10日目『黒幕』
深夜の宿屋。
カビと古い木材の匂いが、重くねっとりと肌にまとわりつく。
ベッドの上で、アヤが小刻みに震えていた。
顔は蝋のように蒼白で、額にはびっしりと脂汗が浮いている。
浅く、速い呼吸。その合間に、消え入りそうな寝言が漏れた。
「……ごめんなさい。私が、我慢すれば……このまま、眠っちゃえば……楽に……」
(……クソが。自分から、死を受け入れてやがる)
オレは、空中に展開した【鑑定】の画面を睨みつけた。
アヤの状態欄に刻まれた、赤黒い二文字。
【状態:呪い】
そして【Book】が告げる、無慈悲なカウントダウン。
『タイムリミット:夜明け』
『解除条件:術者の死』
呪いの進行が、異常に速い。
理由は、すぐに分かった。
この呪いは――宿主の「諦め」を、餌にして育つ。
アヤが「私なんて」「死んで楽になりたい」と願うたび、呪いはその負の感情を吸って、加速していく。
自己肯定感がゼロのアヤは、呪いにとって、これ以上ない上等な苗床だったのだ。
(感染経路は……どこだ)
オレは、目を凝らして、アヤの体を【鑑定】で隅々まで探った。
呪いの根が、最も深く食い込んでいる箇所。
それは――太ももの、付け根。
(……この傷。ゴブリンキングを倒した、あの戦いで負ったやつか)
記憶を、巻き戻す。
キングとの死闘。アヤは体を張ってタンクを務め、横から回り込んだゴブリンの汚い矢に、太ももを掠められた。
あの傷口だ。
あそこから、呪いが、体内に侵入している。
(つまり、あの戦いの最中か、その直後。
この傷を通じて、誰かが、呪いを差し込んだ……)
経路は、特定できた。
だが――誰が、いつ、どうやって。
そこまでは、まだ、読み切れねぇ。
戦いの混乱の中だ。敵の魔物か、あるいは。
オレは、嫌な予感を、奥歯で噛み潰した。
今は、犯人探しより、目の前の命だ。
オレは、こめかみを押さえた。
この呪いを、オレは知っている。
――前世。
オレがまだ、たった一人で魔王を目指して剣を振っていた頃。
オレも一度、これと同じ「諦め」を餌にする呪いに、絡め取られたことがある。
泥水を啜り、仲間の死骸を乗り越え、心が折れかけていた、あの頃。
「もう、いいんじゃねぇか」「ここで終わっても、誰も困らねぇ」――そんな弱音に、呪いはぴたりと吸い付いてきた。
あの時、オレを助けてくれる奴は、誰もいなかった。
だから、オレは自力で破った。
呪いが「諦め」を食うなら。
それを上回る、規格外の怒りと、絶望と、生への執着を、無理やり腹の底から引きずり出して。
許容量を超えた負の感情で、呪いそのものをパンクさせた。
魔力のパスってのは、流せる量に限界がある。
そのキャパを遥かに超える濁流をぶち込めば、システムごとオーバーフローを起こして、術者へと逆流する。
ネトゲのサーバーを、過剰なアクセスでダウンさせるのと、同じ理屈だ。
(……やり方は、分かってる)
オレは、ぎゅっと拳を握った。
だが、これは劇薬だ。
アヤの心の、一番柔らかくて、一番触れちゃいけない場所を。
ナタで叩き割るように、こじ開けなきゃならねぇ。
そして、物理干渉できねぇオレには、彼女の肩を揺さぶって起こすことも、頬を張ることもできねぇ。
できるのは、言葉だけ。
言葉で、こいつのトラウマを、抉り出すしかねぇ。
オレは【Book】を呼び出し、アヤの精神分析を展開した。
『最深層のトラウマ:学校での集団的迫害。父の喪失。"自分には居場所がない"という確信』
本来は、優しく寄り添うために使う、心のカルテ。
それを、オレは今から――急所を的確に突くための、凶器に変える。
