↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/34

3日目『大物だ』

三日目の記録。


この日、カイトは冒険者になった。


ついでに、一発、腹に食らった。



朝の食堂は、焼けたパンと、薄いスープの匂いがした。


「――だからな、テメェに足りねぇのは知識じゃねぇ。場数だ」


「はい」


「本を百冊読んでも、初手で足が止まる奴は止まる。数をこなせ」


「はい」


カイトが、素直にうなずく。


ちなみに、傍から見りゃ、こいつは誰もいない椅子に向かって返事をしている十八歳だ。


隣の卓の親父が、皿を持って、そっと離れていった。


「……梶さん。みんな、見てます」


「オレは見えねぇから安心しろ」


「僕が見えてるんですよ!」


いい反応をする。オレは笑った。


「よし。ギルドで手頃な依頼を片っ端から受けるぞ。カード出せ」


「カード、ですか」


「冒険者証だよ。登録証」


「……持ってないです」


「は?」


スープを飲む手が、止まった。


「登録、してなくて」


「テメェ、この一年、何やってたんだよ!!」


「魔物を倒して、素材を、雑貨屋さんに」


「雑貨屋! いくらで売った!」


カイトが、指を折って、正直に金額を言った。


オレは、天井を仰いだ。


「三分の一だ、それ。カモにされてんだよ、テメェは!」


「そうなんですか」


「怒れよ!」


だが、こいつは、少し困ったように笑っただけだった。


「安く買ってもらえるだけ、ありがたかったので」


(……お人好しにも、程があんだろ)


腹の立て方も知らねぇのか、こいつは。



冒険者ギルドってのは、どこの世界でも同じ匂いがする。


汗と、なめし革と、こぼれた酒だ。


受付の姉ちゃんは、羊皮紙を一枚めくって、事務的に言った。


「登録は無料です。ただし、実技試験に合格していただきます」


「実技」


「教官に、一撃入れてください。当たれば合格。それだけです」


――出てきたのは、二メートル近い筋肉ダルマだった。


上半身は裸。木剣も持たねぇ。腕が、オレの胴より太い。


「魔法使いか」


教官は、あごをしゃくった。


「好きなだけ撃て。かすりゃ合格だ」


結論から言う。


かすりもしなかった。


「【火矢】――」


一音目で、もういねぇ。


分厚い体が、砂を蹴って、横に流れる。


「【風縛】!」


渦を、またいで越えた。


「速ぇ……!?」


見た目に騙される。あの手の体は、重いんじゃねぇ。詰まってるだけだ。


三度目の詠唱の途中で、平手が来た。


カイトの体が、砂の上を、二回転がる。


ギャラリーが、どっと笑った。


「おい、カイト」


オレは、砂に膝をついたそいつの横に、しゃがみ込んだ。


「聞け。あいつは、テメェの口を見てる。詠唱の一音目で動いてやがる」


「……はい」


「だから声を出すな。無詠唱で、足元の砂を弾け。目ェ潰した一瞬で終わる」


「はい」


「いいか、絶対に間合いに入るな。入ったら――」


カイトは、立ち上がって。


まっすぐ、前に歩き出した。


「おい」


止める間もなかった。


丸太みてぇな腕が、迷いなく振り抜かれる。


避けない。


こいつは、避けなかった。


拳が、みぞおちに、めり込んだ。


「――が、はっ」


体が、く、の字に折れて、宙に浮く。


その、飛ばされる途中で。


伸びきったカイトの指先が、教官の前腕を、ぺたりと撫でた。


「――一撃、入りました」


ギルドが、静まり返って。


次の瞬間、床が抜けるほどの、笑いと歓声が上がった。


「ぶはっ、はっはっは! 合格だ、坊主!」


教官が、カイトの襟をつまんで、荷物みてぇに引き起こす。


「だがな、二度やるなよ。今のはオレが手加減したからだ。次は死ぬ」


「はい。ありがとうございます」


「……テメェ、コラ!」


オレは、砂の上を大股で詰めた。


「オレの話、聞いてたか! 間合いに入るなっつっただろうが!」


「聞いてました」


カイトが、口の端の血を、袖で拭う。


「でも、あれが、一番確実だったので」


言われて、オレは口をつぐんだ。


……確かに、そうだ。


砂を弾く手は、外せば終わりの一発勝負だった。


殴られるのは、確実に届く。痛ぇだけだ。


(……計算しやがったな、こいつ)


戦い方を教えたのは、オレだ。だが、その使い道は、こいつが自分で決めた。


しかも、その手を選ぶには、根性がいる。


砂を払うカイトの指先を、オレは、ちらっと見た。


震えていない。


(……頭が回って、腹も据わってる。上等じゃねぇか)


