目つきの鋭い婚約者
晴れ。
婚約者との顔合わせ。
全くもっていい日である。が。目の前の少年を見るとそうは思えなかった。
目つきが鋭い……悪人ヅラの婚約者は顔をどことなく顰めている。
正直ちょっと怖いーーいえだめよ私。商人たるもの、お客様には常に笑顔!まぁ、相手は婚約者だからお客様ではないのだけれど。
背筋をのばして片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる。できるだけ、明るい声を出す。
「リゼット・ノルムと申します」
「エドガー・グランデンだ」
あ、いい声。でも声の低さに不機嫌さが滲み出てらっしゃる。成り上がり貴族との婚約がお嫌なのかしら。ふ、と息を吐く。空気の凍った当人同士をよそに、親は盛り上がっている。
「全くよき日ですな」
「いやはや本当に!」
「素敵なお嬢さんで何よりだ」
おもむろに父がこちらを見た。
「リゼット、庭を案内して差し上げなさい」
「は、はい」
慌てて席を立つと、すっと手が差し出された。顔を上げると、婚約者がこちらを見ている。
「お手を」
手。エスコート。
婚約者の、エスコート。
「はい」
父でも兄でもない、同年代の方からの、エスコート。
見慣れた庭の花を、慣れない隣の人に一つ一つ指して説明していく。
「……綺麗ですね」
「ありがとうございます。母が、好きなのです」
「そう、ですか」
「はい」
弾まない。何か、言わないと。
「リゼット嬢」
斜め上から声がした。
「その、戻りましょう、か」
あぁ、言わせてしまった。
少し、太陽が翳った。
⭐︎
庭から帰ってきた私たちを見て、顔合わせは早々にお開きとなった。
あぁ気まずい。父の無言の視線が痛い。婚約者にエスコートされた手を開く。なんというかまぁ、大きかったな。当たり前か。
ぼんやりと椅子で部屋を眺める。
兄が通りかかるが、なんとなく聞きたくない。代わりに、その後通りかかった弟に、なんとなく口を開いた。
「ねぇ婚約者って何話せばいいと思う?」
「えぇ?姉さん聞く相手間違えてると思うよ?」
「いやまぁそれはそうだけど」
話が全く弾まなかったのよ。
ぽつりと独りごちると、へぇーと間の抜けた返答が返ってくる。
「いや、よくわかんないけど。貴族らしくとかじゃなくて、姉さんらしくいったらいいんじゃないの?」
私らしく、ね。
珍しくいいこと言う。ちょっと成長したのかしr……
「どうせボロが出るよ」
前言撤回。ガキのままだわ。
⭐︎
数日後、初めてのエドガー様とのお茶会。小さく深呼吸をする。
普通に考えてみれば、言うべきではないだろう。
でも。かわいいミリーに、頑張る私は素敵って言われちゃったし?試してみようかなって思ったし?生意気な弟も、姉さんらしくって言ってたし?
それに、前回お会いした時は、話が全く弾まなかったのは事実。自分を偽るのもよろしくない。そうだな、やってしまおう。
ぐるぐると回る頭を押さえつけるように結論づけて、刃物を突きつけるように切り出した。
「エドガー様。私たちの婚約は財政難を発端として決まったわけですが。正直私は、視野を狭め固執するならば権威なんて要らないのではないかしらと思っております。庶民には権威も何もないんですから。エドガー様は、どのようにお考えなのでしょうか」
ニコニコと貴族スマイルを貼り付ける。商人スマイルと貴族スマイルはあまり変わらない。変わるのは視線だけ。貴族社会への冒涜だと言われても反論はできないけれど、商会のためにも婚約者あなたのスタンスは確認しておく必要があるわ。ほぼ喧嘩を売ってきたも同然の婚約者に、あなたはどう出るのかしら。
エドガー様は少し虚をつかれたように目を見開く。カップを置くと、ゆっくりと口を開いた。
「…変革ももちろん大切だが。多くのものは時間が経てば歴史の中に消えていく。だからこそ、一見無駄に見えるものでも残っているというだけでなんらかの意図はあるし、価値もある。秩序を保つ権威と文化的伝統も大切だと思う」
すとんと言葉が落ちてくるのを感じた。私の挑発に乗ることもなく、それでいて的確な返答。あくまでも客観的にこの国を見ていらっしゃる。聡明な方だ。
「でもこのままではこの国丸ごと破産するかもしれませんわよ」
「まだ破産はしてないだろう?手立てはあるはずだ。大きな変革ではなく、小さくても着実な変革が、な」
「例えば?」
「そうだな、君が先ほど言ったものであれば、伝統を重んじた改革だ」
パッと新しい世界を見せられたようだった。
「どれだけ正しいことであっても、ただ闇雲に変えようとするだけでは人は動かない。だが、移行するのは割と人は簡単にやってのける。違うかい?」
「え、えぇ。おっしゃる通りですわ。ありがとうございます」
「いや、さすがノルム商会のご令嬢。こんなことを尋ねられるとは思っていなかった」
想像を上回る切れ者だわ。悔しいような、嬉しいような……結構嬉しいが残っているかもしれない。
そして覚悟していたとはいえ、婚約早々このようなことを聞いた私は浅慮だった。もう少し婉曲に聞くべきだったかしら。いやそれが嫌だったのよね、うーん。
聡明だからこそ警戒すべきかもしれないけれど。なぜだろう、この方は信頼に足るお方な気がする。
それにしても目つきの鋭いこと。笑ったらどうなるのかしら……ん?笑ったら?
笑顔。
本日二度目の衝撃が走る。
そう、そうよ。笑顔!貴族になって以来我が家から消えたのも笑顔。我が家だけでなく、みんなを笑顔にすることを目指す。ピタリと目標が定まったように感じた。思わず口角が上がる。
いつか、このお方もこの国も笑顔にしてみせる。そう心の中で意気込んで静かに紅茶を飲む。
あ、おいしい。
カップの向こう側で、エドガー様が小さく瞬いた。
⭐︎
「えっとだな、リゼ????」
ミリーの号泣以来、すっかりかつての顔に戻った父が顔を引き攣らせている。お茶会でのやり取りを、同席した侍女から聞いたのだろう。
「リゼ、エドガー殿に何を言ったんだ?」
「別に、普通のことしか話していませんけど」
嘘です。普通じゃないことを話しました。でもそんなこと言ったら面倒なことになるのは目に見えている。私とて誰彼かわまずにはやらない。一生を共にする婚約者だから、やったのだ。
「エドガー殿だったから良かったものの…」
「本当にそうですよね。反省はしております。もうやりませんからご安心ください。それに、商人は結果が全てですよ」
若干の引け目があるので敬語になる。父の言葉を遮って一息で言い募ると、にこりと笑って誤魔化した。白目をむいている父からエドガー様からという手紙を抜き取る。そそくさと父の元を後にした。
非常に有意義な時間だった。またお会いしたい。
生真面目な筆跡で簡潔に書かれた文面。人柄そのもののようで少し面白かった。紙を用意し、簡潔に返事を書いた。
大変楽しい時間でした。また色々お聞かせください。
読んでいただきありがとうございました!
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