表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女殿下の望まれない帰還  作者: 小田マキ
第一章 前代未聞の取り違え
3/3

 ソルケット国内有数のヴァルタザール公爵家の第三子、クロードはミュラーリア第三弓騎兵隊副隊長である。

 家督を継げない貴族家の男児が身を立てるには、跡継ぎのいない裕福な家に婿養子に入るか、職業軍人として出世を果たすかの二つ。闇夜で行き会えば熊と見間違えられ、時には大の男すら悲鳴を上げる巨体の持ち主だったクロードは、当然ながら後者を選んだ。

 完璧な後ろ盾に軍人向きの恵まれた体格を持つクロードは、既に入隊前から注目されていた。きっとミュラーリア連合軍の花形、竜騎兵隊に配属されるだろうと誰もが疑わなかったのだ。

 しかし、入隊試験当日の試験場に向かう途中で辻馬車の事故に巻き込まれた。強か頭を打って昏倒し、意識を取り戻したのは二日後……不幸中の幸いで打ち所がよく、後遺症も残らなかったのだが、受験は諦めざるを得なかった。暫くの間落ち込んだものの、頭を切り替え、翌年の試験に向けて更に鍛錬を積んだ。

 そうして、満を持して挑んだ二回目の試験である。筆記試験を難なく突破したが、問題は実地試験の場で起きた。刃を潰した剣を使った模擬試合で、現役竜騎兵の担当試験官から三戦中一回でも勝てば合格だ。

 そして、クロードは試験官を一撃でもって地べたに這いつくばらせてしまった。

 今思えば、それが全ての発端だったのだろう。規定では合格なのだが、勝った相手が非常に悪かった。

 クロードが完全勝利を遂げた相手は、第七竜騎兵隊所属のフレデリック・チュモニック中尉……ソルケットではヴァルタザール公爵家とは双璧と呼ばれる名門貴族、チュモニック公爵家の長子だったのである。

 衆人環視の下、文字通り完膚なきまでのされたフレデリックは、彼の腕前と合格を称えるどころか逆恨みをした。判定員に圧力を掛け、クロードに禁じ手の突きを使ったという根も葉もない汚名を着せて、失格処分に追い込んだのだ。

 断固抗議するつもりだったが、被疑者不在の閉鎖聴聞会で可決された評定は覆らなかった。理事会に宛てて何度も嘆願書を提出したが、チュモニック公爵家と懇意の理事の手によって、ことごとく握り潰されてしまった。

 ヴァルタザールとチュモニックは家柄だけで言えば対等だったが、チュモニック公爵夫人は現王妹で、フレデリックはソルケット王の甥である。公爵位を継げなかったクロードには、権力の上では手も足も出ない相手だったのだ。

 そして、くじけそうな心を何とか奮い立たせて臨んだ三年目は、執念深いフレデリックの根回しで竜騎兵隊への受験資格自体が与えられなかった。

 ミュラーリア連合軍の入隊試験を受けられる機会は、誰であろうと三回までだ。例外は一切認められない。フレデリックの所属する竜騎兵隊を諦めたクロードは、弓騎兵隊へ入営した。

 最初は不本意な配属先だった第三部隊は、商家出身者から狼人まで曲者揃いだった。皆が様々な事情持ちのお陰で、入隊前から騒動を起こしたクロードにも頓着しない。この三年の間、同情と嘲笑の視線に苦しめられていた彼は、そのことに随分と救われた。

 様々な立場の仲間達と交わることで、それまで知らなかった市井の情勢を知り、弓術の奥深さにも気付くことができた。昇進の機会が訪れる度にフレデリックの邪魔が入ったが、五年もすれば他に標的を見つけたようで、遅まきながらクロードは副長職にも就けたのだ。

 その頃にもなると、気心の知れた仲間との軍隊生活に慣れ切り、上昇志向は随分と薄れていた。華々しい外交任務よりも、ソルケット市民の安全と生活基盤を守る方が、よほど意義がある職務だと思えた。

