4日目『え?』
それは、あまりにも、巨大だった。
手にした武器は、長く、太く。
広げた手のひらは、今の少女の姿のオレが、すっぽり収まっちまうほどの、サイズだ。
ズシンッ……! ズシンッ……!
地面を揺らす地響きと共に、森の奥から、そいつは、姿を現した。
赤黒く隆起した、岩のような筋肉。
通常のゴブリンの、三倍はある、巨躯。
ドブと腐肉の混ざった、強烈な悪臭を放ちながら。
黄色く濁った、残忍な瞳が、オレたちを、捉える。
『ゴブリンキング』。
(……元の、オレの姿なら。こんなもん、恐れるまでもなく、瞬殺できる相手だ)
だが、今は。
手出しのできねぇ、口だけの教育係。
そして、目の前にいるのは、連携もろくに取れねぇ、寄せ集めのポンコツパーティー。
(……こいつは、マズい。勝つどころか、逃げるのすら、難しいぞ)
オレの、歴戦の勘が、最大級の警鐘を、鳴らしていた。
「ひっ……!」
アヤが、短い悲鳴を上げ、半歩、後ずさる。
戦士のロンも、魔法使いのジャミンも、その巨体を前に、完全に、腰が引けていた。
「に、逃げないと……!」
大盾を震わせながら、アヤが、泣きそうな声で、踵を返そうとする。
「逃げんなッ!」
オレは、アヤの隣に踏み込み、その細い肩を、ドンッと、叩いた。
「背中向けたら、秒で潰されるぞ! オレを信じろ! お前らなら、勝てる!」
「で、でも……勝てるわけ、ないよ!」
涙目で、アヤが叫ぶ。
根拠なんて、ねぇ。
だが、オレの中の、元勇者としての経験と、直感が。
こう、告げていた。
『デカいだけの、単調な動き。ヘイト管理さえ、間違えなけりゃ――今のコイツらなら、狩れる』と。
「やることは、いつもと同じだ! 前に出るぞ!」
オレは、アヤの背中を、強引に、前線へと押し出した。
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「グガァァァァァァッ!!」
鼓膜が破れそうな、咆哮。
キングが、丸太のような腕を振り上げ、特大の棍棒を、アヤに向かって振り下ろす。
「そのまま受けんな! 弾き返せ!!」
オレは、キングの筋肉の動きから、完璧なタイミングを、脳内で弾き出した。
ドガァァァァァァァァン!!
石畳が陥没するような、凄まじい衝撃。
火花が散り、衝撃波が、周囲の落ち葉を吹き飛ばす。
ビリビリとした痺れが、感覚共有を通じて、オレの腕にもダイレクトに伝わってくる。
アヤの腕の骨が、ミシリと軋む感触。
「ぐぅぅっ……!」
アヤは、衝撃を殺しきれず、泥だらけの地面に、尻餅をついた。
「……やっぱり、勝てないよ」
「いや……よく見ろ」
起き上がろうとするアヤに、オレは、顎で、前を示した。
アヤを吹き飛ばすはずだった、その一撃。
だが、大盾の守りが、あまりに強固で。
威力を真っ向から押し返されたキングの巨体が、大きくのけぞり、ドスンと、後退して、体勢を崩していた。
「い、いけた……?」
「ボサッとすんな、すぐ起き上がれ! 次が来るぞ!」
オレの指示で、慌てて盾を構えるアヤ。
「いいか、よく聞け。オレが合図したら、盾を、勢いよく前に出せ」
「で、でも……」
「考えるのは、後だ! カウントがゼロで、前に出す。いいか、めーいっぱい、前に突き出すんだ!」
オレは、キングの動きを、完璧に、読み切る。
「3、2、1――今だッ!!」
「いやぁぁぁっ!!」
アヤが、半ばヤケクソ気味に絶叫しながら、大盾を、力任せに前方へ、押し出した。
ドガァァァァァァァァン!!
耳をつんざく、鋼鉄と木材の、激突音。
火花が弾け飛び、衝撃波が、周囲の落ち葉を、ドーム状に吹き飛ばす。
だが、盾は、割れていない。
それどころか、攻撃の威力を、真っ向から押し返されたキングが、大きくのけぞり、体勢を崩した。
「すごい……」
「もう一度だ!」
「3、2、1――今だッ!」
武器と盾が、重なる。
物凄い衝撃音がするが――それだけだ。
アヤは、一歩も、退かない。
数回、それが、続いた。
「はぁっ、はぁっ……もう、腕が……。この後、どうしたらいいの……?」
「このまま、続けろ」
「そんな……もう、腕が……!」
「泣き言を言うな。……ほら、来たぞ」
オレは、ニヤリと、笑った。
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ヒュンッ! ドガァン!!
