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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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番外編『ぼやき』

僕の人生は、つまらないものでした。


自虐ではなく、事実です。


生まれつき体が弱くて、歩けませんでした。ずっと車椅子です。


病院と、家。その往復だけ。十何年、それだけでした。


窓から空を見ていました。


それが趣味です。趣味というより、他にやることがなかった。


雲は、思ったより速く動きます。


たぶん、知らない人のほうが多いと思います。みんな、忙しいので。


テレビは、よく見ていました。


その中に、一人いたんです。


やたら明るくて、軽くて、誰とでもすぐ友達になる人。


減らず口ばかり叩いて、都合が悪くなると逃げて、それで許されている人。


いいな、と思いました。


僕には、一生できないな、と思いました。


医者は、いつも同じことを言いました。


――今は辛いけれど、続ければ良くなる。


――我慢しよう。頑張ろう。君なら大丈夫。


だから、全部、その通りにしました。


苦い薬も、飲みました。


長い針も、我慢しました。何本刺されたか、途中で数えなくなりました。


歩く練習は、毎日やりました。手すりを握って、五歩。次の日は六歩。


同じ年頃の子が窓の外を走っていく音を、聞かないようにしました。


家族が、僕の前で笑うのをやめたのも、知らないふりをしました。


痛いのも、寂しいのも、全部、耐えました。


言われた通りに。一度も、逆らわずに。


――良くなりませんでした。


一つも。


それどころか、悪くなりました。


最後のほうは、五歩どころか、座っているのも、しんどかったです。


あの人たちは、白い服を着て、僕の顔を見ずに、僕の書類を見ていました。


そして、また同じことを言うんです。


続ければ、良くなる。


(――嘘つきだ)


僕が最後に思ったのは、たぶん、それです。


嘘つきどもだ、と。


そのあと、あっさり死にました。


ドラマなんて、ありませんでした。本当に、あっさりです。


十何年ぶんの人生で、面白い話が一つもありません。


冴えないんですよ、僕。


†================†


――で、気がついたら白い部屋にいて、変な女に「あなたは勇者です」って言われた。


まぁ、そこはいいや。


大事なのは、足があったこと。


立てたんだよ。走れたんだよ。


その日から、俺は決めた。


あいつになろう、って。


テレビの中の、あの軽いやつ。


だから俺、こうやって喋ってんの。素じゃないよ、これ。


真似。ずっと真似。


でもさ、真似でも五年やったら、もうそっちが本物じゃない?


そういうことにしてる。


もう一個、決めたことがある。


――もう、誰の言うことも聞かない。


だってさ。


俺、一回、全部やったんだよ。


言われた通りにして、痛いのも寂しいのも全部飲み込んで、何一つ文句を言わずに。


それで、何も返ってこなかった。


だったら、もういいじゃん。


縛られない。約束しない。どこにも属さない。


王様が「勇者として国のために」とか言い出した時も、へらへら聞き流して、次の日には国を出た。


魔王? 知らないなー。


情報は売る。それは金になるから。


食ってはいける。誰にも縛られない。上等じゃん。


†================†


スヨンと会ったのは、二年前かな。


北の街道で、猪型に囲まれてるとこ見つけて、俺は普通に逃げた。


そしたら、後ろで全部叩き潰して、追いついてきた。


「おい。お前、逃げただろ」


「逃げたよ?」


「そうか」


それで終わり。


怒られると思ったんだけど。


「なんで怒んないの」


「逃げれるヤツが逃げて、何が悪ぃんだ。めんどくせぇ」


……こいつ、いいな、と思った。


何も言わないんだよ。仲間だろ、とか。見捨てるのか、とか。


同じ時期に飛ばされた勇者らしくて、そのあとも何回か会った。


飯を奢ったり、情報を渡したり。奢られたことはない。あいつ、金ないから。


友達、って言うほどでもないけど。まぁ、そういう感じ。


†================†


で、今回。


北の宿の卓で、ナイフ回して待ってたら、階段から降りてきた。


銀髪の、ちっこいの。


「……マーク」


は?


「うわ、なんで名前知ってんの」


「――」


そいつ、変な顔した。そんで、なんか言い訳してた。


(……なにこいつ)


俺は、ナイフを回しながら、上から下まで値踏みした。


十歳くらいの女の子。口は悪い。態度はでかい。


勇者育成課、とか名乗ってる。


(……あー、これ)


知ってる。


このパターン、俺は知ってる。


俺のためだって顔をして、こっちのやることを決めにくるやつ。


続ければ良くなる、って言うやつ。


(――また来た)


嘘つきが、また、俺を縛りに来た。


――なのに。


スヨンが、こいつに従ってる。


あのスヨンが。「先生」とか呼んでる。聞き間違いかと思った。


「めんどくせぇ」しか言わないやつが、朝から起きて、言われた通りに動いてる。


(……なんかしたな、こいつ)


じゃあ、俺にも、なんかするってこと?


(……やだなー)


†================†


だから、剥がすことにした。


こういうのは、簡単なんだ。


一回、怒らせればいい。


大人ってのは、思い通りにならないと、すぐ地が出る。


出た顔が、そいつの本物。


「んでさぁ、梶さん。南のほう、なんか出るらしいよ」


投げた。


半分、当てずっぽう。


そいつの空気が、変わった。


「誰から聞いた」


「んー……港の荷揚げ場の、おっさん?」


「名前は」


「聞かないってー、そんなん」


「顔は」


「んー、ひげ」


「ひげェ?」


「ひげ生えてた」


ほら。行き止まり。


そいつは、舌打ちした。


(……あと二回)


あと二回くらい、はぐらかせば、来る。


ふざけるな、真面目にやれ、仲間だろ。


そのへんの、どれか。


言え。言えよ。


言ったら、俺は、笑って出ていくから。


「テメェ」


そいつは、階段の下から、俺を見上げて。


「ちゃんと、飯は食ってんのか」


「…………は?」


「顔だよ。頬が、こけてる」


「……え」


「情報屋なら、走り回ってんだろ。飯だけは食え。倒れたら、売るもんも売れねぇぞ」


それだけ言って、そいつは、もう俺を見ていなかった。


(……なにそれ)


俺は、ナイフを回す手を、止めていた。


止めたことに、しばらく気づかなかった。


疑ってるくせに。


明らかに、俺のこと、疑ってるくせに。


先に出てくるの、そっち?


(……ずるいでしょ、それ)


窓の外で、灰色の空が、ゆっくり流れていた。


昔、ずっと見てたやつと、同じ色だ。


医者だって、最初は優しかった。


優しかったから、僕は、全部、言う通りにしたんだ。


だから、もう信じないって、決めたのに。


(……参ったな)


指が、少し、震えた。


俺は、それを隠すために、またナイフを回し始めた。


まぁ、それはそれとして。


俺は、南に何が出るかなんて、ほんとに知らない。


聞いた話を、そのまま言っただけ。


嘘は、ついてない。


……ついてないよ?

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