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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース1 井上 綾(いのうえ あや)

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10日目『黒幕』


深夜の宿屋。


カビと古い木材の匂いが、重くねっとりと肌にまとわりつく。


ベッドの上で、アヤが小刻みに震えていた。


顔は蝋のように蒼白で、額にはびっしりと脂汗が浮いている。


浅く、速い呼吸。その合間に、消え入りそうな寝言が漏れた。


「……ごめんなさい。私が、我慢すれば……このまま、眠っちゃえば……楽に……」


(……クソが。自分から、死を受け入れてやがる)


オレは、空中に展開した【鑑定】の画面を睨みつけた。


アヤの状態欄に刻まれた、赤黒い二文字。


【状態:呪い】


そして【Book】が告げる、無慈悲なカウントダウン。


『タイムリミット:夜明け』


『解除条件:術者の死』


呪いの進行が、異常に速い。


理由は、すぐに分かった。


この呪いは――宿主の「諦め」を、餌にして育つ。


アヤが「私なんて」「死んで楽になりたい」と願うたび、呪いはその負の感情を吸って、加速していく。


自己肯定感がゼロのアヤは、呪いにとって、これ以上ない上等な苗床だったのだ。


(感染経路は……どこだ)


オレは、目を凝らして、アヤの体を【鑑定】で隅々まで探った。


呪いの根が、最も深く食い込んでいる箇所。


それは――太ももの、付け根。


(……この傷。ゴブリンキングを倒した、あの戦いで負ったやつか)


記憶を、巻き戻す。


キングとの死闘。アヤは体を張ってタンクを務め、横から回り込んだゴブリンの汚い矢に、太ももを掠められた。


あの傷口だ。


あそこから、呪いが、体内に侵入している。


(つまり、あの戦いの最中か、その直後。


この傷を通じて、誰かが、呪いを差し込んだ……)


経路は、特定できた。


だが――誰が、いつ、どうやって。


そこまでは、まだ、読み切れねぇ。


戦いの混乱の中だ。敵の魔物か、あるいは。


オレは、嫌な予感を、奥歯で噛み潰した。


今は、犯人探しより、目の前の命だ。



オレは、こめかみを押さえた。


この呪いを、オレは知っている。


――前世。


オレがまだ、たった一人で魔王を目指して剣を振っていた頃。


オレも一度、これと同じ「諦め」を餌にする呪いに、絡め取られたことがある。


泥水を啜り、仲間の死骸を乗り越え、心が折れかけていた、あの頃。


「もう、いいんじゃねぇか」「ここで終わっても、誰も困らねぇ」――そんな弱音に、呪いはぴたりと吸い付いてきた。


あの時、オレを助けてくれる奴は、誰もいなかった。


だから、オレは自力で破った。


呪いが「諦め」を食うなら。


それを上回る、規格外の怒りと、絶望と、生への執着を、無理やり腹の底から引きずり出して。


許容量を超えた負の感情で、呪いそのものをパンクさせた。


魔力のパスってのは、流せる量に限界がある。


そのキャパを遥かに超える濁流をぶち込めば、システムごとオーバーフローを起こして、術者へと逆流する。


ネトゲのサーバーを、過剰なアクセスでダウンさせるのと、同じ理屈だ。


(……やり方は、分かってる)


オレは、ぎゅっと拳を握った。


だが、これは劇薬だ。


アヤの心の、一番柔らかくて、一番触れちゃいけない場所を。


ナタで叩き割るように、こじ開けなきゃならねぇ。


そして、物理干渉できねぇオレには、彼女の肩を揺さぶって起こすことも、頬を張ることもできねぇ。


できるのは、言葉だけ。


言葉で、こいつのトラウマを、抉り出すしかねぇ。


オレは【Book】を呼び出し、アヤの精神分析を展開した。


『最深層のトラウマ:学校での集団的迫害。父の喪失。"自分には居場所がない"という確信』


本来は、優しく寄り添うために使う、心のカルテ。


それを、オレは今から――急所を的確に突くための、凶器に変える。


(……許せよ、アヤ)


