19日目『捨て駒』
記録しておく。
書きたくねぇ。だが、書く。
書かねぇと、次のオレが、また同じ道を歩くからだ。
――オレたちは、ザガンに勝った。
四人で、だ。てんでばらばらの寄せ集めが、上位魔族を一匹、仕留めた。
あれは、いい戦いだった。今でも、そう思う。
だが、勝ったんじゃねぇ。
使われたんだ。
腕を這わせたのも、円を閉じたのも、あいつの手だ。
だが、そこにスヨンを立たせたのは、オレだ。十歩下がれと言ったのも、オレだ。
そもそも、四人をかき集めて、一箇所に並べたのが、オレだ。
『パーティーのはじまりです』
あの野郎の言ったとおりだった。
料理を並べて、席を用意して、客を待ってたのは。
――オレだよ。
気がついたら、黒かった。
上も下も、前も後ろも、真っ黒だ。
足の裏に、硬いもんの感触はある。石か、金属か。冷てぇ。
音が、無ぇ。風も、匂いも、無ぇ。
だが、気配はした。
近くに、誰かいる。息の音だ。
「……おい」
小声で、呼んだ。
「ひゃい」
「……コハルか」
「ひゃい」
(……この状況で、その返事かよ)
肩の力が、少しだけ抜けた。
「マップ」
薄青い地図が、目の前に開く。
――何も、映らねぇ。
地形も、線も、何ひとつ描かれちゃいねぇ。
その真っ白な上に、赤い点だけが、四つ。
固まって、点滅していた。
(……全員、いる)
オレは、腹に力を入れた。
「――おい! 聞こえる奴は返事しろ!」
「梶さんですか! どこにいますか!」
カイトの声だ。近い。左のほう。
「動くな! その場から一歩も動くんじゃねぇ!」
「先生か!」
「スヨン。テメェもだ、動くな」
「見えねぇんだよ、何も! どうにかなんねぇのか、これ!」
「どうにもならねぇから、動くなっつってんだ」
暗闇ってのは、動いた奴から死ぬ。
そういうもんだ。
「――マーク。いるか」
返事は、無かった。
地図を見る。赤い点は、四つある。
だが、その一つが、じわりと、離れていった。
「マーク!」
「……いるよ」
背中から、声がした。
「うおっ」
「そんな驚かなくても」
「テメェ、いつからそこに」
「ずっといたけど」
(……こいつ)
オレは、息を吐いてから、聞いた。
「テメェ、ある程度は見えてんな」
「え、なんで分かるの」
「勘だ」
「まじ?」
「どの程度だ」
「見えるってか、感じるだけ。……そういうスキルがあんの、盗賊には」
「なら、聞くぞ。この辺に、何か感じるか」
「なーんにも」
マークの声は、いつも通り軽かった。
「俺たち四人以外、なんにもない。……広いのは分かるけど」
(マップと、同じか)
映らねぇ。感じねぇ。
だが、無ぇとは限らねぇ。
「もうちょい、探ってくるわ」
「あんまり離れんな」
「はーい」
足音が、遠ざかっていった。
†================†
「……おい」
「ひゃい……わたし、ですか」
「テメェだ。出番だぞ」
「な、何の……?」
「太鼓を叩け」
「え、なんで」
「音の跳ね返りで、広さが分かんだよ」
「……あ」
コハルの、息を呑む音がした。
「わかりました」
どん。
太鼓が、鳴った。
音が、真っ直ぐ、走っていく。
返ってこねぇ。
――いや。
ずいぶん経ってから、薄く、返ってきた。
壁は、遠い。
天井は、それより、もっと遠い。
(……でけぇな。町が一つ、丸ごと入るぞ)
「もう一回だ」
「…………」
「おい。もう一回、鳴らせ」
「…………」
「どうした」
「……梶ちゃん」
コハルの声が、震えていた。
さっきまでの、おどおどした震え方とは、違う。
「太鼓に……反応が、あります」
「……なんだと」
「わたしの太鼓、その……敵意を持ってるものにしか、効かないんです」
指が、皮を、そっと撫でる音。
「効いてるってことは。……たぶん」
「敵か」
「わかりません。でも、いる」
オレは、口を開いた。
スヨンとカイトに知らせようと、息を吸って――
†================†
右手が、変だった。
重さが、無ぇ。
(……あ?)
