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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース1 井上 綾(いのうえ あや)

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9日目『狩り』


鼻をつくのは、またしても、血と糞尿の混ざった、ゴブリンの異臭だった。


何度、繰り返した。


逃げても、フラグを折っても、別の『死』が、押し寄せてくる。


場所を変え、手を変え、毎回、結末だけは、アヤの死へと、収束する。


だが――もう、いい加減、気づいた。


(……受け身は、ヤメだ)


オレは、泥濘にまみれた短い足で踏ん張りながら、奥歯を、ギリッと噛み鳴らした。


ビクついて、守りを固めて、後手に回って、殺される。


そんなことを、何周、繰り返した。


(待ってな、クソ野郎。……今度は、オレが、お前を、見つけてやる)


待って、守るんじゃねぇ。


こっちから、流れに乗って、誘い出して、引きずり出す。


オレは、脳内でストップウォッチを弾きながら、アヤに、指示を飛ばした。


立ち位置、盾を押し出すタイミング、影踏み。


全てを、一番最初のループと、寸分違わぬように、再現させる。


「ロンさん! 今です!!」


「うおおおおおおッ!!」


ロンの炎を纏った大剣が、ゴブリンキングの太い首を、薙ぎ払う。


ジュバァァァァッ! と、巨大な頭部が宙を舞い、地響きを立てて、転がった。


「やった……! 勝ったぞ!」


「アヤ、あんた、意外とやるじゃない!」


歓喜に沸く、ロンとジャミン。


アヤが、安堵の表情で、振り返る。


一番最初のループと、全く同じ、完璧な、光景。


(来るなら、ここだ。あの、光線が、アヤの顔面を、吹き飛ばしに来る……!)


全身の産毛が逆立ち、胃液が、喉元までせり上がる。


オレは、血走った目で、周囲を、ギョロギョロと、睨み回した。


†================†


(……いや。待て)


オレは、思考を、切り替えた。


やみくもに警戒するんじゃねぇ。容疑者を、絞り込め。


あの光線を、撃てる奴がいるとしたら。


それは、外じゃなく――この、パーティーの中かも、しれねぇ。


オレは、メンバーを、一人ずつ、観察した。


戦士のロン。魔法使いのジャミン。


こいつらは、ずっと、アヤの近くにいた。


そして、誰よりも、討伐を、嬉しそうに、はしゃいでいる。


(……こいつらじゃ、ねぇな)


一周目から、ずっとそうだ。


こいつらは、単純で、わかりやすい。標的を、暗殺するような、陰湿さはねぇ。


だが。


ヒーラーの、ナミだけは、違った。


歓喜に沸く二人を尻目に。


こいつだけは、常に、冷静で。


一歩引いた、後方に、いる。


(光線を、撃てる位置。撃てる、魔力。


……怪しいのは、ヒーラーだ。コイツだ)


その時。


オレの視界の端で、ナミが、ブツブツと、何かを唱え始めた。


杖の先端に、魔力が、収束していく。


その切っ先は――無防備に笑う、アヤの背中に、向けられていた。


(……当たりだ。コイツが、アヤを殺した、犯人かよッ!!)


「させっかよぉぉぉッ!!」


オレは、泥を蹴り上げ、ナミに向かって、全力で飛びかかった。


物理干渉できねぇのは、わかってる。それでも、黙って見ていられるか。


短い腕を振りかぶり、ナミの顔面めがけて、右ストレートを、叩き込む――!


――ポワァァン。


オレの拳が、ナミの鼻先を、むなしく、すり抜けた瞬間。


杖の先端から放たれたのは。


凶悪な光線では、なく。


淡く優しい、エメラルドグリーンの、光の粒子だった。


「え?」


光の粒子が、アヤの身体を、包み込む。


キングの攻撃で軋んでいたアヤの腕の傷が、シュルシュルと、塞がっていく。


「……ナミさん、ありがとう」


アヤが、嬉しそうにお礼を言うと、ナミは、パチンとウインクをして、笑った。


「前衛で頑張ってくれたんだから、これくらい、当然でしょ」


「…………」


オレは、ナミの背後に、すり抜けたまま。


ズザーッと泥の中に着地し、無言で、両手をだらんと、下げた。


(……回復魔法かよ。ただの、良い奴じゃねえか)


名探偵気取りで飛びかかった自分の滑稽さに、顔から、火が出そうになる。


物理が効かねぇのは、何回、学習すりゃ気が済むんだ、オレは。


だが、安堵したのも、束の間。


オレの背筋に、再び、冷たいものが、這い上がった。


(待て。じゃあ、なんで、今回は、あの光線が、飛んでこねぇんだ?)


