22日目『くもり』
南へ下る街道は、三日かかる。
その一日目で、オレは、こいつを見ていた。
マークは、よく喋る。
歩きながら、ずっと喋ってる。中身は、ほとんど無ぇ。
「梶さんってさぁ、飯食わないんでしょ」
「食わねぇ」
「じゃあ何が楽しいの、人生」
「楽しかねぇよ」
「うわ、重ー」
「テメェが聞いたんだろうが」
前を歩くスヨンが、あくびをした。
後ろのカイトが、少し笑った。
(……で、だ)
オレは、その軽ぇ横顔を、横目で見ていた。
三回だ。
三回とも、スヨンの耳に、同じ方角の話が届いてる。
こいつが、運んでる。
(……なんのために)
金か。面白がってるだけか。
それとも――誰かに、そうしろと言われてんのか。
「梶さん」
「あ?」
「見すぎ」
「うるせぇ」
昼過ぎ、林の中で、狼型が五匹出た。
「――出たぞ! スヨン、正面!」
「おうよ!」
でかい図体が、真ん中に突っ込んでいく。カイトが、後ろから足を刈る。
で、マークは。
――消えた。
「……テメェェェ!」
「えー」
だいぶ離れた木の上から、声がした。
「だって俺、弱いもん」
「戦えっつってんじゃねぇ! 逃げるにしても方角があんだろうが!」
「方角?」
「テメェが逃げた先に、二匹ついてったぞ! そっちにコハ――」
言いかけて、口を閉じた。
こいつらは、まだ、コハルを知らねぇ。
「……いや、なんでもねぇ」
戦闘は、三十秒で終わった。
マークは、最後まで、木の上にいた。
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その夜。
街道脇の、焚き火のそば。
スヨンは、飯を食ったら、すぐ寝た。カイトは、火の番をしている。
オレは、少し離れた岩に腰かけたマークの、隣に立った。
「おい」
「怒られる時間だ」
「怒らねぇよ」
「えー、怒ってよ。そのほうが楽だし」
(……そう来るか)
こいつは、怒られ慣れてる。
怒られ方が、上手ぇんだ。頭を下げる角度も、へらへら笑うタイミングも、全部、決まってやがる。
怒鳴ったところで、そこにぶつかって、跳ね返るだけだ。
「今日の、あれだ」
オレは、あごをしゃくった。
「テメェ、逃げただろ」
「逃げたよ?」
「上手ぇな」
「…………は?」
指のナイフが、止まった。
「上手ぇって言ったんだよ」
「……いや、俺、なんもしてないけど」
「してるだろうが」
オレは、指を折った。
「一つ。テメェは、狼が動く前に木に登った。あいつらが、どっちに首を向けたかを見てから動いてる」
「そりゃ、見るでしょ」
「見ねぇんだよ、たいていの奴は。見る前に、体が固まる」
「…………」
「二つ。テメェが登った木は、太ぇ枝が三本ある一番でかい木だ。逃げ道が三方向ある木を、一秒で選んでる」
「……偶然じゃない?」
「三つ。テメェが逃げた先に、二匹ついていった。あれで、スヨンの正面が三匹になった。あいつが、一番、片付けやすい数だ」
マークの、フードの奥が、動いた。
「……それは、たまたま」
「たまたまでいい」
オレは、言った。
「たまたまでも、結果は同じだ。テメェは、敵の半分を、勝手に連れてった」
「…………」
「それを、こっちの世界じゃ、なんて呼ぶか知ってるか」
「……なんて」
「陽動だ」
火が、ぱちりと鳴った。
「テメェの逃げ足はな、逃げ足じゃねぇ。斥候だ」
「せっこう」
「先に行って、地形と敵を見てくる役だ。一番先に死ぬ仕事でもある」
「うわ、やだ」
「テメェは死なねぇよ。逃げるのが上手ぇからな」
「…………」
「ヘイトを押し付けんのも同じだ。あれは、囮だ。腕っぷしのある奴を、一番いい形で殴らせるための仕事だ」
オレは、火のほうを見た。
「言っとくがな。オレは、テメェに前で殴れとは、一言も言わねぇ」
「……なんで」
「向いてねぇからだ」
「…………」