 それから更に三年が過ぎ、長年つき従った老隊長がとうとう退役することになった。後継者は副隊長の彼だろうと誰もが疑わず、クロードもそのつもりで、律義に一年前から引継ぎ期間を逆算して任務工程を組んでいたくらいだ。

 しかしながら、実際に隊長職を拝命したのは同期のクラリス・ヴィアッカ……三年先輩で、商家出身の女性だった。女性が隊長職に就くのは異例であり、副隊長職にもあったクロードは少なからず驚いた。

 またしてもフレデリックの妨害が入ったのではないか、そう疑いもした。

 しかし、今回の人事は、ミュラーリア連合理事会からの推挙で決まったことらしい。

 連合本部を置くここソルケットは、加盟国の中で最も多くの移民を抱える多民族国家だ。それは連合設立記にある「七十八の誓い」を遵守し、積極的に移民を受け入れてきた結果である。

「七十八の誓い」とは、すなわち七十八民族の融合を意味しているが、現時点で三十種族程度……まだまだ目標達成には程遠い。このところ、特に捗々しい成果が出ていない。

 その原因は何か?

 議論が重ねられた結果、連合組織に所属する人間の意識がまだまだ未熟だからという結論が出たという。

 文化文明の違う民族同士が手を取り合う理想郷実現のためには、自らも変わらねばならない。多様性を受容する、遍く平等な素晴らしい組織であると他民族に示すため、ひとまず組織内の性的格差をなくす。

 つまり、女性を要職に配置しようということになり、手始めに軍部で女性隊長を誕生させることになったらしい。そこで、内地任務が主であり、現隊長から退役申請も出ている第三弓騎兵隊に白羽の矢が立ったというわけだ。

 この試みが巧くいけば、女性達には外交任務もある竜騎兵隊長職、連合理事への道さえ開かれるだろう。そんな意義のある人事なのだ、と隊長より説明を受けた。

 そういう事情ならば仕方がない、むしろクラリスの前途を祝福すべきだ。彼女はクロードのようにドジを踏んだわけでなく、努力ではどうしようもない性差によって十一年もの間、出世を阻まれていたのだから。

 ミュラーリア連合軍には、クラリスを筆頭に優秀な女性兵士はたくさんいる。性別を理由に一兵卒として埋もれさせるのが惜しいほどの強者が。この度の制度は、金満主義者がゴロゴロしている軍上層部には珍しく、正しい組織改革だと納得せざるを得なかった。

 一抹の落胆を胸の奥に隠し、日々をやり過ごしていた時、クロードはとある噂を耳にした。

 クラリスの父親であるレナード・ヴィアッカは叩き上げの商人で、今や国内の繊維工業を一手に担うヴィアッカ商会の会長だ。そんな彼がミュラーリア連合理事会に、小さな国ならおよそ一年分の国家予算にあたるだろう額の寄付をしたという。

 富国強兵への寄与とは表向きのこと、娘の出世を金で買ったのだ。理事会は著しく体面の悪い事実を公表することが憚られたため、新制度導入という仰々しくもっともらしい理由を打ち立てたに違いないと。

 その噂が真実であったとしても、持って生まれたコネも家柄も実力のうちだ。何も卑怯なことではない。

 彼女の能力は疑うべくもない。後輩の面倒見もよく、事務処理能力も高い。もちろん弓矢の命中率も戦慄するほどで、恐ろしく優秀な人物なのだ。入隊時の実地試験でも、ダントツの成績を残していたと聞く。

 役付きでなかった今までの方が、不当だった。彼女が男性であれば、入営と同時に隊長職を拝命していたとしてもおかしくはなかったはずだ。

 隊長職に相応しい能力があるクラリスだが、今後も金で役職を買ったという陰口はつきまとうだろう。それに比例して、クロードにも最近では減少傾向にあった同情と嘲笑の視線が投げられるに違いない。

