながら、二人に角煮饅頭を手渡す。
と、どういうわけか二人とも少しだけ顔を赤らめて俯いていた。
……?
二人ともどうしたんだ?
「二人とも顔を赤らめて可愛らしい。
あぁ、そうだ。
デートだっていうなら、この後時計塔広場に行くんだろ?
それなら、今はたしか大道芸のキャラバンが来てるはずだから、見に行って見るといい。
これ、招待券。
使わないから兄ちゃんにやるよ」
そう言ってエプロンのポケットに忍ばせていたチケットを取り出し、手渡してくる。
「え、いいんですか?」
「いいんだよ。
次に来た客にでも譲ろうかって思ってたところだ」
大道芸か。
そういえば、冒険者時代にギルドで何度か見たな。
この二人にそれを見せてやっても面白いかもしれない。
「ありがとうございます、では」
チケットを受け取り、その図柄を見て見る。
よくある宝くじの抽選券に似たデザインで、左の大枠には紫と黄色の縞縞模様のテントと、大きな字で『ᚠ ᚱᛖᚨᚲ ᛊᚺᛟᚹ ᛒᛇ ᛖᛞᛗᛟᚾᛞ ᚨᚾᛞ ᛈᛚᛖᚨᛊᚨᚾᛏ ᚠᚱᛁᛖᚾᛞᛊ』と印刷されていた。
“エドモンと愉快な仲間たちによるフリークショー”……?
更に右の小枠には開催時間と演目が書かれている。
それによれば、どうやら時間までまだ少しあるようだ。
「おう、楽しんでな!」
礼を言うと、彼は嬉しそうにこちらへと手を振った。
そんな店主を後に、二人の方へと向かうと、すでにフィネもアンバーも、角煮饅頭の美味しさに悶えていた。
「ししょーっ!これおいしいです!」
「はいっ!甘くて香ばしくてジューシーで、とってもこのお饅頭に合ってます。
うちでも出しませんか?」
どうやら好評らしい。
……そんなにか。
俺は湯気の立つそれにかぶりついて、咀嚼した。
しっとりした舌触りの饅頭は、前の世界で食べた肉まんなどを思い出す。
U字型に加工されたそれに挟まれた分厚い角煮はとてもジューシーで、白ワインの香りやバターの甘さ、ニンニクの香ばしさなどが一息にソースと共に流れ込んでくる。
そしてその味の濃いソースが饅頭に絡み、絶妙な味わいをもたらしている。
……うまい。
角煮を食べたのはこの世界に来る前に行った修学旅行で一度きりだったが、今回食べたものはそれとはまた違った味わいであるにもかかわらず、自然と口になじんだ。
「そうですね。
このソースは色々使えるかもしれません。
夕食の時にでも再現してみましょう」
和風な料理を洋食風にアレンジしてるような感覚……。
醤油とか味噌とか、材料がないから諦めていたが、これなら、他の和食も再現できるかもしれない。
「そういえば、マトーさんはさっき何を話してたんです?
何か頂いてたみたいですけど」
そんな風に食べ歩きながら、時計塔広場を目指していると、不意にアンバーが尋ねてきた。
「あぁ、どうやら今、時計塔広場に大道芸が来ているみたいなんです。
それで、自分は行かないからってチケットを」
取り出して、チケットを二人に見せる。
「“エドモンと愉快な仲間たちによるフリークショー”……ですか」
字面を見て、少し興味があるのか、その表紙をしげしげと眺める。
「ねぇ、ししょー。
フリークって何?」
「あー、簡単に言えば、珍しい姿形の品物とか動物とか、人……の事だな。
フリークショーってのは、それらを売りにしてるサーカスみたいなものだ」
フリークショー。
つまり見世物小屋。
珍奇さや禍々しさ、猥雑さを売りにして日常では見られない品や芸、獣や人間を見せるサーカス、というのが元の世界での一般的な解釈だが、この世界でも大体それで間違ってはいない。
「へぇ、サーカスかぁ。
私、見てみたい!」
話を聞いてどんなものか想像したのか、好奇心が勝ったらしいフィネが興奮して詰め寄ってきた。
「私も見てみたいです。
だってこういうの、なかなか見れないじゃないですか」
どうやら反応はアンバーも同じらしい。
フリークショー、と聞くとあまりいい印象を持てないんだが……。
そこまで言うなら、仕方ないか。
「わかった。
ちょうどチケットが四枚あるし、行くか」
重なったチケットの角の数を数えて、十分三人分用意できることを確認した俺は、仕方ないとばかりに肩を竦めて歩行を再開する。
この世界では、まだフリークという言葉に対してそれほどの嫌悪感を持つ人は少ない。
元の世界なら差別用語だなんだ、と問題になるが、この世界の住人の考え方は『自分の特徴を生かして、自分にしかできない仕事をしている人たち』という印象の方が強い。
まぁ、世界が違えば考え方も違う、ということなのだろう。
閑話休題。
この街の時計塔は、他の街と同様に住民たちにとってとても大切なものだ。
生活に欠かすことのできない重要な建造物で、みんなこの鐘の音を中心にして行事や仕事を進める。
例えば、冒険者育成学校の始業就業のチャイムも全てこの時計塔の鐘が基準だ。
しばらく商店街を歩けば、石のアーチ門が姿を表す。
有名な凱旋門のような立派なものではなく、煉瓦を石膏で固めて作っている簡易なものだが、この広場へ続く各ストリートの接点全てにこのようなアーチが施されているこの光景は、なかなかにエモーショナルだ。
「うおーっ!
思ってたよりひろーいっ!」
円形に並べられた煉瓦の地面を時計塔に向かって駆けながら、くるりと回って体全体で表現するフィネ。
その背景には高く聳え立つ時計塔と、その麓に設置された巨大な紫色のテントが建っていた。
遠くから聞こえてくるようなこの音楽は、おそらくそのテントの中からなのだろう。
心を躍らせるようなリズムが、広場の縁まで聞こえてくる。
おそらく客寄せも兼ねているのだろう。
「そうですね。
他の街には、これほど広い場所ってなかなかないですよね?」
隣で、はしゃぐフィネを見ながらこちらへと話題を振る。
「そうですね。
この辺りは魔物も多いですから」
この街が大きくなったのは、単純にその魔物への対抗力が強いと言うのもあるだろうが、南西を通過する太い運河の影響で経済が回りやすいとか、この辺りが平地だからというのも大きい。
そしてこの辺りは魔物が多い。
魔物が多い地域というのは、歴史的に見ても人間は住みつきにくい環境だ。
つまりそれに対する対抗力があればあるだけ、街は大きくしやすいし、それに加えて経済が回れば街を運営する資金が増える。
結果として街を大きくしやすいのだ。
という話はさて置き。
「それじゃあ、そろそろ行きますか、フリークショー」
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