9日目『狩り』
鼻をつくのは、またしても、血と糞尿の混ざった、ゴブリンの異臭だった。
何度、繰り返した。
逃げても、フラグを折っても、別の『死』が、押し寄せてくる。
場所を変え、手を変え、毎回、結末だけは、アヤの死へと、収束する。
だが――もう、いい加減、気づいた。
(……受け身は、ヤメだ)
オレは、泥濘にまみれた短い足で踏ん張りながら、奥歯を、ギリッと噛み鳴らした。
ビクついて、守りを固めて、後手に回って、殺される。
そんなことを、何周、繰り返した。
(待ってな、クソ野郎。……今度は、オレが、お前を、見つけてやる)
待って、守るんじゃねぇ。
こっちから、流れに乗って、誘い出して、引きずり出す。
オレは、脳内でストップウォッチを弾きながら、アヤに、指示を飛ばした。
立ち位置、盾を押し出すタイミング、影踏み。
全てを、一番最初のループと、寸分違わぬように、再現させる。
「ロンさん! 今です!!」
「うおおおおおおッ!!」
ロンの炎を纏った大剣が、ゴブリンキングの太い首を、薙ぎ払う。
ジュバァァァァッ! と、巨大な頭部が宙を舞い、地響きを立てて、転がった。
「やった……! 勝ったぞ!」
「アヤ、あんた、意外とやるじゃない!」
歓喜に沸く、ロンとジャミン。
アヤが、安堵の表情で、振り返る。
一番最初のループと、全く同じ、完璧な、光景。
(来るなら、ここだ。あの、光線が、アヤの顔面を、吹き飛ばしに来る……!)
全身の産毛が逆立ち、胃液が、喉元までせり上がる。
オレは、血走った目で、周囲を、ギョロギョロと、睨み回した。
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(……いや。待て)
オレは、思考を、切り替えた。
やみくもに警戒するんじゃねぇ。容疑者を、絞り込め。
あの光線を、撃てる奴がいるとしたら。
それは、外じゃなく――この、パーティーの中かも、しれねぇ。
オレは、メンバーを、一人ずつ、観察した。
戦士のロン。魔法使いのジャミン。
こいつらは、ずっと、アヤの近くにいた。
そして、誰よりも、討伐を、嬉しそうに、はしゃいでいる。
(……こいつらじゃ、ねぇな)
一周目から、ずっとそうだ。
こいつらは、単純で、わかりやすい。標的を、暗殺するような、陰湿さはねぇ。
だが。
ヒーラーの、ナミだけは、違った。
歓喜に沸く二人を尻目に。
こいつだけは、常に、冷静で。
一歩引いた、後方に、いる。
(光線を、撃てる位置。撃てる、魔力。
……怪しいのは、ヒーラーだ。コイツだ)
その時。
オレの視界の端で、ナミが、ブツブツと、何かを唱え始めた。
杖の先端に、魔力が、収束していく。
その切っ先は――無防備に笑う、アヤの背中に、向けられていた。
(……当たりだ。コイツが、アヤを殺した、犯人かよッ!!)
「させっかよぉぉぉッ!!」
オレは、泥を蹴り上げ、ナミに向かって、全力で飛びかかった。
物理干渉できねぇのは、わかってる。それでも、黙って見ていられるか。
短い腕を振りかぶり、ナミの顔面めがけて、右ストレートを、叩き込む――!
――ポワァァン。
オレの拳が、ナミの鼻先を、むなしく、すり抜けた瞬間。
杖の先端から放たれたのは。
凶悪な光線では、なく。
淡く優しい、エメラルドグリーンの、光の粒子だった。
「え?」
光の粒子が、アヤの身体を、包み込む。
キングの攻撃で軋んでいたアヤの腕の傷が、シュルシュルと、塞がっていく。
「……ナミさん、ありがとう」
アヤが、嬉しそうにお礼を言うと、ナミは、パチンとウインクをして、笑った。
「前衛で頑張ってくれたんだから、これくらい、当然でしょ」
「…………」
オレは、ナミの背後に、すり抜けたまま。
ズザーッと泥の中に着地し、無言で、両手をだらんと、下げた。
(……回復魔法かよ。ただの、良い奴じゃねえか)
名探偵気取りで飛びかかった自分の滑稽さに、顔から、火が出そうになる。
物理が効かねぇのは、何回、学習すりゃ気が済むんだ、オレは。
だが、安堵したのも、束の間。
オレの背筋に、再び、冷たいものが、這い上がった。
(待て。じゃあ、なんで、今回は、あの光線が、飛んでこねぇんだ?)