 副長であるクロードは、心無い非難からクラリス隊長を守らねばならないのに、徐々に彼の身体に異変が出始めていた。

 何を食べても砂を噛んでいるようで、味がまったくしなくなったのだ。原因不明な不調は瞬く間に進行し、ついには胃が食事を受け付けなくなった。

 何も喉を通らない日々の中、屈強だったクロードの身体からは、目に見えて筋肉が削ぎ落ちていった。そうこうするうちに軍医から任務に出ることを留められ、謹慎紛いの休暇を取らされるまでに至った。

 これまで積み重なってきた不運は、知らず知らずのうちにクロードの心を蝕んでいたらしい。心の弱さゆえに肉体にまで異常をきたし、職務を離れねばならないとは、何と情けないことか……クロードはそんな自分自身に失望した。

 失意とともに戻った兄が当主をする公爵邸は、十数年前の父の代だった頃とは様変わりしていた。人目を忍ぶような敷地内にある別邸での療養生活で、心が休まるはずもない。

 相変わらず何も口にできないまま、クロードはただ日々を消化していた。


「どうぞ、これを食べて。元気が出ますよ」


 不意に耳に飛び込んできた声に、クロードはハッと我に返る。

 慌てて首を巡らせると、いつの間にか傍らにいた少女が、自分に向かってパンを差し出していた。榛色の髪と目をした、どこか小鳥のような雰囲気のある少女だった。

 徐々に周囲の情景が目に入るようになると、今いる場所が旧市街地に程近い古びた橋の上だということにも気付く。

 家人の同情の目が煩わしく、衝動的に屋敷を出てから、随分遠くまで来てしまったようだ。当て所もなくさまよっているうちに、どこをどう歩いてきたのか靴は黒ずみ、スラックスの裾にも泥が跳ねている。

 最初は白かっただろうシャツも泥だらけだ。胸元や肩口には、足蹴にされたような跡があり、まるで集団暴行でも受けたような酷い有様だった。

 屋敷を出てから少女に声を掛けられるまでの記憶はスッポリと抜け落ちていて、状況判断がつかない。

 特に酷い痛みはないため、自分が受けた暴行は比較的軽そうだ。休養中とはいえ軍人なので、本能的に防御したのだろう。

 また、幸いなことにクロードの拳に人を殴ったような痕跡もなかった。少なくとも自分からは手を出していないようで、心からホッとする。せん妄状態に陥った状態で手加減なく暴れたとしたら、死人が出ていたかもしれない。

「私の、言葉、分かりますか?」

 状況証拠から推理していたところ、再び傍らから声が掛けられた。

 単語ごとにわざわざ区切って伝えられた言葉は、とても明瞭な発音だった。他の兄弟達と違い、母方のヒミルタッシュ人の血の濃く出たクロードの外見から、移民だと思われたのかもしれない。

 クロードが再び視線を少女に戻すと、肩口より少し下から邪気のない笑顔とかち合う。見たところ十五、六歳で、リ・ルージュ人のようだ。

 橋の欄干に手を掛け、虚ろに川の流れを見つめる薄汚れた自分の姿に、このまま身を投げると心配したのか……しかし、厄介事に巻き込まれましたと言わんばかりの風体の男へ軽はずみに近付くとは、正義感は有り余っているようだが、危機感がなさ過ぎる。

 その身なりから察するに、彼女もそこまで生活に余裕があるわけでもないだろうに。

「売れ残りだから、気にしないで」

 返事もせず甚だ余計な節介な思考を巡らせていたのだが、そんなクロードの様子さえ、少女は良心的に解釈してくれる。

 そして、彼女は欄干に掛けたままのクロードの手をやや強引に取ると、パンを握らせた。

 自分の掌より少し大きいくらいの丸いパンは、まだほんのりと温かい。香ばしい麦芽の香りが、フワリと鼻先に届いた。

 今は昼時で、まだ十分に日が高かった。商売に疎い自分とて、彼女が言うようにこのパンが売れ残りなどではないことくらい分かる。

 申し訳ないが、これも喉を通らないだろう。

 しかし、純粋な好意を突き返すのは気が引け、せめて代金を払いたいとも思ったが、着の身着のまま出て来てしまって持ち合わせがなかった。もし仮に他に何か金目になる物を持っていたとしても、暴漢に奪われていただろうし。

