7日目『口だけ』
はっきり言う。
スヨンは、バカだ。
頭で考えるより先に、体が動くタイプの人間だ。
だが――オレは、そういう奴は、嫌いじゃねぇ。
地球じゃ、そういうのを何人も、ぶちのめして更生させてきた。
一発ぶん殴りゃ話を聞く。単純で、まっすぐで、扱いやすい。
前の泣き虫より、よっぽど楽だ。
「んだよ、偉そうに言うんじゃねぇよ」
野郎は、地面に唾を吐いて、オレの指示を無視した。
宿の裏の、狭い庭。焦げ跡だらけの体には、もう包帯も巻いてねぇ。丈夫なのだけは、認める。
「明日は三人で狩りに出る。スヨン、お前は前に出すぎだ。まず――」
「聞いてねぇよ」
「聞け」
「俺はな」
野郎は、オレを、上から下まで見下ろした。
「ガキと女に口出しされんのが、この世で一番嫌いなんだよ」
……ガキで、女。
見た目は、両方だ。ぐうの音も出ねぇ。
「カイト」
オレは、隣の真面目なのに顎をしゃくった。
「代わりに言え。前に出すぎるな、囲まれる前に一度下がれ、だ」
「え、あ、はい。……スヨンさん、前に出すぎないほうが」
「ヘッ」
スヨンは、鼻を鳴らした。
「気に入らねぇ」
「何が気に入らねぇんだ」
「俺はな。お前みてぇなヤツが、嫌いだね」
カイトを、顎で指す。
「……はぁ」
(反抗期のガキかよ)
オレは、こめかみを揉んだ。
「いいか、よく聞け」
一歩、詰め寄る。
「あのクソ女神が、意味もなく勇者を二人も、同じ世界に置くわけがねぇんだ。きっと、何かある」
「何かって、なんだよ」
「……それは、まだ分からねぇ」
「はっ」
スヨンが、笑った。
「わかんねぇのに、つるめってか」
「そういうこった」
「断る。俺は一人でも強ぇんだよ」
そう吐き捨てて、ちらり、とカイトを見た。
その目は、こう言っていた。
――こんな辛気くせぇのと組むくらいなら、一人でやる。
「……そうなのか?」
オレは、カイトに聞いた。
「え」
カイトが、ちょっと目を泳がせた。
「いえ。……そんなことは」
「へっ」
スヨンが、また笑う。
「嘘つくのが、うめーなァ。だから優等生は嫌いなんだよ」
(……こいつ、バカのくせに、そういうとこだけ勘がいいな)
思ったことを顔に出さねぇのが、こいつの悪い癖だ。
それを、初対面で嗅ぎ当てやがった。
嫌な勘だ。当たってるのが、また、腹が立つ。
だが、今は、この暴れ牛を引きずり込むほうが先だ。
「なら、どうしたらいい」
「あん?」
「どうしたら、お前は協力する」
スヨンは、しばらく考えた。
考える、って動作が、こいつには珍しい。
やがて、にやりと、口の端を吊り上げた。
「そうだな……その優等生が、俺に勝ったら、考えてやるよ」
「カイトが、お前に勝てばいいんだな」
「話が早ぇじゃねーか!」
嬉しそうに、距離を取る。腕を回して、拳を鳴らした。
「ちょ……ちょっと待ってください!」
カイトが、慌てた。
「梶さん、あの人、素手で人を二人吹き飛ばしてました」
「知ってる。見てた」
「僕、後衛です」
「知ってる」
オレは、カイトの背中を、どやすように叩いた――真似をした。
「お前なら、いける」
「根拠は」
「オレの勘だ」
「いちばん、あてにならないやつだ!」
「うるせぇ! いいから、あの伸びきった鼻を、へし折ってやれ!」
カイトは、しばらくオレを睨んで。
それから、はぁ、と、長い息を吐いた。
杖を、構え直す。
「……どうなっても、知りませんからね」
「おうよ、その意気だ」
こうして、優等生と、暴れ牛の決闘が、始まった。
†================†
「いいか。ルールは二つだ」
オレは、二人の間に立った。
「相手が気絶するか、負けを認めたら、そこで終わり。それ以外は、なんでもアリだ」
「おうよ」
「もう一つ。殺すな」
(……片方でも死んでみろ。オレの腹に、また穴が開く)
四日目の夜のことを、まだ、忘れちゃいねぇ。
「はい」
「へっ。加減しろってか」
「してやれ。テメェのためだ」
風が、庭を撫でていった。
北の、冬の匂いだ。土が、かちかちに凍ってる。
十歩の距離を挟んで、二人が、向かい合う。
でかい戦士と、細っこい魔法使い。
体格だけ見りゃ、勝負にすらならねぇ。
しばらく、沈黙。
スヨンの、腰が落ちる。
カイトの、指先が、わずかに動いた。
「――始めッ!!」
先に動いたのは、スヨンだ。
速ぇ。
十歩を、三歩で潰した。凍った土を蹴って、拳を、まっすぐ振りかぶる。
「――【火矢】!」
橙の線。
だが、スヨンは、止まらなかった。
首を、わずかに傾けただけ。火矢が、耳の横をかすめて、後ろの壁で弾ける。
「そんなもん、当たるかよ!」
拳が、来た。
カイトの、半歩下がった、その場所へ。
――半歩下がったから、届かなかった。
拳が、鼻先で空を切る。
