第三話 救出
それは突然の知らせだった。
「王妃様、明日の朝処刑だってよ。……どうするんだよ、お前」
「…………わかってる」
同僚の心配そうな声音に、唸るように返す。
今の俺にはそれしかできなかった。
というのも、国王からの発表によると新たに迎える側室が懐妊したそうだが、それに対し不妊の王妃様が嫉妬心から逆上し、胎児諸共側室に手をかけようとしたらしい。
そして、王妃様は殺人未遂の罪で捕えられ、明日の朝国民の前で断罪されるとのことだった。
(絶対何かの間違いだ。彼女がそんなことするはずがない)
あの優しい王妃様は絶対にそんなことをしていないと言い切れる。
だが、俺がそう言い切ったところでこの決定が覆るわけがない。国王の決定は絶対だ。例えそれが冤罪であっても。
(そもそも、何もかもが突然すぎる。側室の話なんていつ出てきた? 突然湧いて出てきた側室が懐妊したというところも不自然すぎる。それで王妃様が凶行に及んだだと? めちゃくちゃすぎる)
国民の誰もが国王の側室、その側室の懐妊と寝耳に水の情報に動揺してるだろう。さらに畳みかけるかのように王妃様の処刑。ただでさえ国王はまともに公務を行わずに王妃様に任せきりにしていたというのに、王妃様を処刑してどうするつもりなのか。
国王の発表に、国民の誰もが不安を抱いたのは間違いなかった。
(今更国のことなどどうでもいいか。それよりも王妃様だ。処刑などさせるものか)
まずはこれからどうするかを考えなくてはならない。とにかく時間がなかった。
処刑まで半日を切っている。王妃様を救うには考えている猶予などなく、今すぐ動くしかなかった。
(絶対に助ける。例え、この身を犠牲にしてでも……!)
「これは、オレの独り言なんだが……」
よし、と覚悟を決めたとき、突然同僚が大きな声で独り言を言い始める。
思わず俺がそちらを向けば、同僚は俺のほうを見るでなく空に向かって話し出した。
「深夜十時を回ったころ、ちょうど城の見回りの交代時間らしいな。その時間は騎士達も最小限でシフトを回しているとかいないとか。入れ替わりで油断しやすいから、そのタイミングで襲撃されたら大変だろうな〜」
同僚の独り言にハッとなる。
城の勤務実態を知らなかった俺にとってその情報は大きかった。闇雲に行ったところで返り討ちにあってしまったり王妃様に危害を加えられたりしたら意味がない。
そういう意味では同僚からの情報はとてもありがたかった。
「助かる。ありがとう」
「オレはただ独り言言ってただけだぜ? だが、お前からありがとうなんて感謝されるのはなんだかむず痒いな。……絶対に死ぬなよ」
「あぁ。もう会うことはないと思うが、元気でな」
「あぁ、そっちこそ。訃報でお前の名を見るのだけは御免だぜ」
俺は同僚に拳を突き合わせると、そのままその場を後にする。
とにかく時間が惜しい。
王妃様を助けるための装備、その後のことを考えてのお金や食糧、とにかくできる限りの準備をしなくてはならなかった。
◇
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
肩で息をしながら、顔にかかった返り血を拭う。
(確か、この辺りだったはず)
聞き出した情報を頭の中で整理しながら、王妃様が幽閉されている牢獄を探す。時間があまりない。気づかれた相手を問答無用で一掃してきたが、侵入がバレるのは時間の問題だろう。
王妃様を連れて逃走することを考えるとあまり悠長にしてはいられなかった。
「……っ!? 誰か、そこにいるの?」
暗がりの中から声が聴こえる。
その声の持ち主が誰なのか、俺がわからないはずがなかった。
「王妃様! そこにいらっしゃったのですね。今、助けます。少々お待ちを」
「助け……?」
戸惑う王妃様に構わず、俺は先程斬り伏せた守衛から奪った鍵を取り出し牢の扉を開ける。
「王妃様、助けに参りました。どうぞ、手を」
困惑した様子の王妃様。