(……許せよ、アヤ)
オレは、ベッドに身を乗り出し、アヤの耳元に口を寄せた。
喉の奥を締め上げ、声色を作る。
かつてこいつを苛め抜いた、どんなクズよりも残酷な、最低のいじめっ子の声を。
「……おい。ここで寝て、全部終わりにする気か?」
ビクッ、と。
アヤの体が、跳ねた。
――冷たい。
足の先から這い上がる寒気が、私の体を縛っていた。
ここは、どこだろう。
真っ暗で、何も見えない。
ただ、足元から、黒くてドロドロした泥が、私の足首に絡みついてくる。
鼻の奥にこびりつくのは、チョークの粉の匂い。
ああ、知ってる。この匂い。
教室だ。
ゆっくりと、視界が開けていく。
机が並んでいる。黒板がある。窓から、灰色の光が差し込んでいる。
そして――私を取り囲む、顔のない影たち。
『またあいつだ』
『なんで、まだ生きてんの?』
『お前がいると、息が詰まるんだけど』
影たちが、一斉に私を指差して、クスクスと笑う。
その声が、耳の奥で、粘りつくように反響する。
(やめて……)
逃げたい。
でも、足が動かない。泥が、どんどん重くなっていく。
ふと、教室の隅に、黒い影が見えた。
お父さんの、棺だ。
線香の煙が、目に沁みる。
お母さんの、氷みたいに冷たい手。
私を見る、焦点の合わない、虚ろな目。
――誰も、いない。
地球にも、この世界にも。
私の居場所なんて、どこにも、ない。
(もう、いいや)
私は、その場に膝をついた。
泥が、腰まで這い上がってくる。
誰にも、笑われない。誰の、迷惑にもならない。
(ごめんなさい。私なんかが、生きてて――)
その時だった。
「ここで寝て、全部終わりにする気か?」
低い、男の声が、頭上から降ってきた。
え――?
「お前がここで死んだら、あのチンピラどもが、何て言うか知ってるか?」
オレは、容赦なく、言葉の刃を突き立てた。
「『やっぱり、あの役立たず、逃げ出しやがった』。一生、酒の肴にして、笑い草にすんだよ! あいつらも、お前を苛めてた連中と、同じだ!」
「やめ……っ」
「お前の人生は、いつもそうだ! 逃げて、逃げて、逃げて! 誰かのせいにしながら、何も成し遂げず、ゴミみたいに死んでいく! それが、お前だ!」
ドクンッ!!
トラウマの蓋を、こじ開けた瞬間。
オレの胸の奥で、心臓を素手で握り潰されるような、規格外の激痛が弾けた。
「ガハッ……!?」
感覚共有。
アヤの心が受ける、致死量の精神的ダメージ。
それが、物理的な激痛となって、オレの内臓を、容赦なくえぐり取る。
喉の奥から、生温かい血の塊がせり上がってきた。
ボトッ、ボトッと、床の木目に、赤い染みが広がっていく。
鼻腔を、強烈な鉄の匂いが満たす。
(……痛ぇ。痛ぇな、おい。これが、こいつが、ずっと一人で抱えてきた痛みかよ)
視界の端が、赤く点滅する。
だが、止めるわけにはいかねぇ。
ここで手を緩めたら、アヤは、本当に死ぬ。
「立てよ、アヤ! 逃げんじゃねぇ! テメェは、一生サンドバッグのまま、誰にも顧みられず、野垂れ死ぬ気か!? ふざけんじゃねぇ!!」
少女の細い喉が、裂けんばかりの咆哮。
血反吐を撒き散らしながら、オレは、ただひたすらに、最悪の悪役を演じ続けた。
(もっとだ。もっと、底まで突き落とせ。
こいつの『諦め』が、限界を振り切るまで。
全部、吐き出させてやる――!)
――やめて。
私の中で、何かが、軋んだ。
やめて。やめてよ。
そんなこと、言わないで。
私が、ダメなことなんて。逃げてばっかりなことなんて。
私が、一番よく分かってるのに。
(分かってるのに……!)
