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偽聖女だから国外追放? 命令どおり国境へ向かっているのに王国騎士団が追ってきます  作者: よみなぎ


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第六話 三日目 日没

side アニエス


「見えました!」


 商隊長が前方を指さした。街道の先に、二本の旗が立っている。


 一方は王国。もう一方は隣国。その間にあるのが、国境だった。


「間に合いましたね」


「ええ」


 私は空を見る。太陽は、もうかなり低い。それでも、まだ沈んではいない。


「隊長さん」


「はい」


「ずいぶん時間を稼ぎましたね」


「可能な限り」


 騎士隊長は胸を張った。


「ですが、お約束どおり日没には間に合います」


「本当にぎりぎりですね」


「最善を尽くしました」


「どちらの意味でですか?」


「両方です」


 やはり堂々としていた。商隊長が笑う。


「大した騎士様だ」


「ありがとうございます」


 褒められたと思ったらしい。


 荷馬車はゆっくりと国境へ近づいていく。王国側の国境詰所から兵士が出てきた。


「止まれ! 通行証を確認する!」


 商隊が止まった。


 いつもの手続きらしい。商隊長が書類を渡すと、兵士は荷を確認し、一台ずつ通していく。


 私は自分の書類を取り出した。


「国外へ?」


「はい」


「身分証を」


「こちらです」


 兵士が確認する。


 そして、もう一枚。


 国外退去命令。


 兵士の目が止まった。


「……これは」


「本日の日没までに国外へ退去するよう命じられています」


 兵士が騎士隊長を見る。隊長はうなずいた。


「命令は現在も有効だ」


「通してよろしいので?」


「止める権限はない」


「承知しました」


 兵士が道を開けた。荷馬車が、再び動き始める。


 王国側の旗を通り過ぎた。


 あと少し。


 私は振り返る。


 騎士隊長は、後ろの街道を見ていた。ずっと見ている。何かを待っているように。


 そのときだった。


「……来た!」


 隊長が叫んだ。


 遠くに土煙が見えた。


 馬だ。


 一騎ではない。何騎もの騎馬が、こちらへ向かって走ってくる。


「撤回書だ!」


 隊長が馬を返しかける。だが、すぐに止まった。


 私の荷馬車は、もう国境のすぐ前まで来ている。


「アニエス様!」


 隊長が叫んだ。私は振り返った。


「撤回書が来ます!」


「はい!」


「もう少しです!」


「はい!」


 後ろから蹄の音が近づいてくる。


 荷馬車は進む。


 騎馬も近づく。


 太陽は沈んでいく。


「急げ!」


 後ろから声が聞こえた。王国側の騎士たちだった。


「撤回書だ! 国王陛下の撤回書を持っている!」


 国境の兵士たちが振り返る。私も振り返った。


 騎士たちが見える。


 もう顔が分かるほど近い。


 けれど。


「国境です」


 商隊長が言った。


 荷馬車の車輪が、境界を越えた。


 前輪。


 後輪。


 私も、王国の外へ出た。


 その直後。


 山の向こうへ、太陽が沈んだ。


◇


side 王国


「アニエス様!」


 日没から五分後。


 騎士たちが国境へ飛び込んできた。先頭の騎士の手には、一枚の文書が握られている。


「国外退去命令の撤回書です!」


 追跡隊長が受け取った。


 国王の署名。


 王家の印章。


 間違いない。


 正式な撤回書だった。


「アニエス様は」


「……今しがた、越えられました」


 国境の兵士が答えた。


「五分……」


 撤回書を運んできた騎士が、馬上でうなだれた。


「申し訳ありません。間に合いませんでした」


「何を言っている」


 追跡隊長は即座に答えた。


「王都から第三宿場まで五時間。そのうえ、第三宿場からここまで一時間を切ったのだろう?」


「はい」


「ならば、よくやった」


 隊長は騎士の肩を叩いた。


「お前たちは十分すぎるほど走った。馬も替え、騎手も替え、一度も文書を止めなかった。五分まで縮めたのは、お前たちの働きだ」


「隊長……」


「胸を張れ。誰一人、責められるような仕事はしていない」


「……はい!」


 騎士が顔を上げた。


 隊長はもう一度、手元の撤回書を見る。そして、国境の向こうへ視線を移した。


 商隊はまだ隣国側の詰所にいる。


「この文書を、アニエス様へ届けられるか?」


 隊長が国境の兵士へ尋ねた。


「隣国側へ、ですか?」


「国外退去命令は撤回された。間に合わなかったからといって、届けなくてよい文書ではない」


「正式な文書として隣国側の詰所を通すことはできます。ただ、確認には時間がかかります」


「構わない。頼む」


「承知しました」


 撤回書が国境兵へ渡された。


 それを見届けてから、部下の一人が尋ねる。


「……負けたのでしょうか」


 隊長は少し考えた。


「そうだな」


 国王は事情を知るとすぐに追跡を命じた。騎士団は全力で追いつき、正式な命令書があると分かれば、すぐに撤回書を求めた。


 王都では、正式な文書が異例の速さで作られた。伝令は馬も騎手も替えながら走り、自分たちもできる限り時間を稼いだ。


 それでも、五分届かなかった。


「何に負けたのでしょう」


 隊長は国境の向こうを見た。


「距離と時間だ」


 最初に出された一枚の命令書を、最後まで追い越すことはできなかった。


◇


side アニエス


 その夜。


 隣国側の国境宿にいた私のもとへ、一枚の文書が届けられた。


 国王陛下の署名と、王家の印章。


 国外退去命令の正式な撤回書だった。


「……届いたんですね」


 少し遅かったけれど、確かに届いた。


 さらに文書には、王都への帰還を要請する、と書かれていた。


 命令ではない。


「要請……」


 帰らなければならない、とは書かれていなかった。


 私は机の上に、国外退去命令と撤回書を並べる。


 昨日からずっと、命令に従って動いてきた。


 けれど、もう違う。


 帰ってもいい。


 帰らなくてもいい。


 私は二枚の文書を見つめてから、静かに畳んだ。


「明日、考えましょう」


 明日の行き先は、自分で決めればいい。


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