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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース2 カイト

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1日目『勇み足』

「お手」


「ワンッ!」


差し出された前足を、オレは、しっかり握り返してやった。ふにふにの肉球が、あったけぇ。


「よし。おかわり」


「ワンッ! ワンッ!」


夕日が、草っ原を、オレンジに焼いている。


「いい子だ。……次は、あの輪っかを飛び越えてみろ」


オレが指差した先には、蔓で作った輪っかが、ぶら下がっている。


そいつは、後ろ足で、ぐっと地面を蹴った。


「わおーん!」


宙で、体が、きれいに伸びる。輪の真ん中を、毛の一本もかすらせずに、抜けた。


「いいぞレオ! 天才か、お前は!」


駆け戻ってきた勇者の頭を、わしゃわしゃと撫でてやる。


「ハッハッハッ」


尻尾が、うちわみてぇに、パタパタ揺れた。


「よーし、じゃあ最後だ。この枝を、取ってこい!」


夕日に向かって、思いっきり放り投げる。


勇者は、風みてぇに走った。落ちてくる枝に、頭から突っ込む。


ダイビングキャッチだ。もちろん、口で。


「っしゃあ! 最高だぜレオ! この調子なら、オレもそのうち、トップブリーダーに――」


「んなわけ、あるかい!!」


足元に置かれた枝を、地面に叩きつけた。


(何やってんだよ、オレは)


頭を掻きむしって、夕日に向かって吠える。


「どこ行った、魔王は! どこ行った、血肉躍る激闘は!」


「ハッハッハッ」


「もっと投げろ、じゃねぇんだよ!」


なんでオレが、犬っころの世話をしてる。


こいつ、一応、勇者だぞ。神サマ公認の。


「くぅーん」


「エサはまだか、でもねぇ! 勇者なら、攻撃スキルの一つや二つ覚えろや!」


オレは、こいつのステータスを引っ張り出した。


『勇者レオ/年齢:五歳/職業:勇者

 固有スキル:【フリスビー回転空中キャッチ】』


「なんだよ、この……フリスビーの、回転空中キャッチって! どこで使うんだ! 魔王がフリスビー投げてくんのか!」


「ハッハッハッ」


「おい、コラ。……そこでションベンすんじゃねぇ」



その時だった。


耳の奥で、キィン、と、細いアラートが鳴った。


(……なんだ?)


見回しても、魔物の気配はねぇ。草が風に鳴ってるだけだ。


これは、ひょっとして。


震える指で、ステータスを開く。


無機質な一文が、そこに並んでいた。


『担当勇者の育成完了を確認。帰還を命じる』


「……育成完了? オレが、何を育成したって?」


言いながら、目の奥が、じわりと熱くなってきやがる。


「……やった。やっと、解放される……!」


終わりの見えねぇ、犬畜生の教育という名の、ただの世話。


そもそもこの世界に、魔王なんているのか。


オレは生まれて初めて、あのクソ女神に感謝した。


「ハッハッハッ」


「……ああ。達者でやれよ、レオ」


しゃがんで、耳の後ろを掻いてやる。


こいつは、気持ちよさそうに目を細めた。


(……ちょっとだけ、可愛かったな。ちょっとだけだぞ)


視界が、白い光に、包まれていく。


気がつけば、見飽きた真っ白な空間に立っていた。


まず、自分の手を見る。


ゴツゴツした、でけぇ手。視線も、高い。


「……やっぱ、この姿が一番落ち着くぜ」


三十歳の、男のオレだ。肩を回すと、骨がゴキリと鳴った。


パチパチパチパチ。


例によって、感情の一滴も入ってねぇ、拍手の音。


顔を上げれば、作り物みたいな笑みを貼り付けた、あの女が立っている。


「んで? オレを呼んだ理由はなんだ。新しい勇者の教育か」


女神は、にこりと笑ってうなずいた。


瞬きは、しない。


「ちょっと待て」


嫌な予感がして、オレは指を突きつけた。


「……イヌじゃ、ねぇだろうな」


「違います」


ほっと、肩の力が抜ける。


いや、待て。まだ油断はできねぇ。


「猫じゃ、ねぇだろうな!」


「違います」


「トカゲとか、そういうのもナシだぞ!」


「違います」


眉一つ動かさずに、女神が答える。


「……人間だろうな!」


「人間です」


「よし! ならいい。さっさと送れ!」


「詳細は、聞かないのですか?」


「聞いても、肝心なところは、またダンマリだろうが」


オレは鼻を鳴らした。


「もう、テメェに振り回されるのは御免だ。オレは、オレのやり方で行く。勇者も、現地で勝手に調べる」


「そうですか。では、今回の担当勇者は――」


「いらねぇって言ってんだろ! さっさと送りやがれ!」


ゴッ、と、嫌な音がした。


足元の床が、また、唐突に消える。


「……あ」


支えを失った体が、真っ逆さまに落ちていく。


オレは、遠ざかっていく笑顔に向かって、力いっぱい中指を突き立ててやった。


「ご武運を」


作り物の笑みは、最後まで崩れなかった。


†================†


尻から落ちた。


石畳が、硬てぇ。鼻を突くのは、生ゴミと安酒の匂いだ。


「……いってぇな、クソが」


自分の声が、やたらと高い。


見下ろせば、細っこい手足と、揺れる銀色の髪。


(……戻ってやがる)