左手を、伸ばした。
肘から先が、あるはずの場所を、探る。
無ぇ。
指が、空を掻いた。
肘の少し下で、それは、終わっていた。
左の手のひらに、なま暖かいもんが、どっと溢れる。
ぬるい。粘る。
「……血、か」
言った瞬間に、痛みが、追いついてきた。
「――ぐ、っ」
膝が、折れた。
「梶ちゃん!? どうしました!」
「……テメェ、怪我は」
「え、わたし? 何も……」
「スヨン! カイト! 怪我はねぇか!」
「大丈夫です!」
「無ぇよ! どうした、先生!」
(……なら)
残りは、一人だ。
「マークッ!!」
返事は、無かった。
「マーク! 返事しろ! おい!」
暗闇が、声を、飲み込んだだけだった。
震える左手で、オレは、地図を開いた。
赤い点は、四つある。
一つが、遠い。
ずっと、遠い。
そして、動いていなかった。
「おい! あいつ、大丈夫なんかよ!」
「動くな!!」
オレは、吠えた。
「動くんじゃねぇ、スヨン! ……マークが、やられた」
「なん、だと」
「何かいる。ここに、何かいやがる」
(前は、死んだ時だけだった)
腕なんぞ、持っていかれたことはねぇ。
ルールが、変わってやがる。
オレの体は、あいつらの帳簿だ。
誰かが、何かを、失った。その分だけ、こっちから引かれる。
†================†
明かりが、点いた。
端のほうから、一つ。
少し離れて、また一つ。
青白い火が、順番に、灯っていく。
暗闇が、後ろに下がっていった。
見えた。
スヨンが、剣を構えている。カイトが、杖を握りしめている。
その先。
床は、磨かれた黒い石だった。柱が、何十本も、闇の奥まで並んでいる。
町が入る、なんてもんじゃねぇ。
その、真ん中を。
こっちに向かって、歩いてくる影があった。
「――マーク!」
片腕が、無かった。
肩から先が、丸ごと、無ぇ。
そいつは、へらへらした顔のまま、こっちまで歩いてきて。
「……しくじったみたい」
そのまま、前のめりに、倒れた。
「マークッ!」
スヨンが、駆け寄る。
その頭上で。
一番奥の明かりが、灯った。
†================†
玉座があった。
でかい。大人が十人座れる。
そこに、一人だけ、座っていた。
小せぇ。
今のオレと、同じくらいだ。十かそこらの、少年に見えた。
足が、床に届いちゃいねぇ。ぶらぶらと、揺れている。
その手に。
腕が、一本、握られていた。
革の袖の、見覚えのあるやつだ。
「ヌシらが、勇者か」
高い声だった。
耳に、するりと入ってくる、子供の声だ。
「……子ども?」
コハルが、呟いた。
スヨンが、何か叫んだ。
聞こえなかった。
オレの耳には、一つも、入ってこなかった。
――知っていた。
その顔を。その座り方を。ぶらぶら揺れる、その足を。
オレが勇者だった頃。
たった一人で、剣を振って、剣を振って、剣を振り続けて。
最後に、首の骨を、両断した。
あの、感触。
少年は、名乗った。
その名前を、ここに書く気には、なれねぇ。
――同じだった。
顔も、名前も、一字も違わなかった。
「――ふざけんな」
†================†
スヨンが、走った。
「――やめろ! 止まれ、スヨンッ!!」
届かなかった。
床を蹴る音が、遠ざかる。
玉座の上で、小せぇ手が、持ち上がった。
(――光線だ!)
「横だ! 横に飛べェ!!」
スヨンの体が、右へ跳んだ。
いい反応だった。
前の世界のザガンが撃ったのと、同じ速さ。同じ、真っ直ぐな線。
避けられる。避けられるはずだった。
――曲がった。
真っ直ぐ走っていた白い線が。
途中で、す、と、折れた。
追いかけてきた。
「――が」
膝から下が、消えた。
血が噴くより先に、断面が、焼けていた。
スヨンの巨体が、黒い床に、叩きつけられる。
同時に。
オレの右足も、消えた。
「――ッ、ぁ」
床に、崩れる。
腕が一本。足が一本。
十歳の体は、もう、立ち上がる形をしていなかった。
「梶ちゃん……足、が……」
「……き、気にすんな」
そう言った。
言ってから、自分でも、笑いそうになった。
気にするなも、へったくれもあるか。
†================†
カイトが、動いた。
杖を、両手で掲げる。
穂先に、白いもんが渦を巻いていく。ザガンの腕を撃ち抜いた、あれだ。
「――【雷槍】ッ!!」
白が、玉座までの数十歩を、一息で埋めた。
音が、消えた。
視界が、真っ白になった。
――光が、晴れた。
少年は、そこにいた。
足を、ぶらぶらさせたまま。
服の一枚も、焦げちゃいなかった。
避けてもいねぇ。防いでもいねぇ。
当たって、何も、起きなかった。
「…………」
カイトの杖が、下がった。
「コハル! 太鼓だ! 叩け!」
どん、と、鳴った。
少年の足が、変わらず、ぶらぶら揺れている。
一拍も、乱れなかった。
(……効いてねぇ)
物理が、通らねぇ。
魔法も、通らねぇ。
太鼓も、通らねぇ。
オレの読みも、オレの指示も、この場所じゃ、一文字も意味を持たなかった。
(――何だよ、これは)
少年が、玉座から、ぴょんと降りた。
床に、ぺたりと、裸足がついた。
「つまらぬ」
握っていたマークの腕を、無造作に、放り捨てる。
黒い床を、それが、転がった。
「せっかく、ザガンが集めたというのに」
そして、片手を、上げた。
さっきと、同じ形。
だが、今度は、一本じゃなかった。
数えるのを、やめた。
白い線が、頭上に、林みてぇに並んだ。
「――逃げろ!!」
(どこに)
「散れ!!」
(どこへ)
(――誰か一人でも、生き残れ)
(一人でいい、一人でいいから)
線が、落ちた。
一斉に。
そして、途中で、全部、折れ曲がった。
……ここから先を、オレは、書けねぇ。
見ちゃいるんだ。全部、見た。
一人ずつ、目の前で、消えた。
叫んだ気もするし、叫べなかった気もする。
覚えてるのは、最後に残った音だ。
太鼓の音だった。
一発だけ、どん、と鳴って。
それきり、鳴らなかった。