オレは、ベッドに身を乗り出し、アヤの耳元に口を寄せた。


喉の奥を締め上げ、声色を作る。


かつてこいつを苛め抜いた、どんなクズよりも残酷な、最低のいじめっ子の声を。


「……おい。ここで寝て、全部終わりにする気か?」


ビクッ、と。


アヤの体が、跳ねた。


――冷たい。


足の先から這い上がる寒気が、私の体を縛っていた。


ここは、どこだろう。


真っ暗で、何も見えない。


ただ、足元から、黒くてドロドロした泥が、私の足首に絡みついてくる。


鼻の奥にこびりつくのは、チョークの粉の匂い。


ああ、知ってる。この匂い。


教室だ。


ゆっくりと、視界が開けていく。


机が並んでいる。黒板がある。窓から、灰色の光が差し込んでいる。


そして――私を取り囲む、顔のない影たち。


『またあいつだ』


『なんで、まだ生きてんの?』


『お前がいると、息が詰まるんだけど』


影たちが、一斉に私を指差して、クスクスと笑う。


その声が、耳の奥で、粘りつくように反響する。


(やめて……)


逃げたい。


でも、足が動かない。泥が、どんどん重くなっていく。


ふと、教室の隅に、黒い影が見えた。


お父さんの、棺だ。


線香の煙が、目に沁みる。


お母さんの、氷みたいに冷たい手。


私を見る、焦点の合わない、虚ろな目。


――誰も、いない。


地球にも、この世界にも。


私の居場所なんて、どこにも、ない。


(もう、いいや)


私は、その場に膝をついた。


泥が、腰まで這い上がってくる。


誰にも、笑われない。誰の、迷惑にもならない。


(ごめんなさい。私なんかが、生きてて――)


その時だった。


「ここで寝て、全部終わりにする気か?」


低い、男の声が、頭上から降ってきた。


え――?



「お前がここで死んだら、あのチンピラどもが、何て言うか知ってるか?」


オレは、容赦なく、言葉の刃を突き立てた。


「『やっぱり、あの役立たず、逃げ出しやがった』。一生、酒の肴にして、笑い草にすんだよ! あいつらも、お前を苛めてた連中と、同じだ!」


「やめ……っ」


「お前の人生は、いつもそうだ! 逃げて、逃げて、逃げて! 誰かのせいにしながら、何も成し遂げず、ゴミみたいに死んでいく! それが、お前だ!」


ドクンッ!!


トラウマの蓋を、こじ開けた瞬間。


オレの胸の奥で、心臓を素手で握り潰されるような、規格外の激痛が弾けた。


「ガハッ……!?」


感覚共有。


アヤの心が受ける、致死量の精神的ダメージ。


それが、物理的な激痛となって、オレの内臓を、容赦なくえぐり取る。


喉の奥から、生温かい血の塊がせり上がってきた。


ボトッ、ボトッと、床の木目に、赤い染みが広がっていく。


鼻腔を、強烈な鉄の匂いが満たす。


(……痛ぇ。痛ぇな、おい。これが、こいつが、ずっと一人で抱えてきた痛みかよ)


視界の端が、赤く点滅する。


だが、止めるわけにはいかねぇ。


ここで手を緩めたら、アヤは、本当に死ぬ。


「立てよ、アヤ! 逃げんじゃねぇ! テメェは、一生サンドバッグのまま、誰にも顧みられず、野垂れ死ぬ気か!? ふざけんじゃねぇ!!」


少女の細い喉が、裂けんばかりの咆哮。


血反吐を撒き散らしながら、オレは、ただひたすらに、最悪の悪役を演じ続けた。


(もっとだ。もっと、底まで突き落とせ。


こいつの『諦め』が、限界を振り切るまで。


全部、吐き出させてやる――!)



――やめて。


私の中で、何かが、軋んだ。


やめて。やめてよ。


そんなこと、言わないで。


私が、ダメなことなんて。逃げてばっかりなことなんて。


私が、一番よく分かってるのに。


(分かってるのに……!)