俺はなるべく怖がらせないようにと気を遣いながら牢の中へと入ると、彼女の前で跪いて手を差し伸べた。
「え、貴方は……? もしかして、その声は昨日の鍛錬場の……方よね? どうして……」
いきなりのことで混乱している様子の王妃様。
そりゃあ、突然ほぼ面識がない奴が助けに来たと言ってもどう反応したらいいかわからないだろう。不審がるのも無理はなかった。
「かつて……まだ自分が幼い頃、貧困街で死にかけていた命を貴女に救っていただいたのです」
「え?」
「ですから、今度は俺が貴女を救いたい。だから、助けに参りました」
「っ! でも、私と一緒にいたら一生逃げ続けなければならなくなるのよ? そんな不自由、貴方にはさせられないわ。私のことは放って、逃げて。今ならまだ間に合う」
「そんなこと、承知の上です。それにもう、ここに来るまで数人騎士を手にかけました。どっちみち追われる身です。それに、貴女に救われたこの命。貴女のために捧げられるなら悔いはないです」
まっすぐ見つめる。
王妃様はまだ混乱しているようだった。だが、時間があまりない。彼女の決断を待っている余裕はもうなかった。
「失礼。時間がありません。問答無用でお連れさせていただきます」
「え? じ、自分で歩けるわ、私! だから下ろしてっ」
「しっかり掴まっていてください」
「ちょっと!?」
本来であれば王妃様の言葉に従わなければならないが、今はそうも言っていられない。
そのため、王妃様の言葉は無視して膝裏に腕を回して持ち上げると、そのまま抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「落ちないように気をつけてください。では、行きます」
「強引すぎではなくて!?」
「城を出るまでの辛抱です。ご容赦ください」
そう言って王妃様を抱えたまま、城の中を駆け抜ける。暗闇に紛れ、逃走経路の選定が功を奏したようで特に見つかることなく、キュッと唇を引き結びながらしがみついてくる王妃様を可愛らしく思いながら俺達は城の外の森まで逃げることができた。
城下町に入る前にバレないよう事前に準備しておいた服装をそれぞれ羽織り、髪などが見えないように布を被る。
「ここまで来たらもう大丈夫だと思います。強引にお連れしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、いいのよ。先程は突然のことで動揺してしまって、騒いでしまってごめんなさい。……でも、このあとどうするつもり? 先程も言ったけど、私と一緒にいたら一生逃げて隠れて暮らさなければいけなくなるわ。それでもいいの?」
「もちろん、全て承知の上です。私は貴女に命を救ってもらって以来、ずっと貴女様をお慕いしておりました。ですから、王妃様と共に暮らせるのなら何も望みません」
まっすぐ王妃様を見つめると、「そう。ありがとう」と照れながら感謝してくださる王妃様。可愛い。
「そういえば聞きそびれていたけど、貴方の名前は?」
「かつての名は捨てました。ですから、王妃様が私に新たな名をつけてくださると嬉しいです」
「なら、私のことを王妃様と呼ぶのもやめてちょうだい。その肩書きはもう捨てたわ。私も、新たな名で生きていくことにするから、貴方が名前をつけてちょうだい」
「では、お互いに名前をつけ合いましょうか」
「そうね。道中で考えましょう。それで、これからどうするつもり?」
「まずは隣国に行ってから考えようかと」
「行き当たりばったりね」
「臨機応変に動きますのね」
「ものは言いようね」
クスクスと笑う王妃様。
その表情はいつになく楽しそうだった。
「とりあえず、まずはこの国から出ましょうか」
「えぇ、私は貴方について行くからよろしくね」
「はい。お任せください」
俺は王妃様に頼られることを嬉しく思いながら、城下町を何食わぬ顔をして王妃様と共に脱出し、事前に準備していた早馬に二人で乗ると、すぐに隣国へと向かうのだった。