腰まで埋まっていた泥が、一気に、胸元まで這い上がってきた。
息が、できない。
『役立たず』
『ゴミ』
『逃げてばかり』
その言葉が、影たちの嘲笑と重なって、私の頭の中で、ぐるぐると渦を巻く。
ああ、もう。
もう、嫌だ。
苦しいのも、悲しいのも、怖いのも、全部、全部――!
「……ぁ」
私の中で、ずっと、必死に抑え込んでいた『何か』が。
ぷつん、と、千切れる音がした。
「……あ、ああ」
熱い。
お腹の底から、ぐらぐらと煮えたぎる、真っ黒な何かが、込み上げてくる。
それは、悲しみじゃなかった。
諦めでも、なかった。
――怒りだった。
なんで。
なんで、私ばっかり。
なんで、誰も、助けてくれないの。
なんで、私が、こんな目に遭わなきゃいけないの。
私だって。
私だって、生きたかった。
笑いたかった。
誰かに、必要とされたかった――!!
「うわ……ああああああああああああああああッ!!」
アヤが、鼓膜を劈く絶叫を上げて、シーツを跳ね除け、ガバッと上半身を起こした。
その瞬間。
バチィッ!!
目に見えない、黒い火花が、空中で弾け飛ぶ音がした。
致死量を超えたアヤの負の感情が――いじめという、彼女が背負わされた『特級の呪い』そのものが。
限界値を振り切って、呪いのパスを、猛烈な勢いで逆流した。
窓の外。
ちょうど、地平線の際が、白々と明け始めていた。
夜明け。
タイムリミットと、オーバーフローが、完全に重なった。
(……決まった)
【マップ】の端で、ずっと点滅していた、どす黒い『術者』の光点が。
内側から焼き切れるように、ジジッ……と音を立てて、その輝きを失っていく。
呪いは、解けた。
術者へと、跳ね返った。
命の器ごと術式を焼き切る、致命の逆流として。
「はぁっ……はぁっ……」
オレは、その場に、仰向けに倒れ込んだ。
口の周りは血まみれで、全身の筋肉が、痙攣している。
ベッドの上では、目を覚ましたアヤが、自分の肩を抱いて、過呼吸を起こしてガタガタと震えていた。
涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃの顔。
オレは、袖で口元の血を乱暴に拭い、ヨロヨロと体を起こした。
そして――声のトーンを、極限まで、落とす。
先ほどまでの、狂気じみた悪役から、一転。
喉の奥の威圧感を、全て消し去る。
前世で、行き場のないガキ共の面倒を見てきた時の、プロのワーカーとしての、スイッチを入れる。
相手の存在の全てを、肯定し、包み込む声。
「……よく、耐えたな」
アヤが、ビクッと肩をすくめ、怯えた目で、虚空(オレの声がする方向)を見る。
「怖かったろ。苦しかったろ。……ごめんな。あんな、酷いこと言って」
「……っ」
「お前は、何も悪くねぇ。逃げてばかりなんかじゃねぇ。
たった一人で、誰にも助けてもらえずに、あんな地獄を、ずっと、ずっと、耐えてきたんだ。
それは、逃げじゃねぇ。立派に、戦ってたんだよ。お前は」
オレは、物理干渉できないと分かっていながら。
アヤの震える、小さな背中に、そっと手を添えるような距離で、しゃがみ込んだ。
「もう、大丈夫だ。
もう、誰にも――オレが絶対に、お前を、いじめさせねぇ。
よく、頑張ったな。アヤ」
その言葉が、落ちた瞬間。
アヤの、張り詰めていた糸が、ぷつんと、切れた。
「う……うぁ……ああああぁぁぁぁっ……!」
大粒の涙が、ボロボロと溢れ出す。
アヤは、子供みたいに、声を上げて、泣きじゃくった。
それは、悲しみの涙じゃなかった。
ずっと、誰にも分かってもらえなかった痛みを。
初めて、まるごと、肯定してもらえた。
その、圧倒的な安堵の涙だった。
