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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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9日目『経験値』

オレは、これまで、そこそこの修羅場をくぐってきた。


魔王ってやつを、この手で殺してる。


その配下も、何匹か、まとめて地獄に送ってやった。


――だからよ。


「死んだはずの奴が、目の前を歩いてくる」ってのが、どれだけ、はらわたの冷えるもんか。


それを、この日、オレは、思い知った。


尻から落ちた。


石畳。生ゴミと、安酒の匂い。


「……はっ、はっ……」


胸を、押さえる。


腹の傷は、ねぇ。だが、あの音が、まだ、耳の奥にこびりついていた。


――戻った。


また、一日目だ。


「……クソ、が」


壁に、拳を、叩きつけた。


十歳のガキの拳だ。痛ぇだけで、何も、壊せねぇ。


(……スヨンだ)


震える息を、吐き出す。


一回目は、山でカイトといて、死んだ。あれは、たぶん、スヨンが死んだんだ。


二回目は、目の前で、スヨンが、殺された。


二回とも、あいつが、死んでる。


「……そうか。分かった」


オレは、額を、冷たい石壁に、押し当てた。


答えが、出た気が、した。


問題は、スヨンだ。


あの、直進バカ。誰の話も聞かず、一人で突っ込んで、死ぬ。


あいつを、止めりゃ、いい。


あいつを、大人しくさせりゃ――このループは、終わる。


「……次は、絶対に、行かせねぇ」


そう、決めた。


決めてから、自分で、鼻を鳴らした。


二回とも同じ、ってのは、根拠としちゃ、薄い。


サイコロを二回振って、二回とも同じ目が出た。それだけの話だ。


三回目で、別の目が出る可能性は、ある。


だが――三回目を、のんびり振ってる余裕が、オレにあるか。


無ぇ。


「……上等だ。乗ってやるよ」


谷底に、着いた時。


スヨンは、キングを、圧倒していた。


「うおおおおッ!!」


錆びた冠のバケモンが、鉈みてぇな剣を、上段から振り下ろす。


スヨンは、避けねぇ。


自分の剣を、真っ向から、叩きつけた。


鉄と鉄が、噛み合って、火花が散る。


「軽ぇんだよ、テメェの一撃はァ!!」


膂力で、押し返した。


体格差を、力で、ひっくり返しやがる。


キングが、たたらを踏んで、崩れた懐へ。


「そらァ!!」


袈裟懸けの、一閃。


分厚い胸が、肩から腹まで、断ち割られた。


黒い血が、噴き上がる。


キングは、断末魔すら上げずに、前のめりに倒れた。地面が、震える。


「……はっ。こんなもんかよ」


剣を、肩に担いで。


スヨンが、こっちを振り返った。


血に濡れた顔で、にやりと笑う。


「見たか、梶っ子ォ! どうだ!」


(……上手ぇもんだ)


