15日目『三人目』
苛立ってた。
自覚は、あった。
昨日の夜、地図の西の端に、ちかりと灯ったもんがある。
数えたくもねぇもんを、指で数えちまった後だ。
機嫌がいいわけがねぇ。
だが、今朝にはもう、その赤は、霧の向こうに沈んでいた。
追おうにも、海の向こうだ。船がいる。金もいる。
――だから、まずは、あのバカを見つけることだ。
順番を間違えると、ロクなことにならねぇ。これは、経験だ。
「北へ戻る。二人とも、ついてこい」
「はい」
「……え、あの、わたしも、ですか?」
コハルが、外套の裾を握って、目を泳がせた。
「当たり前だろうが。テメェも勇者だ」
「で、でも、わたし、戦えなくて」
「知ってる」
「あの、足手まといに」
「うるせぇ! ついてこい!」
「ひゃいっ」
……調子が狂う。
前の担当も気弱なガキだったが、あいつは、少なくとも返事が「はい」だった。
こいつは「ひゃい」だ。
†================†
三人で、街道を北に戻った。
馬は二頭しかねぇ。コハルとカイトが乗って、オレはその横を走った。
二人乗りで馬を潰すよりゃ、このほうが早ぇ。
オレの体は、飯も食わねぇし、水もいらねぇ。疲れは、する。だが、死にはしねぇ。
こういう時だけは、便利な体だ。
「あ、あの」
半日ほど進んだ頃。
馬の上から、コハルが、おずおずと口を開いた。
「スヨンさん、って……勇者、なんですよね」
「そうだな」
「話を聞く感じ……その」
言いにくそうに、指をこすり合わせる。
「そんな、協調性がない人……探さなくても」
「あ?」
オレは、振り返った。
「ご、ごめんなさい!」
「――は?」
コハルは、びくりと肩を跳ねさせて、勢いよく目を逸らした。
顔を、伏せる。
「すみません、すみません、余計なことを」
「……おい」
「本当に、すみません」
(……なんも言ってねぇだろうが、オレは)
睨んだつもりも、怒鳴ったつもりもねぇ。
ただ、振り返っただけだ。
それだけで、こいつは、こうなる。
オレは、天を仰いだ。
(……掘るなら、順番が要る。今じゃねぇ)
長ぇ息を、吐き出した。
「……そういうわけにも、いかねぇんだ」
「え?」
「あいつは、面倒くせぇ。口も悪ぃ。人の話も聞かねぇ」
オレは、前を向いた。
「だがな。あいつがいなくなると、困る」
「……どうして、ですか」
「うるせぇ。困るもんは、困るんだよ」
(お前が死ぬと、全部、巻き戻るからだ)
そんなもん、言えるわけがねぇ。
「そうですか……」
コハルは、それきり、うつむいた。
――と。
「コハルさん」
隣の馬から、カイトが、穏やかに言った。
「大丈夫ですよ。スヨンさんは、そんなに悪い人じゃないです」
「そ、そうなんですか?」
「はい。この前も、僕と決闘して、負けを認めてくれましたし」
「……決闘」
コハルの顔が、また、白くなった。
「あ、あの、それって、その……血が」
「ええ、まあ、少しは」
「ひっ」
(――おい)
オレは、額を押さえた。
(フォローになってねぇんだよ、そのフォローは)
「あ」
カイトが、自分でも気づいたらしい。
「……すみません。今のは、その」
「い、いえ! わたしが、勝手に、怖がっただけで」
「僕の言い方が、良くなかったです」
「そんなこと!」
……謝り合いが、始まった。
どっちも、いい奴すぎる。いい奴すぎて、話が一ミリも進まねぇ。
「――お前ら、黙って歩け!」
「「すみません!」」
(……なんだこのパーティは)
暴れ牛が抜けた途端、これだ。
それでも、道中は、悪くなかった。
コハルは、無口ってわけじゃねぇ。
慣れてくると、ぽつぽつ喋る。
