表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/98

第96話『残された余韻』

嵐が去った後ほど、静けさは耳に残る。

何も起きていないように見えても、心の中ではまだ終わっていない。

言葉。

視線。

理解できなかった存在。

黄昏の教室で起きた出来事は、三人の中にそれぞれ違う形で残っていた。

古い教室を出た後も、誰もすぐには口を開かなかった。

夕焼けに染まる廊下。

窓から差し込む赤い光。

足音だけが静かに響く。

ラフリはまだ頭の中が追いついていなかった。

(……遊び?)

あれだけ教室の空気を乱し、皆を不安にさせた。

物が消えた。

疑いが生まれた。

喧嘩になりかけた。

そのすべてが――遊び。

冗談みたいだった。

けれど、あの少年の顔には嘘がなかった。

「……意味わかんないだろ」

思わず口から漏れる。

「そんな理由で、あんなことするなんて」

「理由がない者ほど厄介なのよ」

ローズが腕を組んだまま答える。

声には苛立ちが滲んでいた。

「目的のためなら読める。欲望のためなら利用できる。けれど、ただ面白いから動く人間は一番面倒だわ」

ラフリはローズを見る。

珍しかった。

彼女がここまで露骨に不快感を見せるのは。

「……お前でも嫌なんだな」

「当然でしょう?」

ローズは鼻で笑う。

「私の知らない場所で、私の知らないやり方で盤面を触られるなんて」

少しの沈黙。

その言葉に、悔しさが混ざっていることをラフリは感じた。

ユナは二人の少し前を歩きながら、静かに口を開く。

「でも、収穫はあったわ」

「収穫?」

「止められる人がいるとわかった」

ラフリの脳裏に、あのもう一人の少年が浮かぶ。

短い言葉。

感情の見えない視線。

そして、たった一言で空気を変えた存在。

“そこまでだ”

それだけで、あの遊び人は止まった。

「……あの人だけだった」

ラフリが呟く。

「え?」

「止められたの、あの人だけだった」

ユナは静かに頷く。

「ええ。少なくとも今は」

ローズも不機嫌そうに視線を逸らした。

「気に入らないけれど、事実ね」

ラフリは拳を握る。

教室を乱した少年も異質だった。

だが、それを抑えるもう一人はさらに別格だった。

自分たちが知らない場所には、まだこんな人間がいる。

その現実が少し悔しかった。

「……俺、何もできなかったな」

足が止まる。

言ってから、自分でも情けなくなった。

あの場で自分はただ見ていただけだった。

問い詰めることもできず、止めることもできず、答えも得られなかった。

すると、ユナが振り返る。

夕陽を背にした赤い瞳が、まっすぐラフリを見ていた。

「そんなことないわ」

「でも」

「あなたは、気づいて追ってきた」

言葉が詰まる。

「それは以前のあなたにはできなかったことよ」

ローズも小さく肩をすくめる。

「まあ、少しはマシになったんじゃない?」

「少しってなんだよ……」

「少しは少しよ」

いつもの棘のある言い方。

けれど、不思議と悪く聞こえなかった。

ラフリは小さく笑う。

完全には届かなかった。

何も解決していない。

それでも、自分は前より進んでいる。

そう思えた。

三人は昇降口へ向かう。

外では部活帰りの生徒たちの声が聞こえる。

校庭にはいつもの日常が広がっていた。

けれどラフリの中の日常は、もう少しずつ変わっている。

ただ流されるだけの毎日ではない。

違和感に気づき、

誰かを知り、

少しずつ世界の奥行きを知っていく日々。

靴を履き替えながら、ラフリは空を見上げた。

赤く染まる雲の向こう。

まだ知らないものが、きっとたくさんある。

「……次は」

「ん?」

ユナが首を傾げる。

「次は、ちゃんと話せるようになる」

あの二人と。

何者なのか。

何を見ているのか。

逃げずに向き合える自分になりたい。

その言葉に、ユナは柔らかく微笑んだ。

「ええ」

ローズは少しだけ呆れたようにため息をつく。

「先は長そうね」

「うるさい」

そのやり取りに、夕暮れの空気が少し和らいだ。

遊びで揺らされた日常。

その裏にいた、止める者。

理解できない存在は去った。

けれど彼らが残したものは、確かに三人の中で形になり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