8日目『徒労』
――賭けの、実行だ。
「キングは、今の戦力じゃ、無理だ。全員、引くぞ」
「確かに……あのバケモン、俺らだけじゃ、勝てねぇな」
オレの指示に、戦意を喪失していたメンバーも、撤退に、賛同した。
(よし。これで、討伐フラグは、折れた。
キング討伐後に来る死も、これで、回避できるはずだ)
背後から響くキングの咆哮を、聞き流しながら。
オレたちは、安全な、街を目指した。
帰り道は、静かだった。
誰も、欠けていない。
誰も、血を、流していない。
(……いいぞ。悪くねぇ)
三度の周回で、初めて。
オレは、シナリオの、外側を歩いていた。
「……あの。ごめんなさい、勝てなくて」
隣を歩くアヤが、俯きながら、ぽつりと言った。
「バカ。生きて帰るのが、一番の勝ちだ」
「……はい」
アヤが、少しだけ、笑う。
(このまま、街に着けば。
初めて、『何も起きない一日』が、手に入る)
湿った森の匂いが、途切れる。
木々の、切れ間。
街の防壁が、見えてくる――はずだった。
――だが。
街の防壁に近づくにつれ。
風に乗って、おかしな『匂い』が、運ばれてきた。
肉の焼ける、異臭。
木材が、パチパチとはぜる音。
そして、何百人もの人間の、悲鳴。
「……なんだよ、これ」
森を抜けたオレたちの目に飛び込んできたのは。
赤黒い炎に包まれた、街の姿だった。
防壁の上の空が、夕焼けでもねぇのに、赤い。
灰が、雪みたいに、ちらちらと、降ってくる。
防壁の門は打ち破られ、石畳には、無数の死体が、散乱している。
逃げ惑う住人を追い回し、笑いながら剣を振るうのは――緑色の、悪魔ども。
『スタンピード(大暴走)』。
森の魔物が、一斉に、街へ雪崩れ込んできたのだ。
打ち破られた門を、くぐる。
見覚えのある、大通り。
アヤと歩いた、石畳。
冒険者ギルドの、木の看板が、火の粉を散らしながら、足元に転がっていた。
打ち上げの、バカ騒ぎが聞こえてた、あの酒場も。
アヤが、腹の虫を鳴らした、あの宿屋も。
全部、燃えていた。
子供の、泣き声がする。
崩れる家の、轟音がする。
「ちくしょう……最悪のタイミングだ」
オレは、舌打ちした。
(森でキングを放置したせいで……被害が、街に、拡大しやがった……!)
違う。
タイミングなんかじゃ、ねぇ。
オレの、指示だ。
オレが、引かせた。
フラグを、折ったつもりで。
オレは、フラグの向く先を、街ごと、すり替えちまっただけだ。
アヤ一人の死か。
街ごとの、地獄か。
(……これが、テメェの用意した、選択肢かよ。クソ女神)
逃げても、地獄。
何をやっても、より酷い結末が、押し寄せてくる。
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燃え盛る市街地での、地獄のような乱戦が、始まった。
熱波が肌を焼き、血と臓物の腐臭が、入り混じる。
大通りの先で、腰を抜かした住人に、ゴブリンの錆びた鉈が、振り上げられる。
「アヤ! 左だ! 割り込め!」
「――っ、はいっ!」
アヤが、石畳を蹴り、住人とゴブリンの間に、大盾ごと、体をねじ込んだ。
ガァンッ!
火花と、鉈の弾かれる音。
「に、逃げてくださいっ!」
アヤの声に、住人が、転がるように、路地の奥へと消えていく。
「アヤ! 騎士団の盾になれ! 前へ出ろ!」
オレの檄に、アヤが、大盾を構えて躍り出る。
ウォークライでヘイトを集め、ロンの剣とジャミンの炎が、ゴブリンを薙ぎ払う。
「な、なんだ、あの嬢ちゃん……!」
「盾だ! あの盾の後ろに、隊列を組み直せ!!」
血まみれの騎士たちが、アヤの背中に、集まっていく。
崩れかけていた戦線が、アヤを軸に、組み上がっていく。
ナミの祈りが、淡い緑の光になって、騎士たちの傷まで、塞いでいく。
苦戦していた騎士団も、突如現れた頑強な盾役に、活路を見出し、連携を始める。
(……いける。守れてる。今回は――守れてる!)
押し返せる。
そう、確信した、次の瞬間。
ズドォォォォン!!!
広場の屋敷が、内側から、吹き飛んだ。
土煙を裂いて現れたのは――やはり、あの巨体。
ゴブリンキング。
「……ふざけんな。結局、テメェからは、逃げられねぇってことかよ!」
(ちくしょう……最悪の、タイミングだ)
オレは、奥歯を噛み鳴らし、アヤの肩を叩いた。
「アヤ! ここで食い止めねぇと、街が終わる! 前へ出ろ!」
「やぁぁぁぁぁっ!!」
恐怖を塗り潰す絶叫と共に、アヤが、キングの正面に、躍り出る。
ジャストガード。影踏み。そして、炎を纏ったロンの大剣。
ジュバァァァァッ!!
キングの巨大な首が、宙を舞い、石畳に、倒れ伏した。
「……はぁっ、はぁっ……」
「や、やったぞ……! キングを、倒した!!」
血みどろの騎士たちが、歓喜の雄叫びを、上げる。
アヤが、緊張の糸が切れたように、座り込んだ。
「嬢ちゃん! あんたのおかげだ!」
「すげぇ盾だ! 英雄だぞ、あんた!」
わっと、騎士たちの輪が、アヤを囲む。
「え、えっと、その……あの……っ」
真っ赤になって、あわあわと、両手を振るアヤ。
(……見事だ。この、大混乱の中でも、こいつは、役割を全うした)
(街も、守った。キングも、倒した。
死因のイベントってやつも、今度こそ、消えたはず――)
「よっしゃ、倒し……っ」
オレが、アヤを称えようとした、その、瞬間だった。
チィィィィィィィン……。
周囲の歓声を、引き裂く、甲高い、耳鳴り。
燃え盛る炎の赤すら、白く塗り潰すほどの――【極太の光の線】。
それが、視界の外から飛来し。
へたり込んでいたアヤの頭部を、真正面から、撃ち抜いた。
パァンッ、と。
水風船が、弾けるような、軽快な、音。
アヤの笑顔ごと、首から上が、一瞬で、蒸発した。
ボチュァッ!!!
熱い液体と、脳髄の欠片が、オレの顔面に、降り注ぐ。
首のないアヤの体が、ゆっくりと、石畳に、倒れ伏した。
周囲の歓声が、ピタリと、止まる。
「…………あぁ、クソ。またかよ」
オレの口からこぼれたのは。
驚きでも、パニックでも、なかった。
胃袋の底に、冷たく沈殿する、絶対的な、諦念。
場所が、森だろうが、街だろうが、関係ない。
討伐を、遅らせようが、逃げようが、関係ない。
寝かせて見張ろうが、叩き起こして戦わせようが……関係、ねぇ。
どう足掻こうが。
この世界そのものが、意地でも、このガキを殺すと、決めていやがる。
全ての道が、ただ一点――『アヤの死』へと、収束していく。
『※担当勇者が死亡しました』
脳内に響く、無機質な、アナウンス。
燃え盛る街の景色が、音を立てて、崩れ落ちていく。
そして。
オレは、また。
あの、緑に囲まれた、初期の森の中に、立っていた。
何度目かも、わからない。
ただ、出口のない、地獄の入り口に。
オレは、また、戻されていた。




