第三話 二日目 十時四十分
side 王国
「西門です!」
騎士が記録簿を抱えて駆け込んできた。
「昨日十三時三十二分、アニエス様が西門を通過されています!」
「行き先は!」
「門兵の記録にはありません。ただ、その直後に西門前の乗合馬車乗り場へ向かったとの証言があります!」
騎士団長はすぐに地図を開いた。
西門から出る街道は三本。
「乗合馬車の記録を確認しろ」
「すでに確認済みです。十三時四十分発、第一宿場行き。乗客名簿にアニエス様のお名前があります」
「よし」
騎士団長は顔を上げた。
「南西街道だ」
「追いますか?」
「当然だ。だが、その前に陛下へ報告を上げろ」
一人の騎士を指さす。
「アニエス様は昨日十三時四十分、第一宿場行きの乗合馬車で王都を出発。南西街道を進んでいる可能性が高い。追跡隊は直ちに出発すると伝えろ」
「はい!」
「残りは馬へ!」
騎士たちが一斉に動き出した。
「街道沿いの宿場ではすべて馬を替える。予備馬も使え。アニエス様に危害を加えるな。馬車を発見しても、まず私に知らせろ」
「承知しました!」
「行くぞ!」
蹄の音が王都を離れていった。
◇
第一宿場に到着したのは、それから数時間後だった。
「昨日こちらへ、アニエス様という女性が来なかったか」
騎士団長が尋ねると、宿場の係員はすぐにうなずいた。
「いらっしゃいましたよ。昨日の夕方に」
「今は?」
「もう出られました」
「いつだ」
「今朝の八時半です」
「行き先は?」
「第二宿場です」
騎士団長は即座に振り返った。
「何人か残れ」
「ここにですか?」
「ああ。王都から来る後続のために替え馬を確保しろ。休ませた馬も順次使えるようにしておけ」
「はい!」
「一人、王都へ戻れ」
別の騎士が前へ出る。
「陛下へ報告。アニエス様は第一宿場に一泊。本日八時半、第二宿場行きの乗合馬車で出発した。追跡隊は引き続き南西街道を進む」
「承知しました!」
「第二宿場でも同じことをする。後ろから来る者が、ここで止まらず走れるようにしておけ」
騎士団長は新しい馬へ乗り換えた。
追跡隊の馬だけを替えても意味がない。
王都へ戻る伝令。
王都から追ってくる後続。
そして、この先で新たに送られる命令。
そのすべてが最短で街道を走れるよう、通った宿場に交換用の馬を用意していく。
「出るぞ!」
再び蹄の音が響いた。
アニエスは昨日の昼過ぎに王都を出ている。
こちらは今日になってから追跡を始めた。
大きな差だった。
だが、乗合馬車と騎馬では速度が違う。
宿場ごとに馬を替え続ければ、必ず差は縮まる。
「第二宿場で追いつけるでしょうか」
「難しいだろうな」
騎士団長は前を見たまま答えた。
「だが、第三宿場までには捕まえる」
街道を、騎士たちは南西へ駆けた。
◇
side アニエス
「着きましたよ」
御者の声で目を開けた。
馬車は第二宿場へ到着していた。
時刻は昼を少し過ぎた頃。
「ありがとうございます」
馬車を降り、荷物を受け取る。
次に乗るのは、さらに南西へ向かう馬車だ。
「第三宿場行きは何時ですか?」
「十三時半ですね」
「では、一時間ほどありますね」
まだ余裕がある。
私は宿場の食堂へ入った。
「今日のおすすめをお願いします」
「あいよ」
出てきたのは、焼いた鶏肉とパン、それから野菜のスープだった。
思っていたよりおいしい。
昨日まで王太子の婚約者だった人間が、翌日には宿場町で昼食を食べている。
ずいぶん急な話ではある。
けれど、不思議と気持ちは落ち着いていた。
国外退去命令は正式なものだ。
期限は明日の日没。
ならば、それまでに国境を越えればいい。
「ごちそうさまでした」
食事を終えて外へ出る。
第三宿場行きの馬車は、すでに乗り場へ入っていた。
荷物を預け、乗り込む。
やがて御者が手綱を取った。
「出ますよー」
馬車がゆっくりと動き始める。
私は窓の外へ目を向けた。
第二宿場の建物が、少しずつ遠ざかっていく。
その街道を、こちらへ向かって全速力で走っている騎士たちがいることを。
私はまだ、知らなかった。