腰まで埋まっていた泥が、一気に、胸元まで這い上がってきた。


息が、できない。


『役立たず』


『ゴミ』


『逃げてばかり』


その言葉が、影たちの嘲笑と重なって、私の頭の中で、ぐるぐると渦を巻く。


ああ、もう。


もう、嫌だ。


苦しいのも、悲しいのも、怖いのも、全部、全部――!


「……ぁ」


私の中で、ずっと、必死に抑え込んでいた『何か』が。


ぷつん、と、千切れる音がした。


「……あ、ああ」


熱い。


お腹の底から、ぐらぐらと煮えたぎる、真っ黒な何かが、込み上げてくる。


それは、悲しみじゃなかった。


諦めでも、なかった。


――怒りだった。


なんで。


なんで、私ばっかり。


なんで、誰も、助けてくれないの。


なんで、私が、こんな目に遭わなきゃいけないの。


私だって。


私だって、生きたかった。


笑いたかった。


誰かに、必要とされたかった――!!


「うわ……ああああああああああああああああッ!!」



アヤが、鼓膜を劈く絶叫を上げて、シーツを跳ね除け、ガバッと上半身を起こした。


その瞬間。


バチィッ!!


目に見えない、黒い火花が、空中で弾け飛ぶ音がした。


致死量を超えたアヤの負の感情が――いじめという、彼女が背負わされた『特級の呪い』そのものが。


限界値を振り切って、呪いのパスを、猛烈な勢いで逆流した。


窓の外。


ちょうど、地平線の際が、白々と明け始めていた。


夜明け。


タイムリミットと、オーバーフローが、完全に重なった。


(……決まった)


【マップ】の端で、ずっと点滅していた、どす黒い『術者』の光点が。


内側から焼き切れるように、ジジッ……と音を立てて、その輝きを失っていく。


呪いは、解けた。


術者へと、跳ね返った。


命の器ごと術式を焼き切る、致命の逆流として。



「はぁっ……はぁっ……」


オレは、その場に、仰向けに倒れ込んだ。


口の周りは血まみれで、全身の筋肉が、痙攣している。


ベッドの上では、目を覚ましたアヤが、自分の肩を抱いて、過呼吸を起こしてガタガタと震えていた。


涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃの顔。


オレは、袖で口元の血を乱暴に拭い、ヨロヨロと体を起こした。


そして――声のトーンを、極限まで、落とす。


先ほどまでの、狂気じみた悪役から、一転。


喉の奥の威圧感を、全て消し去る。


前世で、行き場のないガキ共の面倒を見てきた時の、プロのワーカーとしての、スイッチを入れる。


相手の存在の全てを、肯定し、包み込む声。


「……よく、耐えたな」


アヤが、ビクッと肩をすくめ、怯えた目で、虚空(オレの声がする方向)を見る。


「怖かったろ。苦しかったろ。……ごめんな。あんな、酷いこと言って」


「……っ」


「お前は、何も悪くねぇ。逃げてばかりなんかじゃねぇ。


たった一人で、誰にも助けてもらえずに、あんな地獄を、ずっと、ずっと、耐えてきたんだ。


それは、逃げじゃねぇ。立派に、戦ってたんだよ。お前は」


オレは、物理干渉できないと分かっていながら。


アヤの震える、小さな背中に、そっと手を添えるような距離で、しゃがみ込んだ。


「もう、大丈夫だ。


もう、誰にも――オレが絶対に、お前を、いじめさせねぇ。


よく、頑張ったな。アヤ」


その言葉が、落ちた瞬間。


アヤの、張り詰めていた糸が、ぷつんと、切れた。


「う……うぁ……ああああぁぁぁぁっ……!」


大粒の涙が、ボロボロと溢れ出す。


アヤは、子供みたいに、声を上げて、泣きじゃくった。


それは、悲しみの涙じゃなかった。


ずっと、誰にも分かってもらえなかった痛みを。


初めて、まるごと、肯定してもらえた。


その、圧倒的な安堵の涙だった。


アヤが泣き叫ぶたび。


オレの胸の奥で暴れていた激痛も、フッと、溶けるように、消えていった。


(……これでいい。


荒療治だ。最低の方法だ。


だが、お前を生かすには、これしかなかった。許せ)


