迷宮都市の郷土料理 ゲグレッタ
日下部一行のSランク昇格試験も終わり、無事にSランクに上がった彼らは、装備を整えてこの街を後にしていった。
それにしても、ランチまでに帰ってこれて助かった。
流石にランチまで休業するわけにはいかないからな。
看板にも書いたし。
店の鍵を開け、ちゃちゃっと準備を済ませて看板をひっくり返す。
しばらくして、カランコロンとドアベルの鳴る音が聞こえ、キッチンから扉の方へと顔をむけた。
今日のランチタイム、一人目のお客さんだ。
「うわぁ、ここが噂の……」
入ってきたのはウェーブのかかった緑色の髪を緩く括った半獣人族の女性だった。
頭から生えた長い三角の獣耳、腰から生えるふわふわの尻尾は髪と同じエメラルドグリーンで、先端が白くなっている。
おそらく、狐か狼の血を引いているのだろう。
身長は俺よりも頭ひとつ分くらい大きく、木綿のシャツからは大きな双丘が肩からかけた鞄の紐が強調していた。
ちなみに、半獣人族とは、獣人族が二足歩行する獣に例えられるのに対して、全体的に人間の姿によっているが、頭から獣の耳が生えていたりと動物の特徴を残している人のことを言う。
「いらっしゃいませ。
初めて見る顔ですね、もしかしてこの街には最近こられたのですか?」
笑顔を浮かべながら、女性に尋ねる。
「あぁ、昨日ちょっと依頼でな。
……オレはムルック、よろしく」
手を差し出してくる彼女の手を握り返す。
「俺はこの喫茶店『蜂蜜の砦』のマスターをしているマトーと言います。
以後、お見知り置きを」
ちなみに彼女の手は俺よりも二回りくらい大きかった。
「依頼、というと、冒険者ですか?」
尋ねながら、視線を変えずに首元を見るが、しかしそこにドッグタグはない。
まぁ、常に身につける義務はないし、そういう人がいてもおかしくはないか。
「ま、そんなとこだな。
近々アマイモンが戦争始めるってんで、行商人を護衛してきたのさ」
「そういえば、そんな話を聞きましたね。
あ、こちらメニューです」
「お、サンキュー。
……つっても、オレ字ぃ読めねんだよなぁ。
マスター、なんかおすすめってあるか?
できればここの郷土料理がいい。
そんで腹が膨れるやつ」
ふむ、ハニーブルクの郷土料理か。
注文を受けて、少し考え込む。
「何か、食べられないものとかはありますか?
苦手なものとか」
「そうだな、あまり辛かったり苦くないものならなんでも食えるぜ」
なるほど、特にアレルギーとかは無し、と。
犬とかそう言う動物だと甲殻類がダメだったりするから、半獣人の彼女はどうだろうと思ったけど。
どうやら大丈夫らしいな。
……となると、何にすべきか。
この街は周辺に存在するいくつもの迷宮、その財宝を求めてやってくる冒険者たちが集まってできた。
始めは小さなキャラバンがいくつか集まって中継地として機能していたのが、次第に大きくなって街になった経緯があるため、様々な種類の郷土料理がある。
いろんなところから人が来るからな。
けど、そんな中でもこの街の人たちがよく食べる料理というものもある。
もしかすると泊まっている宿とかで出されているかもしれないが……。
「かしこまりました、では、ゲグレッタにしましょうか」
「ゲグレッタ……。
聞いたことねぇな、それで頼む!」
どうやら杞憂だったようだ。
興奮してカウンターテーブルをダンッと叩く彼女に、苦笑いを返して冷凍庫へと向かう。
「では、少々お待ちください」
全く、今日はよくカウンターテーブルを叩かれる日だな、ホント。
ゲグレッタはアマイモン王国のラム肉を使った鍋料理アマイモン鍋から派生した料理だ。
アマイモン王国初代国王が考案した、まぁ簡単に説明すれば洋風のすき焼きのようなもので、ゲグレッタはそれを簡略化したものが派生したものだ。
ちなみにゲグレッタはこのバルバトス共和国の古い言葉で“盾で炊く”という意味。
用意するものは、怪物エビの胴体、マイコニド、灰汁抜きしたニュルン(またの名をマンドレイクモドキ)、迷宮メキャベツ、そしてスライムの切り身。
あと白パンとバター。
材料はほぼ全て迷宮から調達できるものを使うのがこの料理の特徴だ。
作り方は簡単。
まず怪物エビは腹の薄皮を剥いて節で輪切りにし、脚を取って端の肉と殻の間に少しだけ切れ目を入れる。
殻を残すのは、これが出汁になるからだ。
なので使うときはしっかり洗ったものを用意するのだが、今回は既に洗ってあるので割愛。
終わったら小さめの鍋に入れる。
次にマイコニド。
マイコニドはマタンゴに似ているが、マタンゴは寄生して生きるのに対して、マイコニドはキノコ単体でそこら中を歩き回りながら胞子を撒き散らす。
なので、別名暴れきのことも呼ばれている。
今回使うのは、エリンギのような見た目のマイコニドとシイタケのような見た目のマイコニドの二種類だ。
シイタケマイコニドは火が通りやすいように笠に十字の切れ込みを入れ、エリンギマイコニドは繊維に沿って縦にスライスする。
ちなみに、中身も完全にきのこなのだが、こいつらがなぜ自由に動き回れるのかは謎に包まれている。
これも処理したら同じく鍋に入れる。
マイコニドの処理が終わればニュルンだ。
またの名をマンドレイクモドキ。
見た目は非常に似ているのだが、違いは引き抜いた時に魔力の篭った叫び声を上げるのがマンドレイクで、口からトロロのようなネバネバした分泌物を吐きかけてくるのがニュルンである。
芋の部分は山芋に似ている。
まぁ、人の形してるけど。