一番最初のループと、全く同じタイミングで、キングを倒した。


なのに、待てど暮らせど、あの光線は、アヤを撃ち抜かない。


周囲の森からは、風の音しか、聞こえなかった。


†================†


その後、街のギルドへ戻り、討伐報告を済ませた。


キングの懸賞金で、酒場での、打ち上げ。


(光線じゃ、ねぇなら。毒だ。


二回目、三回目の『謎の死』の正体は、絶対に、この酒場にある)


今回は、あえて、打ち上げを断らせなかった。


オレは、透明状態のまま、テーブルの下に潜り込み、厨房やメンバーの動きを監視し続けた。


だが。


誰も、アヤの食事に、何かを入れる素振りはない。


アヤ自身も、果実水を美味そうに飲み、干し肉をかじっている。


異変は、何一つ、起こらなかった。


(……毒殺でも、ねぇのか。


じゃあ、なぜだ。なぜ、アヤは、何度も、死んでいる?)


†================†


その夜。


カビと古い木材の匂いが染み付いた、宿屋の一室。


アヤは、ベッドの上で、穏やかな顔で、眠りに落ちていた。


オレは、冷たい床に胡座をかき、頭を、抱えていた。


何度も、何度も、見てきた、この光景。


オレは、ループの一つ一つを、丁寧に、紐解いていく。


(……整理しろ。


光線は、パーティーメンバーじゃ、なかった。


酒場での、毒殺でも、ない。


暗殺者が、部屋に忍び込んだ形跡も、ない)


指の関節を、ボキボキと鳴らす。


イライラが、頂点に達し、呼吸が、荒くなる。


オレは、確認のため、空中に、【Book】を、呼び出した。


『対象の精神状態:極度の疲労、および安心感』


『推奨アプローチ:十分な睡眠と休息』


精神状態に、異常はない。


カウンセリングも、今は、必要としていない。


(……クソッ。この、役立たずの辞書が)


苛立ち任せに、空中の本を殴ろうと、腕を振り上げた、その時だった。


「……毒でも、狙撃でもねぇ。なら、残りは一つだ」


原因不明のスリップダメージ――


真っ先に疑うのは、状態異常だ。


「……鑑定を、見落としてた。状態異常か!」


オレは、弾かれたように、アヤに【鑑定】を起動した。


ピコッと音を立てて、アヤのステータス画面が、展開される。


名前、年齢、職業。


そして、一番下の、『状態』の欄。


そこには、赤黒い文字で、たった一言。


【状態:呪い】


「……っ!!」


背筋を、巨大な氷の塊が、滑り落ちていく。


呪い。


物理的な毒でも、魔法の狙撃でも、ない。


対象の生命力を、徐々に削り取り、時間と共に、確実に死に至らしめる。


不可視の、システム的暗殺。


これが――就寝中の死の、正体だ。


「……見つけた」


オレは、Bookに、呪いの解き方を、問うた。


浮かび上がった文字は、二つ。


『解除条件:対象者の死。または、術者の死』


『タイムリミット:日の出前』


「……なるほどな」


オレの喉の奥から、乾いた笑いが、漏れた。


見えない狙撃手。時間をかければ、呪い殺される。


逃げ場なんて、最初から、用意されてなかったんだ。


だが。


敵の『ルール』さえ、分かれば。


もう、理不尽なだけの、クソゲーじゃねぇ。


解除条件は、術者の死。


呪いってこたぁ、こいつをかけた野郎が、必ず、どこかに、潜んでいやがる。


オレの顔に、最強の元勇者だった頃の、好戦的で、獰猛な笑みが、張り付いた。


「上等だ……! 見つけてやるぜ、陰キャ野郎!!」


オレは、短い両脚に力を込め、床を蹴り飛ばした。


軋むドアをすり抜け、深夜の宿屋の廊下へ、飛び出す。


理不尽に殺され続けた、元勇者の『狩り』の時間が。


今、始まった。

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