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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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7日目『口だけ』

はっきり言う。


スヨンは、バカだ。


頭で考えるより先に、体が動くタイプの人間だ。


だが――オレは、そういう奴は、嫌いじゃねぇ。


地球じゃ、そういうのを何人も、ぶちのめして更生させてきた。


一発ぶん殴りゃ話を聞く。単純で、まっすぐで、扱いやすい。


前の泣き虫より、よっぽど楽だ。



「んだよ、偉そうに言うんじゃねぇよ」


野郎は、地面に唾を吐いて、オレの指示を無視した。


宿の裏の、狭い庭。焦げ跡だらけの体には、もう包帯も巻いてねぇ。丈夫なのだけは、認める。


「明日は三人で狩りに出る。スヨン、お前は前に出すぎだ。まず――」


「聞いてねぇよ」


「聞け」


「俺はな」


野郎は、オレを、上から下まで見下ろした。


「ガキと女に口出しされんのが、この世で一番嫌いなんだよ」


……ガキで、女。


見た目は、両方だ。ぐうの音も出ねぇ。


「カイト」


オレは、隣の真面目なのに顎をしゃくった。


「代わりに言え。前に出すぎるな、囲まれる前に一度下がれ、だ」


「え、あ、はい。……スヨンさん、前に出すぎないほうが」


「ヘッ」


スヨンは、鼻を鳴らした。


「気に入らねぇ」


「何が気に入らねぇんだ」


「俺はな。お前みてぇなヤツが、嫌いだね」


カイトを、顎で指す。


「……はぁ」


(反抗期のガキかよ)


オレは、こめかみを揉んだ。


「いいか、よく聞け」


一歩、詰め寄る。


「あのクソ女神が、意味もなく勇者を二人も、同じ世界に置くわけがねぇんだ。きっと、何かある」


「何かって、なんだよ」


「……それは、まだ分からねぇ」


「はっ」


スヨンが、笑った。


「わかんねぇのに、つるめってか」


「そういうこった」


「断る。俺は一人でも強ぇんだよ」


そう吐き捨てて、ちらり、とカイトを見た。


その目は、こう言っていた。


――こんな辛気くせぇのと組むくらいなら、一人でやる。


「……そうなのか?」


オレは、カイトに聞いた。


「え」


カイトが、ちょっと目を泳がせた。


「いえ。……そんなことは」


「へっ」


スヨンが、また笑う。


「嘘つくのが、うめーなァ。だから優等生は嫌いなんだよ」


(……こいつ、バカのくせに、そういうとこだけ勘がいいな)


思ったことを顔に出さねぇのが、こいつの悪い癖だ。


それを、初対面で嗅ぎ当てやがった。


嫌な勘だ。当たってるのが、また、腹が立つ。


だが、今は、この暴れ牛を引きずり込むほうが先だ。


「なら、どうしたらいい」


「あん?」


「どうしたら、お前は協力する」


スヨンは、しばらく考えた。


考える、って動作が、こいつには珍しい。


やがて、にやりと、口の端を吊り上げた。


「そうだな……その優等生が、俺に勝ったら、考えてやるよ」


「カイトが、お前に勝てばいいんだな」


「話が早ぇじゃねーか!」


嬉しそうに、距離を取る。腕を回して、拳を鳴らした。


「ちょ……ちょっと待ってください!」


カイトが、慌てた。


「梶さん、あの人、素手で人を二人吹き飛ばしてました」


「知ってる。見てた」


「僕、後衛です」


「知ってる」


オレは、カイトの背中を、どやすように叩いた――真似をした。


「お前なら、いける」


「根拠は」


「オレの勘だ」


「いちばん、あてにならないやつだ!」


「うるせぇ! いいから、あの伸びきった鼻を、へし折ってやれ!」


カイトは、しばらくオレを睨んで。


それから、はぁ、と、長い息を吐いた。


杖を、構え直す。


「……どうなっても、知りませんからね」


「おうよ、その意気だ」


こうして、優等生と、暴れ牛の決闘が、始まった。


†================†


「いいか。ルールは二つだ」


オレは、二人の間に立った。


「相手が気絶するか、負けを認めたら、そこで終わり。それ以外は、なんでもアリだ」


「おうよ」


「もう一つ。殺すな」


(……片方でも死んでみろ。オレの腹に、また穴が開く)


四日目の夜のことを、まだ、忘れちゃいねぇ。


「はい」


「へっ。加減しろってか」


「してやれ。テメェのためだ」


風が、庭を撫でていった。


北の、冬の匂いだ。土が、かちかちに凍ってる。


十歩の距離を挟んで、二人が、向かい合う。


でかい戦士と、細っこい魔法使い。


体格だけ見りゃ、勝負にすらならねぇ。


しばらく、沈黙。


スヨンの、腰が落ちる。


カイトの、指先が、わずかに動いた。


「――始めッ!!」


先に動いたのは、スヨンだ。


速ぇ。


十歩を、三歩で潰した。凍った土を蹴って、拳を、まっすぐ振りかぶる。


「――【火矢】!」


橙の線。


だが、スヨンは、止まらなかった。


首を、わずかに傾けただけ。火矢が、耳の横をかすめて、後ろの壁で弾ける。


「そんなもん、当たるかよ!」


拳が、来た。


カイトの、半歩下がった、その場所へ。


――半歩下がったから、届かなかった。


拳が、鼻先で空を切る。


(そうだ。オレが最初に教えたのは、それだ)


