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辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース1 井上 綾(いのうえ あや)

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13日目『決着』


「逃がさねぇよ」


逃げようとするザガンの影を、オレは盾の底でしっかりと踏みつけた。


見えない鎖に縫い留められ、上位魔族の巨体がびくりと硬直する。


(……だが、こっからが綱渡りだ)


オレは、にやついた表情の裏で、内心の冷や汗を必死に押し殺していた。


捨て身の一撃。


あの全ステータスを攻撃力に変換するタンクの奥の手は、確かにザガンをぶっ飛ばした。


だが、その代償は、あまりにもデカい。


今のアヤの体は、吹き飛んだザガンよりよっぽど瀕死だ。


右手はぐしゃぐしゃに砕け、全身のステータスは『1』のまま。


立ってるのが不思議なくらいの、満身創痍ってやつだ。


「あと一回」なんて、左手を見てカマしてやったが――冗談じゃねぇ。


今のオレに、もう一発殴れるだけの体力も、力も、残っちゃいねぇ。


完全な、ハッタリだ。


(相手も、薄々気づいてやがる……)


影踏みを解いた瞬間、立場は逆転する。


そうなりゃ、負けるのはオレたちだ。


ザガンが、必死の形相で影から逃れようともがいている。


そして、渾身の力を込めて――頭上に、小さな光の玉を生み出した。


(……っ、光源をずらして、影の位置を変える気か!)


光の角度が変われば、足元の影も動く。影が動けば、オレの拘束は解ける。


ザガンの影が、ぐにゃりと位置を変えた。


拘束を脱したザガンが、勝ち誇った顔でこちらを振り向く。


「これで――終わりだ」


オレは、ゆっくりと、口を開いた。


「……オレなら、助けねぇ」


努めて静かに。


ザガンに、そして自分自身に、言い聞かせるように。


「自分を殺そうとした奴なんざ、指一本動かさず、笑って見殺しにするわな。


それが、普通だ。オレは、そういう人間だよ」


「だがな」


「……何を、言って」


ザガンが、光を放ったまま、目を、見開いた。


「そんな……あり得ない。何故だ……何故、回復している……!?」


さっきまで、砕け散る寸前だったアヤの体が。


今、傷一つなく、完全に、立ち上がっている。


「もう、何も残っていないはずだ……! 死にかけの、ゴミが! 何故、何故……なぜだァ!!」


ザガンが、頭を掻きむしり、混乱の言葉を、撒き散らす。


氷みたいに冷静だった魔族の仮面が、無様に、剥がれ落ちていく。


オレは、自分の――いや、ここにいる、アヤの胸に、手を当てた。


「こいつは、違うんだとよ。


裏切ったかもしれねぇ仲間を、それでも、助けたいんだとよ。


……全く、意味わかんねぇよな」


呆れた声を出しながら。


だが、その内側で、オレは確かに、こいつに――アヤに、敬意を抱いていた。


「あ……あ、あああ……」


ザガンが、じりじりと、後ずさる。


オレたちの背後――瓦礫の上に倒れていた、ヒーラーのナミが。


震える手を、わずかに、持ち上げ、その指先が、床に、淡く光る魔方陣を、ゆっくりと、描いていく。


肩口を抉られ、血だまりの中で、もう虫の息のはずだった。


だが、ナミの全身から、目も眩むほどの、神聖な光が、あふれ出している。


それは、彼女に残された、最後の魔力。


いや――それだけじゃ、ねぇ。


命そのものを、燃やし尽くす、光だった。


光が、オレ――アヤの体を、優しく、包み込む。


ぐしゃぐしゃに砕けた右手が、元に戻る。


『1』だったステータスが、音を立てて、満タンまで、駆け上がっていく。


虫の息の人間が、最後の命を絞り出して、他人を救う。


そんなことは、こいつの価値観じゃ、絶対に、理解できねぇんだ。



オレは、ゆっくりと、ザガンに向かって、歩き出した。


「なあ、お前もそう思うだろ? こいつのこと、わけわかんねぇって」


「あ、あああああああっ!!」


ザガンが、悲鳴を上げて踵を返し、逃げ出そうとする。


だが。


ズンッ。


オレは、再びその影を、盾の底で、踏み抜いた。


「だから、逃がさねぇっつってんだろ。学習しろよ、上位種族サマよぉ」


「ひっ……!」


足を縫い留められたザガンが、引きつった顔で、固まる。


さっきまでの威厳も、優雅さも、どこにもない。


ただの、捕食者に追い詰められた、獲物の顔だ。


オレは、大盾を展開し、その底を、ザガンの伸びた影に、ぴたりと重ねた。


逃げ道を、完全に塞ぐ。


そして、ナミが命がけで満たしてくれた、アヤの全ての力を。


右の拳に、再び、収束させていく。


(……無駄にはしねぇぞ、ナミ。テメェの命、しっかり使わせてもらう)


光が、渦を巻いて、拳に集まる。


「なあ、ザガン」


オレは、固まったザガンの濁った瞳を、まっすぐに覗き込んだ。


「魔王様ってやつは――どうせ、お前を通して、こっちを見てんだろ?」


ザガンの体が、びくりと、震えた。


図星だ。


逃げない。いや、逃げられない。


オレの放つ圧に完全に呑まれて、もはや脱出することすら、忘れている。


「だったら、よく見とけ。そんで、テメェの主人に、伝えとけや」


オレは、にぃ、と凶悪に、笑った。


五周のループで煮詰めた、ドス黒い闘志を。


そして、ナミが託した命の重みを、全部、この一言に込めて。


「次は、お前だ。クソ魔王。――来るならこい。叩き潰してやる」


そして。


渾身の右の拳を、振り抜いた。


ドゴォォォォォォォォンッ!!


