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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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6日目『燃やせ』

世の中、勘違いってのはある。


間違いも、勘違いも、人間なんだからしょうがねぇ。


間違えねぇ人間なんて、いやしねぇんだ。


……だから、女神の話を最後まで聞かずに飛び出した――いや、違うな。


飛び出した、じゃねぇ。落っこちた。オレも悪い。


だがよ。


止めもしなかったあの女も、大概だと思わねぇか?


まあ、今さらどうでもいい話だが。




「北へ行く。ついてこい」


朝一番に言ったら、こいつは、二秒で荷物をまとめ始めた。


「はい」


「……理由、聞かねぇのかよ」


「梶さんが行くなら、行きます」


(……あのなぁ)


もうちょっと渋れ。値切れ。文句を言え。


そういうもんだろ、十八ってのは。


港までは、乗合馬車で二日。そこから船だ。


北の国オーガスは、海を渡った先にある。地図の端っこの、白いところだ。


船賃で、こいつの財布はすっからかんになった。


「大丈夫です。素材、売ったので」


「今度から売値はオレが決める。いいな」


「はい」



甲板は、潮と、タールの匂いがした。


風が冷てぇ。北へ行くほど、日差しが薄くなっていく。


やることもねぇから、オレはずっと喋っていた。


前の担当の泣き虫の話。魔王をぶっ殺した時の話。


十代の頃、三つ隣の学校の連中と河原でやり合って、鼻を折った話。


「痛そうです」


「痛ぇに決まってんだろ。血の味がな、鉄なんだよ」


「わかります」


「わかんのかよ」


カイトは、笑って、また続きを促した。


こいつは、うまい。


相槌の間が、絶妙なんだ。


こっちが言いよどむと、待つ。乗ってきたら、少しだけ前に出る。


否定もしねぇが、変に持ち上げもしねぇ。


(……天性だな、こりゃ)


教えられて身につくもんじゃねぇ。


前の職場にも、たまにいた。誰も傷つけずに人の話を引き出しちまう奴が。


(オレなんかより、よっぽどカウンセリングに向いてんじゃねぇか)


そう思って、ふと気づいた。


三日も喋りっぱなしで、オレは、こいつのことを何ひとつ知らねぇ。


「おい、カイト。テメェの話をしろよ」


「僕、ですか」


「田舎に親戚がたくさんいる、しか聞いてねぇぞ」


「……そうでしたっけ」


こいつは、少しだけ考える顔をして。


「梶さんの話のほうが、面白いので」


そう言って、笑った。


――そうかい、と、オレは笑い返した。


それで、また、オレが喋った。



五日目の夜。


海が、油みてぇに、べたりと凪いだ。


船乗りたちが、急に静かになる。


「……梶さん」


「ああ」


甲板の板が、下から突き上げられた。


――出やがった。


黒い腕が、海から生えてくる。太さは、樽どころじゃねぇ。


吸盤が、マストに絡んで、木がミシリと悲鳴を上げた。


「クラーケンだ! 総員、下がれェ!」


「【火矢】!」


橙の線が、走った。


濡れた表皮の上で、じゅっ、と音を立てて、消える。


「効かない……!」


「そりゃそうだ、水の中から出てきたばっかだぞ」


オレは、揺れる甲板に足を踏ん張った。


「凍らせろ」


「氷は、使えません」


「使えるっつってんだよ」


腕が、もう一本、生えた。船が、大きく傾く。


「いいか。凍らせるってのはな、冷やすんじゃねぇ! 熱を、奪うんだ!」


「……熱を」


「水を撒け! 生活魔法でいい! そんで、その水に風をぶつけて、削れ! 細く、鋭く、絞れ!」


「――【水】」


甲板に、水が広がる。


「【風】ッ!」


渦が、細く絞られて、水面を舐めた。


しゅる、と、白い筋が走る。


「もっとだ! 風を止めるな! 熱を、根こそぎ持ってけ!」


「――!!」


板の上を、白いもんが、みるみる這っていった。


水たまりが、鏡になる。


伸びた白は、そのまま、黒い腕へ這い上がっていった。


ぴきり、と、音がした。


「今だ! 雷!」


「【雷槍】!!」


凍った腕が、内側から、粉々に弾け飛んだ。


夜の海に、白い破片が、雨みてぇに降る。


海面が大きく波打って、それきり、静かになった。


「……はっ、はっ……」


膝をついたカイトの前で、ウィンドウが、ちかりと光った。


『【氷魔法・初級】を習得しました』


「……できました」


「一発でな」


オレは、そいつの後ろ頭を、軽くはたく真似をした。


(……やっぱ、才能があるわ、こいつ)


