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一途な片想いの行方  作者: 鳥柄ささみ


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第一話 片想い

「大丈夫。もう我慢しなくていいわ。ほら、お腹空いたでしょう? いっぱい食べていいからね」


 __あの日俺は、貴女から差し伸べられた優しい手によって命を救われた。



 ◇



「王妃様がこの鍛錬場にいらっしゃるらしいぞ」


 同僚からの声かけに、すぐさま素振りをしていた手を止め顔を上げれば、同僚は何が嬉しいのか俺の顔を見るなりニカッと笑った。


「ほんっと、お前って王妃様好きだよな」

「……だからなんだよ」

「そうやって照れながらもちゃんと認めちゃうとこ好きだぜ〜」

「だからなんなんだよ」


 同僚が絡んでくるのを煩わしく思いながら、振っていた訓練用の木剣を片付ける。

 そして薄汚れた手をはたいて身なりを整えていると、相変わらず同僚がニヤニヤと緩んだ表情でまとわりついてきた。


「わざわざオレらの訓練の視察に来て激励してくださるんだとさ。優しいよな」

「あのお方はいつもお優しいよ」

「何だよ〜、その口ぶり。俺はもちろん知ってるぜ、みたいな余裕」

「別にそんなんじゃない」

「どうだか」


 同僚を適当にあしらいながら、井戸まで行って顔を洗う。ついでに、汗を拭き、髪を整え、身だしなみの確認をしておく。


「そんなに念入りに身だしなみを整えなくてもいいだろ。激励って言ったって、ただの視察だぞ」

「わかってる」

「わかっててそこまでするのは本当お前すげぇよ。愛だな」

「煩い。いいから、お前も王妃様の目に入るなら身だしなみくらい整えておけよ」

「はいはい。わかったよ」


 そう言って面倒そうに顔を洗うヤツを尻目に、一通り身だしなみを整え終えると今度は自前の剣を身につける。


(これなら問題ないだろう)


 王妃様の視界に入るのならば、少しでも印象をよくしておきたい。

 例え、それが一瞬だろうと。

 叶わぬ想いであることはわかっているが、それでも俺はそれほどまでに王妃様に恋焦がれていた。


「でも、お前もよくやるよな〜。昔、命を救われたからってこれほどまでに慕うだなんて」

「俺の勝手だろ。ほっとけ」

「はいはい。そう邪険にするなよ。オレは嫌いじゃないぜ? 身分差の恋なんて素敵じゃないか」

「そんなんじゃない」

「でも手に入るなら欲しいだろ? 絶対に手に入らないけど。そもそも恋焦がれるだけでも恐れ多い相手だしな」

「…………」


 そんなこと、とっくにわかっている。

 想っていたところで叶うわけがない。そもそも彼女は王妃。つまり、国王の妻なのだ。

 だからこの想いはずっと秘めておく。墓の中までこの想いは持っていくと己れに誓ったのだ。



 ◇



「みなさま、我が国のために鍛錬に励んでくださりどうもありがとうございます」


 恭しく挨拶する王妃に俺を含めた騎士達は皆一様に頭を垂れる。


(あぁ、今日も美しいな……)


 黄金色の錦糸のように美しい長い髪に透き通るような肌。長く、上向いた睫毛から覗く大きなアメジストの瞳に、スッと通った鼻筋。唇は薄紅色でふっくらとしていて柔らかそうだと思考したところで、理性が働いて視線を逸らす。


 王妃様に劣情を抱くなどあってはならないことだと、己れを律して静かに深呼吸する。

 だが、遠目でちらっと見ただけでもわかる王妃様の美しい姿に、顔には決して出さないが胸が高鳴るのも事実だった。


(あぁ、眼福だ。一目見れただけでこの一年は頑張れる)


 騎士という立場ではあるが、貧困街出身ということで騎士の中でも身分はかなり下っ端。それゆえ、王妃様と会える機会などなかなかない。

 だからこそ、こうして間近で王妃様に会えたことは天にも昇るような心地だった。


(しかも声が聞こえるほどの距離。あの麗しい声が間近で聞けるだなんて、今日はなんていい日なんだ)


 王妃様のためなら何でもできる。

 彼女のためなら、この身、この命すら惜しくはないとすら思えるほど。


 そんな薄暗い想いを抱えているなど悟られないように澄ました顔をして、王妃の動向を見つめていたときだった。


「あ……っ」


 足元の段差に王妃様が躓く。と、同時に動き出す己れの身体。

 気づけば俺は王妃様の腕を引っ張り、包み込むように抱きしめて身体を支えていた。


「お怪我は……?」

「えぇ、ないわ。ありがとう、助かったわ」


 王妃様からの安堵混じりの感謝の言葉に、心臓が止まりそうなほどの衝撃を受ける。

 今にも叫びそうなくらい興奮しながらも、グッと奥歯を噛み締めて恭しく頭を下げるとすぐさま元の位置に戻った。隣でヤツがニヤニヤしているのが見えて、つい肘打ちして黙らせたのはご愛嬌だ。


(王妃様に触れてしまった……)


 その夜は興奮してすぐには眠れなかった。

 ほっそりとした腕。少しだけひんやりとした肌の感触。鼻腔をくすぐる甘い匂い。

 何度も何度も思い返しては、胸が高鳴って仕方がない。

 しかも、直接声をかけられ、感謝されるなんて滅多にあることじゃない。


(俺を認識してくれた)


 顔と声だけでも認識してくれただけで嬉しかった。

 例え今覚えていなくとも、あのときあの瞬間だけでも認識されたことが最上の喜びだった。


(嬉しすぎてにやけが止まらない。だが、こんな状態見られたら絶対王妃様に引かれてしまう。それは絶対避けなければ。冷静になれ、俺)


 再びいつ会えるかわからないが、それでも俺はいつも万全の状態でお会いしたかった。

 だからこそ、下心を出して気持ち悪いと引かれてしまわぬように、心を律する。


(それにしても細かったな。以前よりお痩せになったか? あのときも足元がおぼつかないようだったし、お忙しいのだろうがお身体は大丈夫だろうか)


 己れの手を見ながら、力を入れたら折れてしまいそうなほど細い腕だったことを思い出す。

 支えたときも多少のふらつきがあった上、あまり顔色がよくないように感じた。心なしか、体調があまり芳しくなかった気もする。


(立て続けに単身で公務に出られていると聞くし、ここのところは国王陛下と一緒にいるところを見ないしな。……まぁ、元々単独で動かれるお方ではあったが。ただの俺の杞憂で何事もないといいが)


 王妃様は好きだ。だから彼女には幸せになってもらいたいと思う。

 それが俺自身の手でなくても、王妃様が幸せに暮らせるのであればそれでよかった。


(って、つい無駄に考え込みすぎてしまった。そろそろ寝ないとな。王妃様のせいで寝坊しただなんて言い訳はしたくない)


 王妃様を理由に寝坊するなど、自分の信念として許せない。

 俺は再び王妃様に会えることを祈りつつ、可能ならば夢でも会いたいと思いながら、ギュッと目を閉じて寝ることに集中するのだった。

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