17日目『棚卸し』
サッカーってのは、よくできた競技だ。
十一人が、それぞれ、違う仕事を持ってる。
点を取る奴。組み立てる奴。走って引っ掻き回す奴。後ろで踏ん張る奴。
全員が同じ方を向いて、同じことをやったら、あれは、ただの草むしりになる。
――で、うちの四人だ。
全員がストライカーなら、まだいい。それはそれで、一つの戦い方だ。
だが、こいつらは違う。
自分がどこに立ってるのかも、分かっちゃいねぇ。
(……まずは、ルールの説明からだな)
「いいか。ボールを蹴る競技を、想像しろ」
村はずれの、朝の広場。
オレは、四人を並べて、地面に枝で線を引いた。
「相手のゴールに、ボールを入れりゃ勝ちだ。手は使えねぇ」
「サッカーだろ」
スヨンが、あくびをしながら言った。
「知ってんのか」
「そりゃな」
「僕も知ってます」
カイトが、うなずく。
「じゃあ、話が早ぇ」
「あの」
コハルが、おずおずと手を挙げた。
「サッカー、って……なんですか」
「ボールを蹴る競技だ」
「手は、使わないんですか」
「使わねぇ」
「……どうして?」
「そういうルールだからだ!」
「ひぃっ、すみません!」
(……そうか。こっちの世界にゃ、無ぇのか)
オレは、こめかみを揉んだ。
まあ、いい。要は、役割の話だ。
「スヨン。テメェは、一番前だ」
「おう」
「敵を全部、テメェに向けさせろ。受けて、押し返せ。テメェは、それが一番上手ぇ」
「めんどくせぇが、まあ、やる」
「カイト。テメェは、後ろから、全部を見ろ」
「はい」
「誰が崩れてるか、どこが空いてるか。気づいたら、そこに投げ込め。テメェの頭は、そのためにある」
「……わかりました」
こいつだけは、まっすぐこっちを見て、うなずいた。
「コハル」
「……はい」
返事が、半拍、遅れた。
「テメェは、ピッチの外だ」
「……はい」
「客席で、声を出す役だ。……笑うなよ。あれは、本当に効く」
オレは、地面の線の外側を、枝で叩いた。
「後半の三十分でな、走れなくなった足が、もう一本動く。あの声が、あるかねぇかで、走る距離が変わるんだ」
「……はい」
コハルは、うなずいた。
きれいな、うなずき方だった。
角度も、間も、ちょうどいい。
(……聞いてねぇな、こいつ)
目が、ずっと、自分の靴の先にあった。
オレの言葉は、耳の穴の手前で、全部、落ちてやがる。
(……後だな)
今、突っついても、縮こまるだけだ。
「んで、マークは、横だ。走り回って、敵の向きを変え――」
そこで、口が、止まった。
枝の先が、地面で、止まる。
「…………」
オレは、右から順に、数え直した。
戦士。魔法使い。吟遊詩人。
「――三人しかいねぇじゃねぇか!」
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「マップ」
薄青い地図が、開いた。
赤い点は、四つ。
三つは、目の前だ。
残る一つは――村の、反対側の端。
「井戸だ」
オレは、走った。
いた。
井戸端の石垣に腰かけて、村の女房連中に囲まれて、けらけら笑ってやがる。
何か喋ってる。婆さんが、手を叩いて笑った。
オレの耳には、その中身は、一言も入ってこねぇ。
(……こういう時だ、本当に腹が立つのは)
「マークゥ!!」
「あ、梶さん」
そいつは、振り返りもせずに、片手を上げた。
「テメェ、なに油売ってやがる! 今、大事な話を――」
「聞いてたよ? 前と後ろと横でしょ」
「聞いてねぇだろうが! ここにいねぇんだから!」
「耳はいいの、俺」
「村の端まで届くか、そんなもん!」
マークは、石垣から、ぴょんと降りた。
それから、こっちを、覗き込んだ。
「ねぇ梶さん。こんなことしてて、いいのかなー」
「……あ?」
「二つ向こうの宿場町。今、襲われてるよ」
オレの背中が、すっと冷えた。
「……なんだと」
「ゴブリン。数、けっこう多い」
「なんで、テメェがそれを知ってやがる」
「さーて」
そいつは、フードの中で、にっと笑った。
「なんででしょう?」
「――テメェ」
オレは、詰め寄った。
「ふざけてんのか。人が死ぬかもしれねぇんだぞ」
「怒らないでよー。ちゃんと言ったじゃん」
「言い方の話をしてんだよ!」
「梶さん」