光をまとった一撃が、ザガンの体を、影ごと、真正面から貫いた。


断末魔の声すら、なかった。


上位魔族ザガンの体は、塵となって、夜明けの光の中へと、跡形もなく、消滅した。



†================†



……長かった。


本当に、長かった、五周のループが、ようやく、終わった。


オレは憑依を解き、アヤの体から、すっと意識を引き剥がす。


ぐらりと傾いだアヤの体が、自分の足で、踏みとどまった。


(……勝った、のか)


吹き抜ける朝の風が、焦げ臭い戦場の匂いを、ゆっくりと、洗い流していった。


だが、その勝利は。


一つの、尊い命と、引き換えだった。



†=======エピローグ=========†



数日後。


街の外れの、小高い丘。


真新しい墓標の前に、アヤは、静かに、花を手向けていた。


ヒーラーの、ナミの墓だ。


「……せっかく、助けてくれたのに」


アヤの瞳から、ぽろぽろと、涙がこぼれ落ちる。


「私、何も、できませんでした。ナミさんは、私を庇って、命まで使って……。


それなのに、私……!」


「……気に病むな」


オレは、アヤの隣で、墓標を見下ろしながら、静かに言った。


「どうせ、あいつは、長くなかった。


自分にかけられた呪いの逆流で、体は、もうボロボロだったんだ。


……あいつは、自分の死期を、ちゃんと、悟ってたんだよ」


「そんな……」


「だからな、あれは、お前のせいで死んだんじゃねぇ。


あいつが、自分で、選んだんだ」


オレは、空を見上げた。


「あいつは、僧侶だ。信じてた神様を、魔族に汚されて。


操られて、仲間を手にかけそうになって。


……それが、我慢、ならなかったんだろうぜ。


最後くらい、自分の意志で、誰かを守りたかった。それだけだ」


「ナミ、さん……」


「アイツはな、お前に、感謝してたぜ」


オレの言葉に、アヤが、顔を上げる。


「最後の最後に、自分を、取り戻せたからな。


操られた人形のまま死ぬんじゃなく、ちゃんと、自分の心で、お前を助けて、逝けた。


……それが、あいつにとっちゃ、救いだったのさ」


「…………」


「嘘だと思うなら、ほら。自分のステータス、見てみな」


オレに促され、アヤが、空中に、自分のステータス画面を、開いた。


名前。年齢。職業。


その、隅っこに。


小さくて、今にも消えそうな文字で。


だが、確かに、こう、刻まれていた。


【僧侶の加護】


「……っ」


アヤの、目が、見開かれる。


「あいつが、最後に、お前に遺したもんだ。


命を使って、お前を守る、加護の魔法。


……これから先も、ずっと、お前を見守ってくれてるってことさ」


「ナミ、さん……」


アヤが、静かに、泣き出した。


オレは、その小さな背中を、静かに、見守る。


「……粋なこと、するじゃねーか。なあ、ナミさんよ」


朝の光が、墓標を、優しく照らしていた。


アヤの泣き声と、丘を吹き抜ける風だけが、静かに、響いている。


ナミは、もう、いない。


だが、その優しさは、確かに。


アヤの中で、これからも、生き続ける。



それから、しばらく。


オレは、アヤに付きっきりで、自分の持つ全ての知識を、叩き込んだ。


戦術。立ち回り。仲間との連携。心構え。


来るべき、魔王との決戦に向けて。


アヤは、もう、あの頃のアヤじゃなかった。


オレの言葉を、乾いた砂が水を吸うように、一つ残らず、吸収していく。


「ごめんなさい」が口癖だった引きこもりの少女は、見違えるほどに、強く、成長していた。


だが――そんなある日のことだった。


オレのステータス画面に、無機質な通知が、灯った。


『勇者育成課職員へ。担当勇者の育成完了を確認。帰還を命じる。次なる勇者への派遣を要請する』


帰還命令。


そして、次の勇者への、派遣要請だ。


「……マジかよ。こんなタイミングで、お別れたぁな」


オレが頭を掻いていると、それを聞いたアヤの顔が、見る間に、泣きそうに歪んだ。


「梶さん……行っちゃう、んですか?」


「あー……まあ、そういうことらしい」


うるうると瞳を潤ませるアヤを前に、オレは、柄にもなく、言葉に詰まった。


こういう湿っぽいのは、どうも、苦手だ。


オレは、わざとぶっきらぼうに、そっぽを向いた。


「……いつまでも、メソメソすんな。お前はもう、一人で立てんだろ。


ナミの加護も、ついてんだしな」


「でも……」


「また来る」


オレは、努めて軽く、言い放った。


「ま、また来るからよ。それまでに、オレが教えたこと、一個も忘れんじゃねぇぞ。


