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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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11日目『寝込み』

三周目だ。


数えたくもねぇが、腹が、勝手に数えてやがる。


あの引き裂かれる熱さだけは、何度食らっても、慣れねぇ。


思い出すたび、指先が、冷える。



結論から言う。


オレは、方針を変えた。


この数日、オレは、あのバカを、縛って止めることばかり考えてた。


朝から見張って、宿から出さねぇ。武器を隠す。カイトに押さえさせる。


――全部、無駄だった。


窓から出る。素手で行く。カイトを殴り倒して行く。


こいつはな、止められると、余計に走る種類の生き物なんだ。


(……なら、走る先を、変えるしかねぇ)


そのためには、こいつの、中身を知らなきゃならねぇ。


なんで、そこまでして、一人で行くのか。


なんで、頼るってことを、しねぇのか。


――寄り添うしか、ねぇ。


自分で言ってて、鳥肌が立つ。


だが、殴って言うことを聞かせられねぇなら、そうするしかねぇだろうが。



「スヨン」


宿の裏の、狭い庭。


オレは、薪割り台に腰かけた大男を、下から見上げた。


「話がある」


「ねぇよ」


即答だ。


「聞くだけ、聞け」


「ガキと女の話は、聞かねぇ」


「知ってる。だが、オレは、中身は三十のオッサンだ」


「余計に、聞きたくねぇな」


……こいつ。


オレは、こめかみを揉んだ。


ここで怒鳴ったら、負けだ。この数日で、三回やって、三回とも失敗してる。


(……いや、待てよ)


ふと、思い当たった。


こいつが牙を剥くのは、オレが何か言った時だけじゃねぇ。


カイトが、そばにいる時だ。


カイトが口を開くと、こいつの機嫌は、露骨に、下がる。


「カイト」


オレは、少し離れて立ってた、真面目なほうを、振り返った。


「悪ぃ。ちょっと、席を外してくれ」


「え?」


「二人で、話す」


一拍、間があった。


カイトは、いつも通りの顔で、うなずいた。


「わかりました。宿にいますね」


「ああ」


そいつの背中が、扉の向こうに消える。


――で。


「……ちっ」


スヨンが、舌打ちした。


だが、さっきよりは、肩の力が抜けてやがる。


(……やっぱりか)


「なあ。お前、なんで、カイトが嫌いなんだ」


「……気に入らねぇからだよ」


「そりゃ理由じゃねぇ」


「うるせぇな」


スヨンは、そっぽを向いた。


薪を一本、拾い上げて、指の先で、意味もなく回す。


「……ああいう、優等生ヅラが、嫌いなんだ。それだけだよ」


「へぇ」


「なんだよ」


「いや」


(……ずいぶん、自分に刺さりそうな言い方をしやがる)


嫌いなのは、あいつの顔か。


それとも、あいつの顔をした、別の何かか。


「で。話ってのは、なんだよ」


スヨンが、あぐらをかいた。


聞く気は、あるらしい。


(……よし)


オレは、腰を据えて、話した。


一人で突っ込めば、死ぬこと。


このままじゃ、魔王どころか、その配下にも届かねぇこと。


三人で組めば、届く目が出ること。


こいつの強さを、認めた上で、それでも足りねぇもんがあること。


――出せる手札は、全部、出した。


スヨンは、途中で口を挟まなかった。


腕を組んで、最後まで、聞いていた。


「……なるほどな」


「わかったか」


「わかった」


「よし。じゃあ――」


「けど、協力はしねぇ」


「……はァ!?」


オレは、思わず立ち上がった。


「今、わかったっつったろうが!」


「言ってる意味は、わかった、っつっただけだ」


スヨンは、手の中の薪を、へし折った。


乾いた音が、庭に響く。


「俺は、一人でやる。それだけだ」


「なんでだよ! 死ぬぞ、お前!」


「上等」


「――っ、テメェな!」


胸ぐらを、掴もうとして。


すり抜けた、わけじゃねぇ。


このガキの手じゃ、こいつの襟元にすら、届かなかった。


(……クソが)


殴れりゃ、早ぇんだ。


一発ぶん殴って、河原に転がして、朝まで説教すりゃ、たいていのガキは、落ちる。


地球じゃ、そうやって、何人も、拾ってきた。


なのに、今のオレは、殴れねぇ。


十歳のガキの、届かねぇ手だけだ。


†================†


その夜。


宿の屋根に登って、オレは、頭を抱えていた。


星が、やたら多い。息が、白い。


「……Book」


情けねぇが、背に腹は代えられねぇ。


ぼふん、と、分厚い本が、宙に開いた。


「聞くぞ。人の話をまるで聞かねぇってのは、なんて言うんだ」


『拒絶。他者の働きかけを受け入れない状態を指す。強い拒絶は、しばしば防衛の一形態である』


「……防衛」


そこで、指が、止まった。


『傾聴とは、相手の語りを遮らず、まず受けとめる態度を指す』


「そこはいらねぇ!」


だが。


防衛、か。


あいつは、何かから、身を守ってやがる。


守ってるってことは――守りてぇもんが、あるってことだ。


「Book。感覚共有ってのは、なんだ」


『感覚共有。対象の五感および記憶の層に接続し、これを共有する技術。接続の深さは、対象の防衛意識に反比例する』


「……反比例」


オレは、その一行を、指でなぞった。


防衛が薄いほど、深く入れる。


起きてるあいつは、四六時中、全身に鎧を着てるみてぇなもんだ。


なら、いつ、脱ぐ。


「……寝てる時か」


我ながら、最低の思いつきだった。


『傾聴とは――』


「うるせぇ、もう閉じろ!」


本を叩き閉じる。


――寝てる間に、中に入る。


そういや、前の担当の時も、似たようなことをやった。


あいつの過去を、この目で見た。


(あの感じか)


腹の底が、少し、重くなる。


人の頭ん中を覗くってのは、本当は、褒められた話じゃねぇ。


土足で、他人の家に上がり込むようなもんだ。


だが。


あのバカは、今日も、明日も、放っときゃ、勝手に死ぬ。


死んで、また、全部、巻き戻る。


その繰り返しに、オレは、もう、耐えられねぇ。


「……悪ぃな、スヨン」


オレは、屋根の上で、指を鳴らした。


「テメェが、口で話す気がねぇってんならよ」


冷てぇ風が、頬を切っていく。


「――やってやろうじゃねぇか」


†================†


夜半。


宿の、二階の隅。


大の字で寝ころんだ大男は、盛大にいびきをかいていた。


無防備にもほどがある。仮にも、命を狙われてる勇者だぞ。


酒くせぇ息が、部屋に充満している。


オレは、その枕元に、しゃがみ込んだ。


こうして見ると、顔が、若ぇ。


暴れてる時は、山みてぇにでかいくせに、寝てる時だけは、年相応のツラをしてやがる。


眉間に、皺が寄っていた。


寝ながら、何かを、耐えてるみてぇに。


(……お前、何を、抱えてやがるんだ)


オレは、そいつの額に、手を、かざした。


「感覚共有」


指先から、意識が、ずるりと引かれる。


暗ぇ穴に、落ちていく感覚。


これから覗くのが、どんな場所だろうと。


もう、後には引かねぇ。


(……お邪魔するぜ、クソガキ)


最後に


一つだけ、書いておく。


オレは、こいつの許しを、取っちゃいねぇ。


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