16日目『口の中』
初めは、一人だった。
東の国に、魔法使いが一人。それがオレの担当で、それで全部のはずだった。
蓋を開けりゃ、北に戦士。南に吟遊詩人。
そんで今、目の前の木陰で、四人目が、ナイフを回してやがる。
「……勇者の、バーゲンセールかよ」
「バーゲン? なにそれ」
「安売りだ」
「うわ、ひど」
そいつは、けらけら笑った。
「まぁでも、否定はしないかなー。俺、そんな強くないし」
「……名乗れ」
「マークでーす。西の国、レーグから来ました。職業は盗賊。よろしくねー」
ぺこり、と、頭が下がる。
軽ぇ。軽すぎる。
「オレは勇者育成課の梶だ。今日からテメェの教育係やる」
「うん」
「オレの姿も声も、勇者にしか届かねぇ。手出しは一切できねぇ。できんのは口だけだ。以上」
「へー」
そいつは、フードの下から、じろじろとオレを眺めた。
「じゃあ梶さんって、幽霊じゃん」
「ちげぇよ」
「あ、でも触れないんでしょ? 幽霊じゃん」
「幽霊は勇者育成課に所属してねぇんだよ」
「まじ? 就職してるんだ、幽霊」
「話を聞け!」
(……こいつ)
オレは、あごを撫でた。
喋る。よく喋る。愛想もいい。
なのに、フードの奥の目が、一度も、こっちに据わらねぇ。
笑いながら、ずっと、値札を読んでるみてぇな目だ。
(……腹が、見えねぇな)
「じゃ、順番に自己紹介いこっか」
マークが、手を叩いた。
「はい、コハルちゃんから」
「え、えっ、あ、あの、南の国の、コハルです、吟遊詩人で、その」
「はいオッケー。次スヨン」
「めんどくせぇ」
「はい終わり。次カイトくん」
「東の国、ルーチェのカイトです。魔法使いをしています。よろしくお願いします」
「ちゃんとしてんなー」
「待て」
オレは、割って入った。
「今のどこが自己紹介だ。スヨン、テメェ一言しか言ってねぇだろうが」
「言ったろ。めんどくせぇ、って」
「それは感想だ!」
「えー、俺は伝わったけどなー」
「テメェは黙ってろ!」
「ひぃっ、大きい声……!」
「テメェは謝るな! まだ何も言ってねぇ!」
「すみません!」
オレは、頭を抱えた。
(……おいおい)
戦士は喋らねぇ。盗賊はふざける。吟遊詩人は縮こまる。
まともなのが、一人しかいねぇ。
(こんなのに、オレは命を張んのか)
息を、一つ吐いた。
聞かなきゃならねぇことが、ある。
「一つ、聞くぞ。……勇者は、これで最後か」
三人が、顔を見合わせた。
「僕は、他に会ったことがないので……」
「知らねぇ」
「わ、わたしも……」
「そうだよ」
マークだけが、即答した。
ナイフを回す手も、止めずに。
「四人。それで全部。増えないよ」
「……根拠は」
「んー、根拠っていうか」
そいつは、指を四本、立てた。
「国が四つしかないから」
「あ?」
「東のルーチェ、北のオーガス、南のアニマ、西のレーグ。で、国ごとに勇者は一人」
指を、一本ずつ、折っていく。
「魔法とスキルってさ、勇者しか使えないじゃん」
「――は?」
「生活魔法は誰でも使えるよ。火ぃ点けるとか、水出すとか。でも、戦うやつは無理」
「……待て」
オレは、カイトを見た。
「テメェ、独学だっつったよな。図書館で、本を片っ端から読んだって」
「はい」
「本は、あったのか」
「……ありました。たくさん」
カイトの目が、少し、丸くなる。
「そういえば、僕以外に、借りてる人を見たことがなかったです」
「そりゃそーっしょ」
マークが、鼻を鳴らした。
「読めても、撃てないもん。だから、どこの国も、勇者を囲い込むわけ」
「囲い込む」
「うちが一人、あっちも一人。手を出したら、こっちも出す。……そういう均衡ってやつ?」
オレは、口の中で、舌打ちをした。
(……なるほどな)
四つの国が、一人ずつ、抱えてる。
だから、女神は、四人まとめてオレに押し付けた。
一人でも欠けりゃ、その均衡が、崩れる。
(――で、オレの腹に、穴が開くってわけか)
「あ、そうそう」
マークが、思い出したみてぇに、顔を上げた。
「歌、もらったっしょ? 王様から」
「あー」
カイトが、うなずいた。
「歌?」
「はい。出発の前に、謁見の間で。……古い祈りの歌だそうです」
「わ、わたしも!」
コハルが、はじめて、身を乗り出した。
「もらいました! 短い、一節だけの……あれ、変わってて」
「なんて歌だ」
「ええと、確か……『息吹を纏い』って」
「僕のは『光を束ね』でした」
「……途中で切れてんな、それ」
「そうなんです!」
コハルの目が、ぱっと開いた。
「続きが、無いんです。おかしいですよね、歌なのに」
「テメェのは、マーク」
「え? 覚えてないなー。紙もらったけど、どっか行った」
「……テメェ、情報屋じゃねぇのかよ」
「情報だよ? 歌詞は情報じゃないっしょ」
「スヨン」
「あ?」
「テメェは」
「知らねぇ」
「もらってねぇのか」
「……もらったかもな。覚えてねぇ」
オレは、天を仰いだ。
(……歌ねぇ)
王様ってのは、どこの世界でも、ヒマらしい。
祈りだの、祝詞だの、そういうもんに割く手間があるなら、勇者に飯でも食わせてやれ。
(……まあ、後回しだ)
今は、目の前に、片付けなきゃならねぇもんがある。
「スヨン」
