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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース1 井上 綾(いのうえ あや)

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7日目『撤退』


泥の味。


生ぬるい、腐葉土の悪臭。


何度、繰り返せば、気が済むんだ。このイカれた、クソゲーは。


オレは、薄暗い森の中で、仰向けに、倒れていた。


空を見上げ、ただ、自分の置かれた状況を、噛み締める。


――この世界で、オレは、一種の無敵モードだ。


敵からの攻撃は、一切、受けない。


傷も、つかない。痛みも、ない。


ましてや、死ぬことすら、ない。


システムで言えば。


オレは、この世界に存在しちゃいけない、『エラー』みたいな存在だ。


だが。


その代償が、デカすぎる。


オレは、誰にも、認知されない。


触れることすら、できない。


担当の、勇者を除いては。


オレへの攻撃は、全て、無効。


だが、担当勇者の痛みは、オレに、ダイレクトに伝わる。


そして、担当が死ねば――オレも、死ぬ。


挙げ句、せっかく関係を築いて、受け入れられても。


担当が死ぬたびに、また、初期状態に、リセットされる。


何度でも。何度でも。


正直に言えば。


オレは、自分が死ぬことには、全く、動じない。


それは、シンプルな話だ。


死ぬってのは、自分が、弱いからだ。


対戦相手より、弱い、自分が悪い。


逆に言えば。


弱く、なけりゃ、死なねぇ。


どんな時でも、相手より、少しでも有利に。


少しでも、強く。


そのためにする努力に、無駄なんて、一切ない。


泥水をすすり、仲間の死骸を乗り越え、何度も心が折れかけながら。


それでも、剣を振り続けて、強くなって。


オレは、たった一人で、魔王を、ぶっ殺した。


『強くなれば、生き残れる』。


それが、オレの、生き方だった。


オレを、オレたらしめてきた、唯一の、芯だった。


――だが。


今回は、どうだ。


オレが、いくら強くても。


一切、何も、できない。


オレ自身が、どれだけ努力して、強くなったところで。


なんの、解決にも、ならない。


全ては、担当勇者に、預けるしかない。


自分の、命すら。


「……ふざけやがって」


オレは、ぎりっと、奥歯を噛み締めた。


このスキルの、クソさに。


腹の底から、怒りが、煮えたぎる。


そして、何より。


何も、できずに。


二度も、あのガキを――アヤを、救えなかった、自分が。


心底、嫌になる。


「……何が、教育係だ」


吐き捨てた言葉が、虚しく、森の中に、溶けていった。


†================†


しばらく、オレは、その場で、考えていた。


どれくらい、そうしていただろう。


やがて、オレは、ヨロヨロと、立ち上がる。


【マップ】に記された、勇者の信号へ向かって、重い足を、引きずる。


……今回の合流は、悲惨なものだった。


一回目、二回目より、明らかに、足が、遅い。


気力が、湧かねぇ。


気づけば、三十分以上、経っちまっていた。


それでも。


オレは、感情を、無理やり抑えつけ。


ただの、ナビゲーションシステムに成り下がって、機械的に、アヤたちを、誘導した。


全てが、同じ流れだ。


ギルドでの謝罪。森での、ゴブリンキング討伐。


――今回も、アヤが、死ななかった。


討伐後、街へ戻る。


(……食事が、怪しい)


オレは、初めから、そこに、目星をつけていた。


二回目の死は、夜だった。だとすれば、毒殺の線が、濃い。


(整理するぞ。考えられる死因を、一つずつ、潰す)