ゴブリンキングの背中に、燃え盛る炎の矢が、深々と突き刺さった。
「ジャミン、さん……!」
「あんたばっかりに任せてたら、日が暮れちゃうからね!」
魔法使いのジャミンが、杖を構え、ニッと笑う。
「グギャアァァッ!!」
肉の焦げる臭いと共に、キングの濁った瞳が、ジャミンへと、向きを変えた。
その太い脚が、後衛に向かって、一歩、踏み出される。
「アヤ! ウォークライだ! 奴の視線を、引き戻せ!」
「う、ウォークラーイッ!!」
アヤの喉から放たれた、赤いオーラが、森の空気を震わせる。
キングの動きが、ピタッと止まり。
再び、その憎悪に満ちた視線が、小柄な盾役へと、固定された。
「動きが、単調なんだよ!」
その時。
キングの、死角。
「おおおおおッ!!」
背後から響いた声と共に、戦士のロンの大剣が、下から跳ね上がるように、振り抜かれた。
ズバァンッ!
鮮血が噴き出し、キングの片腕が、肘から、ボトリと、地面に落ちる。
「グギャアァァァァァッ!!」
痛みに狂乱したキングが、残った片腕で、ロンをすり潰そうと、向き直る。
ウォークライのヘイトを、上回る、直接的な、怒り。
最早、この状態から、ターゲットを再びアヤに戻すのは、難しい。
キングが、ロンに向かって、歩き出す。
「アヤ! キングの影を、踏め!!」
オレの指示に、アヤが、地面に伸びるキングの巨大な影を、大盾の底で、踏みつけた。
「【影踏み】ッ!!」
ズドォォォォン!!
キングの巨体が、見えない鎖に繋がれたように、ピタリと、硬直した。
「グガ……!? ギギッ……!!」
キングが、もがき苦しむが、足の裏が、地面に縫い付けられたように、動かない。
凄まじい力で、少しずつ、アヤの体が、引きずられていく。
「影を、盾で押さえろ! 絶対に、戦士の元へは、行かすな!」
「く……うぅっ!」
アヤが、歯を食いしばり、力一杯、キングの影を、押さえつける。
「アヤ、ちゃん……!」
「ジャミン! 例の技を、やるぞ!」
オレの声に、ジャミンが、目を見開く。
「えっ!? ほ、本当に!? 実戦で、使えるの!?」
「今やらずに、いつやるんだ! お前なら、できる!」
「……わかったわよ!」
ジャミンが、静かに、呪文を唱える。
杖の先端に、アヤの頭ほどもある、巨大な火の玉が、出現した。
そして、解き放つ。
だが、その狙いは――キングでは、なかった。
火の玉は、戦士のロンに向かって、放たれた。
「うおっ!?」
ロンが、咄嗟に、大剣で、それを受け止める。
火の玉は、剣身に吸収され――大剣が、ボワッと、激しい業火を、纏った。
「あっっづ! ……チッ、さっさと、終わらせてやる!」
炎の大剣を上段に構えたロンが、地を蹴り、動けないキングの懐へ、飛び込む。
そのまま、赤熱した刃が、キングの太い首へ、吸い込まれるように、薙ぎ払われた。
ジュバァァァァッ!!
肉の焼ける音と、骨を断つ音が、重なる。
一拍遅れて。
ゴブリンキングの巨大な頭部が、宙を舞い、ドスゥンと、重い音を立てて、地面に転がった。
首の断面から、間欠泉のように血が噴き出し、首なしの巨体が、ゆっくりと、仰向けに、倒れ伏す。
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「……っはぁ、はぁ……」
静寂。
荒い息遣いと、木々が風に揺れる音だけが、残された。
「やった……! 勝てた!!」
「す、すげぇ! 本当に、倒しちまった……!」
ロンが大剣を支えにへたり込み、ジャミンが、へなへなと座り込む。
「勝てた……勝てたんだ。私が……!」
アヤが、大盾を取り落とし、震える両手で、自分の顔を覆った。
(……見事だ。素人集団の即席パーティーにしちゃ、完璧すぎる連携だったぜ)
オレは、全身の力が抜けるのを感じながら、大きく息を吐いた。
トラウマで泣いて逃げ回るだけだった少女が。
自分の足で立ち、仲間と背中を預け合い、格上のバケモンを、倒した。
王道すぎる、大団円だ。
このままギルドに帰って、美味いエールでも、飲ませてやりたい気分だった。
「だから、言ったじゃねーか」
オレは、泥だらけの顔で、ニヤリと笑い、アヤに向かって、親指を立てた。
「……うん! ありが……」
アヤが、両手で涙を拭い。
ひまわりのような、満面の笑顔で、オレを振り返った。
――その、瞬間だった。
†================†
チィィィィィィィン……。
耳鳴りのような、澄んだ、高い音が、響いた。
直後。
オレの背後から飛来した、目も眩むような【極太の光の線】が。
アヤの顔面を、一直線に、撃ち抜いた。
スローモーションのように、視界の全てが、焼き付く。
アヤの、満面の笑顔が。
鼻から、上が。
光の線に触れた瞬間、トマトが爆発するように、粉々に、吹き飛んだ。
ボチュァッ!!!
頭部を失ったアヤの首の断面から、赤い噴水が、吹き上がる。
熱い液体と、脳髄の欠片が、オレの顔面に、ビチャビチャと、降り注いだ。
鉄の、匂い。
生温かい、触覚。
目の前に立つ、首から上だけが存在しない、泥だらけのスカート姿の、少女の体。
オレの口から、漏れたのは。
驚きでも、悲鳴でも、なかった。
ただ、一言。
「……え?」