オレは、あぐらをかいたままの大男の前に、立った。
「テメェ、なんで宿を抜けた」
「……散歩だ」
「北から南へか。ずいぶん歩くな」
「…………」
「言え」
そいつは、しばらく、地面を睨んでいた。
「……酒場でよ。聞いたんだ」
「何を」
「南に、厄介なのが出るって。……村が、やられるかもしれねぇって」
「誰から聞いた」
「知らねぇ。……男だ。隣に座ってた」
「顔は」
「覚えてねぇよ。酔ってたんだ」
「あー」
横から、マークが、手を挙げた。
「それ、俺かも」
オレの首が、勢いよく、そっちを向いた。
「あ?」
「南に厄介なのが出るって話、俺が流したやつ。何日か前」
「テメェ、なんでそんなもん流した」
「え、だって面白い話じゃん」
(――こいつ)
オレは、拳を握った。
「面白い、だと? そのせいで、こいつは一人で南に下ったんだぞ」
「えー、それは俺のせいじゃなくない?」
マークは、悪びれもしなかった。
「俺は、聞いた話を、そのまま言っただけだし」
「誰から聞いた」
「んー……街のおっさん? 荷揚げ場にいた誰か。名前とか聞かないもん、そんなん」
「――ちっ」
そこで、行き止まりだ。
荷揚げ場のおっさんを、オレは、捕まえられねぇ。
声も届かねぇ。顔も見えねぇ。
オレに届くのは、いつだって、誰かが誰かから聞いた話の、そのまた又聞きだけだ。
「スヨン。なんで、オレに言わなかった」
「…………」
「頼れっつっただろうが。あの晩、テメェは何を聞いてたんだ」
「…………」
「一言でよかったんだよ。『南に行く』って、それだけで」
「――うるせぇな!」
そいつが、顔を上げた。
耳が、赤い。
「村がやられるって話だぞ! 悠長に相談してる場合か!」
「相談してから行きゃ、四日も探さずに済んだんだよ!」
「あの」
一拍、あった。
それから、カイトが、静かに口を開いた。
「……結果だけ見れば、スヨンさんが動いたから、僕たちはマークさんに会えたんじゃないですか」
「あ?」
「四人目です。梶さんが、ずっと探していた」
「…………」
「それに、村は、無事でした」
オレは、口を開いて――閉じた。
(……ちくしょう)
正論だ。
腹は立つが、正論だ。
「……ちっ。今回だけだぞ」
「めんどくせぇ……」
「聞こえてんだよ!」
(――マークは、後で締める)
オレは、腹の中に、それだけ書き留めておいた。
†================†
翌朝。
村の連中が、畑を荒らす猪型が出ると言うんで、四人まとめて叩き込んだ。
腕を見るには、ちょうどいい。
「一発でカタをつけようとすんな。今日は、テメェらの棚卸しだ」
「棚卸し?」
「持ち物を数えんだよ。何ができて、何ができねぇか」
麦畑の外れ。土の匂いと、獣の臭ぇのが混ざる。
黒い塊が、四つ。牙が、腕くらいある。
――で、結果だ。
スヨンは、問題ねぇ。
真正面から受けて、力で押し返して、割る。
一度だけ、後ろを振り返らずに、こう言った。
「――カイト。右」
「はい」
(……お)
「そっち」から、名前になった。
半歩だ。だが、半歩は、半歩だ。
カイトも、問題ねぇ。
後ろから、崩す、止める、抜く。無駄がねぇ。
問題は、残りの二人だった。
まず、マーク。
こいつは――上手ぇ。
一番、上手ぇ。
斬り合わねぇ。まず、逃げる。
逃げながら、猪の鼻先に石を投げて、進む向きを変える。
畑の畝を使って、足を取らせる。
気づいたら、三匹が、スヨンの正面に、綺麗に並んでいた。
「はい、まとめといたよー」
「……テメェ」
「え、なに」
「盗賊ってのは、そういう仕事か」
「そりゃそーでしょ」
そいつは、けらけら笑った。
「正面から殴るのは、そっちの人らの仕事じゃん」
(……分かってやがる)
自分に何ができて、何ができねぇか。
それを一番よく分かってるのが、この、一番軽ぇ男だった。
そんで――コハル。
こいつは、畝の陰から、一歩も出なかった。
「あ、あの、わたし」
「歌え。バフだろ、テメェの仕事は」
「……っ」
喉が、上下した。
一度。二度。
音は、出なかった。
代わりに、腰から小せぇ太鼓を外して、思いっきり、叩いた。
どん、と、地面が鳴る。
猪の足が、わずかに、鈍った。
「……できるじゃねぇか」
「……これだけ、です」
コハルは、うつむいた。
「歌えないと、力を上げるほうは、できなくて」
オレは、地面を鳴らし続けるそいつの背中を、見ていた。
デバフはある。だが、オマケだ。
本命のバフが、まるごと、抜けてやがる。
(……こいつが、一番、重いな)
猪の死骸を前に、オレは、四人を並べた。
「よし。今日から、四人で動く」
「えー」
「めんどくせぇ」
「あ、あの、わたしが、いても」
「うるせぇ」
オレは、指を四本、立てた。
「四人揃わねぇと、話にならねぇ。そういう仕組みらしいからな」
四人が、ばらばらに、返事をした。
揃ってねぇ。一つも、揃ってねぇ。
だが、並んじゃいる。
今日は、それで、いい。
十六日目の記録は、ここまでだ。
棚卸しの結果を、書いとく。
戦士、良し。魔法使い、良し。盗賊、上等。
吟遊詩人――保留。
バーゲンセールだと思ってたが、訂正する。
在庫は、四つきりだ。
一つ欠けたら、店ごと、畳むことになる。