(そうだ。オレが最初に教えたのは、それだ)
「【風縛】!」
スヨンの足元で、渦が巻いた。
「ぬぐっ――」
膝が、がくんと落ちる。
「今だ、雷――」
「――舐めんじゃねェ!!」
落ちかけた膝を、スヨンは、無理やり地面に叩きつけた。
風の渦を、力ずくで、踏み潰す。
「はァ!?」
魔法を、腕力で、ねじ伏せやがった。
「【雷槍】ッ!」
とっさに撃った雷が、肩を、浅く焼く。
じゅっ、と、煙が上がった。
「――効くかよ、そんなもん!!」
肩から煙を上げたまま、スヨンが、笑った。
こいつ、痛みで、笑いやがる。
拳が、カイトの胴に、めり込んだ。
「――が、はっ」
体が、く、の字に折れて、飛ぶ。
土の上を、二回、転がった。
「立てよ、優等生ォ! こんなもんかよ!」
「……っ」
カイトが、片膝で、体を起こす。
口の端が、切れて、赤い。
(……マズいな)
まともにやりゃ、地力が違う。
スヨンは、痛みを、燃料にする男だ。魔法の一発や二発じゃ、止まらねぇ。
なら――当てるんじゃねぇ。
「カイト! そいつは、痛みで止まらねぇ! なら、目だ!」
「――!」
「足元を凍らせろ! 氷は、削るためじゃねぇ、滑らせるためだ!」
カイトの目が、覚めた。
「【氷】!」
スヨンの、突っ込んでくる足元に、薄い膜が、さっと張る。
「――お?」
踏み込んだ足が、ずるっ、と流れた。
冬の地面だ。もともと、凍りかけてやがった。
初級の氷でも、その上に一枚張るだけで、十分だった。
「うおっ!?」
バランスを、崩す。
でかい図体が、初めて、泳いだ。
「――そこだ!!」
「【風】ッ!!」
渦は、縛るためじゃなかった。
崩れたスヨンの体を、押した。
背中から、地面に、叩きつける。
「がっ――」
「畳みかけろ! 止まるな!」
「【火矢】! 【火矢】! 【火矢】!」
倒れたスヨンの周りに、橙の線が、三本、突き刺さる。
熱で、視界を、塞ぐ。
煙の壁だ。
「――どこだ、クソッ、どこ行きやがった!」
煙の中で、スヨンが、腕を振り回す。
その、見えてねぇ一瞬に。
カイトが、詰めた。
後衛が、前に出た。
杖の先を、煙を抜けて、スヨンの、喉元に。
「――【雷槍】」
至近距離で、空気が、爆ぜた。
白い光が、スヨンの喉から、真上へ抜ける。
「――ぐ、あ……!」
でかい体が、痙攣して。
どう、と、仰向けに倒れた。
煙が、ゆっくりと晴れていく。
倒れたスヨンの喉元に、杖の先を突きつけたまま、カイトが、肩で息をしていた。
「……はっ、はっ……」
「……ちく、しょう……」
スヨンが、動かねぇ手を、地面に叩きつけた。
「俺の……負けかよ……」
「――勝った!」
オレは、拳を突き上げた。
「やりやがった、カイト! 後衛が、前に出て仕留めやがった! 上等だ!」
「……ぎり、ぎりでした」
杖を下ろして、カイトが、へたり込む。
それから、杖の先を、袖口で拭った。
土と、煤を、ていねいに。
(……初日と、同じだな)
肝が据わってるってのは、こういうことだ。
勝った負けたで浮つかねぇ。次に使うもんの、手入れをする。
「あー、疲れました」
いつもの、はにかんだ笑いだ。
「梶さんの言うとおりに、やっただけです」
「そうだ、オレの指示だ。よく聞いたな」
†================†
倒れたスヨンは、しばらく、天を仰いでいた。
「……なんで、負けた」
「頭を使ったからだよ、カイトが」
オレは、その横に、しゃがみ込んだ。
「お前は、強ぇ。それは認める。だがな、まっすぐしか能がねぇ。だから、足を掬われる」
「…………」
「約束だ。負けたら、考えるって言ったよな」
スヨンは、しばらく黙って。
それから、体を起こして、胡座をかいた。
焦げた肩を、ぼりぼりと掻く。
「……ちっ」
「なんだよ」
「そいつ」
顎で、カイトを指した。
「そいつが、強ぇのは、わかった」
「おう」
「けど、お前は、認めてねぇ」
その目が、まっすぐ、オレに向いた。
バカのくせに、こういう時だけ、まっすぐだ。
「口だけの、ガキだ。俺は、口だけのヤツを、信用しねぇ」
「……そうかよ」
オレは、立ち上がった。
「上等だ。なら、いつか、口だけじゃねぇって、分からせてやる」
「はっ。やれるもんならな」
そう言って、スヨンは、そっぽを向いた。
だが――さっき、こいつは「三人で」の話を、蹴らなかった。
負けを、口に出した。それだけで、今日は、上出来だ。
(……道のりは長ぇが、まあ、一歩は進んだ)
オレは、二人の背中を、交互に見た。
まっすぐすぎる戦士と、その鼻をへし折った優等生を。
七日目の記録は、ここまでだ。
最後に、あの野郎に言われたことを、そのまま書いておく。
「口だけのヤツを、俺は、信用しねぇ」
……悪ぃな。
オレは、その口で、魔王をぶっ殺した男だ。