アヤが泣き叫ぶたび。
オレの胸の奥で暴れていた激痛も、フッと、溶けるように、消えていった。
(……これでいい。
荒療治だ。最低の方法だ。
だが、お前を生かすには、これしかなかった。許せ)
歪で、いびつで。
だが、確かに強固な信頼が、アヤの中に、芽生えた瞬間だった。
†================†
…
……
………
どれくらい、そうしていただろう。
泣き疲れたアヤが、しゃくり上げながら、ようやく顔を上げた。
「あの……あなたは……?」
「……あー。長くなるから、それは後だ」
オレは、立ち上がり、【マップ】を確認した。
焼き切れた術者の光点。その最後の残滓は――この宿屋の、一階で、点滅していた。
「アヤ。歩けるか。……お前を呪った犯人が、すぐそこにいる」
「犯人……?」
アヤが、目を見開く。
オレは、頷いた。
解除条件は、術者の死。呪いは、もう跳ね返った。
術式ごと、術者を焼き切る逆流だ。心臓が動いていようが、命としては、もう終わってる。
ということは、術者は――もう。
「行くぞ。自分の目で、確かめろ」
†================†
軋む階段を降り、アヤが、一階の一室のドアを、そっと押し開ける。
鼻を突いたのは、髪の毛が焦げるような、強烈な異臭。
薄暗い部屋の床に。
その人は、倒れていた。
目と鼻から、血を流し。
ピクピクと、痙攣しながら。
「……え」
アヤの喉から、掠れた声が漏れた。
その、見覚えのある、優しげな顔。
パーティーの、ヒーラー。
さっきまで、一緒に戦って、自分の傷を癒してくれた、仲間。
「……ナミ、さん……?」
その瞬間。
オレの脳内で、バラバラだったピースが、一気に、繋がった。
(……そうか。コイツか)
感染経路は、キング戦で負った、太ももの傷。
そして、あの傷を、淡い緑の光で癒したのは――他でもない、このナミだ。
(治癒の魔力に、呪いを紛れ込ませやがったのか。
傷を治すフリして、その経路から、毒を流し込んだ……!)
仲間を回復するという、最も無防備で、最も信頼しきった、あの瞬間に。
コイツは、アヤの体に、死を植え付けた。
「な、なんで……? どうして、ナミさんが……!」
アヤが、床に膝をつき、信じられないという顔で、首を振る。
裏切られた、という衝撃。
仲間だと、信じていたのに。
オレは、その横で、静かに【鑑定】の結果を読み上げた。
「……こいつは、魔王を信仰する、狂信者だったみてぇだ」
「魔王、を……?」
「ああ。だが、たぶん、最初は違ったんだろうな。
純粋に、神に祈ってた。誰かを救いたくて、ヒーラーになった。
……だが、その祈りが、いつの間にか、歪まされた。
『救済』の祈りが、『破壊』の祈りに、すり替えられたんだ」
ナミの、痙攣する手が、何かを握っている。
それは、砕けた、黒い護符の、欠片だった。
「気の毒だが、これも結果だ。呪いは、術者に跳ね返る。
命の器は、あの逆流で、もう焼け落ちてる。
……こいつは、もう、長くねぇ」
オレが、冷たく告げると。
アヤは、ボロボロと、涙を流した。
そして、ナミの体を、必死に抱き起こそうとする。
「ナミさん、しっかりして! 今、ポーションを……! 助けなきゃ……!」
「……おい、アヤ」
オレは、思わず、声を硬くした。
「甘ったれたこと、言ってんじゃねぇ。
そいつは、お前を、殺そうとしたんだぞ。
お前が、苦しんで死ぬように、呪いをかけた、張本人だ」
「でも……!」
「でも、じゃねぇ! 情けをかける相手を、間違えんな!」
オレの、語気の強さに。
アヤは、ビクッと肩を震わせた。
だが、それでも。
涙でぐしゃぐしゃの顔で、唇を噛み締めて。