横から、カイトが、止めに入った。
「今は、先に行ったほうが」
「――分かってる! 分かってんだよ!」
「おい」
低い声が、割り込んだ。
スヨンだ。
でかい手が、マークのフードを、上から鷲掴みにした。
「痛い痛い痛い」
「いい加減にしろ」
「なにー?」
「先生が、聞いてんだ。答えろ」
(……先生、って言ったな、こいつ)
オレは、口を挟むタイミングを、失った。
マークは、しばらく、掴まれたまま黙って。
それから、へらっと笑った。
「……はいはい。行きゃいいんでしょ、行きゃ」
「案内しろ」
「するする。こっちー」
掴まれてた頭が、するりと抜ける。
(……逃げんのも上手ぇな、こいつ)
†================†
煙が、先に見えた。
丘を越える前から、黒いのが、二本、三本と上がっている。
風向きが変わると、焦げた匂いと、悲鳴が、まとめて届いた。
宿場町だ。
街道沿いの、細長い町。柵は、もう半分、倒れてやがる。
「――多いな」
オレは、坂の上で、足を止めた。
数えるのを、途中でやめた。
路地に、屋根の上に、井戸の周りに。緑の背中が、うじゃうじゃ動いている。
(……なんで、こんな数が出る)
ゴブリンってのは、群れる。それは知ってる。
だが、こいつは、群れの数じゃねぇ。
どっかから、湧いて、流れ込んできた数だ。
背中を、嫌なもんが、なぞっていった。
「いいか、聞け」
オレは、四人に向き直った。
「一匹残らず殺せ、じゃねぇ。町の連中を、逃がせ」
「あ?」
「討伐じゃねぇ。避難だ。倒すのは、その邪魔をする分だけでいい」
「めんどくせぇ」
「スヨン。テメェが、一番でけぇ声で暴れろ。目を、全部こっちに集めろ」
「……そういうことか」
「カイト。逃げ道を作れ。塞がってる路地を、片っ端から開けろ」
「はい」
「マーク。町の裏を回って、逃げ遅れを拾え。戦うな、拾って走れ」
「はいはーい」
「コハルは――」
言いかけて、オレは、そいつを見た。
柵の陰で、外套を握りしめて、真っ白な顔をしている。
足が、地面に、縫い付けられてやがる。
「……オレのそばにいろ」
「……ごめん、なさい」
「謝るな。動くな。それが今日のテメェの仕事だ」
――で。
そこから先は、正直、あっという間だった。
スヨンが、大通りのど真ん中で吠えた。それだけで、半分が、そっちを向いた。
カイトの火が、燃えてる荷車を吹き飛ばして、道を一本、こじ開けた。
マークは、屋根の上を走っていた。
時々、下に降りて、動けねぇ婆さんを担いで、また走った。
(……上等だ)
腕は、揃ってる。個々で見りゃ、どいつも文句なしだ。
――問題は、こいつらが、それを一人ずつやってるってことだけだ。
最後の一匹が、路地の奥で潰れて。
町の連中が、丘の向こうへ抜けたのを確かめて。
オレは、息を吐いた。
その、時だった。
地面が、揺れた。
「…………」
どすん、と、もう一度。
崩れた柵の向こうから、鉄の冠が、覗いた。
一回り、いや、二回りでかい図体。鉈みてぇな剣。
――ゴブリンキングだ。
「……やっぱりか」
オレは、あごを撫でた。
北の谷で見たのと、同じ顔だ。
数が湧く。上から、でかいのが出る。
筋書きが、まるで同じだ。
「四人でやれ! さっきの通りだ!」
「おうよ!」
今度は、一人じゃなかった。
スヨンが、正面から剣を受けて、鍔迫り合いに持ち込む。
「――カイト!」
「【風縛】!」
足元が、渦を巻く。押し返された巨体が、片膝をついた。
「はいはい、こっち見てー」
背後から、マークのナイフが、腱を浅く裂いた。
キングが、そっちを向く。
向いた、その顎の下に。
「――【雷槍】」
白い光が、突き抜けた。
どう、と、地面が鳴る。
鉄の冠が、転がった。
「……はっ。楽勝だな」
剣を担いだスヨンが、こっちを見て笑った。
オレは、笑い返さなかった。
北の谷で、あの後に何が出たか。
オレは、知ってる。
――で。
崩れた柵の、その奥。
煙の中から。
散歩みてぇな足取りで、影が、歩いてきた。
恭しく、頭が下がる。
「はじめまして、勇者」
柔らかい、礼儀正しい声だった。
「私は、魔王配下、ザガンと申します。以後、お見知りおきを」
十七日目の記録は、ここまでだ。
やっぱり、出やがった。