灰汁抜きされたニュルンは厚めに輪切りにして鍋へ。
次は迷宮メキャベツ。
普通のメキャベツと違うのは、味が少し甘いというのと、サイズが大きいということ。
あと魔力がたっぷり含まれている。
そのため、食べればすぐに魔力を回復でき、ダンジョン内で見つけるとかなり重宝する。
なので冒険者たちの間では食べる魔力として重宝されている。
さて、このメキャベツはこのままだと少しだけ大きいので、包丁で半分に切って、これも鍋の中に。
最後に食用スライムの切り身を水に晒して鍋に入れたら、水を加えてバジルを振りかけて蓋をし、コンロで炊く。
「おお、なんかうまそうじゃん!」
鼻をヒクヒクさせながら、ムルックが興奮気味に言う。
「ええ、美味しいですよ。
焼いた白パンと一緒に食べると、そりゃあもう絶品で」
俺も自分で作ってフィネと食べることがあるが、かなり美味しい。
なんと言えばいいか、味は全体的にあっさりしているのだが、怪物エビの肉が元から持つ塩味が、全体的な味のバランスを整えているのだ。
そこにバジルの香りが加わることで、それをさらなる高みに持ち上げているというか。
この世界に来て、五指に入るくらいの俺の好物だ。
あとこれ、めちゃめちゃご飯に合う。
俺的にはパンよりご飯の方が好き。
ていうか、これもうぶっちゃけ鍋なんだよなぁ。
ゲグレッタを炊いている間に白パンを準備する。
焼く前のパンに切れ込みを入れ、中にバターを塗る。
山羊から作ったバターではなく、牛の乳から作った普通のバターだ。
これを軽く焼いて皿に盛ったところで丁度ゲグレッタが炊けたようなので、この二つをカウンターに座る彼女の前へ持っていく。
「おっ、来た来た!
くぅ〜、うまそうな匂いさせやがってからに!」
すると、その頭の耳をピコピコ、尻尾をブンブン振りながら感動を体現してくれた。
いや、嬉しいな。
自分が作ったものにここまで感動してくれるというのは。
「では、中身をパンに挟んでお召し上がりください」
言って、熱々の鍋の蓋を彼女の目の前で取り外してみせる。
すると、ぶわぁ、と白い湯気が鍋から溢れ出して、見る者の食欲を誘った。
「では、頂こう!」
フォークで具材を突き刺し、パンの切れ込みに差し込んでいく。
白パンにはあらかじめバターが塗られた状態で焼かれていたため、そのパンだけで食べてももちろんうまい。
しかしそれに具材を挟むことでバターの香りやエビの味が染み込んだ具材が絡み、さらにバジルの香りが全体を引き立てて至高の一品に変えるのである。
それを初めて知った時、果たして人類は一体どうなってしまうのか。
それは──。
口に含んだ瞬間、カッと目を見開く。
そして無言のままガタリと席を立ち、天を仰いでうめきながら咀嚼、喉を鳴らして呑み込んで、テーブルに両手を叩きつけて、叫んだ。
「〜〜〜〜っま!?
何これうっま!?
え、何これ、こんなのみんな食べてんの!?」
「具材が安いですからね。
夕食に食べる人が結構多いと思いますよ。
ほら、冷めてはいけませんから、温かいうちに」
笑顔で答えて、続きを促す。
と、彼女は『そうだな、冷めては勿体ない!』と次々と口に運んではパンに挟んで黙々と食べ続けた。
うんうん、あまりに美味しいと黙っちゃうよな。
わかる。
そんな様子の彼女に笑顔を浮かべ、食器を洗い始め──たところで、再びカランコロンとドアベルが鳴り、新しいお客が来店してきた。
「いらっしゃいませ、空いているお席へどうぞー」
その日は彼女の絶賛ぷりもあって、いつもより多くゲグレッタが売れた。
その日の夜。
「ねぇししょー、明日お休みだし、この街を案内してよ」
リビングで帳簿の整理などをしていると、ソファに座る俺の後ろから抱きつきながら、フィネがそんなふうに頼み事をしてきた。
「案内?」
そういえば、フィネがこの街に来たのって先月だっけ。
一ヶ月間、修行、勉強、仕事ばかりで、この街を見て回る期間も少なかっただろうし、いいかもしれない。
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「んー、特に?
あ、でも最近学校のみんなが言ってた、時計塔広場とか行ってみたいかも」
時計塔広場、というのは、ハニーブルクのほぼ中心部にある巨大な時計塔がある広場だ。
この時代、時計というのがとても珍しいからか、ハニーブルクの観光地としても栄えていたりするのだそう。
そう言えば、俺もあんまり行ったことなかったな。
冒険者時代も特に行く用事とかもなかったし、改めて行ってみるのもいいかもしれない。
それに観光地なら、何か屋台とかあるかもだし、そこで見て回りながら勉強なんてのも面白いかも。
「じゃあ、私が案内します!」
そう思って、リビングで装備の整備をしていたアンバーにどうするか声をかけようとした直前、彼女はバッと振り返って声を上げた。
「いいんですか?」
「はい。
それに、行きたいお店もありますし」
なるほど、そういうことなら。
彼女の言葉にうんと頷くと、笑顔を返してこう言った。
「わかりました。
それでは明日は宜しくお願いします」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m
もしよろしければ、ここまで呼んだついでに感想、いえ、評価だけでもしてくれたら嬉しく思います。
そして、また続きが読みたい!とお思いであれば、是非ともブックマークへの登録をよろしくお願いしますm(_ _)m




