【第十話】重要な話
「それでなんで星空だったんだ?」
「うーん。もっとハッキリと見えると思ったんだけどなぁ」
「それは残念だけど、なんで星?」
「私が見た綺麗を健斗にも見せたかったの。谷川岳は遠いけども、ここならって」
本当はもっと別の何かがあるような気がしたけど、それを追求することは出来なかった。それをしてしまったら文香がどこか遠いところへ行ってしまう気がして。
「それで、文香とはどこに行ったの?」
木曜日になって、今度は真冬との関係がスタートした。それで最初の質問がこれ。気になるのは分かるけども、それに対して何か動くというのは違う気がして。内緒、とだけ答えた。
「いいじゃん別に。減るものんじゃないでしょ?」
「だからさ。相手のことはいいんだよ。これからの自分のことを考えて欲しいかな」
お昼ご飯を食べている時にもう一度聞かれたのでそう答えると、自分とのやりとりも内緒にしてくれるのか、と言ってきたので僕は「そうだ」と答えた。
「いや、そう言ったけども!」
「なぁに?高いところは苦手?」
「そういうのじゃなくて!近い!」
「だってこれ、そういうものじゃないの?」
「正面にも座席あるじゃん!」
とまぁ、こんな事になっているのは理由がある。最初カラオケと言われたのだが嫌な予感がしたので、開放的なところで、という事にしたのだが。確かに開放的ではあるが!
「だって怖い」
「確かに怖いけどさ……。そんなに引っ付かなくても大丈夫じゃない?」
僕の腕をがっしりと抱え込んで密着している。透明の観覧車ゴンドラ。開放的の極限。
「私だってこのゴンドラになるとは思ってなかったんだもん!」
「いや、だからってそんなに……」
と思ったら強風が吹いてゴンドラが揺れた。
「!!」
首に抱きつかれた。そしてその腕がゆっくりと解かれて行くと僕の肩にうずくまった真冬の顔が僕の目の前にやって来た。
「それはダメ」
「ぶー」
「ぶー、じゃない。そういうのはナシって事にしなかったっけ?」
「別にそんなルール無かったもん」
「じゃあ、今作った。文香にも言っておくから」
身体の関係を持つのは御法度。でもその前のキスにしたってその後にどうなるのか分からないし禁止にしておくに越したことはない。特に真冬はそういう方向に関しては強めに出てくる傾向がある。
その後は若干不貞腐れた顔をしながらも再び僕の腕に絡みついて来ていた。キスをされるよりは、とか思ってしまってゴンドラが地上に降りるまで。そのままにしてしまった。
「ケチ」
「ケチで結構です。ってか、そういうのを簡単にするものじゃないぞ」
「簡単じゃなかったもん」
一応の覚悟があった上の事だったのかもしれないけど、肝心な僕の覚悟が無かった。
「健斗、これ取れる?」
馬鹿でかいぬいぐるみ、が貰えるらしい小さなターゲット。普通に考えてこういうのは取れないものだ。とか思って先にやっている人の様子を伺う。一回目、失敗。二回目、また失敗。そして最後の三回目。良いところに行ったと思う。僕も真冬も固唾を飲んでそのクレーンの行方を目で追った。
「おお!」
思わず声が出てしまった。成功。かなりの難易度だと思ったのだが、その青年は見事にターゲットをクレーンで掴み落とした。
「うーん……」
青年はなぜか唸っている。取れたのに。
「あの」
「はい。なにか?」
「欲しいですか?」
「え?」
「チャレンジがしたかっただけで、景品は……その、あまり興味が無くて。もし良かったら貰ってくれませんか?」
と渡されたのは巨大なブリのぬいぐるみ。なんで真冬がこれを欲しがったのかは謎だけど、その申し出に真冬は喜んでいるようだ。
「それじゃ、頂いても……」
僕がそう言うと真冬は瞳を爛々とさせてその様子を見てきた。
「なんか喜んでもらえて嬉しいです。それでは」
と言い残して青年は去っていった。
「なんでこれだったんだ?ぬいぐるみは他にもあっただろ?」
「水族館、行った事覚えてる?」
「いつ頃?」
「って聞くってことは覚えてないでしょ。別に良いんだけど、その時のことがあったからかなぁ」
なんの事なのか聞いたけども教えてくれない。でもまぁ、なんかとても嬉しそうだからそれで良いか。
「とりあえず、そんな大きなものを持って出歩けないから家に戻るか」
「うん!」
上機嫌。そんなにブリが欲しかったのか。電車の中でもブリのぬいぐるみを嬉しそうに抱き抱えるその姿は可愛くもあったが、少々目立つ。小さな女の子に指差されたりもされた。
「いらっしゃい。って真冬ちゃんか。どうしたのそれ」
「ゲーセンの景品です。なんか欲しがってて」
「ほぉ。取ったのかい。健斗くんやるねぇ」
ことの経緯をマスターに話すと、なるほど、といった表情と共に別のことを聞いてこようとした。
「マスター、ストップ」
「ん?ダメかい?」
「ダメです」
「ん?なんの話?」
「真冬ちゃんがダメって言ってるから話せないなぁ」
例の水族館の話だろうか。仮にそうだとしても返事は期待できそうにない。まぁ、そのうち分かるでしょう。
と思っていたのに。
「なんでそんなことに……!」
日曜日に家で今後のことを考えながらゴロゴロしていたところにマスターから一本の電話がかかってきた。
「健斗くんかい?お店、来られるかい?」
「ええ。大丈夫ですけど。真冬が何かやらかしましたか?」
「盛大にね。とにかく早めに頼むよ」
そう言ってマスターからの電話は切れた。一体何をしたんだ。お母さんも日本にいるのになんで僕が呼ばれるのか。まぁ、謝るのなら一緒に謝っても良いか。そう思ってお店の前に来たのだが……。
「店休日?」
閉まっている。ドアの内側にクローズの文字が踊っている。そして僕が入り口でどうしようかと中の様子を伺っていたら後ろから名前を呼ばれてビックリしてしまった。
「ああ。驚かすつもりはなかったんだが。まぁ、よく来てくれたよ」
マスターがわざわざ店の外にいる。お店はクローズ。閉めなくてはならぬほどの何かをやらかしたのか?
