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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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20日目『同じ顔』

尻から、落ちた。


石畳が、硬てぇ。生ゴミと、安酒の匂い。


「……いってぇな、クソが」


言ってから、動かなかった。


右手を、上げてみる。


――ある。


指が、五本。爪も、ちゃんと生えてやがる。


左手で、右の肘の下を握った。ある。


右の膝を叩いた。太もも。すね。足の裏。


全部、ある。


痛くねぇ。血も出てねぇ。


何も起きちゃいなかったみてぇに、綺麗なもんだ。


――太鼓の音が、耳の奥で鳴った。


一発だけ、どん、と。


「――ぁ」


喉から、変な音が出た。


オレは、両手で顔を覆って、そのまま、動けなくなった。


(……四人)


一人ずつ、目の前で消えた。


オレはそこにいた。腕も足も持ってかれて、床に転がって、指図一つできずに。


石畳の冷たさが、尻から、じわじわ上がってくる。


荷車の音がした。パンの匂いがした。誰かが笑いながら通り過ぎていった。


この街は、何も知らねぇ。


「…………」


オレは、膝に手をついて、立ち上がった。


膝が、笑ってやがる。


(――上等だ)


震えてんなら、震えたまま歩け。止まるよりは、マシだ。


林の手前。石垣の上に、あぐらをかいた。


下の草地に、ローブの背中が現れる。そのあとで、ゴブリンが三匹。


「――【火矢】」


「【風縛】」


「【雷槍】」


四回目だ。一秒の狂いもねぇ。


だが、今日は、胸のざらつきが違った。


こいつは、生きてる。


昨日、黒い床の上で杖を下ろしたまま消えたこいつが、今、そこで煤を袖で拭ってやがる。


「よぉ」


肩が、跳ねた。


「――っ!」


杖の先が、鼻先まで来る。


「送らなくていい。危なくもねぇ。オレは迷子じゃねぇし、親もいねぇ」


「え」


「勇者育成課の梶だ。今日からテメェの教育係。姿と声はお前にしか届かねぇ。手出しは一切できねぇ。以上」


「……あの」


「『女の子がオレって言うんだな』だろ。中身は三十のオッサンだ」


「まだ何も言ってません!」


「言うんだよ、テメェは」


「なんでわかるんですか!」


「占い師だからだよ」


カイトが、杖を抱えたまま固まった。


「あと、雑貨屋に言い値で素材を売るな。三分の一に買い叩かれてんだよ、テメェは」


「――なんでそれも知ってるんですか!?」


「占い師だっつってんだろうが」



†================†



その夜。


宿の屋根に登った。瓦が、まだぬるい。星が、やたら多い。


(――結論から言う)


このままなら、また死ぬ。必ず、死ぬ。


黒い部屋のあの少年は、こっちの手を一つも受け付けなかった。


剣が通らねぇ。魔法も通らねぇ。太鼓も、読みも、指示も。


積み上げ方の問題じゃねぇ。積み上げるもんが、そもそも違う。


(……なら、何が要る)


答えは、無ぇ。


だが、道具ならある。オレは、指を折った。


一つ。四人がどこにどんな面で立ってるかを、全部知ってる。前は見つけるだけで十五日かかった。今日は一日目だ。


二つ。誰にどう言えば動くかを、知ってる。


三つ。敵の手の内を、知ってる。ゴブリンが湧く。キングが出る。ザガンが来る。血で円を描く。魔王の光は、曲がる。


四つ。――失敗しても、また来られる。


(……四つ、か)


言葉にすると、ずいぶん貧相だ。


貧相でも、手札は手札だ。だが、四枚じゃ、足りねぇ。


足りねぇもんを、どこから持ってくる。


「…………」


オレは、瓦の上で、長く息を吐いた。


前の周回で、オレは、あの暴れ牛に偉そうなことを言った。


一人で届く範囲は決まってる。頼れねぇ奴は、腕の長さより先を全部捨ててる。


頼るのは、逃げでも甘えでもねぇ。もっと強ぇ戦い方だ。


(……言った本人が、ずっと一人で抱えてんだよな)