「きっと元気が出ますから」

 次の行動を悩んでいるうちに、少女はそれだけ言ってくるりと踵を返してしまう。去っていく彼女は、まだ空を飛べない小鳥が懸命に歩くような、どこか覚束ない足取りをしていた。足を怪我しているのかもしれない。

 ゆっくり遠ざかる小さな背中を、クロードは何故か呼び止められなかった。少女の姿が橋の向こう側に消えてしまうと、手の中に残された小さな善意が、ズシリと体積を増した気がした。

 自分はこんなところで、守るべき市民にまで心配されて……一体何をやっているのか。

 猛烈に湧き上がってきた羞恥心と自責の念に蓋をするように、クロードは柔らかなパンを衝動的に口に運ぶ。およそ二週間ぶりとなるまともな食事は、泣きたくなるくらい優しい味がして、驚くほどすんなり腑に落ちた。


 その瞬間、クロードはその善良な移民の少女、オーリンに心と胃袋をガッチリ掴まれたのである。

 それから二年後の昨夜、偶然の再会を果たした彼女は、当時のことをすっかり忘れてしまっていた。もしくは当時出会った相手がクロードだったとは、気付いていないのかもしれない。二年前と今の自分では、全くの別人であろうし。

 いつか再会する時のために、クロードは己の外見を磨きに磨いてきたのだ。昨夜は予想外の再会に動揺するあまり、必死さが前面に出てしまったと反省したが、今朝の彼女の反応を見る限り、成果は上々のようだ。

 馬を相乗りした時、密着した身体からは、緊張とは別の心の動揺を感じ取れた。斜め四十五度下方に見えた彼女の耳たぶはほんのり色づいていて、愛らしいことこの上ない。

 神よ、感謝します。

 いや待て、己にとってはオーリンこそが幸運の女神だ。

 この二年間、彼女の傍らに立つに相応しい男になろうと努力してきた。色事師にでも転向するつもりか、と兄から白い眼を向けられながらも、外見のみならず立ち居振る舞いまで、一から学び直したのだ。

 上流階級に生まれたことが何かの手違いのような武芸一筋、野獣の極みのような男が、本当によく頑張ったと思う。

 だからこそ弓騎兵隊にも復帰し、オーリンとの再会を画策していた矢先であるこの事件は腹立たしい。

 恩人である彼女が何者かに命を狙われるなど、あってはならないことだ。即座に身辺警護を申し出たのは当然である。

 彼女の前に姿を見せなかったとはいえ、直接的危害が加えられそうになるまで気付かなかったのは不覚としか言いようがない。あまつさえ、その身体に自らが放った矢が傷を付けてしまうとは痛恨の極みだった。

 外見を磨くだけでなく、弓の鍛錬にももっと時間を割くべきだったと痛感する。


「えっ、これを私に? すごく綺麗、こんなにたくさん……いつもありがとう。大事にするね」


 ここ二年間の出来事を長々と内省していたクロードは、嬉しそうなオーリンの声で我に返った。

 陽光に透ける淡い色のおさげ髪と、同じく優しい色をした瞳は笑み細められ、青く明滅する水面を見つめている。池の端に膝をついた彼女の掌には、陽光を受けて鈍く輝く乳白色の球が載っていた。

「それは、もしかして……真珠ですか?」

 傍らに歩み寄ったクロードは、オーリンに信じられない思いで問うた。

「ええ、そうですね。ペス達がいつも海から持ってきてくれるんです」

 こちらを見上げて首肯した彼女の肩越しに、池の水面は細かに波立ち、半透明な魚影が幾つも見え隠れしている。

 先ほどクロードに向け、尋常ではない殺気の念を飛ばしてきたホタルイカ……彼らに真珠を取る習性があるなど聞いたことがないが、見ている今も池の中からは、真珠らしき球が次から次へと吐き出されていた。

