奮闘
貴族の令嬢の仕事にはいくつか種類がある。
一つ目は、社交界デビューと結婚。適切な相手と結婚して、家門の地位を維持・発展させること。
二つ目は、家の女主人として、使用人を統括すること。
三つ目は、領主の娘として、地域社会への貢献やチャリティ事業の主催、学校や病院、孤児院の視察、病気や貧困に苦しむ領民への施しをすること。
茶会や夜会は一つ目に付随する。
会話から他家の動向やゴシップを探って、都合のいい情報を流すとか。
将来の結婚相手(私の場合はエドガー様)を見極めるとか。婚約が決まってない場合は、親同士の意向を汲んで有益な縁談へ繋げるための事前の根回しをするとか。主催や給仕を通じて、私できますよアピール、我が家すごいアピールをするとか。他家のご夫人やご令嬢方と仲良くなっておいて、いざという時の後ろ盾を確保するとか。
……なんだけど。
前日の夜、寝室に潜り込むと段々とお腹が痛くなってきた。
薬、薬飲まないと。
廊下に出て、胃薬を探して水で流し込む。一度ベッドから出てしまうと、ゴロゴロと転がっても倒れ込んでも、なかなか寝付けない。
眠い。眠らなきゃ。明日は早い。今何時?早く眠らなくては。目を閉じたらどこを見ればいいんだっけ。瞼の裏?上の方?下の方?目が冴える。あ、遠くでカサって音がした気がする。お化けとか出ないわよね、今何時かしら?早く寝なくてはーー
⭐︎
「皆様、ご参加いただき心よりお礼申し上げますわ」
かちゃかちゃとカップの軽い音が響いている。周りには何人かのご令嬢。
先ほどから会話が頭に入ってこない。しっかりしなきゃ。貴族として、ちゃんとしなければ。
それにしても頭に鈍痛が響いている。結局どれくらい眠れたのかしら。
焦ってカップを手に取った。いや、取ろうとした。
あっまずい。そう思った時には遅かった。
かんからかん。
手の端にあたって、フォークが空を滑った。
カトラリーが床に落ちる音が響いた。
軽やかな笑い声が途切れた。
一気に部屋の温度が下がる。視線が、棘のように突き刺さる。
ひゅっと自分の口元から音が聞こえた。
身分はまちまちであっても、同い年の令嬢たちだ。
街で会う同年代の子たちと何も変わらないはずなのに。
「あらあら」
斜め前のご令嬢が呟いた。
カタカタと震えが止まらない。
「失礼、いたしました……」
主催者であるご令嬢がゆったりと微笑む。
「大丈夫ですよ、よくあることですもの」
大丈夫では、ないでしょう。
兄の後ろ姿がよぎり、手を握り込む。
その後、お茶会は和やかに終わった。恐ろしいほど、和やかに終わった。
手のひらを開くと、くっきりと爪痕が残っていた。
帰宅しても、家族は誰も見えない。使用人が声をかけて荷物を持っては消えていく。
「おかえりなさいませお嬢様」
「お荷物、お部屋にお持ちいたしますね」
「夕飯のお支度も整っておりますよ」
「そう、ありがとう」
馬車の前から動く気になれなくて、ぼんやりと家を眺める。
大きな家。こんなに大きかったかしら。
「ただいま、帰りました」
誰にともなく、呟いた。
もちろん返事はなかった。
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