第二話 冤罪
「どこをほっつき歩いていたんだ」
「っ! お帰りでしたか、我が君」
王城に帰るなり、鋭い口調で陛下から指摘されて私は恭しく頭を下げた。
「返答になっていない。どこに行っていたのかと聞いている」
「騎士の鍛錬場に。視察と激励を兼ねて行って参りました」
「ふんっ、男漁りに行っていたのか」
「そういうわけでは……侍従長から、騎士達の士気を上げるためにも挨拶に行ったほうがよろしいと言われたからで」
「言い訳か? この僕に口答えすると言うのか」
「そんなつもりでは。そのようにお感じになられたのであれば申し訳ありません。私の配慮不足です」
私が申し訳なさそうに深々と謝罪すれば、陛下は再び「ふんっ」と鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。
その背を見送りながら、私は小さく溜め息をついた。
(どこへ行ったっていいじゃない。どうせ私には興味がないくせに。……男漁り? 自分のことは棚に上げてよく言うわ)
顔には決して出さないが、国王への不満が心を渦巻く。
というのも、夫である国王は公務と称して愛人のところを練り歩き、王城には不在にしていることが多いからだ。
その皺寄せは全て王妃である私に。本来国王がやらねばならない公務を私が全て行っていた。
そのせいで多忙を極め、ここのところは睡眠がかなり削られている。それもあってか、今日は騎士達の前で躓くという失態まで犯してしまって、己れの不甲斐なさを恥じた。
(騎士の方がすぐに対応してくれたから良かったけど、あんなところで盛大に転けていたら赤っ恥もいいところだわ。とはいえ、騎士に支えてもらったなんてあの人に知られたら、それこそもっと苛烈にネチネチ責められていただろうから気を引き締めないと)
ただでさえ男漁りだなんだと言われているのだ。
もしその言葉に信憑性などをつけてしまったらと思うと、どんな仕打ちを受けるかわからない。今でさえ冷遇されているというのに、これ以上酷い待遇となったらと思うとゾッとする。
(まだ私には利用価値があると思ってくれているからいいけど、陛下のことだからいつ気まぐれに私のことを切り捨てるかわからない。だから、どうにか爪痕を残さないといけないけれど……)
そう考えて、再び溜め息が溢れる。
爪痕……それを最も残せるのは跡取りを残すことだが、未だに授かる気配はない。
そもそも、このところ寝室を共にすることはめっきり少なくなっている。子作り以前の問題である。
(どうにかしないと。でも、子作りすらさせてもらえないのにどうしろと言うの? 義両親も私をせっついて嫌味を言うばかりで頼りにならないし)
__畑が悪いとできるものもできやしない。
__子作りすら満足にできないのか。
__共寝してない? そりゃあ、もっと見栄えをよくしないとな。
__もう若くもないんだ。股を開いてやることをやれ。
吐かれた言葉を思い返すだけで不快感を催す。
文句なら陛下に言えばいいのに、全ての責任は私にあるとでも言うように彼らは私ばかりを責めた。
(あぁ、ここには私の居場所がない。悪いのは全部私だなんて、なんて都合のいい人達なのかしら)
キュッと己れの身体を抱く。
そのとき、ふとあの騎士に抱きしめられた感触を思い出す。
(温かかったな)
咄嗟のことで恥ずかしくて満足に顔を見ることができなかったが、とても逞しくて温かくてなんとなく若い子だったような気がする。
あんな風に男性から抱きしめられることなどなかったなと考えたところで、自分の思考が疚しくなってきたことに気づいて、「こほんっ」と咳払いした。
(やだ、もう。私ったらはしたない。あんな若い子に邪な感情を抱くだなんて。王妃として人妻として失格だわ)
薄らとでも仄暗い気持ちを抱いてしまった己れを恥じる。
そして、これ以上余計なことを考えてもいいことがないと私は公務をするため足早に執務室へと向かうのだった。
◇
バシンッ!!
思いきり頬を叩かれて、その勢いにその場で倒れ込む。
突然のことで驚いて顔を上げれば、夫であるはずの陛下が知らぬ若い女を横に並べ、激昂した様子で私を見下ろしていた。
「お前は心底腐った女だな! 恥を知れ!!」
顔を真っ赤にさせて怒鳴られる。
一体何が起きたのか全くわからないまま延々と罵倒され続け、立ち上がることすらできず。私は訳がわからないままただ彼の憤怒の表情を見つめることしかできなかった。
「自分が年増の石女だからと言ってシンシアに無体を働くなど言語道断! 嫉妬心に駆られて若く美しいシンシアを手にかけようなどと、そんな者が国母になろうとしていただなんて虫唾が走るわ!」
ひたすら浴びせられる罵倒に圧倒される。
言われている意味がわからない。それなのに、延々と聞くに堪えない言葉をかけられ続けている。
(シンシアって誰? その隣の子のこと? 無体って何。私、何もしていないけど? そもそも、この人は一体何に怒っているの?)
次々とわからないワードが飛び交い、私は混乱する。
とにかく怒られていることはわかるが、それ以外のことは全くわからない。自分には身に覚えのないことばかりを言われて、弁明すらできなかった。
「何とか言ったらどうなんだ!?」
いよいよ胸ぐらを掴まれて、睨みつけられる。
だが、何とかと言われてもまだ何が起こっているのか理解できていない私は、今ここで何を言えば正解なのかそもそも何に対して咎められているのかすらわかっていなかった。
「申し訳ありません。陛下がおっしゃる意味がわかりかねます。私が何か致しましたでしょうか?」
「〜〜〜〜っ! この期に及んでしらばっくれる気か、貴様」
「……っうぐ」
思いきり突き飛ばされて、今度は頭を強打する。
痛い。
とにかく謝らねばと思うも、何に対して謝ればいいのかすらわからない私は途方に暮れた。
ここで間違ったことを言えば火に油を注ぐことはわかりきっている。だが、正解がわからない以上どうすることもできない。
私はとにかく申し訳なさそうに、ただただ「申し訳ありません。何のことだかわかりません。私は何もしておりません」と項垂れて跪くことしかできなかった。
実際、何か悪いことをしたことも、その自覚もないのだ。
「そうやって罪を認めず、跪いただけで済むとでも思っているのか? ……お前にはいい加減愛想が尽きた。若くもない、可愛げはない、世継ぎを作るという役目もまともに果たさない、さらにシンシアを妬んで赤子もろとも葬り去ろうとするとは、もう我慢ならん。この怒り、離縁だけでは治らぬ。シンシアを殺害しようとした罪で貴様を極刑に処す!」
「は…………? 陛下、何をおっしゃっているんです? 誰かを殺害をしようとしたことなんて私……」
「とっとと連れて行け!」
「……っ! 陛下!? 何をするのです!? 貴方達、離しなさい……!」
必死に抵抗するも、騎士達に両脇を抱えられて引きずるように連れて行かれる。
「陛下! 陛下! 私は何もしておりません! 陛下ぁぁぁぁ!!」
私が力の限り叫ぶも、陛下は振り返ることなく。私はそのままなすすべなく牢屋へと入れられてしまうのだった。




