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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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18日目『持ち場』

冷や汗ってのは、思ったより、あったけぇ。


背中を、つっと一本、伝っていった。


(……久しぶりだな、これ)


オレが自分で戦ってた頃は、こんなもんはかかなかった。


理由は単純だ。責任が、全部、自分にあったからだ。


読み違えりゃ、オレが死ぬ。判断を誤りゃ、オレが痛ぇ思いをする。


それだけの話なら、腹はくくれる。


だが、今日は違う。


オレが読み違えたら、死ぬのは、そこに立ってるガキ共だ。


前の現場は、一人だった。


一人を守ってりゃ、よかった。


今度は、四人。


それも、まだパーティーとも呼べねぇ、寄せ集めだ。


冷や汗が、顎まで落ちた。


オレは、それを手の甲で拭って――少しだけ、笑った。


「……上等だ」


「散れ!」


オレは、吠えた。


「固まるな! 一箇所に集まったら、まとめて刈られるぞ!」


「あ? 囲むんじゃねぇのか!」


「まとまりがねぇんだ! 今日は、まとまろうとするな!」


四人が、ばらばらに、走った。


それでいい。


連携ってのは、練習した奴だけがやれる贅沢品だ。持ってねぇ物を、実戦で出そうとするな。


「スヨン! テメェが軸だ! 正面から離れるな!」


「おうよ!」


「カイト! スヨンの後ろ! あいつが崩れたら、そこを埋めろ!」


「はい!」


――で。


視界の隅で、影が、す、と薄くなりかけた。


「マークゥ」


オレは、そっちを、見た。


「……あ、はい」


影が、戻る。


「消えんのは構わねぇ。消えて、どこに出るかを、オレが決める」


「えー」


「不意打ちだ。合図はしねぇ。テメェが、一番いいと思った時でいい」


マークの、フードの奥が、動いた。


「……へぇ」


そいつは、初めて、こっちに目を据えた。


「梶さん、そういうの言うんだ」


「一番上手ぇ奴に、一番難しい仕事をやらせるだけだ」


「はいはい」


軽ぇ返事と一緒に、輪郭が、すっと溶けた。


消えた、んじゃねぇ。そこに、いる。


気配だけが、綺麗に、抜き取られてやがる。


(……盗賊のスキルか。厄介なもん持ってんな)


さて。


問題は、こっちだ。


「コハル」


柵の陰で、そいつは、耳を塞いでいた。


戦場を、見ようとしねぇ。目を、閉じてやがる。


「見なくていい」


「……え」


「見るな。ずっと目ェつぶってろ」


コハルの肩が、ぴくりと動いた。


「その代わり、耳だけ開けとけ。オレが『今だ』って言ったら、太鼓を叩け」


「……それ、だけ?」


「それだけだ。一発でいい」


「……はい」


震えた指が、腰の太鼓に、かかった。


――もう、油断はしねぇ。


――判断も、間違えねぇ。


オレは、ザガンを、睨んだ。



そいつは、まだ、動いていなかった。


焼け落ちた柵を背に、手を後ろで組んで、こっちを眺めている。


――変わった。


輪郭が、揺れた。


肩の線が、盛り上がる。ローブの下で、腕が、ずるりと長くなった。


指が、増えたわけじゃねぇ。伸びたんだ。


関節の数が、人間のそれじゃなくなっていく。


「……来る」


根拠は、ねぇ。


ただ、首の後ろが、逆立った。


「スヨン! 下がれ!」


「あァ!? 今から行くとこ――」


「十歩だ!」


オレは、叫んだ。


「八歩でも、十二歩でもねぇ! 十歩、下がれ!」


「――ちっ!」


スヨンが、地面を蹴って、跳び退がった。


一、二、三。


石畳を、踏む音。


(そうだ、そこだ)


理屈はある。


あの腕は、伸びきる寸前が、一番速ぇ。近すぎりゃ、伸びる前に届く。


十歩あれば、伸びるのが見える。見えりゃ、避けられる。


(――そんで、もし光線なら)


前の世界のザガンは、手から真っ直ぐな光を撃った。


あれは、速ぇ。だが、直線だ。


十歩下がってりゃ、肩の動きが見える。見えりゃ、横に飛べる。


どっちが来ても、間に合う。


それが、オレの出せる、最善だった。


「――失礼」


ザガンの腕が、鞭みてぇに、しなった。


来た。


黒い線が、空気を裂いて、十歩を、一息で埋める。


「――っ!」


スヨンの上体が、右に流れた。


鼻先を、腕が、通り過ぎる。


石畳を、削る音。火花。


(かわした――!)