アヤは、ナミの手を、強く握り返した。
「……それでも、です。
だって……ナミさん、さっきまで、私の傷を、治してくれました。
『前衛で頑張ってくれたんだから』って、笑って、くれました。
……あの優しさが、全部、嘘だったなんて。私には、思えないんです」
「……っ」
オレは、言葉に詰まった。
こいつは。
自分を殺そうとした相手にすら、手を差し伸べる。
その、底抜けの、どうしようもない優しさ。
オレには、一生かかっても、持てねぇもんだ。
(……ちっ。本当に、お人好しが過ぎるぜ、お前は)
オレは、深い、深いため息をついた。
アヤの、この気持ちを、無下にはできねぇ。
「……勝手にしろ。だが、夜明けは、もう――」
オレが、そう言いかけた、その時だった。
窓の外。
昇りきった朝日の、最初の一筋が、部屋の床を、撫でた。
その瞬間。
痙攣していたナミの瞳が、うっすらと開いた。
焦点の合わない、虚ろな目で。
彼女は、アヤを見て――微かに、唇を動かした。
「……ごめん、ね」
その、囁きと、同時に。
ザッ、と。
部屋の空気が、凍りついた。
肌を刺すような、悪寒。
全身の産毛が、一気に逆立つ。
(……っ、なんだ、この寒気は!?)
オレが、それを感じ取った、刹那。
チィィィィィン……。
澄んだ、甲高い耳鳴り。
それは――何度も、何度も、アヤの頭を吹き飛ばした、あの、忌まわしい音。
「アヤ、盾を出せェッ!!」
オレは、絶叫した。
だが、間に合わない。
ズバァァァァァン!!
部屋の壁を貫いて、目も眩む極太の【光の線】が、一直線に飛来した。
それは、アヤの顔面を、捉えていた。
防げない。
そう、思った、次の瞬間。
最後の力を振り絞ったナミの腕が、アヤの体を、ドンッと、突き飛ばした。
軌道から、アヤが、消える。
代わりに、光の線が、ナミの胸を掠め――そして、その肩口を、深く抉り飛ばした。
「あ……」
肉の焼ける臭いと、鮮血の飛沫。
ナミは、吹き飛ばされ、糸の切れた人形のように、床へと崩れ落ちた。
ピクリとも、動かない。
「ナミさんッ!!」
床に転がったアヤが、悲鳴のような絶叫を上げる。
(……今の、軌道。明らかに、誰かが、外から狙ってやがる。
ナミは、確かに術者だった。だが――糸を引いてた奴が、別にいたのか!?)
混乱するオレの耳に。
吹き飛んだ壁の、大穴の向こうから。
空気が凍りつくほど冷たい、聞いたこともない声が、響いた。
「……まさか。軌道をずらして、助けるなんて」
ゾッとするほど、感情の抜け落ちた声。
それは、倒れたナミに向けられていた。
「やはり、所詮は下等な人間だった、ということでしたね」
粉塵が舞う、大穴の向こう。
昇る朝日を、背にして。
漆黒の角を生やし、燕尾服のような衣装をまとった、おぞましくも優雅な影が。
ゆっくりと、足音を響かせて、こちらへと、足を踏み入れてきた。
崩れ落ちたナミの唇が、最後に、その名を、掠れた声で紡ぐ。
「……ザガン、様……」
上位魔族、ザガン。
ナミを操り、糸を引いていた、真の黒幕。
それが今、ようやく、自らの姿を、オレたちの前に晒したのだ。
「お初に、お目にかかります……勇者アヤ」
ザガンの指先に、再び、目も眩む光が、収束していく。
圧倒的な、死の圧力。
「そして、さようなら」
だが。
オレの心の中で、燃え上がっているのは。
怯えでも、絶望でもない。
五回のループで積み重ねられ、ドス黒く圧縮された。
純度百パーセントの、殺意の炎だけだ。
(……ようやく、ツラを出しやがったな。逃げ隠れしてた、黒幕サマよ)
オレは、この短い両脚で、しっかりと床を踏み締め。
見えない敵に向かって、獰猛な笑みを、浮かべた。




