【第十三話】文香
「健斗、健斗ってば」
「ううん?」
身体を揺すられて目が覚める。そうだ。昨日から真冬と泊まりで民宿に来ていたんだった。
「なんか気持ちよさそうに寝てたから、って思ったんだけど、もう朝ごはんの時間だって」
「おお、そうか」
僕が浴衣を着直して部屋を出ようとしたのだが、真冬がなんかまごまごしている。
「あ。そういえば。夏だしもう乾いてると思うから取ってくるよ」
昨日の晩に窓から庭に服が干されているのを見ていたので、それを取りに行った。下着を回収するのはなんか思うところがあったが、昨日のことを考えたら下着くらい、となった。
僕たちはバスの時間まで民宿でゆっくりさせて貰ってから無事に帰路に着いた。
「そういえば、バイトはなかったのか?」
「ん?健斗に会う日は入れてないよ」
「そうか。無断欠勤になってないといいなって」
「あー、でもマスターに泊まりって言うのを忘れてたから心配はしてるかも」
「お前な……。今すぐにでも電話しろ」
と言ったところでスマホにメッセージが届いた
『真冬ちゃん、一緒にいる?』
マスターからだ。こう言うのを送ってくるなら昨日の夜なんじゃないのか?と思いつつも『一緒にいます』と返信した。と、その返事に対してさらに返ってきた。
『真冬ちゃんに急いでお店に戻るように伝えてもらえる?』
なんの事なのか聞こうかと思ったけど、立ち入る内容ではない気がして、そのままを真冬に伝えた。
日曜日。
今日は考える日だ。真冬とも文香とも会わない。大学もない。一人考える時間だ。
「さて。どうしたものかな。二ヶ月って言ってももうあと二週間しかないしな。結論をギリギリで出しても真冬はすぐにアメリカに戻っちゃうだろうしなぁ」
答えを探して頭を回してみたけども、決定打がなくて選べない。そもそも僕は二人のことをどう思っているのか。好きだと言われてそれに付き従っているだけなんじゃないのか。自分の考えはどこにあるのか。
「わっかんねぇな」
僕は部屋にいても答えなんて出ないと思って散歩に出かけることにした。と、そこで見たのは意外な光景だった。
「あれ?」
行くところがないので大学の最寄り駅に行って大工カフェを目指していたのだが、駅前のモータープールで真冬とその母親、それに文香にもう一人女性がタクシーに乗り込んでどこかに向かって行くのを見た。
「マスター、今日って真冬はお休み?」
「そうだね。今日は休みだよ」
「部屋に居たりします?」
「多分そうなんじゃないかな」
「?」
「なんだい?そんな顔して」
「え、いや、さっき駅前で真冬っぽい人を見たんで」
「気のせいじゃないのかい?」
確かに真冬に見えたんだが。本当に双子なのか?
「マスター、ちょっと聞きたいんですけど、好き、ってなんですかね?」
「ん?真冬ちゃんと文香ちゃんの話かい?」
「それもあるんですけど、一般的な話です」
「そうだなぁ。別に自発的にそう思わなくても、そう思ってくれる人がいたら応える格好でも良いと思うぞ。両思いでした、みたいなのは漫画の世界だ」
「そんなもんですかね。昔、真冬に大人になったら結婚するとか言われてたのを思い出しました」
「言われていたのか。だとしたら真冬ちゃんは随分と遠回りしたんだな」
「ですね」
「それで、健斗くんは決めたのかい?って、こんな質問してくるってことはまだだな」
「いや、ここまで歩いてくる時に考えてまして」
「決めたのかい?」
「はい」
「ほう。どっちにしたんだい?」
「真冬です」
「その心は?」
「好きとかそう言うのは分からないんですけど、一緒にいるならどっちって聞かれたらって」
「良いと思うぞ、それで。で、今すぐに伝えるかい?」
呼んでくると言うことだろう。でもさっき見たのは。
「いえ、明日文香に返事をしてからにします」
「そうかい」
断りを入れる方が先だ。そう思ったんだ。
「おかしいな」
電話に出ない。何回かコールはするもののすぐに留守電になってしまう。やはりさっき見たのは間違いなのか。だとしたらどこに向かったのか。
「電話に出ないのかい?」
店の外からカウンターに戻るとマスターがそう聞いてきた。
「そうなんですよ。留守電になってしまって」
「そうかい。それじゃ私からかけてみようか」
そう言ってマスターは店の電話にスマホの画面を見ながら番号を打ち込む。
「繋がったけど、話す?」
何故マスターからの電話には出るのか。なんにしても話さないと事が進まない。
僕は何気ない感覚で電話を受け取って電話口の向こうに居る人物に話しかけた。
「えっと……」
「母です。文香の母です」
声が違ったので、誰が出たのか分からずに言葉に詰まっていたら、そんな返事が帰ってきた。「あの文香さんは……」
「ちょっと用事があって家にはいないの」
「そうなんですか。ちょっと重要な話があるので、大工カフェに来てもらえるように伝言を頼んでも良いですか?」
「そうね。分かったわ」
そう言って電話は終話。受話器をマスターに戻す。
「どうしたものかな」
「マスターは何か知ってるんですか?」
マスターが何か考え事をするような声でそう言ったので不思議に思って何気なくそう聞いてみた。
「俺の口からは言えないな。直接聞いてみるといい。こっちに来るんだろ?」
「そうなんですけど……」
何か含みを持たせたその反応になんだか不安を覚えた。
そして一時間位は経っただろうか。アイスコーヒーの氷は溶けてしまってコップの汗も消えてしまってコースターに水たまりを作っていた。