北の海の風が、頬を素通りしていく。


オレには、この寒さも、届かねぇ。


†================†


北の国、オーガス。


港町は、灰色だった。


石も、屋根も、空も。風が、耳の縁を切っていく。


歩いてる連中の肩幅が、いちいち、でけぇ。


腕を出したまま、平気な顔で歩いてやがる。この寒さでだ。


「……いい国だな。頭がおかしい」


聞き込みは、カイトに任せた。


オレの姿と声は、担当の勇者にしか届かねぇ。


肉屋の前で、井戸端で、荷揚げ場で。


カイトが頭を下げて、オレは、その後ろで突っ立っている。


「――この国の、勇者について、伺いたいんですが」


その言葉を出した途端に、相手の顔が、変わった。


肉屋は、鼻で笑った。


井戸端のおばさんは、口をつぐんで、水桶を持って行っちまった。


荷揚げの親父は、ひとこと吐き捨てた。


「……関わらんほうがいい」


「梶さん」


戻ってきたカイトが、困った顔をした。


「あまり、いい話は、聞けませんでした」


「みてぇだな」


(……テメェの時とは、えらい違いだ)


カイトの街じゃ、雑貨屋にも、宿の女将にも、こいつは可愛がられていた。


三分の一の値で買い叩かれるくらいには、な。


こっちの勇者は、どうも、そういう類じゃねぇらしい。


(オレが直接聞ければ、話は早ぇんだけどな)


聞けねぇもんは、しょうがねぇ。


オレは、マップを開いた。


赤い点は、目と鼻の先で、やたら元気に点滅していた。



その建物からは、外まで音が漏れていた。


昼間だってのに、酒と、脂と、汗の匂いが立ち込めている。


扉を抜けた瞬間、椅子が一脚、目の前を飛んでいった。


「――どぉわァ!!」


店の真ん中で、大柄なのが暴れていた。


赤茶けた髪を、雑に結わえている。この寒さで、腕は剥き出しだ。


拳ひとつで、体格差のある男を二人、まとめて床に転がしていた。


「まだやんのか! 来いよ、めんどくせぇな!」


オレは、そいつの足元まで歩いて行って、真下から見上げてやった。


「おい」


そいつの目が、こっちに落ちた。


見えてやがる。


(……当たりか)


「鑑定」


『名前:スヨン

 職業:戦士

 称号:勇者

 状態:異常なし

 ――担当勇者と一致』


担当勇者と、一致。


オレは、しばらく、その文字を見ていた。


「……勇者は、二人?」


指先が、冷たくなる。


「……まじかよ」


「あ? なんだテメェ」


「オレは勇者育成課の梶だ。今日からテメェの――」


「知るかよ!」


会話が、二秒で終わった。


「あの、すみません」


横から、カイトが一歩出た。


「東の国、ルーチェの勇者、カイトです」


「あー」


スヨンが、めんどくさそうに首を回した。


「もう一人の、ってやつ?」


「はい」


上から下まで、じろりと眺めて。


「……弱そうだな」


「おい、コラ!!」


オレは吠えた。


「こいつがどんだけやると思ってやがる! クラーケンの腕を凍らせてぶち抜いたんだぞ!」


「なんだ、このチビガキは」


「ガキじゃねぇ! 中身は三十のオッサンだ! いいか、もう一度言うぞ、オレは勇者育成課の――」


「は? 知るかよ!!」


そう言って、そいつは、床でうめいてる男の胸ぐらを、また掴んだ。


「おい、まだ終わってねぇぞ、立てよ!」


「…………」


オレは、天井を仰いだ。


(……脳ミソ、入ってんのかこいつ)


前の担当は、犬だった。


その前は、一言ごとに謝るガキだ。


今度は、話が通じねぇ人型ときた。


女神サマは、オレに何の恨みがあるんだ。


「カイト」


「はい」


「燃やせ」


「……え?」


さすがに、こいつも固まった。


「え、あの、梶さん。人、ですけど」


「このままだと日が暮れる」


オレは、あごをしゃくった。


「死なねぇ程度にな」


一拍。


「……わかりました」


理由は、聞かなかった。


「【火矢】」


どぉん、と、店の奥で火柱が立った。


「ぐぉあああああ!?」


酒樽が倒れ、客が悲鳴を上げて逃げ出す。


炎の中から、真っ黒になったのが、ゆっくり倒れた。


「……あづ……」


(おい、加減がうめぇな)


「よし。連れてけ」


「はい」


カイトが、丸焦げの足首を掴んで、ずるずると引きずり出す。


店主が、口を開けたまま、こっちを見ていた。


いや、カイトを、見ていた。


「弁償は、後で必ず伺います。すみません」


こいつは、深々と頭を下げて、それから死体みてぇなのを引きずって、外へ出た。


財布の中身は、船賃で空っぽだ。


灰色の空の下。


石畳に、煤の跡が、一本、長く伸びていく。


「……おい」


引きずられながら、黒焦げが、うめいた。


「なんだよ」


「……梶っ子、っつったか、テメェ」


「梶だ! 梶で覚えろ!」


「知るか……めんどくせぇ……」


そのまま、そいつは、伸びた。


オレは、その丸焦げと、それを律儀に引きずってる真面目なほうを、交互に見た。


「……前途多難だな」


六日目の記録は、ここまでだ。


勇者は、二人。マップの赤い点も、二つ。


数は、合ってる。


……合ってんなら、あの女(女神)は、何を言いかけてやがったんだ。

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