正直、舌を巻いた。


キングの剣を、力で受け止めるなんざ、常人にゃできねぇ。あの膂力は、本物だ。


だが。


「……強ぇのは、認める」


オレは、あごを撫でた。


「だが、まだ、無駄が多い」


「あァ!?」


スヨンの、こめかみが引きつった。


「今、キング倒したのを見てて、それか!?」


「見てたから、言ってんだよ」


オレは、指を、三本立てた。


「一つ。振りかぶりすぎだ。上段に構えるたびに、腹ががら空きになる。二つ。踏み込みが、毎回まっすぐだ。読まれる。三つ――」


一つずつ、指を折る。


「受けた後、押し返すのに、一拍かかってる。その一拍で、二匹目に囲まれたら、終わりだ」


「…………」


スヨンが、言葉に、詰まった。


図星だ。こいつは、バカだが、自分の体のことは、分かってる。


反論できねぇって顔で、剣の柄を、握り直した。


――その、瞬間だった。


首の後ろが、ざわりと、逆立った。


背筋を、氷の指で、なぞられたみてぇに。


「――ッ」


スヨンも、同時に、動いた。


こいつも、感じたらしい。剣を構え直して、谷の奥を、睨む。


「……なんだ。何か、いやがる」


いた。


血の匂いの、その向こう。


崩れた岩の陰から、ゆっくりと、影が、歩いてくる。


急いじゃいねぇ。むしろ、散歩みてぇに、優雅に。


その顔が、木漏れ日の下に、出た。


「――は?」


オレは、目を、見開いた。


「あ、あいつは……」


嘘だろ。


見覚えがある。ありすぎる。


その、整った顔も、慇懃な立ち姿も。


前の担当の――アヤの現場で、オレが、憑依した拳で、塵にした。


上位魔族、ザガン。


「……ありえねぇ」


冷や汗が、背中を、つっと伝った。


「なんだ? 梶っ子」


スヨンが、オレの顔を見て、言う。


「そんな顔しやがって……ヤバい奴か?」


「……ありえねぇんだよ」


オレは、殺した。


確かに、殺した。塵一つ、残さずに。


なのに、なんで、こいつが、ここにいる。


――いや。


そうか。世界が、違う。ループも、違う。


前の世界で殺した奴が、この世界に、いねぇ道理はねぇ。


分かっちゃいる。分かっちゃいるが――背筋の冷えは、収まらねぇ。


影が、足を止めた。


そして、恭しく、頭を下げた。


「はじめまして、勇者」


礼儀正しい、柔らかい声。


「私は、魔王配下、ザガンと申します。以後、お見知りおきを」


「――親玉が、出てきたって訳か!」


スヨンが、剣を構えた。


「上等だ! テメェを殺せば、次は魔王だろ!」


「――バカ! やめろ!」


「それは、無理だと思いますよ」


ザガンが、口の端を、吊り上げた。


「あん?」


「貴方は、魔王様はおろか、この私にも、遠く及びません」


「なんだと!?」


「スヨン、乗るな!」


オレは、割って入った。


「そいつは、口で挑発して、頭に血ぃ上らせる手口だ! 乗ったら、思う壺だぞ!」


「んだよ! じゃあ、どうすんだよ!」


「引くぞ! 街まで戻って、カイトと合流する! 二人がかりだ! 一人で勝てる相手じゃねぇ!」


「――嫌だね」


スヨンが、地を、蹴った。


「バカがァ!!」


止める間もなかった。


赤茶けた頭が、まっすぐ、ザガンに斬りかかっていく。


オレも、追った。追うしか、なかった。



剣が、空を裂く。


ザガンは、避けもしない。


伸ばした指、一本で、スヨンの刃を、受け止めた。


「――!?」


鋼が、指に、食い込まない。


「速いですね。ですが」


「舐めんなァ!!」


連撃。上段、袈裟、逆袈裟、突き。


キングを叩き割った膂力の、フルスイングだ。


その、全部を。


ザガンは、指先だけで、いなした。


「スヨン、聞け!」


オレは、走りながら、叫んだ。


「そいつは、手から光線を出す! 前の時に、見た!」


「光線ォ!?」


「早ぇが、直線だ! 手が光った瞬間、避けろ! 横っ飛びでいい!」


「鬼畜だな、テメェ! なんだそのアドバイスは!」


「テメェの反射神経なら、避けられる! できなきゃ――」


「できなきゃ、なんだよ!」


「死ぬだけだ!」


「――上等ッ!!」


スヨンが、笑った。


こいつは、こういう時、笑うんだ。


死ぬかもしれねぇ、その瀬戸際で、いっちばん、いい顔をしやがる。


ザガンが、ゆらりと、右手を、持ち上げた。


「――来るぞ! 避けろ、スヨン!!」


スヨンの反射が、爆ぜた。


右へ、体を、捻る。


光を、避ける、その、軌道で――


「――な」


避けた先に、手が、あった。


光線じゃ、なかった。


伸びた腕が、避けた体を、追いかけて。


スヨンの、腹を。


貫いた。


「……ごぼ」


赤い花が、背中から、咲く。


同時に。


オレの腹の、内側が。


引き裂かれた。


「――ぐ、あッ!?」


膝が、折れる。


腹を押さえた手の、指の間から、血が、噴き出す。


(違う……光線じゃ、なかった……!)


前の世界のザガンは、光線を、撃った。


だが、こいつは、撃たなかった。


オレの、経験が。


オレの教えた、避け方が。


スヨンを、串刺しの位置に、送り込んだ。


「おやおや」


ザガンが、串刺しにしたスヨンを、掲げた。


「もう終わりですか。……つまらない」


そのまま、腕を、振った。


スヨンの体が、腹から抜けて、地面に、叩きつけられる。


一度。二度。


濁った音を立てて、バウンドして、転がった。


「スヨン!!」


オレも、血を吐いて、地に、伏せる。


腹の、この熱さは、知ってる。


致命傷だ。この痛みは、助からねぇ痛みだ。


「……や、め……」


倒れたまま、オレは、動かねぇ手を、伸ばした。


ザガンが、虫の息のスヨンに、歩み寄る。


その手が、ぐにゃりと、刃の形に、変わっていく。


「――サヨウナラ」


「やめ――」


オレの、指先が。


届く、前に。


刃が、振り下ろされた。


何かが、潰れる。


歪な、音がした。


その音を、最後に。


オレの意識は、白く、灼け落ちた。


九日目の記録は、ここまでだ。


ついでに、この日、もう一つ分かったことがある。


オレの知ってるザガンは、光線を撃つ。


この世界のザガンは、撃たなかった。


――経験ってのは、時々、こういう顔をして、人を殺しに来る。


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