「まだですかね」
「そうだな」
マスターは時間がかかるのが分かっているかのような反応。やはり何か知っていると。
更に二時間は経っただろうか。もう日が暮れる。今日はもう来ないのではないか、と腰を上げたときにカフェの扉が開いて誰かが入ってきた。
「ん?」
入ってきた人を見て僕は手を上げてここに居るとアピールする。すると僕のそばにやって来て開口一番にこう言ってきた。
「ごめんなさいね」
「あ、いえ。大丈夫です。それで文香さんは……」
「それが……」
目を伏せる。文香の母親は言葉を選んでいるようだ。
「気にしないで下さい。待ってたのは僕の勝手ですから」
「あなたになら話しても良いかも知れないわね……」
何故か嫌な予感がした。これは本人から聞いた方が良いのではないか?そう思った。
「それって、今聞いても大丈夫な話ですか?」
そう言うと、また言葉を選ぶような反応。やはり本人から聞いた方が良さそうだ。
「大丈夫です。文香さんから直接聞きますので。今日も大事な用事があって遅れてるんですよね?」
「え、ええ。それであまり待たせても悪いからって私が……」
「そうですか。大丈夫ですよ。それで文香さんは今どちらに?」
またしても言葉を選んでいる。ここまで来るとおおよその想像が付いてくる。
「真冬さん、そんなに悪いんですか?」
「え?」
とても驚いた様子だった。まさか真冬の名前が出て来るのが信じられないと言った反応だ。
「真冬さん……。そうですね……」
「健斗くん」
マスターが割って入ってきた。これ以上は聞いてはいけない、そう言っているかのように。
「えっと、無理に話さなくても大丈夫ですよ。真冬さんとも文香さんとも週が明けたら会えますし」
そう。会えるんだ。月曜日になったら文香が校門で待っているんだ。そして大工カフェでは真冬がバイトをしているんだ。そう言い聞かせてたのに言葉が漏れてしまった。
「もう、会えないんですか?」
「健斗くん」
「あ、すみません。変なことを言ってしまって」
「いえ。そんなことはありません。でも、文香も疲れていると思いますので、月曜日は休ませようかと思ってます」
「そうですか」
休ませる。やはり今日は何かあったのだろうか。そして分からないままその日は店を後にした。
「さて。今日は文香は休みって言ってたけども……」
一応、今から大学に行くと文香にメッセージを送ってから大学へ向かう。そして校門までやって来たのだが、母親の宣言通りというか、文香の姿はなく心の中の不安だけが大きくなってしまった。
「わっ!」
「うわっ!」
後ろから驚かされて声を上げてしまった。
「なんだよ真冬かよ。バイトは?」
「今週はお休み貰ったの。ちょっと用事があって」
「用事?」
「そう。大事な大事な用事」
「そうか。何か手伝うか?」
「健斗はこういう時は気が利かないよね」
「ああ、こういうことは宣言せずに影ながらにしてやるべきだったな」
「あのさ……」
「ん?なんだ?」
「来週の夜にさ、ちょっと行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」
「夜か?何曜?」
「うーん……」
顎に人差し指をあてて考えている。
「何かのイベントか?」
「あ、来週じゃないや。再来週だ」
「再来週ってもうアメリカに帰るタイミングなんじゃないの?」
「あ。そうか」
そうか、ではなく。僕は少し呆れて締まった反面、少し不安を覚えた。帰るという事よりも大事な何かがある。そんな気がした。
そして、文香は火曜日になっても大学に来なかった。翌日の水曜日も。
「健斗、心配?」
「流石にな。でも病気なのか何なのか分からんしな。連絡しても返事は来ないし」
土曜日になって真冬と僕の家で映画を見ながら話をする。
「真冬は何か知っているのか?」
妙に落ち着いているから何か知っているのかも知れない。でも多分答えてはくれないだろう、そう思って質問した。
「どうなんだろ。私、知っているのかな?」
「なんで僕に聞いてくるのさ」
「なんでだろう。もし知っていたらどうなるのかなって思って」
本当に知らないのだろうか。目を見ても嘘には思えない。
「あのさ。この前に病院でさ……」
「風邪?治ったよ?」
あくまで入院のことについては隠し通すのか、本当に双子なのか。仮に双子だとしたらお見舞いに行きたいところだが。でも、何故かこのときはそんな事を聴けるような雰囲気ではなかった。
真冬が帰った後に文香にもう一度メッセージを送ってみる。返事なんてないだろうと思ったんだが。
ポコン
テーブルに置かれたスマホにメッセージの着信が入った
『ごめんなさい。連絡出来なくて。それでね?もう少しだけ会えないと思うからその連絡』
『会えないってどういうこと?』
『大事な用事があって。あ、そうだ。大学の講義のノート、後で見せてね』
『どの位で戻ってくるんだ?』
というメッセージが最後で返信が来ることはなかった。
「あーもう。分からん。折角決めたのに。肝心の真冬も文香も何か隠してて話が前に進まん」 僕は折角決めた心がまた揺れ始める前に結論が出したかった。いっそのこと、真冬に先に話して一緒に文香のところに行くか?
そして。真冬まで僕の前から消えてしまった。母親に連絡を入れてみたが、本人から聞いてほしいと言われてしまって話が前に進まない。マスターに聞いても同じ返事だった。