「それで、真冬のやつは何をやらかしたんですか?」
「行こうか」
「え?どこにです?」
「行けば分かる。自分の目で確認した方がいい」
なんの事だか分からずにマスターの車に乗り込んで店を出る。途中、マスターは無言でこちらから話しかけるのも許さない空気が車内に充満していた。
雨が降り始めた。
「傘、持ってるかい?」
「いえ。天気予報では雨なんて聞いてなかったので」
「そうかい」
そんな会話をしたけども、再び無言になってしまった。
「到着だ」
「なんです?ここ」
「病院だな」
「それは解ってるんですが……」
徐々に嫌な予感が背中を襲う。まさか、真冬が……。
「黙ってるように言われてたんだけどな。今回は、いや、次回があるか分からない」
マスターと僕は駐車場に車を停めて雨の降る中を歩いて病院の受付に。
「東凪真冬さんにお会いしたのですが」
「申し訳ございません。今は……」
「そうですか。待たせてもらっても?」
そう言ってマスターは受付からホールの長椅子に座って僕に隣に座るように言ってきた。
「真冬に何かあったんですか?」
「何かあった、ではないな」
「え?怪我をしたとかじゃないんですか?」
「怪我で面会できないってことはないだろう?」
確かにそうだが……。それじゃ、何かの病気?真冬にそんな持病があるなんて聞いていなかったが。
「えっと……」
「健斗くん、落ち着いて聞くんだぞ」
「はい」
マスターが両腕を肘に置き、顔の前で重ね合わせた拳におでこを当てながら息を吐く。
「二ヶ月だ」
「真冬が帰るまで、ですよね?でも今回のことと何か関係があるんですか?」
「いや、君と真冬ちゃんに残された時間だ」
「え?」
「あの、面会、結構ですよ」
受付から看護師の人が僕たちのところへやって来てそう言って病室番号を教えてくれた。
「マスター、さっきのって……」
残された時間。一体どういうことだ?まさか余命二ヶ月ってことじゃないよな?あんなに元気だったんだ。そんなことは……。
「ここだな」
個室のようだ。マスターはドアをノックしてから扉を横に引き開けた。
「あ……」
ベッドの上の真冬と目が合う。そしてすぐに目線を逸らされる。
「真冬、何があったんだ?」
「マスター、どうして?なんで健斗を連れてきたの?」
真冬はマスターを責めるようにそう言った。隠しておきたかったのだろうか。でも残り二ヶ月っていうのは……。
「真冬、話しておきなさい」
真冬のお母さんがそう言った。真冬は俯いていたが軽く息を吐いた後に話し始めた。
「手術を受けるの。二ヶ月後に。成功確率は……。お医者さんの腕次第かな。よく分かんないや」
「手術?なんの手術?」
僕は医者でもないし、なんの手術なんて聞いても分からないかと思ったけど、何も知らないのは罪な気がして聞いた。何も知らなければ、普段の生活に戻れてしまうから。
「心臓の手術、かな。ドナーがね、見つかったの。でも……」
心臓の移植。ドナーが見つかった?こんなに早く?真冬は酷く言い難そうに言葉を続けた。
「もうね、ダメな人が居るの。その人、あと二ヶ月くらいで死んじゃうんだって。それで臓器提供の意思があるって」
「そ、そうか。成功するといいな。でもその人は……」
「うん……」
死ぬ。他人の命を貰って生きながらえるのはどんな気持ちだろう。その人の分まで、となるのか、罪となるのか。そのことを真冬には聞く事なんて出来やしない。僕はそれを見守る位しか出来ないのだ。




