第四話 三日目 六時四十分
side 王国
「第三宿場です!」
日の出から四十分。追跡隊の前方に、宿場町が見えてきた。
昨日、追跡隊は王都を出てから第一宿場、第二宿場とアニエスの足取りを追った。そのたびに記録を調べ、証言を集め、後続のために替え馬を手配した。
移動だけなら、ここまで七時間ほどの距離だった。
だが、調査に時間がかかった。昨日は日没まで走っても第三宿場へ届かず、夜間の街道を全速力で走る危険を避けて足を止めた。
そして今朝六時。日の出と同時に追跡を再開した。
「国境行きの商隊は!」
「まだいるよ」
「アニエス様という女性は!」
「ああ。一緒にいる」
追跡隊長が馬から飛び降りた。
「どこだ!」
「出発は午後だから、まだ宿に――」
「案内してくれ!」
宿場の係員に連れられ、騎士たちは宿へ走った。
食堂に、一人の女性がいた。
朝食のパンを食べていた。
「アニエス様!」
女性が振り返る。
「……私?」
「王国騎士団です!」
ようやく、追いついた。
◇
「国王陛下より、王都へお戻りいただきたいとのことです」
宿場の一室。追跡隊長が深く頭を下げた。アニエスは驚いた顔をした。
「国王陛下が?」
「はい。王都の大結界の件です」
隊長は事情を説明した。ミレーヌには結界術が使えなかったこと。今日が年次中枢調整の日であること。そして国王が事情を知り、追跡を命じたこと。
「……そうでしたか」
アニエスが小さく息を吐いた。
「やはり、ミレーヌにはできませんでしたか」
「ご存じだったのですか?」
「妹が結界術を学んだことはありませんから」
「では、どうか王都へ!」
「分かりました」
あまりに素直な返事だった。隊長の表情が明るくなる。
「では、すぐに――」
「正式な命令書を拝見してもよろしいですか?」
「……はい?」
「王都へ戻るよう命じる文書です」
隊長が止まった。
「国王陛下からの正式な文書はありますか?」
「いえ……陛下からは、アニエス様を見つけ、王都へ戻っていただくようお伝えせよと」
「そうですか」
アニエスが鞄から一枚の書類を取り出した。
「では、こちらはどうなりますか?」
国外退去命令。
王太子の署名。
王家の印章。
そして、本日の日没までに国外へ退去せよとの命令。
隊長の顔色が変わった。
「……これは」
「私が受けた国外退去命令です」
「正式な……命令書だったのですか?」
「はい」
「我々は、国外退去を命じられたとしか聞いておりませんでした」
隊長はもう一度、書類を見る。
「では、この命令そのものを撤回する正式な文書が必要になる……」
「私も、そう思います」
アニエスは責めているわけではない。本当に確認しているだけだった。
「誇り高き王国騎士たる皆様のお言葉を疑っているわけではありません」
「はい」
「国王陛下が私の帰還を望んでおられるというお話も、信じています」
アニエスは国外退去命令へ目を落とした。
「ですが、こちらには王家の印章まであります」
「……はい」
「皆様のお言葉だけで、こちらを無視してもよいのでしょうか?」
隊長には答えられなかった。信用の問題ではない。権限の問題だった。
正式な王家の命令を、一騎士の口頭説明だけで無効にする権限などない。
「正式な撤回書を発行していただきます」
「王都からですか?」
「はい」
隊長は即座に部下を呼んだ。
「伝令網を使え!」
「はっ!」
「通常なら王都まで六時間だ。五時間で届けろ。宿場ごとに馬を替えろ。必要なら騎手も替われ!」
「承知しました!」
「王都へ走れ! 陛下にご報告しろ! 国外退去命令は正式な文書で発行されている。撤回にも正式な文書が必要だ! 署名と王家の印章をいただき、同じ方法でこちらへ戻せ!」
「はっ!」
時刻は、午前七時。
一騎の馬が王都へ向かって走り出した。
◇
side アニエス
「戻られるんですか?」
商隊長が尋ねた。
「まだ分かりません」
「王様が帰ってこいって言ってるんだろ?」
「そうらしいです」
「だったら帰ればいいんじゃないか?」
「私もそう思ったんですけど」
国外退去命令を見せる。
「今のところ、正式な命令はこちらしかないんです」
「……なるほどなあ」
商隊長が頭をかいた。
「偉い人の命令って面倒なんだな」
「私も今、そう思っています」
少し笑った。
帰れと言われれば帰る。別に王国が憎いわけではない。国王陛下まで私を追放しようとしていたわけでもなかった。
ミレーヌもいる。結界管理局のみんなもいる。
だから、正式な命令が届けば帰ろう。