十歳のガキだ。それも、女の。


髪を一房つまんで、しばらく恨めしく眺めてから、放り捨てた。


「……ちっ。今回もかよ」


森じゃねぇ。路地裏だ。


前のアヤの時は、湿った森のど真ん中に落とされた。今度は屋根の下ってわけか。


壁づたいに歩いて、路地を抜ける。


その先で、オレは思わず口笛を吹いた。


「……おいおい。今回は、都会じゃねぇか」


石造りの建物が、肩を寄せ合うように並んでいる。三角屋根に、煙突。教会の尖った塔が、空を刺している。


荷車の車輪が、石畳をガタゴトと鳴らしていく。


焼きたてのパンと、鍛冶屋の鉄くささが、風の中で混ざり合っていた。


昼間から出来上がった親父どもが、酒場の軒先で、でかい声で笑っている。


「おい、そこのオッサン。この街、なんて名前だ」


答えは、ない。


そりゃそうだ。


オレの姿も声も、担当の勇者にしか届かねぇ。


その親父は、こっちを見もせずに、まっすぐ突っ込んできた。


「うおっと」


慌てて、横っ飛びに避ける。


「……毎度これだ」


聞き込みの一つでもできりゃ、話が早ぇんだけどな。


まあ、いい。愚痴ったところで、あの女が仕様を変えちゃくれねぇ。


オレは酒場を横目に、空中へ手を滑らせた。


「マップ」


薄青い地図が、目の前に広がる。


街の外れ――門を抜けた、林の手前あたりで。


赤い点が、じわり、じわりと点滅していた。


「……外かよ。このガキの足で、歩きか」



門を抜けると、風の匂いが変わった。


土と、青い草。街道の脇に、背の低い林が広がっている。


赤い点は、その先だ。


木立を回り込んだところで、オレは足を止めた。


――音がする。


短い詠唱。地面を蹴る足音。それから、獣みてぇな、濁った悲鳴。


崩れかけた石垣によじ登って、そっと下を覗き込んだ。


草地に、男が一人。


年は十七、八ってとこか。丈の長いローブに、木の杖。


囲んでいるのは、ゴブリンが三匹だ。


「――【火矢】」


杖の先で、光が弾けた。


橙の線が、一直線に走る。正面の一匹が、額から火を噴いて倒れた。


(……早ぇな、詠唱)


右から回り込んだ二匹目に、そいつは背を向けない。


半身を引きながら、次の詠唱を繋いだ。


「【風縛】」


足元の草が、渦を巻く。二匹目の膝が、がくんと落ちる。


そこへ。


「【雷槍】」


空気が、パン、と割れた。


焦げた匂いが、風に乗って、鼻の奥まで届く。


残った一匹が、逃げようと背を向けた。


だが、そいつは追わなかった。


杖の先を、わずかに下げる。逃げる先を読んで、そこに置いた。


橙の線が、また走る。


三匹目は、五歩も行かずに崩れた。


(……へぇ)


オレは石垣の上で、あごを撫でた。


無駄がねぇ。魔法の順番が、いい。


崩す、止める、抜く。しかも、逃げる敵の背中まで、ちゃんと詰めきってる。


半端に見逃した一匹が、後で村を焼く。そいつを、こいつは知ってやがる。


「鑑定」


ウィンドウが、男の頭の上に、ぽんと浮かんだ。


『名前:カイト

 年齢:十八歳

 職業:魔法使い

 スキル:【火魔法・中級】【風魔法・中級】【雷魔法・中級】【魔力操作】

 状態:異常なし

 ――担当勇者と一致』


「……カイト、な。なるほど、魔法使いか」


上から下まで、なめるようにステータスを追う。


数字は悪くねぇ。突出はしてねぇが、穴もない。


なにより、魔法の取り方が上手い。


火に全振りして「威力だけ一丁前の的」になるガキなら、腐るほど見てきた。


こいつは、そうしてねぇ。攻めと、足止めと、削り。三本の柱で、ちゃんと立ってやがる。


(誰かに習ったのか? ……いや、この年でここまで自分で組めるなら)


独学だ。それも、相当、頭がいい。


状態の欄も、まっさらだった。


前の現場じゃ、ここに「呪い」なんて物騒な文字が居座ってやがった。外から妙なもんを流し込まれてる勇者は、この欄が正直に吐く。


(……今回は、変なもんは憑いてねぇな)


魔物が消えて、あたりが静かになる。


普通、ここでへたり込むか、握り拳の一つくらい作るもんだ。


だが、そいつは、そのどっちもしなかった。


杖の先についた煤を、袖口で、ていねいに拭っている。


それから落ちた素材を拾い、布に包んで、腰の袋にしまった。


(……いいじゃねぇか)


浮かれねぇ。息も上がってねぇ。


肝が据わってやがる。


前のアヤなんざ、ゴブリン一匹で泣きそうになってたってのに。


オレは石垣を蹴って、草の上にひらりと降り立った。


青い匂いが、ふわりと立つ。


(今回は、拍子抜けするくらい、楽かもしれねぇな)


――言っておくが。


この時のオレは、心の底から、本気でそう思っていた。

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