↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辞令:人災育成課配属を命ずる 〜ノルマ8192万人。転生した元最強勇者の転職先は、人災級のポンコツ勇者を 育てるブラック職場でした〜   作者: Ruru
ケース1 井上 綾(いのうえ あや)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/35

12日目(裏)『ひかり』


――時間は、少しだけ戻る。


これは、あの瞬間の、私の話。


目の前に、恐ろしい怪物が立っていた。


外見は、人の形をしている。


けれど、人じゃない。


漆黒の角。氷みたいに冷たい目。まとっている空気そのものが、ぞっとするほど禍々しい。


怖い。


足が、ガクガクと震える。


逃げたい。今すぐ、ここから走って逃げてしまいたい。


――でも。


私の視界の端に、床に倒れているナミさんの姿が映った。


肩から血を流して、ぴくりとも動かない。


私を庇って、突き飛ばして、あの光を、代わりに。


(お願い……死なないで。生きてて、ナミさん……!)


胸が、ぎゅっと締めつけられる。


そして、ふと、思った。


もし、ここで私が死んだら。


この怪物は、きっと、この街に向かう。


ロンさんも、ジャミンさんも、ギルドの人たちも、街のみんなも――全部、殺される。


「…………」


そんなことを考えている自分に、自分で驚いた。


こんなの、私らしくない。


いつもなら、「私なんて」「ごめんなさい」って、自分のことで頭がいっぱいで。


誰かを守りたいだなんて、そんな大それたこと、思ったこともなかったのに。


でも、今は。


震える指先を、ぎゅっと握りしめる。


「……私が、貴方を守るから」


倒れているナミさんに、誰にも聞こえない声で、そう誓った。


†================†


「盾を出せ!」


凛とした、少女の声。


私の傍らに立つ、私よりもずっと幼い、銀色の髪の女の子。


その人の声が、頭の奥に直接響く。


「はい!」


私は、迷わず大盾を顕現させた。


不思議だ。


こんなに小さくて、可憐な女の子の声なのに。


どうしてだろう、その言葉には、揺るぎない説得力と、不思議な安心感がある。


ガァン! キィン!


怪物の指先から、目も眩む光の線が、次々と私に襲いかかってくる。


私は大盾の陰に身を縮め、必死にそれを受け止めることしかできない。


「右だ! 角度を変えろ! ……そうだ、耐えろ!」


女の子の声が、必死に私を導いてくれる。


立ち位置、盾の角度、息をつくタイミング。


でも。


(……ダメだ)


防ぐので、精一杯。


盾は重くて、腕はもう感覚がなくて、押し寄せる光の圧に、じりじりと後ろへ下がっていく。


このままだと、死ぬ。


そんなこと、戦いに素人の私でも、はっきりと分かってしまう。


相手の方が、何もかも、一歩も二歩も上をいっている。


(私が、皆を守る……?)


さっき誓ったばかりの言葉が、空しく胸の中で萎んでいく。


(無理だよ。だって、私は……)


心は、こんなにも叫んでいるのに。


守りたいって、立ち向かいたいって、震えるくらいに願っているのに。


足が、動かない。


手が、言うことを聞かない。


意志と体が、ばらばらに引き裂かれていく。


「……やっぱり、私には、無理なの……?」


ぽろりと、諦めの言葉が、唇からこぼれ落ちた。


視界が、じわりと滲む。


膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった――その時だった。


†================†


世界を白く焼き尽くす、光線の雨の中。


その人は、立っていた。


降り注ぐ死の光を背に受けて。


小さな体が、まるで後光が差しているかのように、神々しく輝いて見える。


光が、その人をすり抜けていく。


傷一つ、つかない。


まるで、この世の理から外れた、特別な存在みたいに。


「……オレは梶だ。テメェの担当の、勇者育成課職員サマだよ」


その人――梶さんは、不敵に、にっと笑った。


そして、私に向かって、小さな右手を、まっすぐに差し出す。


「手を掴め! オレを信じろ!!」


その瞬間。


差し出された小さな手と、その言葉が。


遠い昔の、大好きな記憶と、ぴたりと重なった。


――初めて、自転車に乗れた日。


ふらつく私の背中を支えてくれた、大きくて、温かい手。


転んでも転んでも、何度でも「もう一回だ」と差し伸べられた、あの手。


頭を撫でて、笑ってくれた、お父さん。


ああ。


そうだ。


この感じだ。


怖くない。


この手を掴めば、きっと、大丈夫。


「はい!!」


私は、迷わなかった。


大盾から片手を離し、梶さんの差し出した小さな手を、両手で、力いっぱい握りしめた。


バチィィィィィィンッ!!


手が触れ合った瞬間、電流みたいな衝撃が、全身を駆け抜けた。


†================†


――不思議な、感覚だった。


意識は、はっきりしている。


私は、私だ。ちゃんと、ここにいる。


なのに。


体が、勝手に動く。


言葉も、声も、私の意思とは関係なく、勝手に飛び出していく。


自分なのに、自分じゃない。


誰かが、私の体を、内側から着こなしている。


『よく見てろ! 次からは、お前がやるんだ!』


頭の中に、梶さんの声が、力強く響く。


その直後。


私の手が――大盾を、無造作に放り捨てた。


(えっ!?)


唯一の守りを、自分から手放すなんて。


私が悲鳴を上げる間もなく。


『タンクが一人でも勝つ方法、教えてやるよ』


私の体が、地を蹴った。


ザガンの指先から、無数の光線が殺到する。


当たる――そう思った瞬間。


ぐにゃり、と。


私の体が、あり得ない動きで、その全てを掻い潜った。


『読めてんだよ! 速ぇだけで、直線で曲がりもしねぇ光線なんざ!』


光が走る。避ける。


また走る。また避ける。


紙一重。肌を焼く寸前で、私の体は、悉くの光線を躱していく。


(なに、これ……速い……速すぎる……!)


自分の体のはずなのに、反応速度がまるで別物だ。


目で追うのもやっとの光を、梶さんは、笑いながら避けていく。


不思議と、痛みは遠かった。


さっきまで悲鳴を上げていた腕も、足も、限界を超えて動いているはずなのに、その痛みは、薄いベール越しのように、どこか他人事みたいに感じられる。


そして。


私の体が、淡い光を放ち始めた。


『タンクにはな。仲間が全員やられて、たった一人で立ってる時に使う――奥の手があるんだ』


私の視界に、ステータス画面が浮かび上がる。


HP。魔力。防御力。


その全ての数字が、カチ、カチ、と音を立てて削られ――一つ残らず、『1』になっていく。


そして、削り取られたその全てが。


たった一点、『攻撃力』へと、凄まじい光となって収束していった。


私の右手に、目も眩むほどの光が、渦を巻いて集まっていく。


「うぉぉぉぉぉぉッ!!」


私の喉から、聞いたこともない、雄々しい咆哮がほとばしった。


光をまとった小さな右の拳が、唸りを上げて。


あの恐ろしい怪物の顔面を、真正面から、思い切り殴り飛ばした。


ドゴォォォォンッ!!


ザガンの巨体が、まるで紙くずみたいに、宙へと吹き飛んでいく。


「…………」


その光景を、私は、呆然と見つめていた。


あんなに恐ろしかった怪物が。


私の体が。私の拳が。


「……すごい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。