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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース1 井上 綾(いのうえ あや)

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4日目『え?』


それは、あまりにも、巨大だった。


手にした武器は、長く、太く。


広げた手のひらは、今の少女の姿のオレが、すっぽり収まっちまうほどの、サイズだ。


ズシンッ……! ズシンッ……!


地面を揺らす地響きと共に、森の奥から、そいつは、姿を現した。


赤黒く隆起した、岩のような筋肉。


通常のゴブリンの、三倍はある、巨躯。


ドブと腐肉の混ざった、強烈な悪臭を放ちながら。


黄色く濁った、残忍な瞳が、オレたちを、捉える。


『ゴブリンキング』。


(……元の、オレの姿なら。こんなもん、恐れるまでもなく、瞬殺できる相手だ)


だが、今は。


手出しのできねぇ、口だけの教育係。


そして、目の前にいるのは、連携もろくに取れねぇ、寄せ集めのポンコツパーティー。


(……こいつは、マズい。勝つどころか、逃げるのすら、難しいぞ)


オレの、歴戦の勘が、最大級の警鐘を、鳴らしていた。


「ひっ……!」


アヤが、短い悲鳴を上げ、半歩、後ずさる。


戦士のロンも、魔法使いのジャミンも、その巨体を前に、完全に、腰が引けていた。


「に、逃げないと……!」


大盾を震わせながら、アヤが、泣きそうな声で、踵を返そうとする。


「逃げんなッ!」


オレは、アヤの隣に踏み込み、その細い肩を、ドンッと、叩いた。


「背中向けたら、秒で潰されるぞ! オレを信じろ! お前らなら、勝てる!」


「で、でも……勝てるわけ、ないよ!」


涙目で、アヤが叫ぶ。


根拠なんて、ねぇ。


だが、オレの中の、元勇者としての経験と、直感が。


こう、告げていた。


『デカいだけの、単調な動き。ヘイト管理さえ、間違えなけりゃ――今のコイツらなら、狩れる』と。


「やることは、いつもと同じだ! 前に出るぞ!」


オレは、アヤの背中を、強引に、前線へと押し出した。


†================†


「グガァァァァァァッ!!」


鼓膜が破れそうな、咆哮。


キングが、丸太のような腕を振り上げ、特大の棍棒を、アヤに向かって振り下ろす。


「そのまま受けんな! 弾き返せ!!」


オレは、キングの筋肉の動きから、完璧なタイミングを、脳内で弾き出した。


ドガァァァァァァァァン!!


石畳が陥没するような、凄まじい衝撃。


火花が散り、衝撃波が、周囲の落ち葉を吹き飛ばす。


ビリビリとした痺れが、感覚共有を通じて、オレの腕にもダイレクトに伝わってくる。


アヤの腕の骨が、ミシリと軋む感触。


「ぐぅぅっ……!」


アヤは、衝撃を殺しきれず、泥だらけの地面に、尻餅をついた。


「……やっぱり、勝てないよ」


「いや……よく見ろ」


起き上がろうとするアヤに、オレは、顎で、前を示した。


アヤを吹き飛ばすはずだった、その一撃。


だが、大盾の守りが、あまりに強固で。


威力を真っ向から押し返されたキングの巨体が、大きくのけぞり、ドスンと、後退して、体勢を崩していた。


「い、いけた……?」


「ボサッとすんな、すぐ起き上がれ! 次が来るぞ!」


オレの指示で、慌てて盾を構えるアヤ。


「いいか、よく聞け。オレが合図したら、盾を、勢いよく前に出せ」


「で、でも……」


「考えるのは、後だ! カウントがゼロで、前に出す。いいか、めーいっぱい、前に突き出すんだ!」


オレは、キングの動きを、完璧に、読み切る。


「3、2、1――今だッ!!」


「いやぁぁぁっ!!」


アヤが、半ばヤケクソ気味に絶叫しながら、大盾を、力任せに前方へ、押し出した。


ドガァァァァァァァァン!!


耳をつんざく、鋼鉄と木材の、激突音。


火花が弾け飛び、衝撃波が、周囲の落ち葉を、ドーム状に吹き飛ばす。


だが、盾は、割れていない。


それどころか、攻撃の威力を、真っ向から押し返されたキングが、大きくのけぞり、体勢を崩した。


「すごい……」


「もう一度だ!」


「3、2、1――今だッ!」


武器と盾が、重なる。


物凄い衝撃音がするが――それだけだ。


アヤは、一歩も、退かない。


数回、それが、続いた。


「はぁっ、はぁっ……もう、腕が……。この後、どうしたらいいの……?」


「このまま、続けろ」


「そんな……もう、腕が……!」


「泣き言を言うな。……ほら、来たぞ」


オレは、ニヤリと、笑った。


†================†


ヒュンッ! ドガァン!!


