第97話『最悪な第一印象』
人との出会いには、時に理由なんてない。
偶然ぶつかることもあれば、
気づかぬうちに関わりが始まることもある。
けれど中には――
出会った瞬間から、最悪な形で始まるものもあった。
放課後。
空は薄く橙に染まり、街には帰宅の空気が流れていた。
ラフリは商店街へ向かう坂道を一人で歩いていた。
今日はユナもいない。
アオイにも捕まらなかった。
ナカムラは部活。
ローズはどこかへ消えた。
珍しく、一人の帰り道だった。
「……なんか静かだな」
少しだけ寂しい気もする。
だが、こういう時間も嫌いではない。
夕風に吹かれながら歩いていると、前方の自動販売機の前で誰かが困っているのが見えた。
女子生徒だった。
同じ制服。
見覚えのある横顔。
「……あれ、同じクラスの」
近づいてみて思い出す。
ミサキ。
クラスでは明るいグループにいることも多いが、あまり深く話したことはない相手だ。
そのミサキが、自販機の前で小銭を何度も入れ直していた。
「……また戻ってきたんだけど」
小さく苛立ちながら、自販機を睨んでいる。
ラフリは少し迷った後、声をかけた。
「なんかあった?」
ミサキの肩がぴくっと揺れる。
振り返った顔は、予想以上に険しかった。
「は?」
「いや、その……困ってるのかなって」
「別に困ってないけど?」
即答だった。
空気が冷える。
「え、でも……」
「見ればわかるでしょ。今、機嫌悪いの」
……どうしよう。
ラフリは一歩引いた。
(こわっ)
だが去るのも変な気がする。
自販機を見ると、返却口に曲がった硬貨が引っかかっていた。
「あ、それ原因じゃないか?」
ラフリが指を差す。
ミサキは眉をひそめたまま覗き込み、数秒後に舌打ちした。
「……ほんとだ」
硬貨を取り出し、別の硬貨を入れる。
今度は正常に作動し、飲み物が落ちてきた。
「よかったじゃん」
「……別に、あんたのおかげじゃないし」
「え?」
「私でもすぐ気づいてたし」
理不尽だった。
けれどその耳が、ほんの少し赤いことにラフリは気づく。
「いや、ならいいけど」
ミサキは飲み物を取り出し、ラフリを横目で見る。
「ていうか、なんで話しかけてきたの?」
「同じクラスだし……困ってるなら助けようかなって」
「余計なお世話」
ばっさりだった。
「……すみませんでした」
思わず頭を下げる。
ミサキは一瞬ぽかんとした顔をした後、慌てて視線を逸らした。
「そこまで言ってないし」
「いや、でも実際その通りだし」
「……なんか調子狂う」
小さく呟く声は、さっきまでより尖っていなかった。
その時、道の向こうから女子二人組が手を振ってきた。
「ミサキー! 何してるのー?」
途端に、ミサキの空気が変わる。
「やば、待ってたの!? ごめんごめん!」
明るい笑顔。
軽やかな声。
さっきまでの刺々しさが嘘のようだった。
「じゃ、またね!」
友人たちの方へ駆けていく。
数歩進んでから、ミサキはふと振り返った。
ラフリと目が合う。
「……さっきは、その」
少しだけ言い淀む。
けれどすぐに顔を背けて、
「別に助かったとか思ってないから!」
そう言い捨てて走っていった。
「……なんなんだ、あいつ」
一人残されたラフリは呆然と立ち尽くす。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ少しだけ、気になった。
あの刺々しい態度。
途中で揺れた声。
最後の言い方。
(本当は、違うこと言いたかったんじゃ……)
夕風が吹く。
ラフリは苦笑しながら、再び歩き出した。
知らないままだったクラスメイト。
その距離が、ほんの少しだけ変わり始めていた。
最悪な第一印象。
噛み合わない言葉。
素直じゃない背中。
けれど時に、そんな出会いこそ――
何かの始まりになる。