サボってたら、ぶっ飛ばしに、戻ってくるからな」


「……っ、はい! はい……!」


涙をぼろぼろ零しながら、何度も頷くアヤ。


その顔を見てたら、なんだか胸の奥が、むず痒くなって。


オレは、ひらひらと手を振って、さっさと、その場を後にした。


あんまり長居すると、調子が狂っちまう。


(達者でやれよ、アヤ。……ナミの分も、な)


最後にそれだけ、心の中で呟いて。


オレの意識は、白い光に、包まれた。


†================†



「……お」


気がつけば、オレは、見覚えのある真っ白な空間に、立っていた。


そして、何より。


自分の手を見て、安堵の息が、漏れる。


ゴツゴツとした、大きな手。


高い、視線。


そう、三十歳の、オレ自身の――男の姿に、戻っていた。


「やっと、元に戻れたか……! あのチビっこい体とも、おさらばだぜ!」


パチパチパチパチ。


例によって、感情の籠もらない、拍手の音。


顔を上げれば、相変わらず作り物みたいな笑顔を貼り付けた、あのクソ女神が、立っていた。


「素晴らしい功績です。見事、一人目の勇者を、育成しましたね」


「おう。だからさっさと、地球に帰す手続きを――」


「では、次の勇者の指令です」


「人の話を聞けや!!」


オレの抗議など、例によって、暖簾に腕押し。糠に釘。


女神は瞬き一つせず、にこにこと、用意されたスクリプトを読み上げるだけだ。


会話が、まるで、成立しねぇ。


「次の担当勇者は、こちらです」


女神が、すっと宙に、映像を投影する。


そこに映し出された、次なる勇者の姿を見て――オレは、固まった。


「…………は?」


「…………」


「……なんの、冗談だ?」


オレは、ずんずんと、女神に詰め寄った。


「何か、問題でも?」


女神が、きょとんと、小首を傾げる。


「大有りだ! なんだ、この勇者は!」


「勇者レオです。年齢は五歳。……若すぎますか?」


しれっと、話を進めようとする女神。


「勝手に進めるな!」


オレは、思わず、怒鳴りつけた。


「オレが言いたいのは、そこじゃねぇ!」


「?」


「『?』じゃねぇ! なんで次の勇者が、これなんだよ!」


「気に入りませんか?」


「気に入る、気に入らない以前の問題だ!」


「と言うと?」


オレは、宙に映る次なる勇者――もふもふの毛玉を指差し、喉が裂けんばかりに、叫んだ。


「どうして、勇者が、犬なんだよ!!」


そう。


そこに映っていたのは。


つぶらな瞳で首を傾げる、一匹の、子犬だったのだ。


「勇者は人間のみだとは、誰も言っていませんよ?」


女神が、にっこりと、当然のように、言い放つ。


「ムキーッ!!」


ブチ切れたオレは、地団駄を踏むように、白い床を、ダンダンと踏み鳴らした。


その、瞬間。


ゴッ、という嫌な音と共に。


足元の床が、また、唐突に、消滅した。


「あっ」


支えを失った体が、重力に引かれて、落ちていく。


「ふっ……ざっけんなぁぁぁぁ――!!」


オレは、せめてもの抵抗とばかりに、見下ろしてくる女神に向かって、力いっぱい、中指を突き立てた。


そのまま真っ逆さまに、底知れぬ闇の底へと、吸い込まれていく。


次の勇者は、犬。


最強の元勇者による、人災級の勇者育成は――まだまだ、続く。

第一部『ケース1:アヤ』、これにて完結です。

何度もリセットされる地獄を、最後まで見届けてくださった皆さま、本当にありがとうございました。


「ごめんなさい」が口癖だった女の子が、「お願いします」と言えるようになるまで。

手出し禁止の元最強が、口だけで――最後は差し出した手で、その子を立たせるまで。

第一部は、そんなお話でした。


ナミの加護は、これからもアヤと一緒です。

アヤの物語は、ここでひとまず幕を下ろします。


さて。

ノルマ8192万人のうち、ようやく一人目。

残り、8191万9999人です。


次話から、第二部『ケース2:カイト』が始まります。

一行目は、「お手」です。

犬のレオの育成は、どうなったのか。まずは、そこから。


そして、新しい担当勇者のもとへ。

今度の現場は、拍子抜けするくらい楽な――はずでした。


ブックマークや、ページ下の☆☆☆☆☆での評価、感想をいただけると、とても励みになります。

梶の舌打ちが、たぶん一回くらい減ります。


引き続き、梶の地獄の再教育に、お付き合いください。

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