番外編『ぼやき』
僕の人生は、つまらないものでした。
自虐ではなく、事実です。
生まれつき体が弱くて、歩けませんでした。ずっと車椅子です。
病院と、家。その往復だけ。十何年、それだけでした。
窓から空を見ていました。
それが趣味です。趣味というより、他にやることがなかった。
雲は、思ったより速く動きます。
たぶん、知らない人のほうが多いと思います。みんな、忙しいので。
テレビは、よく見ていました。
その中に、一人いたんです。
やたら明るくて、軽くて、誰とでもすぐ友達になる人。
減らず口ばかり叩いて、都合が悪くなると逃げて、それで許されている人。
いいな、と思いました。
僕には、一生できないな、と思いました。
医者は、いつも同じことを言いました。
――今は辛いけれど、続ければ良くなる。
――我慢しよう。頑張ろう。君なら大丈夫。
だから、全部、その通りにしました。
苦い薬も、飲みました。
長い針も、我慢しました。何本刺されたか、途中で数えなくなりました。
歩く練習は、毎日やりました。手すりを握って、五歩。次の日は六歩。
同じ年頃の子が窓の外を走っていく音を、聞かないようにしました。
家族が、僕の前で笑うのをやめたのも、知らないふりをしました。
痛いのも、寂しいのも、全部、耐えました。
言われた通りに。一度も、逆らわずに。
――良くなりませんでした。
一つも。
それどころか、悪くなりました。
最後のほうは、五歩どころか、座っているのも、しんどかったです。
あの人たちは、白い服を着て、僕の顔を見ずに、僕の書類を見ていました。
そして、また同じことを言うんです。
続ければ、良くなる。
(――嘘つきだ)
僕が最後に思ったのは、たぶん、それです。
嘘つきどもだ、と。
そのあと、あっさり死にました。
ドラマなんて、ありませんでした。本当に、あっさりです。
十何年ぶんの人生で、面白い話が一つもありません。
冴えないんですよ、僕。
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――で、気がついたら白い部屋にいて、変な女に「あなたは勇者です」って言われた。
まぁ、そこはいいや。
大事なのは、足があったこと。
立てたんだよ。走れたんだよ。
その日から、俺は決めた。
あいつになろう、って。
テレビの中の、あの軽いやつ。
だから俺、こうやって喋ってんの。素じゃないよ、これ。
真似。ずっと真似。
でもさ、真似でも五年やったら、もうそっちが本物じゃない?
そういうことにしてる。
もう一個、決めたことがある。
――もう、誰の言うことも聞かない。
だってさ。
俺、一回、全部やったんだよ。
言われた通りにして、痛いのも寂しいのも全部飲み込んで、何一つ文句を言わずに。
それで、何も返ってこなかった。
だったら、もういいじゃん。
縛られない。約束しない。どこにも属さない。
王様が「勇者として国のために」とか言い出した時も、へらへら聞き流して、次の日には国を出た。
魔王? 知らないなー。
情報は売る。それは金になるから。
食ってはいける。誰にも縛られない。上等じゃん。
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スヨンと会ったのは、二年前かな。
北の街道で、猪型に囲まれてるとこ見つけて、俺は普通に逃げた。
そしたら、後ろで全部叩き潰して、追いついてきた。
「おい。お前、逃げただろ」
「逃げたよ?」
「そうか」
それで終わり。
怒られると思ったんだけど。
「なんで怒んないの」
「逃げれるヤツが逃げて、何が悪ぃんだ。めんどくせぇ」
……こいつ、いいな、と思った。
何も言わないんだよ。仲間だろ、とか。見捨てるのか、とか。
同じ時期に飛ばされた勇者らしくて、そのあとも何回か会った。
飯を奢ったり、情報を渡したり。奢られたことはない。あいつ、金ないから。
友達、って言うほどでもないけど。まぁ、そういう感じ。
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で、今回。
北の宿の卓で、ナイフ回して待ってたら、階段から降りてきた。
銀髪の、ちっこいの。
「……マーク」
は?
「うわ、なんで名前知ってんの」
「――」
そいつ、変な顔した。そんで、なんか言い訳してた。
(……なにこいつ)
俺は、ナイフを回しながら、上から下まで値踏みした。
十歳くらいの女の子。口は悪い。態度はでかい。
勇者育成課、とか名乗ってる。
(……あー、これ)
知ってる。
このパターン、俺は知ってる。
俺のためだって顔をして、こっちのやることを決めにくるやつ。
続ければ良くなる、って言うやつ。
(――また来た)
嘘つきが、また、俺を縛りに来た。
――なのに。
スヨンが、こいつに従ってる。
あのスヨンが。「先生」とか呼んでる。聞き間違いかと思った。
「めんどくせぇ」しか言わないやつが、朝から起きて、言われた通りに動いてる。
(……なんかしたな、こいつ)
じゃあ、俺にも、なんかするってこと?
(……やだなー)
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だから、剥がすことにした。
こういうのは、簡単なんだ。
一回、怒らせればいい。
大人ってのは、思い通りにならないと、すぐ地が出る。
出た顔が、そいつの本物。
「んでさぁ、梶さん。南のほう、なんか出るらしいよ」
投げた。
半分、当てずっぽう。
そいつの空気が、変わった。
「誰から聞いた」
「んー……港の荷揚げ場の、おっさん?」
「名前は」
「聞かないってー、そんなん」
「顔は」
「んー、ひげ」
「ひげェ?」
「ひげ生えてた」
ほら。行き止まり。
そいつは、舌打ちした。
(……あと二回)
あと二回くらい、はぐらかせば、来る。
ふざけるな、真面目にやれ、仲間だろ。
そのへんの、どれか。
言え。言えよ。
言ったら、俺は、笑って出ていくから。
「テメェ」
そいつは、階段の下から、俺を見上げて。
「ちゃんと、飯は食ってんのか」
「…………は?」
「顔だよ。頬が、こけてる」
「……え」
「情報屋なら、走り回ってんだろ。飯だけは食え。倒れたら、売るもんも売れねぇぞ」
それだけ言って、そいつは、もう俺を見ていなかった。
(……なにそれ)
俺は、ナイフを回す手を、止めていた。
止めたことに、しばらく気づかなかった。
疑ってるくせに。
明らかに、俺のこと、疑ってるくせに。
先に出てくるの、そっち?
(……ずるいでしょ、それ)
窓の外で、灰色の空が、ゆっくり流れていた。
昔、ずっと見てたやつと、同じ色だ。
医者だって、最初は優しかった。
優しかったから、僕は、全部、言う通りにしたんだ。
だから、もう信じないって、決めたのに。
(……参ったな)
指が、少し、震えた。
俺は、それを隠すために、またナイフを回し始めた。
まぁ、それはそれとして。
俺は、南に何が出るかなんて、ほんとに知らない。
聞いた話を、そのまま言っただけ。
嘘は、ついてない。
……ついてないよ?