ゴブリンキングの背中に、燃え盛る炎の矢が、深々と突き刺さった。


「ジャミン、さん……!」


「あんたばっかりに任せてたら、日が暮れちゃうからね!」


魔法使いのジャミンが、杖を構え、ニッと笑う。


「グギャアァァッ!!」


肉の焦げる臭いと共に、キングの濁った瞳が、ジャミンへと、向きを変えた。


その太い脚が、後衛に向かって、一歩、踏み出される。


「アヤ! ウォークライだ! 奴の視線を、引き戻せ!」


「う、ウォークラーイッ!!」


アヤの喉から放たれた、赤いオーラが、森の空気を震わせる。


キングの動きが、ピタッと止まり。


再び、その憎悪に満ちた視線が、小柄な盾役へと、固定された。


「動きが、単調なんだよ!」


その時。


キングの、死角。


「おおおおおッ!!」


背後から響いた声と共に、戦士のロンの大剣が、下から跳ね上がるように、振り抜かれた。


ズバァンッ!


鮮血が噴き出し、キングの片腕が、肘から、ボトリと、地面に落ちる。


「グギャアァァァァァッ!!」


痛みに狂乱したキングが、残った片腕で、ロンをすり潰そうと、向き直る。


ウォークライのヘイトを、上回る、直接的な、怒り。


最早、この状態から、ターゲットを再びアヤに戻すのは、難しい。


キングが、ロンに向かって、歩き出す。


「アヤ! キングの影を、踏め!!」


オレの指示に、アヤが、地面に伸びるキングの巨大な影を、大盾の底で、踏みつけた。


「【影踏み】ッ!!」


ズドォォォォン!!


キングの巨体が、見えない鎖に繋がれたように、ピタリと、硬直した。


「グガ……!? ギギッ……!!」


キングが、もがき苦しむが、足の裏が、地面に縫い付けられたように、動かない。


凄まじい力で、少しずつ、アヤの体が、引きずられていく。


「影を、盾で押さえろ! 絶対に、戦士の元へは、行かすな!」


「く……うぅっ!」


アヤが、歯を食いしばり、力一杯、キングの影を、押さえつける。


「アヤ、ちゃん……!」


「ジャミン! 例の技を、やるぞ!」


オレの声に、ジャミンが、目を見開く。


「えっ!? ほ、本当に!? 実戦で、使えるの!?」


「今やらずに、いつやるんだ! お前なら、できる!」


「……わかったわよ!」


ジャミンが、静かに、呪文を唱える。


杖の先端に、アヤの頭ほどもある、巨大な火の玉が、出現した。


そして、解き放つ。


だが、その狙いは――キングでは、なかった。


火の玉は、戦士のロンに向かって、放たれた。


「うおっ!?」


ロンが、咄嗟に、大剣で、それを受け止める。


火の玉は、剣身に吸収され――大剣が、ボワッと、激しい業火を、纏った。


「あっっづ! ……チッ、さっさと、終わらせてやる!」


炎の大剣を上段に構えたロンが、地を蹴り、動けないキングの懐へ、飛び込む。


そのまま、赤熱した刃が、キングの太い首へ、吸い込まれるように、薙ぎ払われた。


ジュバァァァァッ!!


肉の焼ける音と、骨を断つ音が、重なる。


一拍遅れて。


ゴブリンキングの巨大な頭部が、宙を舞い、ドスゥンと、重い音を立てて、地面に転がった。


首の断面から、間欠泉のように血が噴き出し、首なしの巨体が、ゆっくりと、仰向けに、倒れ伏す。


†================†


「……っはぁ、はぁ……」


静寂。


荒い息遣いと、木々が風に揺れる音だけが、残された。


「やった……! 勝てた!!」


「す、すげぇ! 本当に、倒しちまった……!」


ロンが大剣を支えにへたり込み、ジャミンが、へなへなと座り込む。


「勝てた……勝てたんだ。私が……!」


アヤが、大盾を取り落とし、震える両手で、自分の顔を覆った。


(……見事だ。素人集団の即席パーティーにしちゃ、完璧すぎる連携だったぜ)


オレは、全身の力が抜けるのを感じながら、大きく息を吐いた。


トラウマで泣いて逃げ回るだけだった少女が。


自分の足で立ち、仲間と背中を預け合い、格上のバケモンを、倒した。


王道すぎる、大団円だ。


このままギルドに帰って、美味いエールでも、飲ませてやりたい気分だった。


「だから、言ったじゃねーか」


オレは、泥だらけの顔で、ニヤリと笑い、アヤに向かって、親指を立てた。


「……うん! ありが……」


アヤが、両手で涙を拭い。


ひまわりのような、満面の笑顔で、オレを振り返った。


――その、瞬間だった。


†================†


チィィィィィィィン……。


耳鳴りのような、澄んだ、高い音が、響いた。


直後。


オレの背後から飛来した、目も眩むような【極太の光の線】が。


アヤの顔面を、一直線に、撃ち抜いた。


スローモーションのように、視界の全てが、焼き付く。


アヤの、満面の笑顔が。


鼻から、上が。


光の線に触れた瞬間、トマトが爆発するように、粉々に、吹き飛んだ。


ボチュァッ!!!


頭部を失ったアヤの首の断面から、赤い噴水が、吹き上がる。


熱い液体と、脳髄の欠片が、オレの顔面に、ビチャビチャと、降り注いだ。


鉄の、匂い。


生温かい、触覚。


目の前に立つ、首から上だけが存在しない、泥だらけのスカート姿の、少女の体。


オレの口から、漏れたのは。


驚きでも、悲鳴でも、なかった。


ただ、一言。


「……え?」

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