名もなきダンジョン攻略戦-2
ダンジョン第二層へと下る階段通路。その下には、昨日僕らを追い回したスケルトンファイターたちが大挙して待ち構えていた。幸いスズの職能で早めに気づくことはできたけど、このままでは進めない。
「昨日の今日とはいえ、第二層でこれほど魔物の追跡が激しいとは……。異様と言ってよい状況です」
「どうするリーダー、ボクらの戦力で無策に突っ込めば全滅は必至だけど、引き返すかい?」
「クニーさん、ここは任せてもいいかな」
「ふむ、こんな所で引き返してたら勇者になんか勝てっこない、か。まったく、弾だってタダじゃないのにね」
ぼやきつつも、右腰に提げていた術機巧を握ってくれる。それは端的に言えば筒に取っ手がついているだけの道具だけど、クニーさんが『弾丸』と呼ぶ金属の玉を撃ち出すれっきとした兵器だ。
「で、どうすればいい? 階段の上から撃っても角度がありすぎて効果は薄いよ」
「広い場所で待ち伏せする奴らからすれば、狭い階段から下ってくる僕らは格好の標的だ。だからまずは待ち伏せを突破して狭い通路へ移動し、各個撃破を狙おう。ニーコ?」
「ぴぇ?」
「僕らの後ろから、思いっきり追い風を吹かせて欲しいんだけど、できる?」
「思いっきり?」
「そう、思いっきり」
ニーコの持つ力は風の加護。とても強力なものではあるけど、通路が狭い、つまり空気の総量が少ない場所では効果は半減してしまう。ここは全力を出してもらった方がいいだろう。
「スズ、階段を降りてそう遠くない場所に一本道があったよね?」
「はい、右前方の通路を進み、二番目の角を左で長い直線に入ります」
昨日マッピングした地図を広げて地形を確認する。小さいダンジョンは構造も単純なことが多く、数十メートル程度の一本道はそう珍しくない。
「作戦はこうだ。ニーコの風で加速して一気に敵の間を駆け抜けて、その一本道に入る。そこまで追ってきた敵をクニーさんが迎撃。これだけ侵入者に執着する魔物たちだ、回り込んだりされる心配はせず最短距離を駆けてくるものに全力で対処しよう」
「ボクが要か。緊張するね」
口ではそう言いつつ全くそんな気配はない。大丈夫だろう。
「じゃあ行こう。ニーコ、お願い!」
「ぴぇ!」
次の瞬間。僕らは、宙を舞っていた。
「ええええ!?」
しくじった。「思いっきり」と言いはしたけど、そういえば僕は元気な時のニーコの本気を知らないのだった。人間三人を軽々持ち上げるほどの暴風が、僕らを一気に階段下へ押し込んでゆく。
まずい。この速さじゃ第二層に入ってすぐ駆け抜けるどころじゃない。着地に失敗でもすれば、周りにいるスケルトンファイターに囲まれる。
「【概念付与】、『加速』」
「クニーさん!?」
ただでさえ速すぎる移動の中、クニーさんがさらに加速して先頭に出た。
「『回転』」
そして、回転。着地を捨てているとしか思えない状態で、クニーさんの身体は第二層へと突っ込んだ。
激しい衝撃音が鳴り、土埃が舞い、そして。
「ギャアアアアアア!!」
スケルトンファイターたちの金切り声が上がった。獲物に襲いかかる時の声じゃない。あれは叩かれ、砕かれ、バラバラになる時の断末魔だ。
「まあ、自分の体なんだから使い倒してあげないとね」
「しっぽで……!?」
土埃の向こうにクニーさんの姿が見えた。彼女の長い尾が激しく回転し、骨の兵士たちを粉々に薙ぎ払っている。
クニーさんは獣化症候群の患者だ。スズに狐の耳と尾が生えているように、彼女にも獣の耳と尾がある。でも、彼女のそれはスズのように毛に覆われてもふもふしたものではない。
その獣の名は、『センザンコウ』。扁平な全身を甲殻で覆い、あらゆる外敵の攻撃を弾き返す珍獣だ。そんな防御的な身体だけど、センザンコウはその尾も堅い甲殻に覆われており、それを振り回すことで天敵を撃退する攻撃力もまた併せ持っている。
ましてそんな尾が『機術士』の職能で高速回転すれば、脆く軽量な骨の魔物などひとたまりもない。
多くの獣化症候群患者が自身の耳や尾を「邪魔にならないように」「見苦しくならないように」工夫している中、クニーさんはすでに新たな武器として活用していた。
あくまで合理的に。効率的に。機能的に。
技術者として彼女が掲げる思想を目の当たりにしながら、僕は着地し損ねて顔から地面に突っ込んだ。
『金属の玉を撃ち出す武器』については次回。これも【概念付与】の力を応用し、その欠点を補ったものです。
ちなみに今回は初ダンジョンなので一層ずつ攻略している感がありますが、本命のダンジョンはもっとざくっと進める予定です。
余談ですが、センザンコウほんとかっこいいので知らない人は是非調べてみてください。
と言いつつクニーさんの初期案はアメリカヤマアラシだったりします。日常があまりに不便そうなのでセンザンコウになったという事情。