一番最初のループと、全く同じタイミングで、キングを倒した。
なのに、待てど暮らせど、あの光線は、アヤを撃ち抜かない。
周囲の森からは、風の音しか、聞こえなかった。
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その後、街のギルドへ戻り、討伐報告を済ませた。
キングの懸賞金で、酒場での、打ち上げ。
(光線じゃ、ねぇなら。毒だ。
二回目、三回目の『謎の死』の正体は、絶対に、この酒場にある)
今回は、あえて、打ち上げを断らせなかった。
オレは、透明状態のまま、テーブルの下に潜り込み、厨房やメンバーの動きを監視し続けた。
だが。
誰も、アヤの食事に、何かを入れる素振りはない。
アヤ自身も、果実水を美味そうに飲み、干し肉をかじっている。
異変は、何一つ、起こらなかった。
(……毒殺でも、ねぇのか。
じゃあ、なぜだ。なぜ、アヤは、何度も、死んでいる?)
†================†
その夜。
カビと古い木材の匂いが染み付いた、宿屋の一室。
アヤは、ベッドの上で、穏やかな顔で、眠りに落ちていた。
オレは、冷たい床に胡座をかき、頭を、抱えていた。
何度も、何度も、見てきた、この光景。
オレは、ループの一つ一つを、丁寧に、紐解いていく。
(……整理しろ。
光線は、パーティーメンバーじゃ、なかった。
酒場での、毒殺でも、ない。
暗殺者が、部屋に忍び込んだ形跡も、ない)
指の関節を、ボキボキと鳴らす。
イライラが、頂点に達し、呼吸が、荒くなる。
オレは、確認のため、空中に、【Book】を、呼び出した。
『対象の精神状態:極度の疲労、および安心感』
『推奨アプローチ:十分な睡眠と休息』
精神状態に、異常はない。
カウンセリングも、今は、必要としていない。
(……クソッ。この、役立たずの辞書が)
苛立ち任せに、空中の本を殴ろうと、腕を振り上げた、その時だった。
「……毒でも、狙撃でもねぇ。なら、残りは一つだ」
原因不明のスリップダメージ――
真っ先に疑うのは、状態異常だ。
「……鑑定を、見落としてた。状態異常か!」
オレは、弾かれたように、アヤに【鑑定】を起動した。
ピコッと音を立てて、アヤのステータス画面が、展開される。
名前、年齢、職業。
そして、一番下の、『状態』の欄。
そこには、赤黒い文字で、たった一言。
【状態:呪い】
「……っ!!」
背筋を、巨大な氷の塊が、滑り落ちていく。
呪い。
物理的な毒でも、魔法の狙撃でも、ない。
対象の生命力を、徐々に削り取り、時間と共に、確実に死に至らしめる。
不可視の、システム的暗殺。
これが――就寝中の死の、正体だ。
「……見つけた」
オレは、Bookに、呪いの解き方を、問うた。
浮かび上がった文字は、二つ。
『解除条件:対象者の死。または、術者の死』
『タイムリミット:日の出前』
「……なるほどな」
オレの喉の奥から、乾いた笑いが、漏れた。
見えない狙撃手。時間をかければ、呪い殺される。
逃げ場なんて、最初から、用意されてなかったんだ。
だが。
敵の『ルール』さえ、分かれば。
もう、理不尽なだけの、クソゲーじゃねぇ。
解除条件は、術者の死。
呪いってこたぁ、こいつをかけた野郎が、必ず、どこかに、潜んでいやがる。
オレの顔に、最強の元勇者だった頃の、好戦的で、獰猛な笑みが、張り付いた。
「上等だ……! 見つけてやるぜ、陰キャ野郎!!」
オレは、短い両脚に力を込め、床を蹴り飛ばした。
軋むドアをすり抜け、深夜の宿屋の廊下へ、飛び出す。
理不尽に殺され続けた、元勇者の『狩り』の時間が。
今、始まった。