毒殺。暗殺。病死。


それとも――もっと、別の、何か。


わからねぇなら、消去法だ。


今回の周回の、テーマは――『検証』だ。


「打ち上げの飲み会には、参加するな。誰とも、飯を食うな」


オレは、強い口調で、アヤに、命じた。


「飯は、オレの見てる前で、火の通ったもんだけ食え。


水は、井戸から、自分で汲め。誰かに注がれた杯には、絶対に、口をつけるな」


「え、えっと……は、はい」


オレのただならぬ迫力に、アヤは、戸惑いながらも、しぶしぶ、了承する。


その夜。


酒場の方から、打ち上げの、陽気なバカ騒ぎが、聞こえてくる。


ロンたちの、笑い声。ジョッキの、ぶつかる音。


アヤは、ちらりと、そっちに目をやって。


それから、何も言わずに、宿屋の軋む階段を、上がった。


部屋に入る、直前。


くぅぅ、と。


小さな腹の虫が、鳴いた。


「……ふふ。……すみません」


アヤが、耳まで赤くして、笑う。


「でも、平気です。……あなたが、そう言うなら」


(……っ)


胸の奥が、軋んだ。


腹を空かせたガキに、飯も、ろくに食わせず。


それでも、こいつは、文句一つ言わずに、オレを信じてやがる。


(……だったら、なおさらだ。今回こそ、守り切る)


この、不器用な信頼が。


今回の周回で、オレが手にした、唯一の、希望だった。


部屋に入ると、オレは、アヤに指示を出した。


ドアの鍵を、かけさせる。


窓の閂を、締めさせる。


ご丁寧に、椅子とテーブルで、バリケードまで、組ませた。


オレ自身は、何一つ、触れねぇからな。


全部、アヤの手で、やらせるしかねぇ。


「あ、あの……何か、来るんですか……?」


「用心だ。いいから、寝ろ」


やがて、アヤが、毛布に包まり、静かな寝息を立て始める。


オレは、ベッドで眠るアヤを見ながら、部屋中を、警戒していた。


ドアの前に、陣取る。


虚空に、【マップ】を開く。


緑の網目の上で、点滅する、赤い光点。


アヤの、現在地。生きて、ここにいる、って証だ。


(……絶対に、消させねぇ)


ランプの油が、じりじりと、減っていく。


酔っ払いどもの声が、遠ざかり、消えた。


雨の音だけが、残る。


規則正しく、上下する、毛布。


毒は、盛らせなかった。


誰も、部屋には、来ていない。


(……敵が来るなら、まだいい。来ない、のが、一番、気味が悪ぃ)


何度も、自分の頬を叩いて、眠気を、追い払う。


やがて、窓の外が、うっすらと、白み始めた。


(……朝、か)


アヤの寝息。赤い光点。閉ざされた、ドアと窓。


何事もなく、朝が来る――はずだった。


だが。


「……な」


気づけば、オレは、また。


あの、初期の森の中に、立っていた。


「なんで、だよ……!」


オレは、頭を掻きむしった。


昨夜、オレは、一睡も、していない。


ずっと、警戒していた。


覚えてる。


窓の外が、白み始めるところまでは、確かに、覚えてる。


ランプの炎。アヤの寝息。点滅を続ける、赤い光点。


――そこから先の、記憶が、ない。


意識が途切れた感覚すら、ない。


瞬きの、その一瞬の間に。


世界が、丸ごと、すり替えられていた。


なのに、気づけば、この場所にいる。


なぜだ。


アヤは、死んだのか?


打ち上げにも参加させてない。毒を盛られた様子も、なかった。


なのに、なぜ。


(……毒じゃ、ねぇのか?)


脳裏に、昨夜の、アヤの顔が、よぎる。


腹の虫を鳴らして、耳まで赤くして、笑ってた。


『でも、平気です。……あなたが、そう言うなら』


オレを信じて、腹を空かせたまま、眠って。


――そのまま、消えたのかよ。


検証だなんだと、御大層な講釈を垂れて。


結局オレは、あいつの最後の夜から、あったけぇ飯の一つ、取り上げただけだった。


(……クソが)


考えても、考えても、わからない。


オレの推理は、ことごとく、空を切る。


怒りが、沸点を、超えて。


逆に、冷たく、冷えていく。


見えない敵。掴めない、死因。


同じ盤面で、いくら待ち構えても――相手が、盤の上に、いねぇんだ。


(……原因が分からねぇなら。イベントの根本を、へし折るしかねぇ)


オレは、次の周回で、賭けに出た。


ゴブリンキングを、倒さずに。


街へ、撤退する。

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