【第十四話】逢魔が時
そして。ラストの一週間がやってきた。平静を装って月曜に大学に向かう。途中、大工カフェに寄って真冬が居るかどうかも確認したが、その姿を確認することは出来なかった。マスターに聞いても、またしても本人から聞いてほしいと言われてしまって。
「文香、どうしたんだ……」
無情にも時は流れて、たちまち水曜日になってしまった。次の土曜日まで真冬に気持ちを伝えないとアメリカに帰ってしまう。これは先に真冬に気持ちを伝えるべきなんだろう。そう思って連絡を入れたのだが返事がない
「これは振られたのかな。優柔不断だったからなぁ……」
その後も大工カフェに入り浸っていたが真冬が現れることはなく。マスターもこちらから話しても同じ返事だけで真相は掴めず仕舞い。
「時期的にもうアメリカにもどってるもんなぁ」
カウンターに座ってアイスコーヒーの氷をストローでクルクル回しながら呟く。
「健斗くん。伝言ならあるんだが見るかね?」
「伝言ですか?あるんですか⁉是非!」
マスターはそう言ってレジのコインケースの下から封筒を一枚取りだして僕に渡してきた。
僕は早る気持ちでその封筒の中の手紙に目を通す。
『あの日の場所で待ってる』
「店長。これだけですか?」
「封がされていただろ?流石に見てないよ」
「これ、どう思います?」
「どうって。あの日、何だからいつか一緒にどこかに出掛けた場所とかそういうのじゃないのか?」
その内容だとして行くのは城ヶ島なのはなんとなく予想が付いた。しかし、この伝言の封筒は文香からのものなのか真冬からのものなのか。分からないけど兎に角、動かないと……。と思ったのだが、日時の指定がない。そして考える。
「あ!」
思いついた。あの日。新月のあの日。日付が特定できるのはそれしかない。ということはこの手紙は文香からのもの。
僕は月齢カレンダーを確認して次の新月について調べた。
「明日じゃん……」
間に合って良かったのか、もう手遅れなのか。分からないけど行かないと話が進まない。僕は翌日の昼過ぎに京急線に乗って終点三崎口まで向かう。真っ暗になってからだと危ないし、待たせるのも良くない。いっそバス停で待っているか?とか思ったけども、伝言の趣旨から変わってしまうと思って先に岩場を目指した。昼過ぎに到着した岩場には日曜日と言うこともあって家族連れや釣り人で賑わっていた。一人逡巡しているのは僕だけかも知れない。そして座るのに丁度良い岩を見つけて海岸線を眺める。もし真冬がもうアメリカに帰ってしまっていたらこの海の向こうにいることになるけども。そうなったら今度は僕が真冬のところへ行くか。などと悩んでいるうちに太陽はどんどん沈んでゆき、家族連れも居なくなってきた。代わりにやって来たのはカメラを抱えた人達だ。今日は新月、また写真撮影が始まるのだろう。見立てた予想では、星景撮影が始まったときに文香がやって来る。そう思っていたんだ。
「魔界からやって来ました」
後ろから急に話しかけられてビックリしそうになったが、真冬の声だと気が付いて急いで立ち上がって振り返る。
「ただいま」
「今まで何をしていたんだよ……」
その質問には「ちょっと用事があって」という返事を繰り返すばかりで何があったのかを教えてくれる事は無かった。
「あ、ほら、逢魔が時がやって来たよ」
昼と夜の境目。会えない人と会えるような感覚になれる時間。もしかしたら隣に居る真冬は逢魔が時にしか現れない魔物なのかも知れない。そう思って手を握った。
「大丈夫よ。そんなことしなくても居なくなったりしないから」
そうして太陽が完全に沈んで空を闇が完全に包み込む。
「おや?」
「あ、いつぞやの」
三脚を片手に歩いてきたのは、あの日に星を見せてくれたお爺さんだった。
「また星を見に来たのかい?」
「はい。あの時一緒に来ていた女性に会いに来ました」
「ほっほ。それなら見かけたよ」
「え?本当ですか?」
ここに来る途中に見かけたというのだろうか。僕は文香が来るのを待った。その間に太陽は完全に役目を終えて暗闇にバトンタッチしていた。
「来ないな」
「そうね」
一時間位待ったが文香の姿はない。僕が来た道を戻ろうとした時だった。
「待って。文香ちゃんが……」
「来た?どこ?」
辺りを見回したがよく見えない。今日の闇はとても深い。
「ここに居る」
「え?どこ?」
と、真冬を見ると両手を胸に当てている。まさか……。いや、そんな……。だって……。
「先天性の病でな」
カメラを触りながらお爺さんはそう言ってきた。最初何のことだが分からなかった。分かりたくなかった。でも今の言葉で全てを知ってしまった。
「本当なのか?」
真冬は小さく頷いた。
僕は目を閉じて息を吐いた。そんな事ってあるのかよ……。
「だから私は生きないといけないの。でもそれが理由で健斗に振られても仕方がないって。だって大好きだったんでしょ?文香ちゃん」
「大好きだったよ。でも、僕が選んだのは真冬、君だ」
「そう」
「何か反応が鈍いな」
「なんとなく分かってたから」
「なんで?」
「健斗は約束は守るって思ってた」
「でもそれは子供の頃の話だろ?」
「子供の頃でも約束は約束だから。私、今どんな顔してる?」
暗闇に目が慣れてきて真冬の表情がよく見えるようになった。そして見えたその顔は……。
「何泣きそうになってるんだよ。ここは喜ぶところだろ?」
「だって」
「だって、何だって言うんだよ。文香のことは分かってる。でも……。僕はそれを理由に君を諦めたりしない」
言葉にして気持ちが整理されてゆく。僕は真冬のことが大事だ。文香のことは分かっている。でも、ここで諦めたくない。
「健斗くん」
不意にお爺さんに話しかけられた。
「貴方は……」
「文香の祖父、だな。今回の事は仕方がない事だ。あの日、君と一緒に居た文香は幸せそうだった。あれ以上のことは望むまい」
そう言われると救われたと言うよりも胸にチクリと刺さるものがあった。
「本当にいいの?」
真冬がそんな僕を見て確認してくる。確認なんて要らない。僕は真冬のことが好きなんだ。
「真冬、手を出して」
「……」
「真冬?」
「私、そろそろ行かなくちゃ」
「え?」
真冬はそう言って静かに足を一歩後ろに進めた。そしてもう一歩。僕の手を握ろうとしたその手は腰の後ろに回されてしまった。
「健斗」
「何だって言うんだよ」
まさか。そんな……。
「健斗は優しいね。こんな私にも手を差し伸べてくれる」
「僕は自分の気持ちに正直になっただけだよ」
そして真冬は……。
『大好き……』
そう言い残して消えてしまった。
「え?」
「逢魔が時、大切な人と会えたのじゃな」
「会えたって。何が……」
僕がうろたえていたらお爺さんがこう言ってきた。
「文香は喜んでいたよ。とても。家に帰ってから君のことをずっと話していた。あんなに楽しそうに話す文香を見たのは初めてだったかも知れんの」
「あの。真冬はどこに行ったんでしょうか?ご存じですか?」
藁をも掴む気持ちで、お爺さんに聞いてみる。
「自分の気持ちを正直に。そうすればきっと会えるようになる。さて、今日はもう帰るかの。健斗くんはこの時間から帰るにはどうするのかね。もし良かったら一緒に車で帰るかね?」
僕は放心状態で頷いてお爺さんの後を歩いて行った。