四人全員に言う気は、ねぇ。


死ぬと分かって走れる奴は、そういねぇ。足が止まる。鈍った分だけ、死ぬのが早くなる。


だが、一人なら。


一番、頭が回って、聞いても足が止まらねぇのが、一人。


オレは、屋根から、下の窓を見た。


ろうそくの明かりが、まだ漏れていた。




「話がある」


カイトは、机の本を閉じて、こっちを向いた。


「はい」


「座って聞け。……長ぇぞ」


オレは、全部、話した。


この一日が、四回目だってこと。


テメェらは、もう死んでること。四人ともだ。


誰か一人でも死ねば、オレも死んで、時間が一日目に巻き戻ること。


覚えてんのは、オレだけだってこと。


黒い部屋に、少年の姿をした魔王がいて、何をやっても通らねぇこと。


話してる間、こいつは、一度も口を挟まなかった。


ろうそくの芯が、ぱち、と鳴った。


「……なるほど」


長い沈黙のあとで、そいつは言った。


「なるほど、って、テメェ」


「信じます」


「早ぇんだよ」


「梶さんは、僕が言い値で売ってることを知ってました」


カイトは、静かに続けた。


「あれ、誰にも言ってないんです」


「…………」


「何回ですか」


「……四回だ」


「僕は」


そいつの指が、机の縁を、そっと撫でた。


「どんなふうに、死にましたか」


オレは、答えられなかった。


白い線が、林みてぇに並んで、一斉に落ちて、途中で全部曲がった。


あれを、こいつに言えるか。


「……悪ぃ。それは、勘弁してくれ」


「わかりました」


カイトは、うなずいた。


それから、少しだけ、笑った。


「……梶さんは、それを、ずっと一人で見てたんですね」


「――」


喉が、詰まった。


こいつは、いつもそうだ。


自分が四回死んだと聞かされて、最初に、こっち側から物を見やがる。


「うるせぇ。同情はいらねぇ」


「同情じゃないです」


「なんだよ」


「……次は、僕も、覚えていられたらいいのに」


そう言って、こいつは、まばたきをした。


――それが、最後だった。




次の、まばたきが、来なかった。


「……カイト?」


返事が、無い。


そいつは、まだ、こっちを見ていた。


見ているのに、目が、動かねぇ。


ろうそくの火が揺れても、瞼が、一度も落ちねぇ。


首の後ろが、ざわりと逆立った。


「――おい」


カイトの手が、杖を取った。


ゆっくりと。迷いも、ためらいも無ぇ動きで。


杖の先を、自分の胸に、当てた。


「――やめろッ!!」


オレは、飛びついた。


飛びついて、すり抜けた。


「【火矢】」


こいつの声じゃなかった。


抑揚が、一つも無かった。


橙が、内側から膨れた。


胸から、肩へ。首へ。髪へ。


「カイトォ!!」


炎が、壁を舐めて、机を舐めて、部屋ごと膨れ上がる。


――熱い。


「――は?」


熱かった。


竜の炎は、素通りした。オレがそこにいねぇみてぇに、通り過ぎていっただけだ。


なのに、これは、焼ける。


腕が、髪が、頬が。


(――普通の火じゃ、ねぇ)


炎の中で、こいつは、立っていた。


倒れもしねぇ。悶えもしねぇ。


顔だけが、こっちを向いていた。


カイトの顔だった。


輪郭も、鼻も、目の形も、何一つ変わっちゃいねぇ。


なのに。


そいつは、笑っていた。


口の端を、きっちり同じ角度で持ち上げた、作り物みてぇな笑みで。


炎の中で、瞬き一つ、しなかった。


オレは、その笑い方を、知っている。


白い部屋で、床が抜けるたびに、最後まで崩れなかった、あの顔だ。


「――テメェ」


声が、掠れた。


「テメェ、なにしやがった」


答えは、無かった。


笑顔が、崩れなかった。


視界が、白く、灼け落ちた。


尻から、落ちた。


石畳。生ゴミと、安酒の匂い。


腕がある。足がある。髪も、焦げちゃいねぇ。


一日目だ。


オレは、しばらく、立ち上がらなかった。



記録に、一行、足しておく。


――ループのことは、誰にも言うな。


理由は、書かねぇ。


書いたら、また、あの顔を思い出す。


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