「梶さん」


「あ?」


「次は、何をすればいいですか」


オレは、思わず、吹き出しちまった。



カードが出来上がるのを待つ間に、オレは掲示板を眺めていた。


紙が、何十枚も、雑に留められている。


その一枚で、目が止まった。


「――これだ」


「え」


「山のドラゴン。討伐。報酬、でけぇぞ」


「無理ですよ!?」


カイトが、裏返った声を出した。


「難易度、Aって書いてあります!」


「あら」


受付の姉ちゃんが、顔を上げた。


「Aは、さすがにお勧めしませんけど……」


「いえ、僕じゃなくて。この人が」


「この人?」


姉ちゃんが、カイトの隣の、何もない空間を見た。


見えるわけがねぇ。


「……あ」


カイトの顔が、じわじわと固まっていく。


「あの。お客様。……お一人、ですよね?」


「……はい」


「Aの依頼を。登録したばかりの新人が。お一人で」


「……その、はい」


しばらくの沈黙のあと、姉ちゃんは、判を押した紙を、そっと差し出した。


哀れみのこもった、いい笑顔だった。


「……ご遺体は、回収できたら、回収します」


「ぎゃはははは!」


「梶さん、笑いすぎです!」


「わりぃ、わりぃ。……安心しろ、考えがある」


†================†


乗合馬車は、干し草と、家畜の匂いがした。


尻の下で、車輪が、石を拾うたびに跳ねる。


山道に入ると、風が、少し冷たくなった。


「梶さんは」


隣を歩きながら、カイトが言った。


「……向こうでは、何をしてたんですか」


「ロクなもんじゃねぇよ」


オレは、鼻を鳴らした。


「十代の頃は、毎日誰かとやり合ってた。学校なんざ、ほとんど行ってねぇ」


「意外です」


「意外か?」


「はい。だって、教えるの、上手いので」


「…………」


参ったな、と思った。


「……その後にな、行き場のねぇガキ共の面倒を見る仕事に就いた」


「へえ」


「殴り合いしか知らねぇ奴のほうが、話が早ぇんだよ。ああいうのは」


不思議と、口が回った。


トラックに轢かれて死んだ話も、こっちで魔王をぶっ殺した話も、前の担当だった泣き虫の話も、気づけば全部しゃべっていた。


カイトは、いちいち、いい相槌を打った。


「テメェは?」


坂の途中で、オレは聞いた。


「向こうに、家族は」


「……いますよ」


少しだけ、間があった。


「田舎で、親戚がたくさんいて。みんな、よくしてくれました」


「そうかよ」


「それより、梶さん。魔王って、どうやって倒したんですか」


「おう、そりゃあな――」


オレは、また、自分の話を始めた。


峠を越えたところで、ふと、気づいた。


ここまで登る間、しゃべってたのは、ほとんどオレだ。


(……こいつの話、何か聞いたか?)


まあ、いい。


言いたくねぇことの一つや二つ、誰にだってある。オレにだって、山ほどある。


「梶さん」


「あ?」


「あなたが来てくれて、よかったです」


「……あー」


そういうのは、慣れてねぇ。


オレは、そっぽを向いて、あごで前を指した。


「行くぞ。臭ぇのが来た」



岩肌に、白い骨が散らばっていた。


鼻を突くのは、腐った卵みてぇな、硫黄の匂いだ。


崖の中腹。焦げて黒くなった地面の真ん中に、そいつは寝そべっていた。


家が一軒、動いてるようなもんだった。


鱗は、岩だ。


「【火矢】!」


橙の線が、脇腹で、ぱきん、と割れて散った。


「効かない……!」


「【雷槍】!」


鱗の間で、火花が跳ねる。浅い。


そいつが、首を持ち上げた。


「散れ!!」


吐かれた炎が、岩を舐めて、赤く溶かした。


熱が、頬を焼く――はずだった。


炎は、オレを、避けもしなかった。


オレがそこにいねぇみてぇに、通り過ぎていっただけだ。


(……クソが)


手が届かねぇ。庇えねぇ。オレにできるのは、口だけだ。


「Book! ドラゴンの倒し方!」


『傾聴とは、相手の言葉をさえぎらず、まず受けとめることであり――』


「カウンセリングの本しか出てこねぇんだよ、これは!!」


役に立たねぇ辞書を叩き閉じて、オレは、そいつを睨んだ。


見ろ。読め。


魔王をぶっ殺したのは、腕っぷしじゃねぇ。


「――カイト! 見つけたぞ!」


岩陰で、煤だらけの顔が上がる。


「あのデカブツ、火ィ吐く前に、必ず一回、深く吸ってやがる。三拍だ」


「三拍……」


「息を吸うってこたぁ、口ん中を、こっちに開けるってことだ」


オレは、叫んだ。


「鱗の外は岩でも、中身は肉だ! 喉に流し込め!」


「――はい!」


カイトが、飛び出した。


翼が、風を打つ。


「【風縛】!」


渦が、片翼を絡め取った。体勢が崩れ、巨体が地面に落ちる。


来る。


首が、持ち上がる。


顎が、開く。


胸が、大きく、膨らんだ。


一拍。


二拍。


「――今だ!!」


「【雷槍】ッ!!」


光が、まっすぐ、喉の奥へ吸い込まれていった。


内側から、腹が、白く光った。


音は、聞こえなかった。


ただ、山が、一度、大きく揺れた。


崩れ落ちた岩みてぇな体が、二度跳ねて、動かなくなる。


「……はっ、はっ……」


膝をついたカイトの背中に、オレは、拳を突き出した。


「上等だ! やりやがった!」


「……梶さん」


煤で真っ黒な顔が、こっちを向いて、笑った。


「勝てました」


「当たり前だ。オレの指示だぞ」


初めての、大物だ。


こいつはもう、そこらの新人とは、違う。


(……今回は、楽勝だな)


そう思って、オレが立ち上がった時だった。


日が、陰った。


風が、止まる。


崖の上。


でかい影が、こっちを見下ろしていた。


さっき倒したやつが、子供に見える。


「……は?」


黒に近い鱗。折り畳まれた翼。


そいつは、動かなかった。


死骸を一度見て、それから、カイトを見た。


「鑑定」


反射で、オレは口にしていた。


何も、出ない。


(……そうだった。オレの鑑定は、担当の勇者にしか効かねぇ)


目の前のバケモンが何者か、オレには、一文字も読めない。


「梶さん」


「……走れ」


崖の上で、石が、ひとつ、転がり落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。