11日目『寝込み』
三周目だ。
数えたくもねぇが、腹が、勝手に数えてやがる。
あの引き裂かれる熱さだけは、何度食らっても、慣れねぇ。
思い出すたび、指先が、冷える。
結論から言う。
オレは、方針を変えた。
この数日、オレは、あのバカを、縛って止めることばかり考えてた。
朝から見張って、宿から出さねぇ。武器を隠す。カイトに押さえさせる。
――全部、無駄だった。
窓から出る。素手で行く。カイトを殴り倒して行く。
こいつはな、止められると、余計に走る種類の生き物なんだ。
(……なら、走る先を、変えるしかねぇ)
そのためには、こいつの、中身を知らなきゃならねぇ。
なんで、そこまでして、一人で行くのか。
なんで、頼るってことを、しねぇのか。
――寄り添うしか、ねぇ。
自分で言ってて、鳥肌が立つ。
だが、殴って言うことを聞かせられねぇなら、そうするしかねぇだろうが。
「スヨン」
宿の裏の、狭い庭。
オレは、薪割り台に腰かけた大男を、下から見上げた。
「話がある」
「ねぇよ」
即答だ。
「聞くだけ、聞け」
「ガキと女の話は、聞かねぇ」
「知ってる。だが、オレは、中身は三十のオッサンだ」
「余計に、聞きたくねぇな」
……こいつ。
オレは、こめかみを揉んだ。
ここで怒鳴ったら、負けだ。この数日で、三回やって、三回とも失敗してる。
(……いや、待てよ)
ふと、思い当たった。
こいつが牙を剥くのは、オレが何か言った時だけじゃねぇ。
カイトが、そばにいる時だ。
カイトが口を開くと、こいつの機嫌は、露骨に、下がる。
「カイト」
オレは、少し離れて立ってた、真面目なほうを、振り返った。
「悪ぃ。ちょっと、席を外してくれ」
「え?」
「二人で、話す」
一拍、間があった。
カイトは、いつも通りの顔で、うなずいた。
「わかりました。宿にいますね」
「ああ」
そいつの背中が、扉の向こうに消える。
――で。
「……ちっ」
スヨンが、舌打ちした。
だが、さっきよりは、肩の力が抜けてやがる。
(……やっぱりか)
「なあ。お前、なんで、カイトが嫌いなんだ」
「……気に入らねぇからだよ」
「そりゃ理由じゃねぇ」
「うるせぇな」
スヨンは、そっぽを向いた。
薪を一本、拾い上げて、指の先で、意味もなく回す。
「……ああいう、優等生ヅラが、嫌いなんだ。それだけだよ」
「へぇ」
「なんだよ」
「いや」
(……ずいぶん、自分に刺さりそうな言い方をしやがる)
嫌いなのは、あいつの顔か。
それとも、あいつの顔をした、別の何かか。
「で。話ってのは、なんだよ」
スヨンが、あぐらをかいた。
聞く気は、あるらしい。
(……よし)
オレは、腰を据えて、話した。
一人で突っ込めば、死ぬこと。
このままじゃ、魔王どころか、その配下にも届かねぇこと。
三人で組めば、届く目が出ること。
こいつの強さを、認めた上で、それでも足りねぇもんがあること。
――出せる手札は、全部、出した。
スヨンは、途中で口を挟まなかった。
腕を組んで、最後まで、聞いていた。
「……なるほどな」
「わかったか」
「わかった」
「よし。じゃあ――」
「けど、協力はしねぇ」
「……はァ!?」
オレは、思わず立ち上がった。
「今、わかったっつったろうが!」
「言ってる意味は、わかった、っつっただけだ」
スヨンは、手の中の薪を、へし折った。
乾いた音が、庭に響く。
「俺は、一人でやる。それだけだ」
「なんでだよ! 死ぬぞ、お前!」
「上等」
「――っ、テメェな!」
胸ぐらを、掴もうとして。
すり抜けた、わけじゃねぇ。
このガキの手じゃ、こいつの襟元にすら、届かなかった。
(……クソが)
殴れりゃ、早ぇんだ。
一発ぶん殴って、河原に転がして、朝まで説教すりゃ、たいていのガキは、落ちる。
地球じゃ、そうやって、何人も、拾ってきた。
なのに、今のオレは、殴れねぇ。
十歳のガキの、届かねぇ手だけだ。
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その夜。
宿の屋根に登って、オレは、頭を抱えていた。
星が、やたら多い。息が、白い。
「……Book」
情けねぇが、背に腹は代えられねぇ。
ぼふん、と、分厚い本が、宙に開いた。
「聞くぞ。人の話をまるで聞かねぇってのは、なんて言うんだ」
『拒絶。他者の働きかけを受け入れない状態を指す。強い拒絶は、しばしば防衛の一形態である』
「……防衛」
そこで、指が、止まった。
『傾聴とは、相手の語りを遮らず、まず受けとめる態度を指す』
「そこはいらねぇ!」
だが。
防衛、か。
あいつは、何かから、身を守ってやがる。
守ってるってことは――守りてぇもんが、あるってことだ。
「Book。感覚共有ってのは、なんだ」
『感覚共有。対象の五感および記憶の層に接続し、これを共有する技術。接続の深さは、対象の防衛意識に反比例する』
「……反比例」
オレは、その一行を、指でなぞった。
防衛が薄いほど、深く入れる。
起きてるあいつは、四六時中、全身に鎧を着てるみてぇなもんだ。
なら、いつ、脱ぐ。
「……寝てる時か」
我ながら、最低の思いつきだった。
『傾聴とは――』
「うるせぇ、もう閉じろ!」
本を叩き閉じる。
――寝てる間に、中に入る。
そういや、前の担当の時も、似たようなことをやった。
あいつの過去を、この目で見た。
(あの感じか)
腹の底が、少し、重くなる。
人の頭ん中を覗くってのは、本当は、褒められた話じゃねぇ。
土足で、他人の家に上がり込むようなもんだ。
だが。
あのバカは、今日も、明日も、放っときゃ、勝手に死ぬ。
死んで、また、全部、巻き戻る。
その繰り返しに、オレは、もう、耐えられねぇ。
「……悪ぃな、スヨン」
オレは、屋根の上で、指を鳴らした。
「テメェが、口で話す気がねぇってんならよ」
冷てぇ風が、頬を切っていく。
「――やってやろうじゃねぇか」
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夜半。
宿の、二階の隅。
大の字で寝ころんだ大男は、盛大にいびきをかいていた。
無防備にもほどがある。仮にも、命を狙われてる勇者だぞ。
酒くせぇ息が、部屋に充満している。
オレは、その枕元に、しゃがみ込んだ。
こうして見ると、顔が、若ぇ。
暴れてる時は、山みてぇにでかいくせに、寝てる時だけは、年相応のツラをしてやがる。
眉間に、皺が寄っていた。
寝ながら、何かを、耐えてるみてぇに。
(……お前、何を、抱えてやがるんだ)
オレは、そいつの額に、手を、かざした。
「感覚共有」
指先から、意識が、ずるりと引かれる。
暗ぇ穴に、落ちていく感覚。
これから覗くのが、どんな場所だろうと。
もう、後には引かねぇ。
(……お邪魔するぜ、クソガキ)
最後に
一つだけ、書いておく。
オレは、こいつの許しを、取っちゃいねぇ。




