貴族と婚約話
身の回りの劇的な変化と、兄の言葉を絡めて考えた。落ち着いて考えてみれば答えはあっさりと見つかった。滅多なことは言えないけど。誰も言わないし私も言わないけど。
ーー授爵
理由を説明できないわけだわ。平民と貴族は決定的に立場が異なるもの。そしておそらくまだ決定ではないのだろう。賜るならおそらく男爵位。一代限りの爵位も考えたけど、それならば私たちにここまで教育する理由もない。家ごと、貴族になる。私も、男爵令嬢になるはずだ。これから、どうなるんだろう。
うすら寒く感じた。ぞわぞわと落ち着かない。ベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めてみても、胸のざわめきは消えなかった。
淑女教育に文句を言うのをやめた。
諦めたに近い。
まず、呼び方を変えた。
お父様と呼ぶようになった。呼ぶたびに、私が私でなくなるような気がして嫌だった。どうやって、笑っていたかしら。少しだけ悲しげに顔を歪める父に、父さんの面影が顔を出す。お母様と呼ぶと、母の目が揺れた。両親の揺らぎを感じたからこそ、できるだけ明るく呼ぶようにした。
兄は違った。私とルイス、ミリーを呼ぶと、こう言い切った。
「外ではお兄様でいい。でも、家では必ず兄さんと呼べ!」
なに言ってんだこの兄は。
絶句する私をよそに、なんならカイ兄でもいいぞ?と笑っている。ルイスがカイ兄!と呼ぶとおう!と笑った。
「カイト兄さんならまだしも、カイ兄なんて呼んだのいつの話よ!」
大笑いしている兄と弟につられてみんなで笑った。
ルイスは、柔軟だった。なめらかに使い分けている。ミリーはおませにお姉しゃまと呼んでくる。sの発音が難しいのだろう。少し舌足らずなのが可愛くて、これなら様づけも悪くないなと思えた。
ぐるり、と首をまわす。
呼び方の次は姿勢を変えた。常に美しい姿勢をキープした。
考え方も多角的であることを意識した。話の引き出しを多く持つ。視野を広く持つ。商人としても大切なことだ。
先生は劇的な変化に驚いていらっしゃった。一度受け入れてしまえば、淑女教育も面白かった。
ただ。本当はもっと遊びたかった。変わることが怖かった。
でも、私ができる最大の楽しさを私にあげたい。
私が、誇りに思える私でいたい。
ーー負けてたまるか。
⭐︎
理由がきっちり説明されたのは数年後のことだ。
15歳。
父が授爵した。
ゆっくりと、それでいて目まぐるしい変化が始まった。
⭐︎
父の授爵から数日後、夜に執務室に呼び出された。静かに息を整えて、入室する。
「リゼット」
「お呼びですか、お父様」
いつもに増して表情が固い。かつて甘かった父は、厳しい顔で言い切った。
「婚約が決まった」
やっぱり。この日が来るだろうことはわかっていた。
兄さんはすでに王都の商会の娘と婚約済み。私ももう15歳。婚約には適した年齢。順当にいけば、婚約は時間の問題だった。
わかっていた。
それでも、いざ言われると胸にくるものがあった。
「お相手はどなたですか」
「グランデン子爵家ご嫡男、エドガー殿だ」
エドガー様。名前しか知らない未来の夫の名前。
すぅっと目を伏せて、頭を下げた。
「承知いたしました」
声に震えはなかった。父に手の震えを気づかれないようにぐっと力を込める。
私は、私なりの戦い方をする。
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