 そのうち一つがものすごい勢いでクロードへと飛んできて、騎兵ブーツに当たって跳ね返る。ぶ厚い皮の生地が衝撃をほとんど吸収してくれたが、ゴスッとなかなかに良い音がした。

 先ほどからビンビンと感じる殺気は、やはり気のせいではないようだ。オーリンにペス達と呼ばれるこのホタルイカの群れには、明らかに自我がある。彼らはクロードを得体の知れない余所者と認識し、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 間違いなくオーリンを慕い、守ろうとしている。カリートのような気難しい猟犬だけでなく、こんな物言わぬ水棲生物とまで心を通わせるとは、彼女には本当に驚かされた。

 途方もなく愛らしく、筆舌に尽くし難いほどの慈愛の精神だけでなく、水陸の生物に恋い慕われる能力を持っているとは……彼女の魅力は天井知らずである。昆布という装飾性とは程遠い海藻さえも、オーリンが手にするだけで天女の羽衣のごとく眩く見え、危うく叫びそうになったのも頷ける。

 昨夜から幾度となくオーリンに惚れ直しているクロードだったが、頭を切り替えて足元に転がる真珠をおもむろに摘まみ上げた。クロードの親指の爪くらいあるそれは大粒で、光沢が実に素晴らしい。

 然して詳しい知識があるわけではないが、たまたま兄の奥方が無類の真珠好きで、他の宝石よりも目にする機会は多かった。そんな義姉が持つ装飾品のどれよりも、この一粒は上等に見える。

 出所も目の前のホタルイカなので、人工物である可能性はないだろう。

 恐らくオーリンは、これらの真珠の正当な価値を知るまい。その口振りからも、ペス達の贈り物を売り払うような真似をしていないことが窺えた。この粗末な長屋で、言葉通り大切に保管しているのではなかろうか。

 しかし、真珠の価値を知る誰かが彼女の能力を知れば、きっと利用しようとするに違いない。

 そこまで推理したところで、クロードは形良く整えた眉を顰める。

 オーリンを殺害してしまっては、何の得にもならない。ホタルイカを操って真珠を幾らでも手に入れることができる彼女は、生かしてこそ利用価値があるのだ。

 エトランヌの森で威嚇射撃を行った際、クロードは宵闇の中でも確かに何人かの手足を射抜く手応えを感じていた。にもかかわらず、現場を改めた時には、血痕すら残されていなかったのだ。

 たとえ失敗しても自らに辿り着く痕跡を残さないのは、明らかにその筋の人間……暗殺者の鉄則だ。

 オーリンは、犯罪とは無縁の一般市民だ。リ・ルージュから亡命してきた彼女の両親も、当局の監視を受けるような要注意人物ではなかった。

 今は亡きソルケット王妃はリ・ルージュ国の末の王女で、かつて彼の国は我が国ともっとも親しい同盟国だった。

 それも時の宰相が起こした革命によって、旧王家が倒された三十年前までのこと。宰相が新王に即位するとともに、ジョナ王妃を除く旧王族は全員が処刑されている。

 そして、祖国を追われた旧王族派の人々は、王妃を頼ってソルケットに多数亡命していた。オーリンの両親もそんな中の二人だった。祖国では教師を生業にしていた彼らは、外国語にも精通していたため、ソルケットで生まれたオーリンは母国語以上にソルケット語が流暢なのだ。

 生まれつき左足に軽い障害はあるものの、生活に過度な支障はないらしい。両親の知り合いのパン職人に弟子入りして独立した後は、屋台を引いて移動パン屋ができるくらいに。

 それは、同僚の伝手で雇った探偵による身辺調査の結果だった。

 今の今までその報告を信用していたが、もしや彼女の出生には闇社会にも精通する敏腕探偵でも暴き切れなかった真実があるのではないか?


「アィイイーーーーー、やっと見つけたヨォ! 副長ォオオオォーーーッ!」


 何やら一筋縄ではいかない陰謀の一端に、クロードが気付き始めたその時……その場の誰のものでもない舌っ足らずな怒号が、辺りに響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