「向いてねぇことをやらせて、できねぇって怒る奴は、ただのバカだ」
マークは、しばらく、黙っていた。
指のナイフは、止まったままだ。
「……梶さん」
「あ?」
「それ、俺を都合よく使いたいだけでしょ」
「そうだよ」
「……即答なんだ」
「オレは、テメェらを使い倒して、生きて帰らせる役だ」
オレは、鼻を鳴らした。
「だから、テメェの一番いいところを、一番よく効く場所で使う。それだけだ」
「……ふーん」
「文句あんのか」
「……ないけど」
そいつは、フードを、深くかぶり直した。
「……なんかさぁ」
「なんだよ」
「みんな、俺のこと、変えようとするんだよね」
火が、揺れた。
「もっと真面目にやれとか。ちゃんとしろとか。逃げるなとか」
「…………」
「梶さんは、それ、言わないんだ」
「言わねぇよ」
オレは、あくびをした。
「言う必要が、ねぇからな。テメェは、もう、使えるもん持ってんだから」
「…………」
†================†
翌日の昼。
街道沿いの、小せぇ集落だった。
ゴブリンが、三匹。
大した数じゃねぇ。スヨンとカイトで、二十秒だ。
だが、その二十秒の前に。
「――あぶねっ」
マークが、走っていた。
畑の脇で、逃げ遅れたガキが一人、しゃがみ込んでいた。
三つか、四つか。
ゴブリンの一匹が、そっちに首を向けた、その先へ。
そいつは、脇に手を突っ込んで、引っ掴んで、そのまま横っ跳びに転がった。
肩から、地面に落ちる。
背中を、ゴブリンの爪が、浅く裂いた。
「――マーク!」
「いったァ!」
そいつは、ガキを抱えたまま、笑っていた。
「もー、なんで動かないの、こういう時。逃げなって」
「……あ、あ」
「はいはい。あっち行って。走って」
ガキの背中を、押し出す。
母親らしいのが、悲鳴を上げながら駆け寄って、そいつを抱きかかえて連れていった。
マークは、地面に座ったまま、それを見ていた。
「……テメェ」
オレは、そばに立った。
「今の、なんだよ」
「え?」
「戦うなって言ったろうが。しかも、あの位置は、逃げる方向が無ぇ場所だ」
「……あー」
そいつは、背中に手を回して、血のついた指を見た。
「そうだね。しくじった」
「なんで行った」
「んー」
しばらく、黙って。
「……なんでだろ」
そいつは、心底、不思議そうに言った。
「体が、先に動いた」
(…………)
オレは、そいつの背中の傷を、見下ろした。
浅ぇ。血は出てるが、大したもんじゃねぇ。
(……こいつ)
(……こいつ、なぁ)
「……梶さん、なんか言ってよ」
「言わねぇ」
「えー」
「そのかわり、後で薬を塗れ。化膿したら走れなくなるぞ」
「……はいはい」
夜。
火のそばで、マークは、干し肉をかじっていた。
飯を食え、と言ったら、次の日から、ちゃんと食うようになりやがった。
「梶さん」
「あ?」
「一個、聞いていい?」
「なんだ」
「俺のこと、疑ってるでしょ」
火が、ぱちりと鳴った。
「……ああ」
「即答なんだ」
「嘘ついても、テメェには通じねぇだろ」
「そりゃそうだけど」
そいつは、干し肉を、もう一口かじった。
「言っとくけど、俺、なんも知らないよ」
「そうかよ」
「南に何か出るってのも、聞いた話をそのまま言っただけ。誰から聞いたかは、ほんとに覚えてない」
「…………」
「信じてくれなくていいけどさ」
そいつは、火を見たまま言った。
「俺、嘘は、つかないから」
(……そうかい)
オレは、そいつの横顔を、しばらく見ていた。
嘘をついてる面じゃねぇ。
だが、嘘をついてねぇことと、何もしてねぇことは、別だ。
(……なあ、マーク)
(テメェが本当に何も知らねぇなら――その話は、どっから、テメェのとこに来た?)
五周目の記録だ。
一つ、書き換える。
こいつは、たぶん、運び屋だ。
運んでる自覚も、無ぇ。
なら、荷物を持たせてる奴が、どっかにいる。




