商会の娘
「おいリゼぇぇぇ!なんだこれぇぇ!!」
カイト兄さんの情けない叫び声が響き渡った。見つかったわ。捕まる前に逃げないと。
「ごめんなさーーい!!!!!」
くるりと踵を返して走り出す。
あ、廊下も走っちゃいけないと怒られたばっかりだった。母さんの吊り上がった目を思い出すと、ぶるりと震えが走った。やっちゃった。お小言が増えるわ。
カイト兄さんの机の上の帳簿が驚くような形の山だったから、少し触りたくなったのよ。崩したくて崩したわけではないわ。ごめんね兄さん。でもあれを放置していたのも悪い!あんなギリギリで崩れていない山、触らない方が無理だもの。そう、私は悪くない……たぶん。
人の少ない裏手への廊下を全力で走る。
角を曲がった瞬間、向こうからやってきた誰かに思いっきりぶつかった。
「わっぷ」
「おやお嬢、鬼ごっこですか?」
「ルキア!えと、ぶつかっちゃってごめんなさい!あのね、帳簿の山でちょっと遊んでいたら崩しちゃったの。帳簿は順番が大事でしょ?だからその、戻そうとは頑張ってみたんだけど、できなくて……兄さんにバレたのよ」
「それはそれは。裏口からの逃亡ですか?」
「うん!」
「しばらくしたら帰ってきてくださいね、困っちゃいますんで」
「わかったぁ!」
するりと戸口に手をかける。
「お母様には色々内緒にしてね?帳簿のこととか、廊下走ったとか……」
恐る恐る頼むと、ニヤリと笑われた。
「昨日お叱りを受けたからですか?反省なさるなら良いですよ」
「するわ!!お願い!」
「わかりました。では、一の橋で美味いつまみを買ってきてくださいな」
「角のところよね!任せて!」
また酒を飲む気だわ。背の高くすらっとした真面目な人に見えて、中身はただの酒好き。この前も商会のみんなで飲み比べていなかったかしら。なんなら二日酔いで吐いていたところまでセットで覚えている。肝臓が若干心配なところではあるけれど、とりあえず一安心!ルキアの肝臓は預かり知らぬことだ!
「行ってきます!」
街に飛び出した。
「お嬢!おはよう!」
「おはよう!!良い朝ね!」
「リゼお嬢様おはようございます!今日良い反物が届くんで店にいらしてくださいな」
「ほんと!?どこの反物?」
「西部ですよ」
「刺繍の施されたやつね?」
「さすがお嬢様、その通りですよ!」
「後で行くわ!」
街の人は今日も元気だ。キラキラしていて、楽しいわ。
息をめいいっぱい吸い込む。良い朝だわ!とりあえず、ルキアとの約束を果たさなくちゃ。一の橋に行くまでに反物屋も寄れるはずだ。ふふ。一応懐の巾着の中を確認する。うん、十分。
「おはよう!今日は良いものあるーー?」
「お、リゼの嬢さんじゃないか!おはよう!!良いものあるよぉーー!まぁみて行けよ!」
「ありがとう!」
この空気だけで心が躍る。ウキウキで近くの店を回った後、市場の向こう側に走っていった。
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