歪で、いびつで。


だが、確かに強固な信頼が、アヤの中に、芽生えた瞬間だった。


†================†


…

……

………


どれくらい、そうしていただろう。


泣き疲れたアヤが、しゃくり上げながら、ようやく顔を上げた。


「あの……あなたは……?」


「……あー。長くなるから、それは後だ」


オレは、立ち上がり、【マップ】を確認した。


焼き切れた術者の光点。その最後の残滓は――この宿屋の、一階で、点滅していた。


「アヤ。歩けるか。……お前を呪った犯人が、すぐそこにいる」


「犯人……?」


アヤが、目を見開く。


オレは、頷いた。


解除条件は、術者の死。呪いは、もう跳ね返った。


術式ごと、術者を焼き切る逆流だ。心臓が動いていようが、命としては、もう終わってる。


ということは、術者は――もう。


「行くぞ。自分の目で、確かめろ」


†================†


軋む階段を降り、アヤが、一階の一室のドアを、そっと押し開ける。


鼻を突いたのは、髪の毛が焦げるような、強烈な異臭。


薄暗い部屋の床に。


その人は、倒れていた。


目と鼻から、血を流し。


ピクピクと、痙攣しながら。


「……え」


アヤの喉から、掠れた声が漏れた。


その、見覚えのある、優しげな顔。


パーティーの、ヒーラー。


さっきまで、一緒に戦って、自分の傷を癒してくれた、仲間。


「……ナミ、さん……?」


その瞬間。


オレの脳内で、バラバラだったピースが、一気に、繋がった。


(……そうか。コイツか)


感染経路は、キング戦で負った、太ももの傷。


そして、あの傷を、淡い緑の光で癒したのは――他でもない、このナミだ。


(治癒の魔力に、呪いを紛れ込ませやがったのか。


傷を治すフリして、その経路から、毒を流し込んだ……!)


仲間を回復するという、最も無防備で、最も信頼しきった、あの瞬間に。


コイツは、アヤの体に、死を植え付けた。


「な、なんで……? どうして、ナミさんが……!」


アヤが、床に膝をつき、信じられないという顔で、首を振る。


裏切られた、という衝撃。


仲間だと、信じていたのに。


オレは、その横で、静かに【鑑定】の結果を読み上げた。


「……こいつは、魔王を信仰する、狂信者だったみてぇだ」


「魔王、を……?」


「ああ。だが、たぶん、最初は違ったんだろうな。


純粋に、神に祈ってた。誰かを救いたくて、ヒーラーになった。


……だが、その祈りが、いつの間にか、歪まされた。


『救済』の祈りが、『破壊』の祈りに、すり替えられたんだ」


ナミの、痙攣する手が、何かを握っている。


それは、砕けた、黒い護符の、欠片だった。


「気の毒だが、これも結果だ。呪いは、術者に跳ね返る。


命の器は、あの逆流で、もう焼け落ちてる。


……こいつは、もう、長くねぇ」


オレが、冷たく告げると。


アヤは、ボロボロと、涙を流した。


そして、ナミの体を、必死に抱き起こそうとする。


「ナミさん、しっかりして! 今、ポーションを……! 助けなきゃ……!」


「……おい、アヤ」


オレは、思わず、声を硬くした。


「甘ったれたこと、言ってんじゃねぇ。


そいつは、お前を、殺そうとしたんだぞ。


お前が、苦しんで死ぬように、呪いをかけた、張本人だ」


「でも……!」


「でも、じゃねぇ! 情けをかける相手を、間違えんな!」


オレの、語気の強さに。


アヤは、ビクッと肩を震わせた。


だが、それでも。


涙でぐしゃぐしゃの顔で、唇を噛み締めて。


アヤは、ナミの手を、強く握り返した。


「……それでも、です。


だって……ナミさん、さっきまで、私の傷を、治してくれました。


『前衛で頑張ってくれたんだから』って、笑って、くれました。


……あの優しさが、全部、嘘だったなんて。私には、思えないんです」


「……っ」


オレは、言葉に詰まった。


こいつは。


自分を殺そうとした相手にすら、手を差し伸べる。


その、底抜けの、どうしようもない優しさ。


オレには、一生かかっても、持てねぇもんだ。


(……ちっ。本当に、お人好しが過ぎるぜ、お前は)


