淑女教育
半日ほど街を歩き、家に戻る。得たものはそこそこに多いが、巾着の中身は4分の1ほどの減少で抑えた。値切り交渉も上手くなってきた気がする。この点に関しては恐ろしいお母様にも褒めてもらわなければ。
正直なところまだ家には帰りたくはないが、仕方ない。これ以上抱えて歩くのも大変だ。兄さんには腹を括って謝ろう。
⭐︎
家で、歩いているルイスを捕まえた。
「ルイス」
「あ、姉さん」
「兄さんどこか知らない?」
「さっき父さんに呼ばれてたよ。姉さんも呼ばれてた。帰ったら執務室に来いってさ」
「わかったわ。あ、これ私の部屋持っていっといてよ」
「姉さん、俺召使じゃないぞ」
「これあげるわ」
弟は飴細工一つであっさりと釣れた。かわいい弟だ。
帳簿の件を兄さんが言いつけたのだろうな。母さんがいないなら大丈夫だろう。そこまで時間はかからないはずだ。先ほど買った飴細工をお裾分けしよう。兄さんも飴細工はお好きだから喜んでくれるはずだ。
火に油を注いでも困るから神妙な顔は忘れない。扉を開けて一歩部屋に入る。
「ただいま戻りまし、た……」
なにこの空気。
空気の重さに引き返したくなる。家ではいつもどこか頼りない父が、仕事で見せる厳しい顔を浮かべている。後ろでばたりと扉が閉まる音がした。言いつけたなら怒り顔なはずの兄さんが、蒼白な顔でこちらを見た。嫌な汗が背中を流れる。これは、帳簿は関係ない。もっと大きなことだ。
父さんが重々しく口を開く。
「リゼ、いや、リゼット。明日から、淑女教育を受けてもらう」
⭐︎
なぜか、貴族の礼儀作法を叩き込まれる日々が始まった。
兄さんは、ただでさえ剣は苦手なのに毎日素振りをさせられている。筋肉痛で体がバキバキに痛いと涙目で文句を言っている。ルイスはまだ始まってないからか高みの見物を決め込んでいる。
「俺は貴族でないし騎士になりたいわけでもない。一介の商人にこんなもの必要ないはずだ!」
そう言った兄は、父さんに直談判に行っていた。が、憤りながら帰ってきた。華麗にスルーされたそうだ。
商家の娘としての教育はあるけど、商家ではいらないはずのダンスの練習なども組み込まれた。貴族のご令嬢でもないのに、なんで?
頭に本を乗せてカーテシーの練習をさせられる。揺れるとピシリと叩かれる。なんでなのよ!
飴細工も太るからと制限をかけられた。それが何より嫌だった。好きなものを食べていたいのに!
果ては、言葉遣いの修正も始まった。父さんではなくお父様。だね、ではなく、ですね。
父だからって様付けだなんて反吐が出るわ。あんなくそ親z…いや、これ聞かれたらまずいから黙っておくけど。
信用も信頼もしてるけど、尊敬はあまりしていないわ。
何かがおかしい。兄が無理なら私からもと苦言を呈して理由を問いただしてみても、両親は厳しい顔で口をつぐむばかり。
苛立ちと不安が降り積もっていく。せいぜい私にできる反抗は、飴細工を目を盗んで食べるくらい。むぐ、と口に突っ込んだ甘さは、いつもより苦く感じて嫌だった。
兄さんはルイスと遊びながら言った。
「商人じゃなくなるかもしれないな」
意味が、わからなかった。ルイスの笑い声が遠のいて聞こえた。
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