南の国の話。祭りの話。旅の途中で聞いた、街の噂話。
その、どれもが、やたら細けぇ。
「……歌にする時、細かいところが、大事なので」
そう言って、少しだけ、笑った。
背中の楽器には、一度も、手をかけなかった。
†================†
日が、傾きかけた頃。
「――マップ」
開いた地図の、少し先に。
赤い点が、灯った。
「……いやがった」
胸の奥が、どんと、鳴った。
弱くねぇ。しっかりした明滅だ。動いてる。
生きてる。
「近いんですか?」
カイトが、身を乗り出す。
「もう少しだ! 飛ばすぞ!」
「はい!」
「ひ、ひゃい!」
馬の腹を蹴る音。
蹄が、乾いた街道を、叩き始めた。
オレも、並んで走る。
このガキの足でついていくのは、正直、しんどい。
だが、止まる気は、なかった。
(――今度こそ、逃がさねぇ)
(首根っこ掴んで、引きずって、耳の穴に指突っ込んで説教してやる)
――と。
その時だった。
視界の隅で、地図が、ちらついた。
「……あ?」
赤い点が。
二つに、見えた。
「――は?」
ぴたりと、重なった二つが。
ほんの一瞬、離れて。
そして、また、一つに戻った。
「どうしました、梶さん?」
「…………」
オレは、地図を、指でこすった。
赤い点は、一つだ。
さっきと同じ場所で、じりじりと、点滅している。
二つなんぞ、どこにもねぇ。
西の端は、朝から霧のままだ。あそこの赤は、動きようがねぇ。
「……いや」
オレは、頭を振った。
「気のせいだ」
走りっぱなしで、目が、疲れてやがる。
そういうこともあるだろ。
(……そういうこと、あるよな?)
「――行くぞ! もうすぐだ!」
†================†
丘を、越えた。
その先に、集落があった。
十軒あるかないかの、小せぇ村だ。
畑と、井戸と、木の柵。干し草の匂いがする。
その、村はずれの木陰に。
――いた。
赤茶けた髪。剥き出しの腕。地べたに、あぐらをかいて座ってやがる。
生きてる。傷も、ねぇ。
「――スヨン! このクソ野郎ォ!」
オレは、走った。
そいつが、こっちに気づいて、顔を上げた。
「げっ」
「げっ、じゃねぇ! テメェ、どんだけ探させりゃ気が済むんだ、ああ!?」
「うるせぇな、めんどくせぇ……」
「めんどくせぇのは、テメェの捜索だ!」
――で。
そこで、気づいた。
そいつの、隣に。
もう一人、座っていた。
細っこい体格の、男だ。歳は、スヨンと同じくらいか。
軽そうな革の装備に、フードを目深にかぶってる。
膝の上で、小せぇナイフを、くるくると回していた。
そいつは、オレを見て。
――こっちを、見て。
にっ、と笑った。
「うわ、まじで見えるんだ。スヨンの言ってたやつじゃん」
「――」
オレの足が、止まった。
(……さっきの)
(二つに、見えたやつだ)
「鑑定」
指が、勝手に、動いていた。
『名前:マーク
職業:盗賊
称号:勇者
状態:異常なし
――担当勇者と一致』
風が、畑の上を、渡っていった。
四人目だ。
「え? なに、その顔。えっ、こわ」
そいつは、ナイフを回す手を止めずに、へらへらと続けた。
「あー、はいはい。俺のこと、聞いてないって感じ?」
十五日目の記録だ。
一つ、白状しとく。
あの白い部屋で、女神は、言いかけたんだ。
『では、今回の担当勇者は――』
その先を、遮ったのは、オレだ。
聞いたって、どうせ肝心なところはダンマリだ。現地で調べりゃいい。
そう思って、床が抜けるのに任せた。
十五日かかった。
腹に、二回、穴が開いた。
答えは、最初っから、あの女の口の中にあった。