オレは、深い、深いため息をついた。


アヤの、この気持ちを、無下にはできねぇ。


「……勝手にしろ。だが、夜明けは、もう――」


オレが、そう言いかけた、その時だった。


窓の外。


昇りきった朝日の、最初の一筋が、部屋の床を、撫でた。


その瞬間。


痙攣していたナミの瞳が、うっすらと開いた。


焦点の合わない、虚ろな目で。


彼女は、アヤを見て――微かに、唇を動かした。


「……ごめん、ね」


その、囁きと、同時に。


ザッ、と。


部屋の空気が、凍りついた。


肌を刺すような、悪寒。


全身の産毛が、一気に逆立つ。


(……っ、なんだ、この寒気は!?)


オレが、それを感じ取った、刹那。


チィィィィィン……。


澄んだ、甲高い耳鳴り。


それは――何度も、何度も、アヤの頭を吹き飛ばした、あの、忌まわしい音。


「アヤ、盾を出せェッ!!」


オレは、絶叫した。


だが、間に合わない。


ズバァァァァァン!!


部屋の壁を貫いて、目も眩む極太の【光の線】が、一直線に飛来した。


それは、アヤの顔面を、捉えていた。


防げない。


そう、思った、次の瞬間。


最後の力を振り絞ったナミの腕が、アヤの体を、ドンッと、突き飛ばした。


軌道から、アヤが、消える。


代わりに、光の線が、ナミの胸を掠め――そして、その肩口を、深く抉り飛ばした。


「あ……」


肉の焼ける臭いと、鮮血の飛沫。


ナミは、吹き飛ばされ、糸の切れた人形のように、床へと崩れ落ちた。


ピクリとも、動かない。


「ナミさんッ!!」


床に転がったアヤが、悲鳴のような絶叫を上げる。


(……今の、軌道。明らかに、誰かが、外から狙ってやがる。


ナミは、確かに術者だった。だが――糸を引いてた奴が、別にいたのか!?)


混乱するオレの耳に。


吹き飛んだ壁の、大穴の向こうから。


空気が凍りつくほど冷たい、聞いたこともない声が、響いた。


「……まさか。軌道をずらして、助けるなんて」


ゾッとするほど、感情の抜け落ちた声。


それは、倒れたナミに向けられていた。


「やはり、所詮は下等な人間だった、ということでしたね」


粉塵が舞う、大穴の向こう。


昇る朝日を、背にして。


漆黒の角を生やし、燕尾服のような衣装をまとった、おぞましくも優雅な影が。


ゆっくりと、足音を響かせて、こちらへと、足を踏み入れてきた。


崩れ落ちたナミの唇が、最後に、その名を、掠れた声で紡ぐ。


「……ザガン、様……」


上位魔族、ザガン。


ナミを操り、糸を引いていた、真の黒幕。


それが今、ようやく、自らの姿を、オレたちの前に晒したのだ。


「お初に、お目にかかります……勇者アヤ」


ザガンの指先に、再び、目も眩む光が、収束していく。


圧倒的な、死の圧力。


「そして、さようなら」


だが。


オレの心の中で、燃え上がっているのは。


怯えでも、絶望でもない。


五回のループで積み重ねられ、ドス黒く圧縮された。


純度百パーセントの、殺意の炎だけだ。


(……ようやく、ツラを出しやがったな。逃げ隠れしてた、黒幕サマよ)


オレは、この短い両脚で、しっかりと床を踏み締め。


見えない敵に向かって、獰猛な笑みを、浮かべた。

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