「【風縛】!」


スヨンの足元で、渦が巻いた。


「ぬぐっ――」


膝が、がくんと落ちる。


「今だ、雷――」


「――舐めんじゃねェ!!」


落ちかけた膝を、スヨンは、無理やり地面に叩きつけた。


風の渦を、力ずくで、踏み潰す。


「はァ!?」


魔法を、腕力で、ねじ伏せやがった。


「【雷槍】ッ!」


とっさに撃った雷が、肩を、浅く焼く。


じゅっ、と、煙が上がった。


「――効くかよ、そんなもん!!」


肩から煙を上げたまま、スヨンが、笑った。


こいつ、痛みで、笑いやがる。


拳が、カイトの胴に、めり込んだ。


「――が、はっ」


体が、く、の字に折れて、飛ぶ。


土の上を、二回、転がった。


「立てよ、優等生ォ! こんなもんかよ!」


「……っ」


カイトが、片膝で、体を起こす。


口の端が、切れて、赤い。


(……マズいな)


まともにやりゃ、地力が違う。


スヨンは、痛みを、燃料にする男だ。魔法の一発や二発じゃ、止まらねぇ。


なら――当てるんじゃねぇ。


「カイト! そいつは、痛みで止まらねぇ! なら、目だ!」


「――!」


「足元を凍らせろ! 氷は、削るためじゃねぇ、滑らせるためだ!」


カイトの目が、覚めた。


「【氷】!」


スヨンの、突っ込んでくる足元に、薄い膜が、さっと張る。


「――お?」


踏み込んだ足が、ずるっ、と流れた。


冬の地面だ。もともと、凍りかけてやがった。


初級の氷でも、その上に一枚張るだけで、十分だった。


「うおっ!?」


バランスを、崩す。


でかい図体が、初めて、泳いだ。


「――そこだ!!」


「【風】ッ!!」


渦は、縛るためじゃなかった。


崩れたスヨンの体を、押した。


背中から、地面に、叩きつける。


「がっ――」


「畳みかけろ! 止まるな!」


「【火矢】! 【火矢】! 【火矢】!」


倒れたスヨンの周りに、橙の線が、三本、突き刺さる。


熱で、視界を、塞ぐ。


煙の壁だ。


「――どこだ、クソッ、どこ行きやがった!」


煙の中で、スヨンが、腕を振り回す。


その、見えてねぇ一瞬に。


カイトが、詰めた。


後衛が、前に出た。


杖の先を、煙を抜けて、スヨンの、喉元に。


「――【雷槍】」


至近距離で、空気が、爆ぜた。


白い光が、スヨンの喉から、真上へ抜ける。


「――ぐ、あ……!」


でかい体が、痙攣して。


どう、と、仰向けに倒れた。


煙が、ゆっくりと晴れていく。


倒れたスヨンの喉元に、杖の先を突きつけたまま、カイトが、肩で息をしていた。


「……はっ、はっ……」


「……ちく、しょう……」


スヨンが、動かねぇ手を、地面に叩きつけた。


「俺の……負けかよ……」


「――勝った!」


オレは、拳を突き上げた。


「やりやがった、カイト! 後衛が、前に出て仕留めやがった! 上等だ!」


「……ぎり、ぎりでした」


杖を下ろして、カイトが、へたり込む。


それから、杖の先を、袖口で拭った。


土と、煤を、ていねいに。


(……初日と、同じだな)


肝が据わってるってのは、こういうことだ。


勝った負けたで浮つかねぇ。次に使うもんの、手入れをする。


「あー、疲れました」


いつもの、はにかんだ笑いだ。


「梶さんの言うとおりに、やっただけです」


「そうだ、オレの指示だ。よく聞いたな」


†================†


倒れたスヨンは、しばらく、天を仰いでいた。


「……なんで、負けた」


「頭を使ったからだよ、カイトが」


オレは、その横に、しゃがみ込んだ。


「お前は、強ぇ。それは認める。だがな、まっすぐしか能がねぇ。だから、足を掬われる」


「…………」


「約束だ。負けたら、考えるって言ったよな」


スヨンは、しばらく黙って。


それから、体を起こして、胡座をかいた。


焦げた肩を、ぼりぼりと掻く。


「……ちっ」


「なんだよ」


「そいつ」


顎で、カイトを指した。


「そいつが、強ぇのは、わかった」


「おう」


「けど、お前は、認めてねぇ」


その目が、まっすぐ、オレに向いた。


バカのくせに、こういう時だけ、まっすぐだ。


「口だけの、ガキだ。俺は、口だけのヤツを、信用しねぇ」


「……そうかよ」


オレは、立ち上がった。


「上等だ。なら、いつか、口だけじゃねぇって、分からせてやる」


「はっ。やれるもんならな」


そう言って、スヨンは、そっぽを向いた。


だが――さっき、こいつは「三人で」の話を、蹴らなかった。


負けを、口に出した。それだけで、今日は、上出来だ。


(……道のりは長ぇが、まあ、一歩は進んだ)


オレは、二人の背中を、交互に見た。


まっすぐすぎる戦士と、その鼻をへし折った優等生を。



七日目の記録は、ここまでだ。


最後に、あの野郎に言われたことを、そのまま書いておく。


「口だけのヤツを、俺は、信用しねぇ」


……悪ぃな。


オレは、その口で、魔王をぶっ殺した男だ。


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