名もなきダンジョン攻略戦-1
数十年前か数百年前か、少なくともかつてはただの洞窟だったろうダンジョンを進んだ末、僕らは第二層へと下る階段の前へとやってきた。瘴気と魔力を含んだ内壁が薄ぼんやりと辺りを照らす中、真っ黒闇の四角形が壁に口を開けている。
「ここからの話は攻略の上で重要だから聞いてね。多くのダンジョンは複数の層に分かれてるけど、僕らがこれから再挑戦する第二層からは、本気で殺しにかかってくるから」
いったんそこで足を止め、ダンジョンに関する基礎知識を確認する。まず知らなくてはならないのは、自然発生型にせよ城塞型にせよ、奥に往くほど過酷になるのがダンジョンの原則ということだ。常識だからと軽んじていると痛い目を見てしまう。
そういう原則になっている仕組みまでははっきりとは分かっていないけど、理由そのものは単純明快。
「第二層より下へ潜ると、ダンジョン内のあらゆるものが人間に襲い掛かってくるんだ」
「あらゆるものって、つまりあらゆるものかい?」
「そう、ありとあらゆるもの、魔物はもちろん、瘴気から罠から染み出した湧き水までもが人間に向かってくるようになる。そしてそれは深く潜れば潜るほど顕著になってゆく」
「そのぶん宝と呼べるものも手に入りやすくなりますが、ダンジョンの中に存在するものの大半は人間を害します。故に死亡率は階を下るごとに上がるわけです」
「なんでまたそんなことに」
繰り返しになるけど、その原因は解明されていない。それでも、長年に渡ってダンジョンに潜り続けてきた冒険者の間でまことしやかにささやかれている仮説がある。
「一説では、ダンジョンが生きているためとも云われています」
「生きてる? この洞穴が?」
「うん、言ってみればここはダンジョンという生き物の消化管で、僕らはそこに飛び込んできた異物であり餌なんじゃないか、って話だね」
何か異物が顔の近くにあったとしても、それは大した問題じゃない。でももしそれが口に入ってきたら、その人は慌てて吐き出そうとする。ダンジョンが僕らに牙を剥くのはそれと似ているのではないか、というのが冒険者たちの見解だ。
そう説明すると、スズも頷いて補足してくれる。
「我々が第二層に踏み込むことは、異物が口に入る行為に当たるということです。ダンジョンは我々を吐き出そうとし、それでも奥に踏み込めば胃酸に溶かされて栄養にされる。まさしく消化管です」
「……あんまり気持ちの良くないたとえだね」
「ごめん、言っておいてなんだけど僕もそう思う」
「ぴぇー……」
「ともかく、この階段を降りれば魔物が寄ってくることが予想されます。昨日は危機意識が足りず包囲される失態を冒しましたが、同じ失敗を二度繰り返してはなりません。十分に注意して進みましょう」
「具体的には?」
昨日は、索敵が不十分だったために気づけば周りを敵に囲まれていた。その反省を活かすなら、今日の僕らが力を入れるべきは『目』だ。
「うん、まず先頭はスズ。職能【蛇の眼】で、薄暗い通路に潜む敵をいち早く見つけてほしい。敵の数と陣容、それを分かる範囲で教えて」
「分かりました」
「二番目はクニーさん。スズが敵を見つけたら、いっしょに遠隔攻撃で先制を。よほどの相手以外は僕の指示は待たなくていいから、一気に敵を撹乱して」
「了解」
ダンジョンに関する知識は乏しいらしいクニーさんだけど、戦闘経験自体はそれなりに豊富だ。素材を集めるためにあちこちの魔物を狩り回っていた彼女なら、戦闘開始の判断は任せて大丈夫だろう。
「三番目は僕。前後の状態を見て、進む速度や撤退を決めるから、僕の動きはみんな意識してね。そして一番後ろはニーコ。何か怖いものが来てないか、風で調べて僕に教えてくれるかな? 特に後ろに注意してね」
「わかったー!」
スズ、クニーさん、僕、ニーコ。これを僕らの基本隊形として、状況に応じて変えていくのが今回の戦略だ。各々の能力を考えればこれが最適解だと思う。
「じゃあ、行こう」
「……クラトス殿」
「どうしたの?」
気合を入れて階段に足をかけ、三歩進んだところでスズが足を止めた。重苦しいスズの声が嫌な予感を助長する。
「階段を降りてすぐの場所に、スケルトンファイターの群れがすでに集まっています」
「……突破しないとダメ、だよね?」
「おそらくは」
このダンジョンは、かなりの潔癖症のようだった。
お食事中の方、大変失礼致しました。