ザガンが、笑った。


歯を、見せて。


(……あ)


背筋が、凍った。


一本目は、囮だ。


そいつの、反対の肩が、もう、動いていた。


「スヨン、まだ来る!」


「――間に合わ、ねぇ!」


避けた直後だ。


足が、まだ、地面を掴んじゃいねぇ。


二本目が、その脇腹めがけて、伸びる。


一瞬で、九日目の谷が、頭に浮かんだ。


赤い花が、背中から咲く、あの光景が。


「――コハル、今だァ!!」


どん。


太鼓が、鳴った。


たった、一発。


空気が、腹の底で、震える。


ザガンの、伸びきりかけた腕が。


ほんの、わずか。


遅れた。


それは、指一本ぶんの遅れだった。


だが、指一本ぶんあれば、人間は、体をねじれる。


「――うぉおおッ!」


スヨンの体が、無理やり、横に転がった。


黒い腕が、さっきまでそこにあった空気を、貫く。


石畳に、ずぶり、と突き刺さった。


「……ほう」


ザガンが、初めて、眉を動かした。


「今のは、どなたが」


「――カイトォ!!」


オレは、叫んだ。


「もう終わってます」


低い声が、後ろから、答えた。


振り返る。


カイトは、両手で杖を掲げていた。


穂先に、白いもんが、渦を巻いて、渦を巻いて、渦を巻いている。


魔力が、練り上げられた塊が、そこにあった。


「……テメェ、いつから」


「最初からです」


そいつは、まっすぐ前を見たまま、言った。


「一番でかいのを、一発だけ。……そういう場面が来ると思ったので」


息を、吸う。


「――【雷槍】ッ!!」


音が、消えた。


白が、視界を、真っ二つに割った。



――防がれた。


ザガンの左腕が、伸びて、広がって、平たい板に変わっていた。


盾だ。肉で作った、盾。


白い光が、そいつを叩いて、四方に散る。


焦げた匂いと、肉の焼ける音。


だが。


「……上等」


オレは、拳を握った。


板になった腕の、真ん中。


そこが、ごっそり、抜けていた。


「――は、はははは!」


ザガンが、笑った。


穴の開いた腕を、掲げて。


「素晴らしい。実に、素晴らしい」


穴の縁が、ぐずぐずと動いて、埋まっていく。


数を数える間もねぇ。腕は、元の形に戻った。


「もう一度」


そいつは、両手を広げた。


「もう一度、見せてくださ――」


言葉が、途中で、切れた。


「……あ?」


ザガンの、胸元。


そこから、ぷつり、と、赤いもんが噴いた。


「――よっ」


背中から、輪郭が、にじみ出た。


マークだ。


片手を、ザガンの胸に、肘まで突っ込んでいる。


そのまま、ずるり、と引き抜いた。


どす黒い塊が、そいつの手の中で、どく、どく、と脈打っていた。


「うわ。魔族の心臓って、こんなんなんだ」


マークは、それを、目の高さまで持ち上げた。


「気持ちわる。触りたくないんだけど、これ」


「――マーク! 投げろ!」


「はいはい。スヨーン」


軽い放物線を描いて、赤黒い塊が、飛んだ。


「――おうよ!」


剣の腹が、真上から、それを叩いた。


ぐしゃ、と。


潰れた音が、焼け跡に響いた。


ザガンの膝が、折れた。


石畳に、片手をつく。


黒い血が、指の間から、だらだらと流れ落ちていく。


「……ふふ」


そいつは、うつむいたまま、笑っていた。


負け惜しみじゃねぇ。


心の底から、嬉しそうな、笑い方だった。


「さぁ……」


顔が、上がる。


「パーティーの、はじまりです」


輪郭が、崩れた。


砂みてぇに、風に、持っていかれる。


数秒で、そこには、何も残らなかった。



†================†



「……はっ、はっ……」


スヨンが、膝に手をついた。


「勝った、のか?」


「……勝ったんじゃねぇのか」


オレは、答えながら、口の中が乾いていくのを感じていた。


(――なんで、笑ってやがった)


心臓を潰されて。塵になって。


それでも、あいつは、最後まで、機嫌がよかった。


「梶さん」


カイトが、杖を下ろして、こっちを見た。


「あの人、地面に――」


「あ?」


オレは、足元を、見た。


黒い筋が、あった。


ザガンの腕が、二度、石畳を削っていった、あの跡だ。


一本目は、スヨンが避けた時。


二本目は、太鼓で遅れて、突き刺さった時。


その二本が。


繋がっていた。


「…………」


オレは、顔を上げた。


焼け跡の、通り一本ぶん。


黒い血の線が、円を描いていた。


その内側に、こまけぇ文字と、線と、印が、びっしり並んでいる。


一本や二本の腕で、描けるもんじゃねぇ。


最初の一撃から。あいつが柵の前に立った、その時から。


「……嘘だろ」


オレが、十歩下がらせた。


オレが、あの角度で避けさせた。


腕が地面を這ったのは、外したからじゃねぇ。


(――描かせたのか、オレが)


円が、光った。


血が、内側から、じわりと赤く灯っていく。


「――罠だ! 離れろ!!」


オレは、叫んだ。


「あの野郎、自分ごと、捨て駒にしやがった!」


十七日目の記録は、ここで一度、切る。


ザガンは、確かに死んだ。


オレが、この目で見た。塵になるまで、見届けた。


なのに、この日の記録は、まだ、終わらねぇ。


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